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5.芹沢梢

 吹きさらしの風が、身体を弄る。季節はまだ四月の終わり、昼間は日差しもあり大分温かくなってきたとはいえ、夜間はまだ冷える。それが、風を遮る物のないビルの屋上で、しかもここは東京湾に浮かぶ巨大人工浮島群の上に建造された都市なのだから。身体から容赦なく体温を奪っていく、僅かに潮の香りのする風。それを俺は、ネオンに煌めく街の光景を眺めながら甘受していた。


「…………」


 上着を着た上でも寒いが、未だ熱の残る頭と身体を冷やし、考え事をするには丁度いいと思う。


 公安零課の部署が存在する公安本部、その二〇階建ての建物の屋上。


 手入れが甘いのか、少し錆の浮かんだ手すりにもたれかかり、街の光景を眺め……そのままの体勢で、おおよそ二〇分が経過していた。


 時刻は夜の九時を回ったところ。もう今日の任務やその後処理などは終わっていて、帰っていいとは言われているのだが……なんとなく、家に帰ることが躊躇われた。


「…………はぁ」


 ため息を零すのは、ここに来てから何度目になるのだろうか。


「『あなたは、なにも悪いことはしていない』……か」


 その言葉を思い返すのは、もう何度目になるのだろうか。


 人を殺すということを、覚悟していなかったわけじゃない。俺が望む戦いを求め続ける限り、そういうことはいつか起こり得ると思っていたし、もしそうなってしまった場合、その責任を放棄せず、きちんと背負う覚悟もあった。現代の道徳観に馴染めない、人間としての欠陥を抱えた俺でも、人の命はそれだけ重いものなのだと分かっている、つもりだった。


 だが、いざ人を殺してみて、気付いた。


 人を殺すということは、自分でも驚くほどに……どうということはなかった。


 人を殺すということに、俺は躊躇いも罪悪感も覚えていなかったのだ。


 それどころか……いや、止めよう。これ以上は、まだ考えられない。


「まぁ、そうなんだろうけどさ……」


 俺がしたことは許されることではない。それは分かっている。


 だが、それを受け止めて、俺の心はほとんど痛んでいない。


 俺が殺してしまった女生徒を悼む気持ちはある。


 だが、そのことに俺の心が囚われることはない。


 心に残ったのは、ただただ嫌な気分だけ。それも、次の戦いを求める心にほとんど塗り潰されていた。戦いが終わった今でも、嫌な気分は残っているが……それのせいで、斎藤のように腰を抜かして失禁したり、梢が言うようにゲロを吐いたり、人の命を奪ったということに囚われ、うなされることはないだろう。


 俺は、俺自身のことを予想外に分かっていなかった。


 欠陥を抱えた人間だとは思っていたが……まさか、ここまで狂ってしまっているなんて。


「いっそのこと、誰かが責めてくれればな」


 自嘲気味の声が漏れる。


 悪いことをしたのに、それを自分で悪いことだと分かっていても、そのことで自分自身を諌め、断罪することができない。誰かが俺のことを責めてくれればいいのに、俺のことを責める人間は、公安零課には誰一人としていなかった。


 悪いのに、悪くない。


 宙ぶらりんの気持ち。


 人を殺すことを、なんとも思えない心。


 いつから、俺は壊れてしまったのだろうか。


 斎藤に絡まれ出したとき?


 決闘を申し込み続けて、それを断り続けられ、戦いを諦めたとき?


 新しいもの好きの祖父に着いて、このいざなみ市に越してきたとき?


 両親が死んで、師匠である祖父の家に転がり込んだとき?


 それとも……俺が生まれた、その瞬間から?


「俺は……」


 俺はいつから、人を殺して平気な人間になったのだろうか。


「……まぁ、言うほど、悲しんじゃいないんだけどな」


 結局のところ、そこなのだ。


 人並みに悲しめないことを、自分を責められないことを、俺は嫌悪している。


 戦いを求める妄執と同時に感じていた、現代に到底馴染めないその心を嫌う気持ち。否応なしに暗い感情に支配され、そのまま浸食されてしまいそうな心。人殺しにショックを受けず、大したことがないと感じてしまう心が、嫌だった。


 自分が、まともな人間ではないのだと思い知らされて。


 この街の中で、一人だけ取り残されているような気がして。


 こんな人間がこの世界に存在していてはいけないのではないかと、そう思ってしまって。


 時代遅れがどうとか、最早そういう問題ではない。


 俺は、俺のそういうところが、堪らなく嫌いなのだ。


「ああ、やっぱり、ここにいたの」


 ひょう、と一際強い風が吹いた。


「早く帰らないと、家の人が心配するよ? 警察署にいるのに家出人で通報されるのって、なんて言うかすごくアホみたいだよ?」


 そう言いながら、彼女――芹沢梢は、手すりに縋ったままの俺の隣にまで近寄っていた。


「それとも……人殺しだから家に帰れないとか、そういうこと考えてるの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」


 そして、俺の隣で、俺と同じように少し錆びた手すりに縋り、ともすれば無神経とも取れる言葉を投げかけて来る。


「……悲しんでないから、家に帰り辛いんだよな」


 だが今はその無頓さが、どこか心地良かった。


「だけど戦人君の家族は、今の戦人君を拒絶したりはしないと思うよ?」


「……梢は、俺の家庭環境、知ってるんだよな?」


「知ってるけど……良くわかったの」


 もしかして、俺のことを試してるのか?


 神妙な表情を浮かべてるつもりなんだろうが、口の端が笑ってるぞ。


 分かってもらえて嬉しい、みたいなこと考えてるんだろうな、こいつ。


 だけど俺は敢えてその表情に気付かないふりをして、話を続けた。


「俺をスカウトする前に、身辺調査くらいしてると思ったんだ。それに……」


「それに?」


「俺をスカウトしようと判断したのは、昨日今日じゃないな?」


 それは、八雲さんにスカウトの言葉を投げかけられたときから、なんとなく思っていたこと。


 あまりにも手際が良すぎたのだ。


 まるで、俺の求めている言葉を知っているかのような、あの日の応対は。


「あの日戦人君と出会ったのは、完全に偶然だけどね」


 一見的外れなような答えが、俺の問いかけを肯定していた。


「だけど、それと戦人君が今悩んでることって、なにか関係があるの?」


 身体を手すりに預けたまま、紫水晶のような双眸が真っ直ぐと俺のことを見つめて来る。じっと見ていれば吸い込まれそうだと感じるほどに澄んだ深紫。いつも冗談めかしたような声を放つ梢のその瞳が笑っていなくて。むしろ大切なことを、俺に語りかけているような気がした。


「…………」


 お見通し、ってわけか。


 多分、この人達の前で自分を偽ったりするのは、意味がないんだろうな。


 この深紫の澄んだ瞳に、すべて見透かされてしまうから。


 だから、なのだろうか。


 いざなぎ市の中でも有名なお嬢様学校に通いながら、容赦のなさと得体の知れなさを併せ持つこいつに、祀にすら語ったことのない、俺の心の内側をさらけ出す気になったのは。


「良いのか、って思えるんだよ。こんな俺が……戦うために戦うことを求めて……人を殺すことを大したことが無いと感じる俺が、公安なんて言う、真っ当な組織で戦っていいのかってさ」


 俺は欠陥を抱えた人間で、人として大切なものが欠落した人間だ。


 黒く暗い感情を抱え、いつそれに支配され壊れてしまってもおかしくない人間だ。


 そんな俺が、秩序側の組織である公安零課で、誰かを助けるためにという建前の下、戦いを求めて戦ってもいいのか、と。


 俺はずっと、そう考えていた。


「真面目だねぇ、戦人君は。こっちの利害とそっちの利害が一致してるんだから、そんなこと気にせずに、戦いたいだけ戦えばいいのに」


 だが、俺の言葉に対する梢の第一声は、なんともあっけらかんとしたものだった。


「そうなん、だろうけどさ……」


「実際、そういう人もいるよ? なにか目的や理念があるんじゃなくて、ただただ、戦うために戦う人。だから、戦人君が引け目を感じることもないんだよ?」


「引け目……って言うかさ。……気分が悪いんだ。動機が不純なような気がして。こんな俺が公安零課に存在していいのかって、そう思えて、な。」


 そういう想いが強くなっているのは、あいつの背中を見たからなのだろうか。


 愚直で、自分を曲げることができなくて、常に突っ張っていて。その上で、自分とはほとんど関係のない誰かのために戦おうとした、斎藤という人間。その、無謀だと分かっていても最後まで自分を曲げようとしなかった男の背中を見てから、思うようになっていた。


 人間として欠落した俺は、この世界に存在していても良いのだろうか。


 戦いという害悪を求める人間は、果たしてこの世界に存在することを許されるのだろうか。


「戦人君。できれば、思ったことを正直に答えてほしいの。戦人君は……初めて人を殺してみて、どう思った?」


「……正直、気分の良いものじゃないな。だけど、それと同時に、自分でも驚くくらいに大したことがないとも思った。……それどころか、やった、って、少しだけど思ったよ。敵を斃したことを、喜んだ。……そんな自分が、心底嫌になる」


 こいつの前で自分を偽ることは無駄であり、意味が無い。


 そう思うからこそ――そしていつの間にか生まれていた、梢への信頼感からか――俺は言われた通り、嘘偽りのない率直な感想を梢に述べていた。


「そっか。……なら、大丈夫なの。戦人君はまだまともな方だし、きっと公安零課でやっていくことができるの」


「どうして、そう思えるんだよ」


「私達は聖人君子じゃないし、必要とあれば人を殺すことが求められるけど……人を殺すことになにも感じなくなったら、それか楽しむようになったら、それは人間を辞めてしまっているの。躊躇いなく人を殺せる、だけど進んで殺しはせず、なるべく生存させる。それが私達に求められていることなの」


「…………」


「人を殺して罪悪感を覚えない、必要とあれば人を殺すことができる。だけど、気分は悪い。それで十分なの。人間じゃない存在を相手にするからって、私達まで人間を辞めてやることはないの。私達は人間なの。それは譲らなくていいし、絶対に譲ってはいけないことなの」


「そうか……」


 私達まで人間を辞めてやることはない、か。


 梢の言わんとしていることは分かるし、共感もできる。


 だが、それで納得できるかというと……それはまた、別の話だ。


 どう取り繕おうと、俺が人を殺しても悲しめないことに変わりはないのだから。


「……戦人君。底抜けのお人好しの話をしてあげるの」


「は?」


 唐突な梢の申し出に、俺はつい頓狂な声を出してしまった。


 いきなり何を言いだすんだ、こいつは?


「昔々あるところに、爆弾の大好きな一人の男の人がいました。その人は爆発が大好きで、大好きで、好きすぎて願いました。『ああ、神様。どうか、好きな場所に好きなように爆弾を設置する能力をください』……強い想いがそうさせたのでしょうか。皮肉なことに、その願いは叶えられ、彼は人間を辞めて、妖精さんに生まれ変わりました」


 俺の疑問を余所に、梢は話を続ける。


 その声は枕詞にあるように、昔話を語るときのような、ゆっくりとした口調だった。


 ただ、その内容はなんと言うか、かなりぶっ飛んだ内容のようだ。爆弾なだけに。


「爆弾大好きな妖精さんとなった彼は、嬉々として日本中に爆弾をばら撒きました。ただばら撒くだけならともかく、仕掛けて一年以上放置してから爆破……なんてこともあったせいで、被害を未然に防ぐことは困難で……いつしか彼は、その手口と仕掛け方、そして何より犯行声明にされていた署名から『踊る爆弾妖精』なんて呼ばれ、都市伝説として語られるようになりました」


 ……ん?


 似たような話を、どこかで聞いたことがある気がする。


 確かアレは……俺がこのいざなぎ市に越してくる前、何年か前に流行った、連続爆弾魔、通称『踊る妖精』……だったかな。高度な時限爆弾、無数のトラップ、それに場所を選ばない残忍さから、当時かなり話題になっていたハズだ。今でもたまに語り草になるくらいだからな。


 でも確かそいつは、何年か前に捕まってなかったか?


「だけど、悪いことは長続きしません。その悪い妖精さんは正義の味方に捕まりましたが……その時点ですでに、被害者の数は四桁に到達していました」


 梢の話を聞くたびに、脳裏の底に眠っていた記憶が呼び起こされる。


 被害人数もそうだが……それよりも、生存人数がヤバいんじゃなかったか?


 そう、その『踊る爆弾妖精』に狙われた現場で、未だ生き残っているのは、僅か一人だとか。


「さて。ここからが、この話の肝なの。…………世間には認知されていませんが、実はその悪い妖精さんには、一人の娘がいました。その娘には生まれつき不思議な能力があって、いろんなものを『見通す』ことができました。そして、本人に悪気はなかったのですが……結果として、その子は悪い妖精さんの片棒を担ぐことになりました」


「…………」


「悪い妖精さんが捕まり、すべてが終わった後で……その娘さんは、悪い妖精さんの手にかかって唯一生き残った子の下へ謝りに行きました。その子は生き残ってはいますが、悪い妖精さんのせいで家族も、大切なものも人も、将来も夢も何もかもを失い、死んだ方がマシって言えるような状態でした。……その状態で、その子は、謝りに来た妖精の娘に、なんて言ったと思う?」


 その問いかけに、俺は答えることができない。


 答える内容も分からなかったし、声を出すこともできなかった。


 俺が口を挟んではいけない。そんな気がしたのだ。


「『あなたのせいじゃない。だから、そんなに悲しまないで。自分を責めないで』……って、言ったの。なんと、聖母の如き慈愛をもったその子は、悪き妖精の娘の懺悔を受け入れ、そのすべてを許したのです」


 めでたしめでたしなの、と梢は物語を締めくくった。


 子供に昔話を語るときのような、丁寧で穏やかで、ゆったりとした口調。それを語る梢の表情も穏やかなもので、その内容に反して、本当に昔話を聞いているかのような気分にさせられた。


「……冗談じゃないの」


 そして、その雰囲気を作り出したのが梢ならば、それを壊したのもまた、梢だった。


「そんな簡単に許されてたまるかっての。私は、断罪して欲しかったの。あなたが悪い、あなたのせいだ、そう責めて欲しかったの。知らないうちにいろんなものを奪った私に罰を与えて欲しかったの。だけど現実はそうならなかった。事情を知る数少ない人は私に同情したし、罪を責めるべき被害者の人達もみんな死んで……唯一の生き残りの子にまで許されたら……私は、誰に罰してもらえばいいの? 誰に責められればいいの? 誰のために、罪を償えばいいの?」


 それまでの口調とは一転、悲痛な面持ちで語る梢。


「信じられないくらい、底抜けにお人好しだったの、その子は。まったく、私の命を好きにする権利すらあるのにね。だけどね……それと同時に私は、すごいと思ったの。そうまでされたのに、相手を許すことができる……本物の聖母みたいなその子に。その心を、魂を、在り方を、羨ましいと……私もそう在りたいと。私はその子に憧れたの」


 感情の吐露。


「私は、私の罪が許されることに納得がいかなかった。それなのに、あまつさえ私が絶対に許されたくない子に、それほどまでに悲しませてしまった子に、憧れたの。その魂の在り方を羨ましいと、そう思ってしまったの」


 それはおそらく、俺が初めて見た梢の本心。


「だから私は戦うの。私は許されてはいけない人間だから、私が憧れてしまった輝きに近づかないために、戦い続ける。他でもない、誰にも許されないために」


 笑顔の仮面の裏側に隠していた、本当の姿。


「……これが、私が戦う理由なの。どう? 正義のためでもなんでもない。ただただ、自分のために、私は戦っているんだよ」


 誰かに許されるための、罪を償うための戦いではなく、憧れた人間に近づかないための、誰にも許されないための戦い。それが、梢が笑顔で見せる苛烈さの理由。誰にも容赦しないのは、誰にも許されないため。その笑顔の裏に感じる異質さは、自分という存在を押し殺しているから。戦いという欲望を満たすための……自分という存在を前面に押し出すために戦う俺とは対極の位置にある。


 それは、一体どれだけの贖罪なのだろう。


 梢自身は今、なんということはないと、そういう風を装って語っていたが、その表情も、声も、とても痛々しくて……見ていられなかった。俺のことを見つめる紫水晶のような澄んだ双眸が、泣いているような気がした。


 それと同時に、理解した。


 こいつも、俺と同じだ。


 歪んでいるんだ。人として、大切な何かを失くした人間なんだ。


「戦人君は、自分のことを人間として欠落があると思ってるみたいだけど。それは私も一緒なの。ううん、私だけじゃないの。私達は信念主義信条を持つ過程からソレを実行する過程に至るまで、自己完結することは不可能なの。みんなみんな、不完全な存在なの」


 思う。


 梢は本当は、とてつもなく優しいのだと。


 どこまでも優しくて、だからこそ自分が許せず、それ故に歪んでしまった。人間として、大切ななにかが欠けてしまった。自分が許されることに納得がいかなかった。だからこそ、罪を償うのだ。他でもない、自分自身を許されないがために。


 なにが、『戦人君は真面目だね』だよ。


 なにが、『底抜けのお人好しの話をしてあげる』だよ。


 お前の方がよっぽど真面目で、馬鹿みたいにお人好しで、そして、どこまでも人間くさい善人じゃないか。


「だから、戦人君。そんなに自分を責める必要はないの。私達はみんな、人間として欠陥を抱えている。私達はみんな、極めて自分本位な、戦人君の言う不純な動機で戦っている。むしろ戦人君のそれなんて、可愛いくらいなの」


 ああ、そうだな。お前の言う通りだよ。


 お前の背負っているものに比べたら、俺の悩みなんて可愛いものだ。


 それなのに、こんな俺のことを励まそうと、そんな話をしてくれる。


 あまりにも重すぎるものを背負っているのに、それを感じさせない強さを持っている。


 きっとその強さは、潔さは、俺には到底持てないものだろう。いや、俺だけじゃない。自分が許されないために戦うなんて、こいつ以外にできる人間がいるのか? 俺には甚だ疑問だね。


人間ってのは普通、自分が許されることを求めるからな。自分で自分を許すことができないからって、そんなこと……そうできることではないと思う。


 本当に、大した奴だよ、お前は。


「……急にどうしたの? 戦人君」


 自然と、手が動いていた。


 俺を励ますために、懸命に話しかける梢の頭をワシワシと、努めて無造作に撫で回した。


「まぁ……約束したからな。この戦いが終わったら、お前の頭を撫でてやるって」


「約束したけど……こういうのは違うの」


「と、言うと?」


「戦人君、女の子の扱いが分かっていないの。女の子の頭を撫でるなら、もっと優しく撫でないと駄目なの」


「へいへい」


 仕方が無いな、とため息をついてから、今度はなるべく優しく梢の頭を撫でる。


 こうして、改めて頭を撫でてみて気付いたのだが、梢は年齢の割にとても小さいから、手頃な位置に頭があって祀のそれより撫でやすい。それに見た目が幼い分、周囲から変な目で見られる可能性も低いかもしれない。うん、なんというか楽でいい。


「……今、なにか失礼なこと考えなかった?」


「……気のせいだ」


 頭を撫でられながら、上目遣いで睨まれた。


 やっぱり鋭いな、こいつ。


 梢の前で下手なことは考えない方がいいかもしれないな。


「……ふふ」


「なにがおかしいんだ?」


「んー。なんて言うか戦人君って、お人好しって言うか、優しいよね」


「は?」


 なんというか、デジャビュを感じるな。


 少し前に、似たような状況で似たようなことを梢に言われたことを思い出す。


 ただ頭を撫でているだけなのに、どうしてそういう結論が出てくるんだ?


「どこかだよ」


 もし俺が本当にお人好しで優しい人間なら、そもそもこんなことで悩む必要がないだろうよ。


 だけど、梢と話をしていて、なぜかは分からないが――いくらか、心が楽になったと思う。


 なにも、根本的な問題は解決してないんだけどな。


 俺は相変わらず狂っていて、人間として大切なものが欠落したまま。まともな道徳など未だ身についていないし、人を進んで殺めたいとは思わないが、かといって人を殺すことにさしたる罪悪感を覚えることもないだろう。そして俺は、自分がそうであることが嫌なのだ。


 その想いは、きっとこれからも変わらない。


 俺の歪んだ心が戦いを求め続ける限り、きっとまた人と命をやり取りする機会があり、そして誰かの命を奪う選択に迫られることだろう。そのたびに俺の心は暗く黒い感情に塗り潰され、戦いの中で相手を躊躇うことなく殺して、罪悪感を覚えない自分に嫌悪するのだ。


 そんな自分が、俺は堪らなく大嫌いで。


 だけど、梢と話をして。


「俺みたいな戦闘狂が、お人好しで、優しいわけがないだろ」


 胸に刺さっていた棘が少しだけ取れたような、そんな気がしたんだ。


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