第十二章 から元気な戦後処理
死骸は自軍の物は砦の中に安置しカーヴァンクル軍のものは砦から離れた場所に穴を掘ってまとめて埋めた。
砦の地下は気温が低いので、遺体の安置場所に使うことにした。
元々食料を保存するための場所だったが、これから作物を取り込んで収める予定だったので今はちょうど空いていた。
その様子をセレクは無言で一部始終見ていた。
「少ないほうです」
ジュリアスの言葉に、セレクは目を瞬かせる。
意外そうな顔に、この少年は、人殺しをしたことがあっても戦争は今日が初めてだったのだと思い当たる。
「少ないほうです、貴方はよくやりました」
重ねてそう言えば、彼は小さく頷いた。
「そっか」
気のない言葉だった。表情も変わらない。だからジュリアスはそれ以上言うのを止めた。
「ジェルマンに被害と、死傷者の名簿を作るように言っておけ、それと、後をつけた連中に、森に入って三日以上奴らが出てくる気配がなくば戻って来いと伝えろ」
よどみなく続く言葉を、ジュリアスは黙って聞いていた。
「奴らが戻ってきたら、砦に匿っている農民どもを家に戻せ」
その言葉を最後に再びセレクは黙る。
ジュリアスは一礼すると、セレクの命令を伝えるためにその場を後にした。
馬車の元まで、戻ると、カーヴァンクル軍は、負傷者の治療を始めた。
「追ってこないですかね」
リュシーが不安そうに言う。
「監視はつくでしょうが、森のあの目印を越えたら、もうこないでしょう。彼らは防衛のための戦いをしたのであって。殲滅する気も必要もないようですし」
アイーダはそう言って、早々に自分の馬車に戻り、いつもの場所に坐った。
リュシーはそういうわけにはいかず、負傷者達についていた。
リュシーは背後を振り返る。重症でも生きているものはかろうじてだが回収された。
しかし、明らかに死んでいるものはそのままおいてきてしまった。
「気にしなくとも、あっちで埋めるだろう。死体の野ざらしがあれば、疫病を生む。それくらい連中もわかっているはずだ」
肩に刺さった針を抜いてもらいながらアルカンジェルが言う。実際それはお互い様なのだ。自分の敷地内にある死体は、敵味方区別なく。責任を持って埋めるという暗黙の了解があった。
針を抜いたとたん、腕の痺れは収まり、安堵の息をついたアルカンジェルは、医師と部下に負傷者を異動させろと命じた。
「とりあえず、怪我人は、上級士官用の馬車で運ぶぞ。リュシー、アイーダにしばらく同居人に耐えてもらうと伝えて置け」
リュシーは顔をゆがめる。慣れない人間の横にアイーダを置いておくなんて、その軋轢に考えただけで目の前が真っ暗になる。
「そうだ、俺の本棚をここにおいて置け。あれを置いていけば一人くらいは余計に置ける」
そういったアルカンジェルにサージェントが驚いたように目を瞬く。
「どんなに高価でも、本はまた買える。しかし、それを惜しんで、部下を見捨てたと言う汚名は着たくないんだよ」
そう言って。アルカンジェルは自分の馬車に戻り本当に本棚を地面に置いた。
サージェントはやれやれと溜息をついた。そういうことを言い出すなら、最初から持ってこなければいいのだ。
愚痴をこぼしながらも、撤退準備を続ける。
これで、終わりだ。サージェントは背後の砦のある方向を振り返る。
「負け戦にしては、被害は少なかった、それだけは感謝しますよ大公殿下」
それが、最後のセレクへの言葉だった。
リュシーがアイーダに話をすると、アイーダは馬車を完全に降りて、騎馬で旅をすると言い出した。
そういわれて、リュシーは青ざめた。アイーダも十分に重症者を名乗る資格があるのだ。そのアイーダが騎馬で移動するとなると、馬車で異動する人間の立場というものが。
「かまいません、どの道痛むわけではないのですから」
「痛くないと言うのが理解できません」
リュシーのあまりに正論に、アイーダは不機嫌に応じた。
「たかが右腕一本でしょう」
「右腕は普通たかがとは言わないんです」
リュシーの心からの叫びに、会話を漏れ聞いた者達は全員リュシーに賛同した。
「だって、どうせ不器用ですもの」
どこか拗ねたような口調に、アイーダが何を言っているかしばらくリュシーは理解できなかった。
しかし、不器用と言う単語に一つだけ思い当たることがあった。
「もしかして、あれ、わざとじゃなくて」
その言葉にアイーダはそっぽを向く。
リュシーは力なく笑った。
「わかりました。腕が治ったら、最初から丁寧にやり方を教えますから」
「習ったってどうせ私は貴女みたいにできないから」
「基礎の基礎くらいはできるようになるはずです」
リュシーはそう言って説得した。これで心置きなく内職ができると。アイーダに教えると言う大義名分があれば、内職道具は持ち込み放題だ。
どこまでもちゃっかりしたその思考をアイーダは気付かなかった。
「でもアルカンジェル様がいなくなったら、組織に帰っちゃうんですね」
「そんなことにはならないでしょう。組織はあの方をそれなりに評価しています」
アイーダは、やれやれと疲れた顔でアルカンジェルのいるほうに視線を向ける。
「おそらく、対セレクの切り札として今後も活用しようとする勢力を動かすでしょう」
「よかった、失業しなくて済んで」
リュシーはどこまでも利己的だった。
アルカンジェルは、愛馬にまたがり、森を進む。馬車は怪我人に明け渡したので、これからは、正真正銘の野営で過ごすことになる。
これから、本国で別の戦いが待っている。
「サージェント、かつて、不毛の荒野に立った先祖から見れば、今のこの世界は楽園に見えるかもしれん、だが、けして楽園じゃない」
サージェントは視線を送るだけだ。
「いや、かつて滅びた文明も、今の俺達からすれば、どれほどまばゆい世界化と思うが、そこもまた楽園じゃなかった。人が人である限り、楽園など永遠に得られない。これが現実だ」
彼は目を閉じて、瞼の裏の面影を思う。
「子供すら殺しあう今が楽園じゃない」
「アルカンジェル、それ以上言うべきことではありません」
実際、セレクが子供だったことに、アルカンジェルは地味に傷ついているようだと、サージェントは思う。
「もう終わりました、彼は彼の戦いを生きるでしょう。貴方が貴方の戦いを生きるようにそしてたぶんまた戦う羽目になるような気がします。」
返って良かったとサージェントは思う。これでまだアルカンジェルには利用価値があると思わせられる。そんな思惑を死ってか知らずか。
アルカンジェルは無言で馬を進めた。ゆっくりと軍団が進み始める。
セレクは戻ってきた部下の報告を聞くと、農民を開放しろと命じた。そして、戦死者達の遺骸を家に戻す手続きを始めろと命じた。
「今回はこれで終わったけど、これですむわけないよな」
セレクはうんざりと呟く。
これで、国内の敵のみならず、隣国まで敵に回したと。
うんざりと、会議用の円卓に突っ伏す。
「少し休みなさい、もう貴方にできることはない」
ジュリアスの言葉に、セレクの目に傷ついた色がよぎる。
「休みなさい、貴方は自分が思った以上に疲れているんですよ」
諭すような言葉に、セレクは納得したわけではないが、それでももう仕事を回す気がないと悟り、自室へと戻った。
その日扉の向こうで、かすかな泣き声が聞こえなかったと、誰もが言った。