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0.戦闘狂の独白

 生まれてくる時代を間違えたのだと、俺はずっとそう思っていた。


 別に、社会が悪いと訴えるつもりはない。生活には困っていないし、身体は至って健康体。友達と呼べる人間は決して多くはないが、それ自体は苦痛を感じることでもない。不満が全くないと言えばそれは正確ではないが、少なくても生まれてくる時代に不満を覚えるほどのものではない。


 だからこれはどちらかと言えば、俺がおかしいのだ。


 だって、そうだろ?


 着々とSFの技術が現実になりつつある現代日本で、命を賭けた真剣勝負を望む、なんて。


 そんな願望を持つ人間の方が、イかれている。誰だってそう思うだろうし、他でもない俺自身もそう思っている。今の日本……いや、この世界中で、命を賭けた戦い。それも、ただの闘争や戦争ではなく、一対一の真剣勝負を実行できる場所なんて、おそらくどこにも存在しないし、そんなことを望む人間もいないだろう。そもそも、そうまでして戦う理由というものが存在しない。


 武勇のある人間が重用される時代はとうの昔に終わっている。


 現代社会では、個人が戦うということ自体が必要とされていないのだ。


 そう、分かっていたところで、俺の心が満たされることはない。付きまとうのは、心にぽっかりと穴が開いたような空虚感。その隙間が永遠に埋められることはないと分かっていても、苛立ちを覚える。果たして、初めてこの虚しさを自覚したのはいつの頃だったのか。その心の隙間を埋めようと身体を鍛えて、鍛えて、鍛え抜いて。鍛えた分だけ余計に虚しさが増していると気付いたのは、割と最近の話だ。


 平和ではなく、闘争を渇望する。


 それは、人間としての欠落なのだと思う。


 生まれてくる過程のどこかで、まともな道徳、あるいは価値観というものをどこかに置き忘れたのだろうか。義務教育中に幾度となく繰り返し説かれてきた、命の大切さに関するこの時代の思想にはどうしても馴染めなかった。世界でも有数の平和な国である日本で義務教育を受けながら、俺は普通と呼ばれる道徳観を身につけることができなかったのだ。


 そこまで俺の心には大切なものが欠落していて、だけどそれ以上は狂えなかった。


 俺が望むのは暴力ではない。人を殺したいのでも、痛めつけたいわけでもない。


 一見矛盾しているようで、戦うことと人を傷つけることの本質は全く異なるものだと、俺は考えている。だから、ただ人を襲うことでは、俺の望む戦いは始まらない。


 俺のすべてをぶつけられる相手と出会い、そいつと全身全霊を賭けて戦うことを、俺は心の底から望んでいる。魂と魂をぶつける、全力全開の真剣勝負がしたいだけなのだ。


 ……そんなことは起こり得ないと、分かっているのにな。


 手に入りもしないものを欲しがって、手に入らないから癇癪を起こして、苛立って。


 そんな自分自身に苛立ちながら――俺は、目の前の男を殴り飛ばしていた。





 ほとんどルーチンワークと化していた拳に苛立ちを乗せると、その男はいつもよりも三割増くらいの勢いで吹っ飛んだ。積まれていたゴミの山に背中からダイブし、そのまま動く気配はない。殴った右手に残る鈍い衝撃は、いつも感じるそれとは少し異なっていた。余計な感情が入ったから、余計な力がこもってしまったのか。


 そんな風に考えてから、俺は他の男達に改めて向き直った。達、と言っても、俺の前にいるリーダー格の男以外は気を失った男が二人と、股間を押さえて蹲っているのが一人。その更に後ろ側には数人の男達が倒れている。

「て、テメェ、よくも!」


 視線があった途端に男が怒鳴る。大きく開かれた口から覗く前歯は三本ほど欠けていて……まぁ、少し前に俺が折ったんだが。本人は威嚇してるつもりなんだろうが、全然怖くない。少なくても俺に対しては、脅威にはなり得ない。


 こいつと相対することなど、ただの面倒でしかないのだ。


「いい加減にしてもらえませんかね、近藤……秀さん?」


 そのしつこさに、いい加減イライラしているのだ。


 苛立ちをぶつけるように、俺はそいつに文句を言った。


「斎藤修二だ! 名前くらい、いい加減覚えやがれ!」


 また怒鳴られたが、知ったことか。


 毎日毎日、数人がかりで襲ってくるような人間に、どうして良い意味で興味を持たなければならないのか。理解に苦しむ。


「俺にかまけてる暇があったら、ちゃんと学校に通ってください。今年も留年したら、三留でしょうに」


「黙れ! 後輩に舐められたままでいられるか!」


 街灯の光に煌めくほどの金髪リーゼントと、内側に刺繍の施された短ランと裾が汚れたボンタン。西暦二〇二〇年の現代日本で驚くほどのオールドファッションヤンキーを貫く、今年で二〇歳になるらしい高校三年生。


 高校の入学式の日にその浮いた姿を初めて見て、まるで昭和のドラマみたいだと思った。今になって思えば、そのときの俺の視線が気に入らなかったのかもしれないが、そう思った時にはもう後の祭り。下校途中に声をかけられ、定番の体育館裏に連れていかれたあの日からもう三週間になる。それから毎日のように因縁を付けられ、数人がかりで襲われ――その悉くを、俺は返り討ちにしている。


 典型的な昭和の不良の行動。だが、俺は、こいつのことを馬鹿にすることはできない。


 それが性分なのだ。どう足掻いても変えることのできない、変えてしまえば自分が自分でなくなるほどの、ひどく下らないプライドのようなもの。現代を生きる人間としての欠陥と言い換えてもいいのかもしれない。


 要は、こいつも俺と同じ。時代遅れの遺物なのだ。


 人間は不完全な生き物だ。単体で自己完結することができない。誰しもが欠点を、欠陥を抱えていて。だが、この欠陥はあんまりじゃないか。


 そんな人間達と喧嘩を続ける毎日。


 違う、と思う。


 俺が望んでいるのは、こんなことじゃない。


 俺が渇望しているのは、戦いなんだ。


 命を落としても構わない。そう思えるだけの、尋常の勝負。


 その、俺が望む日のために、鍛錬は怠らなかった。明け方から起き始めての基礎トレーニング、時間が空けば素振りや型稽古、暇があれば師匠に扱かれて。身体や技能を鍛えるだけでなく、先人の意志や知恵を得るために戦術書や各種指南書、歴史小説の類まで徹底的に読み漁った。


 だが、今の俺がしているのは、下らない喧嘩だけ。俺の想いが解消されるどころか、不満は溜まる一方で。


 戦いを求めて、噂を頼りに決闘を申し込みに行った時期もあった。噂の対象はインターハイの優勝者から古武術流派の師範まで。だけど、どの戦いでも、俺は満足できなかった。


 現代格闘術……剣道や空手といった競技は定められたルールによって攻撃できる場所は限られている。例えどれだけその道を極めていようとも、それはルールという決まり事の上でのこと。ルールから僅かでもはみ出た瞬間、彼らは途端に、少し鍛えただけの素人になり下がった。


 いや、それでも、戦うことができただけマシだった。


 ほとんどの場合、俺は戦うという土俵の上にすら立つことはできなかった。

 師範と呼ばれる彼らは皆、口を揃えてこう言った。


『本気の決闘は、現代では犯罪だ』と。


 結局、俺と勝負をしてくれる人間は一人もいなかった。


 ごく僅かに戦ってくれた人達も、実のところ本気で勝負などしてくれなかった。


 誰も俺を、満足させてはくれなかった。


 それでも「次こそは、次こそは」と願い、戦って、戦って、戦い続けて、結局、満足のいく戦いは一度も無し。『なんだ、戦ってくれないのか』そんな呟きを幾度も重ねたが、一〇回目以上は数えていないから、正確な数は分からない。


 ルールに従う現代格闘術の人間も、ルールなど存在しない古流武術の人間も、結局のところ現代の法律、あるいは道徳というルールに縛られているのだ。それを悟ったと同時に、俺は落胆した。


 そして、今。俺は、苛立ちのままに拳を振るい続ける。


 いつも通りの軌道を描いて顔にめり込む拳。四本目の歯が折れる感触が伝わる。そこにあるのは、確かに戦い。だが、そんな戦いを、俺は望んでいるんじゃない。


 この、息がつまりそうな、閉塞な日々をぶち壊したいが、その方法は分からず。


 空虚感に苛まれるだけの陰鬱な日々が、続いていた。







 だから後に、俺――戦場いくさば戦人いくとは心の底から感謝することになる。


 おおよそ二〇回目の襲撃を迎撃した、そのあくる日に出会った存在。



 都市伝説と呼ばれるもの達と、それを追いかける零課の人達と、そして、俺と同じように想いを持った、一人の骸骨侍に。


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