4.こっくりさん 後編
誰もいない校舎には一種異様な雰囲気が漂っていると思う。敷地内に俺達以外の生徒がほとんどいないという異常な事態がそれを助長しているのかもしれない。
あまりにも静かで思わず、毎日のように見る生徒に溢れた賑やかな光景を幻視してしまいそうになる。壁に声が染みついていて、耳を澄ませばそれが聞こえてくるような気がする。誰もいないのに、誰かがいるような気がする。誰もいないからだろうか、どこか薄ら寒さすら感じるような気がする。
なるほど、夜の学校が怪談の舞台になるのは、このせいなんだな。
「A棟四階、安全確認。……四階には誰もいないみたいなの」
「そう、みたいだな」
俺達の通う学校は中央部に一番大きい五階建ての校舎があり、それを挟むように四階建てのB棟とC棟が建てられている。職員室や校長室はA棟にあるが、それ以外の専門教室はC棟に集められていて、B棟はすべての部屋が教室になっている。
「……戦人君、五階は気をつけてね。誰かいるから」
四階の教室を一通り確認し、五階へ向かうための階段に足をかけようとしたとき、梢がそう言った。その視線は俺ではなく天井を射抜くように見つめていて、いつの間にかホルスターから二丁の拳銃を抜いていた。
「分かるのか?」
「多分、ほぼ間違いないと思うの。階段の近くに……一人、かな。それとは別の場所に、多分五人と……四人」
「逃げ遅れた奴か」
「そうだと思うけど、両方の可能性もあるから注意した方が良いの」
梢の予想を聞いて、気付く。
そういえば俺は、梢の能力を知らない。聞く機会は何回かあったが、正直それほど興味がなかったから結局聞かずじまいに終わっていたのだ。梢もなにか能力を持っている風なことを言っていたけど、こうして四階にいながら五階の状況を確認できるということは、これが梢の能力なのだろうか。
「ま、とりあえず五階に行ってみるの。相手が逃げ遅れた人にしても保護対象にしても、接触してみないことには始まらないの」
梢の言葉に頷き、俺が前、梢が真上を、警戒しながら階段をなるべく足音を立てないように登る。今日五回目になる、かなり神経を使った階段の登り方。その間中、なにがあっても即対処ができるように拳を軽く握り、重心の取り方や足の位置に注意を払い続ける。
そうして神経を張り続けることが、まったく苦にならない。梢が言うには、こうして神経の緊張を保ち続けることは、本人が思っている以上に体力を消費するらしいが……これも戦いに通じるものがあるからだろうか。むしろ心が高揚し、身体から力が漲ってくる。
とんだ戦闘狂だよな、本当に。
こうしている間にも、誰かが苦しんでいるかもしれないというのに……身体の奥底から湧き上がる高揚感を抑えられないでいる。こうして周囲を警戒しながら歩くことすら、俺は愉しいと思ってしまっている。警戒が叶い、なにかが襲ってくればいいと、本気で思っている。
だが生憎、階段を登り切り、階段から廊下へと繋がる開けた場所に出ても、なにかが襲ってくることはなかった。
そのことに少しばかり落胆し、同時にほんの僅かだけ、安堵する。
だが、本命はこれからだ。
梢の話では、階段の傍に誰かいるらしいからな。
期待と、そんな自分自身に対する嫌悪感を胸に、細心の注意を払いつつも、角から頭を出し先を確認する。
梢は階段の近くに誰かいると言っていたが……廊下には人影はひとつもなかった。
「……誰もいないぞ?」
「……移動したみたいなの。階段の傍の教室」
梢は階段から一番近い教室を顎で差し、それから自分の唇に指をあてる。
静かにしろ、ってことか。
俺は口を閉じ、軽く頷くことで同意を示す。
梢は満足そうに微笑み、両手に拳銃を持ったまま、階段に一番近い扉のすぐ傍の壁に張り付いた。それから拳銃を握ったまま、右手の人指し指だけを一、二、三と立てた後に教室内部を指差す。事前に取り決めていた突入の合図。俺もそれに倣い、壁に張り付く。近接戦闘主体の俺が前衛、射撃戦闘主体の梢が中衛。
「三、二、一……」
口の動きだけでカウントを行う梢。
アイコンタクトで突入のタイミングを、息を合わせる。
そして。
「突入!」
警戒を保ったまま、梢の合図と同時に俺達は同時に教室に飛び込む。
その教室の、一番奥。
こちらを警戒するかのように視線を向ける男子生徒が一人。真っ先に目に付いたのは、窓から差し込む夕日に煌めく、場違いな金色リーゼントだった。
「……近藤、修哉?」
「あ? 俺の名前は斎藤修二だ……って、お前もしかして、戦場戦人か?」
ああ、そうか。俺はフェイスガードを付けているから顔が見えないのか。
いや、そんなことは心底どうでもいい。
どうしてこいつが、こんなところにいるんだ?
「戦人君、知り合いなの?」
「…………」
その問いになんと答えていか分からず、俺は口籠る。
「まぁ、その辺はどうでもいいの。えーと、斎藤君……かな? あなた達は、どうしてここにいるのかな?」
ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべ、相変わらずの幼い声で梢が尋ねる。
「あ? お前にゃ関係ないだろうが」
一見すると女子中学生にしか見えない梢に対しても容赦なくドスを利かせた声で、斎藤は梢を睨みつける。その見た目も相まって、普通の学生には十分すぎるほどの迫力がある。実際、俺がこいつに絡まれたとき、周囲にいる学生はみんなビビるしな。
だが、相手が悪すぎる。
梢が、そんなことで怖がるか弱い少女なわけがあるか。
「……もう一回聞くの。斎藤君達は、どうしてここにいるのかな?」
「だから、関係ないって言ってるだろうが」
斎藤は普段から突っぱねているから、変なところで強情なのだ。少なくても、見た目が中学生の梢の質問に素直に答えるハズが無い。
このままだと堂々巡りで、埒が明きそうにないな。
一発殴って話を聞かせた方が早いな、と俺は梢の前に出ようとして……
「もう一度、聞くの。斎藤君は、どうして、ここにいるのかな?」
妙に幼い声のトーンも、人懐っこそうなニコニコ笑顔もそのままに、梢は斎藤に拳銃を突きつけていた。
その、本当に何気ない仕草のように拳銃を向けたことに俺は言葉を失い、同時に梢との初対面を思いだす。そう言えばあのときも、梢は躊躇うことなく俺達に銃口を向けていた。斎藤も、まさか梢のような少女が自然な動作で自分に拳銃を突きつけるとは思っていなかったのか、間抜けな顔で梢のことを見つめていた。
「…………だから、関係ねぇって――」
数秒間動けず、それでも虚勢を張り続ける斎藤がようやく捻りだした言葉。
その言葉への返答は、鉛玉だった。
本当に、ほんの僅かの躊躇いもなく、引き金を引きやがったのだ。
「……最後のチャンスなの、斎藤君。あなた達はどうして、ここにいるの?」
ガラスが割れ、残った破片がパラパラと落ちる音を背景に、それでも変わらない調子で梢は話す。
威嚇射撃……だったのだと思う。
弾丸は誰にも当たらず、斎藤の後ろにあったガラスを砕いただけだったから。
ただ、もし梢が本当に斎藤を撃つ気だったとして、そのときに殺気が放たれていたのかどうかは、俺には分からないが。
例えば飛び回る羽虫を潰すときのように、あるいは道を歩く蟻に気付かずに踏み潰したときのように、殺意を欠片も抱かず何気ない動作で引き金を引くことができる。
これが、梢の人懐っこい笑顔の裏側に見えていたものなのだと。これまでに幾度か感じていた違和感の正体を、俺はようやく理解した。
梢はなにに対しても、容赦というものを一切持たないのだ。
「…………だ、友達の女を捕まえるためだ」
そんな呆気に取られているのか、それとも梢のことを怖れているのか。
いつもの無駄な凄みも威嚇もなく、掠れた声で斎藤はそう言った。
「友達の女?」
「あ、ああ。そいつが、そいつの友達と一緒にこっくりさんとか言うのをしてたらしいんだが……全員が突然暴れ出してよ。それを止めるために、俺達もここに残ったんだ」
「……その、友達ってのは?」
「暴れる女を止めようとしたが、抵抗されて大怪我だよ。死ぬんじゃないかってくらいに血を流して……だけどそいつは、最後まで自分の女のことを気にしていた。殺されそうになったてのによ。だから俺が、あいつの女を止めることにしたんだ」
「つまりあなた達は、友達の意志を継ぐためにここに残ったってことなのね。うん、素敵な友情なの。だけど、だからと言ってここに残ることは許されないの。……帰りなさい。後は、私達がなんとかするから」
明確な警告。
それに加えて、今度はキッチリと斎藤の頭に狙いをつけている。
引かなければ撃つ。引き金に指をかけた梢は相変わらずの笑顔で、その声にも表情にも警告の意志は感じられない。だが、その言葉に従わなければ笑顔のままで引き金を引く。それを確信させられる、凄みがあった。
梢がなにを考えているのか俺には良く分からないが、これはさすがにやりすぎなのでは、と思う。
これが本当に……ついさっき、俺に頭を撫でられて無邪気に笑っていた少女と、同一人物なのか?
「…………駄目だ。どれだけ脅されても、それはできねぇ」
「理由を聞くの」
「俺の友達が困っているんだ。そいつは自分の女を見捨てるような男じゃない。そいつの意志を、俺は無下にできねぇ。……それによ」
「それに?」
「友達を放って一人で逃げるような情けない男に、俺はなりたくねぇんだよ」
そう、はっきりと告げ、斎藤は強い意志の籠った瞳で梢のことを睨みつけた。
ここから引く気はないと、その瞳が訴えている。
それは、どこまでも愚直で、ある意味で斎藤らしい選択。
現代に馴染めない古い男の、不器用で愚かとも言える選択。
それを、俺は馬鹿にすることができない。
良い悪い、正しいか間違っているかの話ではない。
結局のところ、それが性分なのだ。
おかしいと分かっていても、絶対に曲げることのできない……その人間の本質。
ああ、クソ。
悔しくて、認めたくもないが、やはりこいつは俺と良く似ている。
どう足掻いても……自分を曲げることができない馬鹿なところが、な。
ただ、その下らない性分はもしかしたら、斎藤の方が上等なのかもしれない。
もし同じ状況に陥ったとき、俺ならきっと、友人を助けるよりも戦いを優先するだろう。暗い感情を制御するどころかそれに身を任せ、心を殺意に塗れさせ、ただただ相手と戦うことを優先する、戦闘戦斗。それが俺なのだ。
その様子が容易に想像できるな。反吐が出る。
この金髪リーゼントのように、『友達のために』戦うことが、俺にはできないだろうから。
斎藤修二という男と出会ってからおよそ一ヶ月。
この男のことを凄いと思う日が来ようとは、な。
「本当に大したものなの。斎藤君、見た目以上に良い男なの。だけど……だったら、覚悟はできてるよね」
「おい、待――」
満足気に笑い、それでも銃口を下げようとしない梢。
それを制止しようと手を伸ばした瞬間に、梢は引き金を引いた。
教室内に響く、銃弾の音。
放たれた銃弾は寸分のズレもなく――割れた窓から飛び込んできた、女学生の膝を撃ち抜いていた。
「……え?」
銃口を下げ、そこから出ていた紫煙が振り払われると同時に、大きな音を立てて女学生が床に墜落する。何度も立ちあがろうとし、しかし膝が破壊されているため血を撒き散らしながらのた打ち回る。その女学生が浮かべているのは苦悶の表情……と言うには生温い。
獣。
その表情を見て真っ先に思い浮かべたのは、その単語。
おおよそ人間のものだとは思えないその表情を、俺はただただ呆然と眺めていた。
「戦人君、ボーッとしてないで。……あなたが望んだ闘争が始まるの」
その言葉で、俺はようやく我に帰ることができた。
俺は慌てて拳を握り、その動作の後ろで梢は戸惑う斎藤を教室の隅に誘導していた。
その間にも、女学生は立ちあがろうともがく。
斎藤を教室の隅に誘導し終わると、梢はその女学生に梢は歩み寄りながら腰に装備した箙から矢を一本抜き取り、それを勢いよく女学生の身体に突き刺した。
「おい、てめぇ!」
「心配ないの。この矢は水の加護を付与されてるから、相手を傷つけることは絶対にないの。むしろ、霊障にあてられた子達を助けるために必要なことなの。私も戦人君も霊的な才能は皆無だから、こうするのが一番なの」
喚く斎藤を梢が制止し、改めて女学生に視線を移す。
それに釣られて、俺達も視線を女学生に向ける。
梢が突き刺した矢は女学生の胴体を貫通し、床に突き刺さっている。なのに、そこからは血が一切流れ出ていない。加えて、女学生は未だ暴れているというのに、その矢は不自然なほどに固く、床から抜ける気配が無い。結果として、膝を撃ち抜かれてもなお暴れ回る女学生をその場に縫い付けることに成功している。
突き刺した対象を傷つけず、その場に固定する矢。
どうなってるんだ、おい。
これが、霊能力というやつなのか?
「そう言えば戦人君にはまだ話してなかったの。私達が持つ能力のこと」
話しながら、梢は銃口を廊下側の天井に向ける。丁度、斜め上を狙うように。
なんでまた、そんな方向に?
不意打ち対策なら、せめて水平方向、強引に剣術に例えるなら中段に構えるのが一番無難なんじゃないのか?
「私の能力は――」
その言葉が終るか終らないかの瀬戸際に、梢は再び銃を二発撃った。
「強いて言うなら、透視能力。私を不意打ちしたければ、空間転移能力者でも連れて来るべきなの」
カチンと、真鍮製の薬莢が床を鳴らす。
「……もっとも、私の能力は弱いから、壁一枚、床一枚しか透視できないけどね」
それからワンテンポ遅れて、天井から両手を撃ち抜かれた女学生が降って来た。
その女学生に向けて梢は再び矢を突き刺し、その胴体を射抜く。
それだけで、暴れていた女学生は自由を封じられる。
四肢を使って身体を穿つ束縛から逃れようとする様は、まるで生きたまま鋲を刺された標本のようで……中々に、奇妙な光景だった。
「……これは、思っていたよりも厄介なの」
不意に零された梢の言葉に、俺は首を傾げる。
「そうなのか? 俺には、梢一人でも勝てるように見えるんだが」
それこそ、俺の出番なんて必要ないくらいに。
「そういう問題じゃないの。どうも相手がこっくりさんにありがちな低級霊じゃなさそうなの。もっと上位……これは、本体を叩かないとやっかいなの」
と、そう言われても、俺には良くわからんのだが。
「つまり、どうすりゃいいんだ?」
「そうだね。交霊状態の核……多分、こっくりさんの紙なの。それがこの階のどこかにあるハズだから、それを破壊すれば彼女達は解放されると思うの。戦人君が持ってる銃剣は法化儀式済みだから、それか私が持ってる矢で貫けば破壊は可能だと思うの」
「ああ、なるほど」
要は、こっくりさんの紙を銃剣で破壊すればいいんだな。
それは分かりやすくて助かる。
なにせ、俺には心霊現象だの都市伝説だの、そういう知識は皆無だからな。
「斎藤君は……ここに置いておくのもマズイから、私達について来てくれるかな?」
「げ。本気かよ」
こいつを連れていくのかよ……。
つい、げんなりしてしまう。
俺としては、こいつとはなるべく一緒の空間にいたくないんだが、そういうわけにもいかないか。
俺達は一応公安――秩序側の人間なんだし、進んで見殺しにするわけにもいかないだろう。
それにしても……秩序側、か。
「ああ……俺にも異論はねぇよ」
「物分かりが良くて助かるの。こういうとき、良い大人がごねたりすることもあるからねー」
俺が知る普段の斎藤からは考えられないくらい素直な返事。
それに満足気に頷く梢を見ながら、思う。
俺は、俺がまともな人間ではないことを自覚している。黒く暗い殺意に犯された、戦いのことしか頭にない人間。道徳の欠落した人間。到底まともとは言えない倫理観を持った、イかれ野郎。
俺が通う高校での事件、相手は取り憑かれた同じ学校の女生徒。それを相手にしてなお、俺は戦うことを優先するだろう。それが自分の性分だと、人間としての欠陥だと痛いほどに理解している。
だからこそ思うのだ。
俺が公安の仕事をしても……秩序側の存在にいてもいいのか、と。
俺は本来、取り締まられる側の存在なのではないかと、そう思うのだ。
「戦人君、心配?」
「うぉっ」
気付けば梢の顔が至近距離にあった。身長差的に、梢が下から覗きこむかたちになる。梢の深紫の瞳に、フェイスガード越しにキスされてしまいそうなくらいに、本当に至近距離で……俺は思わず仰け反っていた。
「あ。戦人君、そこまでして逃げなくてもいいじゃない」
「あのなぁ……」
俺の反応が気に入らなかったのか、梢は子供っぽく頬を膨らませて非難の視線を浴びせてくるが、冗談じゃない。
俺だって、男なんだ。
背中をポンと押されれば唇さえ触れてしまいそうな距離に梢のような美少女の顔があって、冷静でいられるかよ。
「……梢。お前はもう少し、自覚した方がいいぞ」
自身が、下手なアイドルよりよほど可愛いということを。
平静を保ちつつ、それとなく梢に伝えてみる。
「?」
だが俺の意図は通じなかったらしく、?マークが浮かびそうな表情で梢は首を傾げた。
梢のことだから、分かってやってるのかと思ったが……無自覚なのかよ。
タチが悪いぞ。これは。
「……で、これからどうするんだよ」
「え? ……うん、戦人君が前衛、私が後衛。斎藤君を間に挟む形でフォーメーションを組んで、教室をひとつひとつ虱潰しに探すことになるかな」
「……いいのか? 俺が前衛で」
脳裏に過るのは、公安零課に所属するようになってから、戦えることへの喜びと共に生まれた疑問。
俺は、ここにいてもいいのだろうか。
おそらくそれは俺の中に残っている、人間としてまともな部分がそう思わせるのだろう。
いっそすべてが欠落していたら、こんなことを思わずに済んだのかもしれない。
心のすべてが真っ黒に染まっていれば、その方が開き直れるのかもしれない。
中途半端な良心が残っているからこそ、俺は自身を嫌悪しているのだから。
だが俺の疑問に対し、梢は。
「んー……戦人君は今回初任務だよね。だから、これは試験だと思ってくれればいいの。戦人君がこれから公安零課でやっていけるかどうか。それに、戦人君も、戦いたいんだよね?」
なんということはないと、拳銃を構えたまま笑う。
血と硝煙の臭い漂うこの場に酷く馴染まない、子供のようなあどけなさの覗く……なにかを期待しているかのような、そんな笑顔。
「期待してるの、戦人君」
かつて俺が見とれた紫の双眸が、俺のことを真っ直ぐと見つめる。
その視線に、その言葉に、その笑顔に、心が痛む。
俺はそんな、まともな人間じゃない。
戦いに囚われ、犯され、心すら蝕まれた人間だ。
お前もそれを分かっているんだろう?
なのにどうして、そんな笑顔で、そんなことが言えるんだよ。
戦いのことしか考えられない人間に、どうして人の命を託すことができるんだよ。
なぁ、梢よ。
お前は俺に、一体なにを期待しているんだ?
隣の教室から順番に中の様子を窺い、三番目の教室から視線を離すと、梢が視線で合図を送ってきた。それから、拳銃を持った手で次の教室を指し示す。
どうやら、透視能力とやらでなにか異変を見つけたらしい。
その視線に頷き……梢の深紫の瞳を見るたびに思いだし胸に広がるのは自己嫌悪の感情。
それとは反対に、戦いの匂いを嗅ぎ取り否応なしに昂る心臓。
それが余計に自己嫌悪の感情を高め……興奮を覚える心がそれを薄めていく。自分自身を責める感情すら、敵意や殺意、そういった負の感情に塗り潰され、心が黒く黒く染まっていく。
いっそ本当に、完全に狂えてしまえるんなら、楽なんだろうな。
期待と嫌悪。渇望と絶望。
ないまぜになった感情を抑え、俺は次の教室を覗いた。
それまでの整然と机が並んだ教室と違い、その教室はすべての机が教室の端に積み上げるように並べられていた。そうしてできた、教室中央の開けた空洞。その中心にはぽつんとひとつだけ、教卓と……その上には、遠目ではなにが書いてあるのか分からないが、白い紙が一枚。
どうやらこの教室が、当たりのようだな。
そう判断し、教室に足を一歩踏み入れた瞬間――他の場所とは明らかに異質なものを感じる。
空気が変質している……と言うより、まるで空気が塗り替えられたかのような、そんな感覚。まるで鉛のように重く、ヘドロのように肌にへばりつく空気。質の悪い油絵の具を肌に塗りたくられたら、これに近い気分になるかもしれない。ひどく重く、匂いさえ感じてしまいそうなくらいに不快な空気。
その中でもひしひしと感じられる、その不快感の発信源。
その気配に、心臓が一際大きく鼓動する。
身体の芯に血液が集まるのを感じつつ、一歩、また一歩と教壇に近づく。
そうして、教壇までおよそ二メートルの距離にまで来たところで、ふと、視線を感じて、俺はそちらに視線を向ける。
その先は、天井。
意志よりも先に身体が戦いの気配を感じ取り、臨戦態勢に入る。
「戦人君!」
警戒しろ、という意味の込められた梢の声。
その瞬間に、俺の心にこびりついていた自己嫌悪の感情が、完全に霧散した。
そして――戦端は開かれる。
天井をへばりつくように這う女学生、そのうちの一人と視線が交錯する。
気付けば俺は、三人の女学生に囲まれていた。その三人は一様に先程の女学生と同じ獣の表情を浮かべ、四つん這いでこちらをねめあげる。ただし女学生達がいるのは天井で、俺が足を付けているのは床。その姿に、俺は付いているハズのない四本の足を幻視する。
四肢を広げ天井を這い回る姿は、獣と言うよりは――蜘蛛。
巣を張らず、八本の足で歩き獲物を捕まえる蜘蛛のようだと、俺はそう思った。
この中の誰かが斎藤の友人の彼女なのかもしれない。
もしかしたら、この中の誰かがクラスメートなのかもしれない。
少し前まで考えていたことが頭の中からかき消える。
そんなことはどうでもいいと、心の底から思った。
心はすでに、黒く暗い感情で埋め尽くされていた。
身体の中心から湧き上がる熱量を炸薬にして、俺は最初に天井から飛びかかってきた女学生を殴り飛ばした。
御薙流《撃水・月》。
中国拳法で言う瓚拳――近代格闘術に例えるとアッパーカット――の動きを起源とし、それよりも更に上に撃ち上げる、対空迎撃の意味を持たせた一撃。振り向き様に腕を横に薙ぎ、背後から奇襲した女学生を弾く。《薙土・嵐》。腕を一本の棒……薙刀に例え、複数の相手を薙ぎ払うことを念頭とした動作。間髪を入れずしゃがみ、三人目の頭上からの奇襲を右手で受け流すのと同時に、バランスを崩し落下途中の胴体に一撃を加える。《守火・流》。
――普段の俺ならば、絶対に反応できなかった。よしんば対応できたとして、前、背後、頭上と三者別々の方向から攻撃してくる相手にカウンターをスムーズに叩き込むのは不可能だった、と思う。
やっぱりそうだ。
骸骨侍のときと同じ。本物の鉄火場で、俺の身体能力が向上している。
普段では絶対にできないことができると、そう確信できる。
それを可能にしているのは……おそらく、身体の奥から湧き上がる熱量。全身の血液が身体の芯に集まり、別のモノに創り変えられ、熱を生み出しながら全身へと運搬される。それが連鎖反応的に続き、それまで以上に全身の筋肉を活性化させる。
相手に一撃を叩きこむたびに。
あるいは、身体に痛みが増すごとに。
身体は更なる戦いを求め、爆発的にエネルギーを生産する。
全身が焼け、熔けてしまいそうなほどに俺の身体を蹂躙する熱が、心地良い。
このまま戦いに溺れてしまいたいと、敵のすべてを殲滅したいと、頭の片隅にそんな欲望が生まれ、それを俺の意志で否定する。
俺が本当に望んでいるのは尋常の勝負。
見境のない、悪鬼のような戦いではない。
だが、それなのに、俺の身体は反応し、求める。
戦いを。
人間としての欠陥。その後ろに控える、本物の狂気。敵意ではなく、悪意。
それを俺は噛み殺ながら立ち位置を調整し、三人を正面に見据える位置に陣取る。
俺のことを待っていたかのように、女学生達も四本足……いや、八本の足で立ち上がる。人間が持つ四肢と、半透明の四本の細長い足。幻視だと思っていた蜘蛛の足が、いつの間にか本当に生えている。
このまま、糸でも吐くんじゃないだろうな。
……あながち、冗談にならないかもしれない。
相手の実力は未知数。こっくりさんのせいで蜘蛛になった女学生。その四肢……八肢の先に見えるのは、半透明の爪。それが動くたびに床をカチカチと鳴らすことから考えて、半透明な見た目に反して相当硬いのだろう。
これは、見解を改めないといけないな。
がっかりだ、なんてとんでもない。
「戦人君!」
俺の横に、銃を構えた梢が並ぶ。
その声は撃鉄。激情は炸薬。
「――――勝負!」
気合い一閃、放たれた弾丸のように、俺は飛び出した。
女学生達もそれに応対し、両腕を振り上げる。
俺は腰に下げていた銃剣を抜き、そのままの勢いで振り上げる。振り下ろされた腕と銃剣が交錯し、ガキンと硬質な音が生まれる。半透明の蜘蛛の脚が形作られた腕、その先にある爪は想像以上に硬く、銃剣と二本の腕で鍔迫り合う。
だが、すぐに俺が力負けた。ぐぐ、と腕を押しこまれ、銃剣がカチカチと小刻みに震えながら押し返される。トランス状態と言うのだろうか、女生徒は想像以上に力が強い。
だから俺は、力をふっと抜き、それと同時に素早く後ろに二歩下がった。
女生徒は鍔迫り合い、俺を力で打ち負かそうとしていた。異常に膨れ上がった全身の力をすべて注いでいて、その状態で、その力を支えていたものがなくなればどうなるのか。
支えを失った両腕は勢いよく振り下ろされ、その硬質な爪と俺を上回る腕力でリノリウムの床を穿つ。
馬鹿正直に力をぶつけ合うことだけが勝負じゃない。
鍛錬の後に積み重ねられた技術、そして知恵と閃きを駆使する戦術。それも含めた総合力を競う、それが戦いなのだ。
だからこの勝負は、俺の勝ちだ。
「ふっ!」
息を吐き、緩から急へ。
相手の体勢を崩すために脱力した身体に力を込める。足首から下半身、腰、上半身と順番に、そしてその動きを連動させる。その動作はほぼ一瞬。静止状態から一瞬でトップスピードに加速する技術……古流武術で言う縮地法の応用技術。極めて短い時間での精密高度な力の運用、それが自分でも驚くほどに上手くいく。いつもよりも研ぎ澄まされた神経が、指先から爪先まで、末端の僅かな感覚までも正確に情報を伝達する。高速回転する頭がそれらの情報を演算し、溶岩のように重く熱を持った血液が必要な場所に必要な量だけエネルギーを供給し、肉体に限界以上のパフォーマンスを発揮させる。そしてそれらの情報と生まれたエネルギーが、俺の身体を加速させる。
床を穿った女生徒が爪を引き抜く直前に、俺はその横をすり抜けた。
「戦人君!」
残りの二人の女生徒の動きを、後方から梢が妨害している。
女生徒達が動きを取り戻す前に、俺は教室内を一気に駆け抜け、教室の中央、机の上に置かれたこっくりさんの紙に銃剣を突き立てた。
途端、パキンと、空気を割るような高い音が聞こえ……それまで激しく動いていた女生徒達がその動きを止め、崩れるように床に倒れる。その身体に生えていた脚や爪も消え、獣のような気配もない。彼女達は床に倒れたまま、それまでの形相が嘘のように穏やかな寝息を立てていた。
まるで、酷い悪夢だったと言わんばかりに。
「……終わったの、か?」
「うん。そうみたいなの。こっくりさんの核を破壊したから、彼女達に取り憑いていたモノ達が姿を維持できなくなったの。……お疲れ様、戦人君。お手柄だよ」
こっくりさんの紙ごと貫かれた机から銃剣を向き振り向くと、梢が俺を笑顔で迎えていた。
警戒心のないその表情を見て、終わったのだということを悟り、身体から熱が抜けていくのを感じる。戦闘態勢の解除。肉体が徐々に平常時のそれに戻っていく感覚。全身の筋肉から力が抜け、灼熱のような血液が冷やされる。それを、名残惜しいと感じる。
戦闘時に活性化する身体を異常だと思いつつも、俺はすでに二回目のそれを受け入れていた。
いや。
戦うことに都合の良いこの体質を、俺は好ましいとすら感じていた。
これから戦うことが増えれば、この体質に世話になることも増えるだろう。
そう。今日の戦いは終わり、それはやはり名残惜しい。だが、まだ次がある。それが終わっても、その次が。今回はそこまで大した相手じゃなかったが、もしかしたら次はもっと強い相手かもしれない。
これまでの生活ではありえなかった、戦いの予定。次がいつ訪れるかは分からないが、その日はそう遠くないうちに必ずやってくる。
その事実に――次の戦いに思いを馳せ、俺の心は暗い歓喜に打ち震えていた。
「明美!」
教室の入口近くに立っていた梢を半ば押しのけるようにして、それまで後ろに控えていた斎藤が床に眠る女生徒達に駆け寄る。
ああ、そう言えばこいつもいたんだったな。
他でもない、自分の友人の彼女のために。
ほとんど他人と言えるような相手のために、こんな場所に残ったこいつは……ある意味、大物なのかもしれない。少なくても、俺なんかよりはよっぽど上等な存在だろう。
俺には誰かのために戦うなんて、できそうにもないからな。
……そんな俺が公安零課に存在なんて、本当に許されるのかね?
「梢、この女生徒達は大丈夫なのか?」
「多分眠っているだけだから、問題ないと思うの。重傷の子もいるけど、急所は外してあるし、しばらく放っておいても問題ないくらいなの」
「そうか……」
「……明美、じゃない」
俺が呟いたのと斎藤が呟いたのは、ほとんど同時。
なのにその僅かな言葉に秘められた重大性は、間違いなく俺の耳に届いていた。
そして――
「戦人君、外!」
反射的に教室の外に視線を向けた。
校庭に面した窓、換気のために開けていたのか――気付けばそこから、女生徒が飛び込んでいた。その表情は間違いなく獣の表情、四肢は蜘蛛。位置取り的に窓に近い斎藤に飛びかかろうとしていて、しかしその斎藤の身体が射線上にあり、梢では咄嗟に手が出せそうにない。いや、それ以前に、どうしてまだ取り憑かれた女生徒が残っているのか。まだ戦いは終わっていないのか。まだ、戦う相手が残っているのか。残り僅か二、三秒で斎藤が襲われる。そこに戦う相手がいる。
一秒にも満たない刹那の間に、俺の脳裏を様々な思考が駆け抜ける。
緊急事態だと俺の身体は認識したのか、あのときの……骸骨侍に斬られる直前のように、なにもかもが異様に遅く感じる。先程の戦闘時よりも更に高速演算を行う頭が、一瞬の間に生まれた無数の思考と現状判断を同時に処理する。十重二十重と折り重ねられた情報と感情が瞬時に分別され。
気付けば俺は斎藤の身体を押しのけ、収めていなかった銃剣を前に突き出していた。
その行動はフル回転した演算機能が俺自身の意志を完全無視し導き出した結論、俺の意志の関与しない、いわば反射行動で。
だから、その結果起こった事態を俺が正しく認識したのは、それが為されてから数秒の時間を要し。そしてその結論を俺が受けいれるために、そこから更に数秒の時間が必要だった。
「あ……」
手にかかる、生温かくてぬるりとした感触。僅かに香る鉄錆に似た匂い。突き出した手から伝わった感触はまるで水の入った袋を針で突き刺したかのようなもの。突き抜けるまでの途中に、なにか硬いものを擦ったような感覚もあった。貫通後、二、三度ビクビクと大きく震えが起こり、それからはずっしりとした重量が圧し掛かる。
視界は塞がれていないのに、なにも見えなくて……見たくなくて。
だけど確かに俺の視界に映ったのは、苦悶の表情を浮かべていた女生徒の、残されたモノだった。
――やってやったぞ。ざまぁ見ろ――
「っ!?」
思わず手を引き、銃剣をそれから引き抜く。肉を再び引き裂く感触と、なにか硬いものを擦り傷つけるような感触。物言わぬそれは俺の視界に映ったそのときの表情を崩さぬまま、糸の切れた操り人形のようにいともたやすく地面に崩れ落ちた。ゴトリと、頭をしたこま床にぶつけたようだったが……そんなことを異に解する者は、この場には誰として存在していなかった。
「…………」
俺がなにをしたのか。僅かになにを思ったのか。
本当は理解している。だがそれを言葉として結論付けることを、心のどこかで拒否している。
だから俺は、かつて人であり、獣であり、蜘蛛でもあったそれを呆然と見つめることしかできず。
「……ここは、敢えておめでとうと言わせてもらうの」
「……どうして、そうなるんだよ」
だから俺は、この場にそぐわない幼い声に、明らかに異質な言葉を投げかけられたというのに、俺はそんな言葉を捻り出すのが精一杯だった。
「人を殺したことがある人とない人の間には、超えられない壁があるの。その壁を超えることは中々に難しくて……それが一生できない人もいるの。……だからここは敢えて、おめでとうなの」
梢の言葉に、改めて俺がしでかしたことの重大さを自覚する。
臓腑に鉛でも流し込まれたかのような、嫌な感覚。
「最初に言ったよね。『私達には、人命救助は義務付けられてない』って。私達が相手にしているのはそういう相手で、それってつまり、それができない人間では到底やっていくことはできないってことなの。……戦人君がしたことは咎められない。私達の規範ではそれは正当防衛の範疇で、緊急回避が認められることなの。だから、心配することはないの。あなたは、なにも悪いことはしてないのだから」
まるで悪いことをしてしまった子供を安心させるかのような口調。
その言葉に、梢に説明された公安零課の決まりが思い起こされ、梢の説明の中で唯一混じっていた、梢の主観とも言うべき言葉を、俺は思い出した。
「それって……そんなのって……!」
ああ、そういうことだったのか。
残酷なことって――こういうことだったのかよ!
「そして私が期待していた通り。戦人君は必要になれば、相手を躊躇いなく殺すことができる類の人間なの」
「どうして、そんなことが分かるんだよ」
「見て分からないかな? 斎藤君のこと」
その言葉の意味を掴めず、俺は斎藤に視線を向ける。
俺が押しのけてから少しも動いていないのか、斎藤は尻もちをついたままの姿勢で俺のことを見つめている。問題は、その身体が小刻みに震えていて……その股ぐらの部分に、黄色い水溜りを作っていたことだろうか。
「人が殺されるところを直接見ただけで、普通はこうなるの。ゲロ吐かないだけ、斎藤君は気丈だけどね。分かるかな? 人を殺すって言うのは、そういうことなの。……で、戦人君。自分で気付いてる? 他にも方法があっただろうに……戦人君はあのとき真っ先に剣を突き出した。気付いてなかったのかもしれないけど、その行動に、躊躇いは少しも混じってなかったよ? ねぇ、戦人君。当事者である君はどうして――そんなに、平気な顔をしてるの?」
言われてみればそうだ。
あの状況、斎藤を突き飛ばして……それから自分の身を護るにしても、相手の攻撃を往なすにしても、他にも方法があったハズだ。
なにより、梢の言葉の通り、俺は剣を突き出すことに……相手を殺してしまうことに、躊躇いなんて微塵も感じちゃいなかった。
それどころか、俺は……!
「…………」
その事実に、言葉も出ない。
「分かってもらえたようで良かったの。……さて。こっくりさんの核を破壊したのに、まだ取り憑かれている子がいるってことは……多分他の場所でこっくりさんをしていた子達がいるってことなの。迂闊だったの。もしかしたら、相乗効果で、今回の事件が発生したのかもしれないの」
言葉のでない俺を気にせず、梢は事態を分析する。
その言葉すら、俺は冷静に聞くことができて。
そして――心のどこかで、まだ戦う相手がいることを、喜んでいた。
「だから……戦人君。もうひとつのこっくりさんの核を探すの。多分同じ階の別の教室にあるハズだから、すぐに見つかるとは思うけど」
「だ、だけど……」
「戦人君なら、大丈夫なの。君は自分が思っている以上に冷静で、頭もキレるの。だから、任務の遂行は可能なの」
「なにを、根拠に……」
「実のところ、戦人君、そんなにショック受けてないよね?」
その言葉に、脳天を撃ち抜かれたかのような衝撃に見舞われる。
そうだ。確かに俺は女生徒を突き刺して、嫌な気分になった。この世の終わりとは言わないが、それに近い絶望のようなものを覚えたような気がする。
だが、それだけだ。
斎藤のように腰を抜かしたり、漏らしたりしないし、梢が言うように吐瀉したりもしない。
ただただ、嫌な気分を味わっているだけ。
人を殺したということに対して、俺は俺が思っていた以上に、大したショックを受けていなかったのだ。
「行くよ、戦人君。ついてくるの。あなたが望んだ闘争はまだ、終わっていないの」
言い、梢が俺に背を向ける。
俺はその言葉を受け、改めて斎藤と、もうピクリとも動かない女生徒だったものを一瞥し。
それから後はただ、梢についていくことしかできなかった。