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3.こっくりさん 前編

「祀。新種の都市伝説について、お前が知っていることをなるべく詳しく教えてくれ」


 放課後、俺は祀を学園都市内にある喫茶店に呼び出した。


 どうしたんだい、と声に出さずとも表情で尋ねる祀に対して開口一番、そう頼んだ俺に対して、祀はただ驚いたまま、しばらく動かなかった。


「……ボクは夢でも見ているのか? まさか君の方から、そんなことを聞いてくるなんて」


 十秒近い間を置いてようやく反応を見せたが、よほど俺の言葉が予想外だったようだ。


 自分でも、意外だとは思うんだけどな。今まで、祀がそういう話をしても話半分で聞き流していたし。


 しかし、いつまでも驚かれても話が進まないので、俺は半ば強引に話を進めた。


「で、どうなんだ?」


「それは、構わないけど……一体、どういう風の吹きまわしなんだい?」


「まぁ、事情があってな」


 公安零課に所属してから、一週間が経過した。


 その一週間で特に変わった事件もなく、俺は芹沢梢の下で研修を続けていた。最初はレクリエーション、施設の使い方や身分証明の方法など。その間に、お嬢様学校に対するイメージが一八〇度変化したのは、どう考えても梢が悪いが、それは余談だろう。


 公安零課の人間で真っ先に相対した八百万八雲、芹沢梢という異質な存在のせいで植えつけられた先入観から、公安零課とはどんな組織なのかと警戒していたが……実際のところ、研修内容や運営理念、所属している職員達の人間性も含めて、予想以上にまともな組織だった。無駄な警戒をしていた俺としては拍子抜け、肩透かしを食らった気分だった。


 しかし、その裏側に確かに見え隠れするのは、言葉にしがたい異質さ。


 公安零課の部署にいると、他の署員達に出会うことは多々ある。その年齢、性別はバラバラで、中には俺と同じか……下手したら年下かもしれない人間が同じように研修をしていたり、逆に明らかに年上の人間を指導していたり。



 それだけでも十分に奇妙な光景なのだが、それも一週間もすれば慣れた。

 だから、俺が感じた異質さの正体はおそらく、そこではない。


 挨拶を交わしたり、少し話した感じでは署員は若年層が多少大人びていると感じるくらいで、ほとんどが年相応、おかしなところのない人間のように見えた。けど、それをごく普通の人間と呼ぶのは、少し違う気がするんだよな。


 もっとも、出会って一週間程度で全員の人となりを掴もうとすることが間違いなのかもしれないけどな。


 第一、俺は公安零課の中で最も付き合いのある芹沢梢という少女について、詳細どころかその能力の正体すら知らないのだから。


 公安零課という組織について分からないこと、知らないことだらけなんだよ。


「……で、戦人は一体どんな都市伝説について知りたいのかな? それとも、ボクの知識を片っ端から披露すればいいのかい? ちなみに、ボクが人に語ることができるほどに知っている新種の都市伝説と言えば、こっくりさん、骸骨侍、踊る爆弾妖精、蜘蛛女、不老不死女……辺りかな」


「いや……そうだな。前に祀が言ってた、新種のこっくりさんについて教えてくれ」


 祀の知識を全部披露されると、多分一晩かかっても終わらないだろう。祀は話すのが巧いから、そういう知識の披露会でも、結構楽しく聞くことができるのだが……それでは、梢に課された宿題の期限を超えてしまう。


 だから俺は、こっくりさんついて祀に尋ねることにした。


 と言うか、新種の都市伝説ってそんなにあるのかよ。


「ふむ。こっくりさんか。分かった。話を整理するから、少し……一分でいい。時間をくれ。注文はニルギリ茶で頼むよ」


「相変わらず、渋い趣味だな」


「あの独特の香りが堪らなくてね」


 ニヤリと笑った後、曲げた指を軽く噛むように咥えてから、祀は思索の世界に突入した。祀がなにかを深く考えたり、情報を整理する際にみせる独特の仕草。俺はその間に、注文を聞きに来たウエイトレスに注文を伝える。ニルギリ茶を二人分。


 注文と祀の言葉を待ちながら思い返すのは、研修期間ということで、梢が俺に出した課題。


『今このいざなみ市で流行っている都市伝説、怪異、怪談などについて、いくつか調べてくるの。期限は次の土曜まで、ノルマは最低一つ。もし達成できなかった場合、戦人君には地獄を見てもらうことになるの』


 そう言い、ニヒヒと奇妙な笑みを浮かべながら両手の指をわきわきと動かす梢の姿自体はまったく怖くないのだが、地獄を見てもらう、と言うからには結構なペナルティなのだろう。


 だが、生憎様、俺にはこの手の話題に関しては滅法強い知り合いがいるんでな。


 実際の〆切は明日なのだが、ひとつくらいならそれに余裕で間に合うさ。


「……よし。待たせたね。戦人、君はそもそも、こっくりさんについてどれくらいの知識があるんだい?」


 思索の世界に突入してから丁度一分が過ぎた頃、祀は口を開いた。


「ん……昔流行った、一〇円玉を使う占いみたいなものだろ? 社会問題になるくらい流行ったんだったっけか?」


「うん。そうだね。だけど、その理解では甘いし、こっくりさんの本質をなにも掴めていない。いいかい、まずこっくりさんは――」


 そうして祀によって懇切丁寧に語られたこっくりさんの基礎知識をまとめると、こうなる。


 こっくりさん……漢字で書くと狐狗狸さんとは、西洋のターニングテーブルを起源とする降霊術の一種らしい。


 その方法は至ってシンプル。はい、いいえ、鳥居、男、女、五十音表を記入した紙を用意し、その紙の上に一〇円玉を置いて参加者全員の人差し指を添えていく。全員が力を抜いて「コックリさん、コックリさん、おいでください」と呼びかけると、指を添えた一〇円玉が勝手に動き、「はい」を示す。そうなると降霊は成功で、それから参加者がこっくりさんに尋ねると一〇円玉が勝手に動き、文字を示すことで質問に答えてくれる、のだそうだ。


「コインが勝手に動き、文字や記号を示すことで意味のある単語を示す、というのがミソだね。霊の仕業か、筋肉疲労による現象なのか、それとも参加者の誰かが意図的に指を動かしているのか。こっくりさんという現象が起こる原因について説はいくつかあるけど……問題は、こっくりさんが流行した七〇年代、こっくりさんを実行した少年少女達の間に集団ヒステリーのような現象が多発した、ということだろうね」


「ああ、その辺の話は俺も聞いたことがあるな。社会問題になったらしいし」


「当人達はただ占いをしているつもりだったんだろうけど、結果としてそういう異常行動を取ってしまったわけだ。その辺について、いくつか説や考察はあるんだが……今回は昔のこっくりさんではなくて、今流行しているこっくりさんについて聞きたいんだったね」


 祀の問いかけに俺は頷く。


 祀は確かに持論を語るのが好きだが、嫌がる相手に無理に話を聞かせようとはしない。頭が良いからといって、その知識を得意げに披露するということがない。祀がこの手の話をしたがるのは、自慢や高慢ちきな趣味ではなく、ただ単純に話すのが好きだからだ。


 ほんの少しも自身の知識を驕らないのは、きっと祀が本当に頭が良いってことなんだろうな。


 祀は謙遜して否定するが、そういうところはやはり凄いよな。


「一応、こっくりさんという名前と、起源から来た根底は同じ。だけど、主眼が今と昔では異なっているんだ。昔のこっくりさんは占いが目的だった。誰が好きだとか嫌いだとか、年頃の女学生が好むような、ね。だけど、今流行している新種のこっくりさんは、どういうわけかおまじない……それも、願い事を叶えることが目的なんだ」


 そこで祀は一息ついて、ウエイトレスによって運ばれてきたニルギリ茶を口に運ぶ。


 俺もそれにならってニルギリ茶を一口飲むが……口の中に広がる草のような香りが、どうも受け付けない。今なら飲めるかと思って注文してみたが、……微妙だ。これは失敗だった。素直にコーヒーか緑茶でも注文しておけばよかった。


「ふむ。ニルギリ茶はどちらかと言えば、個性の弱いお茶なんだけどね?」


「紅茶系は苦手なんだよ。味が無い割に、妙に気取ったような匂いが鼻について受け付けない」


「確かに、戦人が紅茶の産地や品種を論じる姿は、ボクには思い浮かばないかな」


「ほっとけ」


 余計なお世話だ。


 そんな俺の反応がおかしかったのか、少しばかり笑ってから、祀は再びカップに口を付ける。

 

 その薄い唇がニルギリ茶で満たされたカップから離れるのを待ってから、俺は続きを促した。


「で、願い事ってのは?」


「ああ。昔のこっくりさんにそういう性質がまったくなかったわけではないんだけど、今はことさらその性質が強化されていてね。方法もほとんど同じなんだが、なんでも定期的にこっくりさんを行い、特定の言葉を唱え続けることで、願いが叶うんだそうだ」


 その祀の説明を聞いて俺の頭に思い浮かんだのは、黒いローブに身を包んだ怪しい男達が、暗い部屋で蝋燭やら骸骨やらの乗った魔法陣を囲んで呪文を唱える姿だった。


 俺の想像力が乏しいだけなのかもしれないが、あまり碌な情景が思い浮かばないぞ。


「……新興宗教みたいだな」


「戦人のその意見は真理を突いていると思うよ。事実、この新しいこっくりさんはすでに一部の女学生達の間で市民権を得ていてね。おまじないも年頃の女学生が好むモノだから、流行するのは頷ける。本当に願い事が叶うのかどうか、真実はさておき、それを願って一心不乱に儀式を続ける姿は……まぁ、一種の信仰に近いものはあるだろう」


 祀の話ぶりをから察するに、この新種のこっくりさんとは、意外と流行っているらしい。


 ただ、まじないで願いを叶えようというのは、俺には理解できないな。


 それは努力の放棄であり、否定だと俺は思う。どれだけ頑張っても、血反吐を吐くような努力をしても、そのまじないがある限り、願いが叶ったのはそのまじないがあったからだということになり、そこまで積み重ねてきたものが意味のないものだとされてしまうではないか。


 あるいは、そうやってなにかに(すが)らなければならないほどにやっかいな願い事なのだろうか。


 ちょうど、俺が悩んでいるように。


「しかし、ボクはこのこっくりさんは案外早いうちに廃れるんじゃないか、と思っているんだ」


「何故だ? 宗教みたいになってるんだろ?」


「だからこそ、だよ。戦人は科学技術が発展し、神や霊魂の類が否定される現代……特にその最先鋒であるこの街で、信仰なんてものが根付くと思うかい?」


「…………いや、無理だろうな。どうしてって聞かれると、説明できないけどな」


 少し考え、俺は結論を出した。


 そう判断した根拠は漠然としたもので、それを言葉にすることはできないけどな。


 ただ、思うのだ。


 信仰と言う(ことわり)を望む人間が、果たしてこの街に存在するのか、とな。


「戦人。ボクはこう思うんだ。人は、根拠を求める生物だと」


「……と、言うと?」


「科学技術の発展と共に、人は神や霊魂など、超常現象的なものの存在を否定するようになった。何故なら、それが何故そうなるという根拠がないからだ。人は正体のわからないもの、未知の存在を怖れる。これはあくまでも一因に過ぎないが、だからこそ科学技術が発展し、様々な現象について、それが引き起こされる根拠が解明された。そうして根拠の解明が推し進められた今、人は根拠のないものを信用しなくなった。存在する根拠のないものは、存在していなに等しいからね。対して信仰とは、乱暴な言い方をすれば縋る対象だ。心の拠り所と言ってもいい。だが、そこに『どうして心の拠り所となり得るのか』という根拠はない。漠然としたかたちのないものに対する信頼が信仰の正体であり、そんなものに縋るなんてそれこそ、根拠というものが求められる現代に取り残された、時代遅れの思想のひとつだとボクは思うよ」


「なるほど」


「だからこそ、ボクはこの街ではこっくりさんの流行は一時的なものだと思うんだ。人が信仰するに値する根拠がないし、根拠のないものを求めていないからこそ、人々はこの街に住んでいるのだから」


 教会の神父とかが聞いたら激怒しそうな意見を、祀はさらりと語る。


 理路整然と論理立てて考えられたそれは、一見すると都市伝説のような超常現象の話を好む祀の趣向と矛盾しているように感じられる。だが、これが祀なのだと俺は思う。存在する根拠のないものを、ただただ理路整然と考え、その存在を論じる。


 頭が良いからこそ、理論的に物事を考えられるからこそ、そういったものを好むのだろうか。


「ただ……このこっくりさんなんだけど、個人的に気にかかることがあるんだ」


「新興宗教にそっくりだ、という時点で碌なものじゃないと思うんだが」


「それもそうなんだけどね」


 俺の言葉に祀は苦笑した。


「さっき、こっくりさんをするときに特定の言葉を唱えることで願いが叶うって言ったよね? 別に、そういうおまじないに呪文は付き物なんだけど……どういうわけかその呪文で、願い事を叶えて欲しいってお願いする対象が、こっくりじゃなくて土と雲なんだ。確かに、自然を祈祷の対象にすることはよくあるけどだよ。でもそれなら、土はともかく、雲を対象にするのはすごく中途半端というか、不自然なんだ。土と並べるなら、空か海が妥当なところで、そっちならまだ分かるんだけど」


 俺にはその辺の細かい違いは分からないが、祀がおかしいと言うからにはそうなのだろう。


 俺だったら、土と雲にお願いするものなんだって言われてしまえば、そういうものなんだと納得して、それを変だとは思わないだろう。


もっとも、俺がそういうおまじないの類に頼ることは、まずないだろうけどな。


 そんな下らないことで願いが叶うなら、俺はとっくに願ってるさ。


「多分今この瞬間にも、学園都市のどこかで誰かがこっくりさんを試してると思うよ。そのくらい、こっくりさんは流行っているからね」


「祀はしないのか? こっくりさん」


「んー……なんて言うのかな。願い事がないわけじゃないんだけど、ボクの願いはこっくりさんをすることでは叶わない類のものだと思うんだ。だから、知識として方法は知っていても、自分ですることはない、かな」


 歯切れの悪い答え。


 その答えに何故か、既視感を覚える。


 どこかで同じような体験をしたことがあるような、だけどどこで体験したのか覚えていない、そんな感覚。


 祀とは毎日のように会話しているハズなのに。


「……なぁ、祀。お前の願い事って――」


 その既視感の正体を探ろうとした俺の声はしかし、俺自身の携帯の着信音によって遮られる。


 嫌なタイミングだな。


 祀に視線で断りをいれ、制服のポケットから携帯を取り出す。そのサブディスプレイに映し出される着信の主は――芹沢梢。


 液晶に映し出されたその名前を見た途端、ドクンと、心臓が大きく鼓動した。


 なんとなく、予感はしていた。……いや、違う。


 俺は、この日が来ることを期待していた。


 まるでそういう呪いを掛けられたかのような強制力。


 興奮が声や表情に出ないように注意しながら、携帯電話の通話ボタンを押したのだった。





 先に現場に到着していた特殊車両の中で俺用にカスタマイズされた新品の装備に着替え、最後の確認として、自分の姿を改めて見回してみる。


 防弾繊維で編まれたベストと両腕及び関節部を保護するプロテクター。俺のスタイルに合わせて要所要所が強化されたナックルガード付きの黒いグローブ、腰に巻かれたベルトには一応持っておけと渡された拳銃・ベレッタF92Sの収納されたホルスターと、片手で扱える長さの片刃の銃剣。それに加えて特殊強化アクリル樹脂で造られたフェイスガード。装着者の顔が見えないように外側から見れば黒いアクリル板にしか見えないが、マジックミラー状になっているらしく視界は澄んでいる。


 遠近どの距離でも、どんな相手でも基本的な対処が可能な公安機動隊の基本装備に、装着者の戦闘スタイルや対象に合わせて零課独自の改良を加えた、公安零課では壱式装備と呼ばれる格好。硬質プラスチックや緩衝材を多用している割には身体の動きを阻害せず、むしろ下手な運動着よりも動きやすいとすら感じる。正に、戦うために生み出された衣装。


 まさか俺が、こんな格好のできる日が来るとは思わなかった。


 この装備が自分の身を守るためのものであると同時に、危険なものだということは分かっている。だがそれ以上に、俺が戦いの場に赴くことができるということ。この一点が、俺の心を高揚させていた。


 まだ見ぬ敵と、命を賭けた本気の勝負。


 今か今かと戦いを求める俺自身に『ああ、やっぱり俺は人として大切なものが欠けているんだな』と心の中で苦笑する。


 ……今さらだけどな。


 だからこそ俺は今、ここにいるんだ。


「戦人君。状況説明(ブリーフィング)をしようと思うんだけど、準備はいいかな」


 梢も俺と似たような装備をしている。違いは、両腰には二丁の拳銃・SIG226とナイフを装備し、肩にスリングの付いたショットガンを掛けている。俺のような接近格闘ではなく、射撃戦を主体とした正統派の装備。その装備ならフェイスガードを付けるのが良いと思うのだが、本人曰く『ただでさえ弱い能力が阻害されるから嫌なの』とのことで装備していない。


 そして、その正統派揃いの装備の中で異彩を放つのは、腰の後ろに横向きに装備された(えびら)だろう。その中に収められているのは矢羽の付いていない、金属製だと思われる矢が十数本。


 弓も持っていないのに、そんなものを一体なにに使用するつもりなのか。俺には皆目見当もつかない。


「ああ……了解した」


 戦場戦人、芹沢梢。


 他の職員達もいるものの、現場に突入するのは俺達二人だけ。


 俺のイメージでは、公安の人間が現場に突入するときはもっと大所帯だと思っていたんだが。


 それだけ、今回の任務は簡単だというのだろうか。


 それとも……それができないくらいに、公安零課は人手不足だと言うのか?


 まぁ、それはそれで好都合だけどな。


 人数が少なければそれだけ、俺が戦う機会が増えるってことだし。


「では、今回のミッションを説明します」


 いつものそれと違い、丁寧な言葉使いで状況説明(ブリーフィング)を始める梢。


 本人は至って真面目だというのに、見た目以上の幼声のせいでいまいち緊張感が生まれないのは、芹沢梢という少女の仕様なんだろうな、きっと。


「今回の作戦内容は、こっくりさんにあてられた学生の保護なの」


 おいおい、早速こっくりさんの事件かよ。


 ついさっき祀に聞いたばかりだってのに。


 いざなみ市で流行っている話を適当に選んだだけだったのに……自分自身のチョイスに驚くしかないな、これは。


「ん、戦人君。その様子だと、宿題はちゃんとやったみたいだね。だったら、知ってるよね? こっくりさんをした子供達が辿った末路」


「……原因は分からないが、集団ヒステリーを起こしたんだろ?」


「その通りなの。こっくりさんは元々降霊術の一種だから……たまたま条件が合致した場合、本当に低級霊を召喚しちゃって、素人に抵抗力なんて当然あるハズないから、為す術もなく取り憑かれた……っていうのが、集団ヒステリーの正体なの」


 悪条件が重なることで、子供の遊びが本物とはまた違う紛い物になってしまったってことか。


 祀がこの話を聞いたら、なんて言うんだろうな。


 その原因が本当にオカルトなものだなんて。


 祀はむしろそういうオカルトが好きだから、案外嬉々としてその説を指示するかもしれない。

「今回もそれと同じなの。……実は、これと同じ案件が、今月だけで五件、いざなみ市で発生しているの。これで六件目なの」


「六件目……その割には、騒ぎになってないな」


 オカルトな内容や噂話程度の規模ならともかく、それだけ件数が重なれば、ニュースで取り上げられそうなものだが。


「それはもちろん、私達公安零課諜報部の人達が頑張って情報統制をしているからなの。……でも、人の口に戸は立てられないって言うのに、奇妙なくらいに、こっくりさんをした後の話は聞かないの。まるで私達以外の誰かが、こっくりさんをした子達に対して意図的に情報を統制するようにしている、みたいに」


 そう言えば、祀の話にもこっくりさんをした後の話はなかったな。どこそこの誰の願いが叶っただとか、こっくりさんのをすれば霊障にあうとか、そういうの。


 話す時間がなかっただけ、なのだろうか。


 それとも、まさか梢が言う通り、本当に誰かが口止めしているのだろうか。


 ……まさかな。


 こっくりさんをしているのは、噂話が大好きな女学生が中心なんだ。それが願い事が叶ったというポジティブな話であれ、こっくりさんの後で取り憑かれるというネガティブな話であれ。そんな彼女達の口を完全に止めるなんてできないだろう。


 それだけ、公安零課の人間は優秀ってことか。


「……まぁ、そういう難しい話は後で考えるの。今は、目の前のお仕事のことを考えるの。一般生徒や職員の避難と敷地の封鎖は完了してるから、外から邪魔が入ることも、保護対象者が外部に逃げ出すこともないの。名簿から推察するに、校舎にいると予想されるのは私達を除いて一〇人前後。このうち何人が保護対象者かは分からないけど、ひょっとしたら逃げ遅れた生徒がいるかもしれないの。だから戦人君も、注意深く校舎内を探してほしいの」


 言い、梢は目の前にある校舎を見上げる。


 俺もそれにつられて、すでに見慣れた校舎を見上げる。


 俺の初任務の場所。


 それはよりにもよって、俺達が通う学校の校舎だった。


 日常を過ごす場所で起こった事件。


 相手が人間、それも同じ学校に通う生徒だということを聞いたとき、俺は少しがっかりした。


 それが、俺が初任務に対して真っ先に覚えた正直な感想だ。人外との戦いを期待していた俺にとって、相手が同じ学校の生徒であるというのは、残念なことに他ならなかった。学校で戦うことにも、同じ高校に通う学生と戦うことになると知っても、心は痛まなかった。


 あるのはただただ、戦えることへの喜びと期待。


 幸いなことに俺には同じ学校に友達がほとんどいない。例えクラスメートでも、向かってくるのであれば容赦なく殴り飛ばせると思う。……むしろ、そうであってほしいと思う。それなら、正当防衛が通用するから。


 腐れた考えだよな、ホント。


 それを平然と考えつく自分自身に、ゾッとさせられる。


『私達には、人命保護は義務付けられてないの』


 梢が言った言葉であり、その後の研修でもはっきりと言われた公安零課の基本方針。


 それは、公安特に零課では、通常の警察機構のように被害者や被疑者の安全が第一目標ではないということ。被疑者を取り押さえるためなら多少の怪我は多めに見るし、最悪倒してしまっても構わない。容疑者の安全も最悪無視していい。


 無論、理由もなく相手を攻撃することが許されているわけではない。被害者の安全は優先されるべきだし、被疑者であろうと無傷で保護するのが望ましい。だが、それはあくまでも努力目標であり義務ではない。


 そのような気を使っていられるほど公安が扱う相手は甘くはない、ということらしい。だから、相手がこちらに向かってくるのであれば、身の安全のために手加減せず容赦なく戦っていい、ということだ。これは梢に言質を取っているから間違いない。最悪、相手を殺すことすら許される。そこから先は本人次第……とも言っていたが、どう言う意味なのかいまいちわからなかった。


 とにかく、戦うということに対して制限はない。


 ……だからと言って、流石に殺してしまうことは躊躇われるけどな。


 俺だって、無闇矢鱈に相手を殺したわけではない。


 俺はただ、戦いたいだけなんだ。


 願わくば再び、骸骨侍のような相手と。


 互いの命と魂を賭けた、尋常の勝負を。


 それが俺の心を蝕む、呪いのような暗い願い。


「なにか質問は? 戦人君」


「いや……特には」


「なら、状況説明(ブリーフィング)も終わったし……戦人君。私と一緒に、死亡フラグ立てない?」


「……は?」


「だから、一緒に死亡フラグ立てよ?」


 死亡フラグ……って言うと、確かアレだよな。


 映画とかで、戦地に赴く直前に思わせぶりな台詞を言うと、確実に死んでしまうと言われているやつ。『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』とか、そういう台詞。


 梢は梢で『一緒にご飯食べようよ』みたいな軽いノリで言ってるが……死亡フラグって、わざわざ立てるようなものだったのか?


 と言うか、俺は死ぬ気はないぞ。


「なんでまた、死亡フラグを……」


「要するに願掛けなの。死亡フラグなんて常識に捕らわれないぞ、私は絶対に生きて帰るんだ! っていう、決意表示」


「死亡フラグは常識なのか?」


 それは違うと思うんだけどな。


 少なくても梢の中では常識のようだが、それは少数派だと思うぞ。


「あとね、戦う前に少し、戦った後のことを考えて欲しいの」


「戦った、後のこと……?」


「うん。戦いの後、どうなるのか。確かに死亡フラグを立てるなんて馬鹿馬鹿しいことかもしれないし……残酷な話だけど、死亡フラグを立ててから実際に死んじゃった人もいるの。だけど、私達は死にに行くわけじゃないし、戦うばかりが私達のすべてじゃない。だから、戦う前に死亡フラグを立てて……戦った後のことを考えてほしいの。そうすれば、残酷な現実の中で……私達は、人間でいられるから」


 そう語る梢の表情に、いつものような人懐っこい笑顔はなかった。


 実感を伴った言葉。


 戦うばかりが、私達のすべてじゃない。


 私達は、人間でいられるから。


 その言葉に込められた意味も、そう語る梢の過去になにがあったのかも、俺は知らない。

 それなのに、その言葉が嫌に胸に突き刺さる。



 俺に忠告するというよりは、自分に言い聞かせるような言葉だというのに。


 俺に戦い以外のものがあるのだろうか。そう、考えさせられる。


 戦いに囚われる俺に、戦い以外のものはあるのだろうか。ひたすらに戦いを渇望する俺を、果たしてまともな人間だと言うことはできるのだろうか。そんな人間が、秩序側に……この街にいても、いいのだろうか。


 戦い以外のことに関して、俺にはなにもない。それは分かっている。


 それが分かっているからこそ、俺はそんな俺自身が嫌いなんだ。

 ……それこそ考えても仕方がないのは、分かっているんだけどな。



 ただ、そう語る梢がいつもよりも小さく見えて、邪険な反応をするのは悪い気がした。


 だけど……ああ、クソ。やっぱりこういうのは柄じゃないな。


 一回だけだからな、梢。


 俺は観念し、ため息をついてから右手で梢の頭に触れる。


 途端、梢の身体はビクリと一瞬強張ったが、驚きの表情で俺のことを見つめたままその手を拒絶しようとしないので、俺はそのまま頭を撫でた。


「その、なんだ。この戦いが終わったら、飯でも食いに行こう。……これでいいか?」


 こういうとき、気のきいたことのひとつでも言えればいいんだが、生憎俺はそういうことには疎いんでな。


 精々、こんなことくらいしかできない。


「…………えへへ」


 幸いにも俺の言葉選びが正しかったのか梢は頭を撫でられながら嬉しそうに微笑んでいた。


「戦人君、意外とプレイボーイなの。梢ちゃんビックリなの」


「どこがだよ」


 梢の反応を適当に流し、適当なところで切り挙げ手を話す。


「あ…………」


 俺のことを見つめるその表情がどこか名残惜しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。


 その表情を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。


 フェイスガードをしていて、本当に良かったと思う。


 そのときの俺の顔を、梢に見られずに済むから。


「んふふ」


「……なんだよ、気持ち悪い笑い方なんてして」


「内緒なの。……じゃあ私は、この戦いが終わったら、戦人君にもう一回頭を撫でてもらおうかな」


「そんなことでいいのか?」


「いいの。そういうものなの」


 そういうもの、なのか。


 祀も頭を撫でられると喜ぶが……女という生物はそんなに頭を撫でられるのが好きなのか?


 よく分からないな、異性というものは。


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