第一章陸記「進軍」
場面が変わります御注意ください。
荒廃した土地。
砂塵の舞う広大な砂漠。
そんな荒蕪の地に仰々しく馳せる大軍団があった。
掲げる旗は法王の尊厳さを象徴したもの。
白銀と黄金の剣を交差させ、その中央には巨大な十字架に五重冠を真紅の糸で括り付けるという構成。
白銀と黄金の配色は法王庁直属の騎士達の鎧と兜をモチーフに。
二対の剣は開祖が常用したとされる聖剣。
法王の宗教上保持している権力を五重冠で表している。
馳せる軍団の装束も戦をするというよりかは社交界にでも突撃しようとするかの様な正装。
やはり何処か仰々しいものだった。
「ねーねー、デニス副長ぉ~。やっぱさっきの町にいた巡礼の親子、けっこう美人でしたよ~。母親の方とか副長の好みじゃなかったですか? 娘の方もあと幾年も経てばとびっきりのものになると思いますし」
銀の帷子に狐らしき動物を模したお面だけというなんとも不可思議な出で立ちの男が、並走している髭面男に話しかけていた。話しかけられた男はどうやらこの大軍団の副団長らしくその出で立ちも他の者とは違い唯一鎧と兜、武具を装備している。
「このド阿呆!! 貴様はいつもそんな感じだがな、今回ばかりはそうはいかんぞ。我々法王庁直属第六大隊が初めて猊下の勅命を承った今回の任務。失敗しては一生の不覚!! 心して掛からねばというのに、まったくニコスお前ときたら……ぬぅこの罰当たりめ!!」
狐面の男、ニコスは髭面の男の熱血に当てられたらしくゲェと舌を出してげんなりとしていた。
元々、この法王直属第六大隊またの名を無用の長物軍団やごっこ軍、お坊ちゃま軍などと呼ばれているこの軍隊はその二つ名の表している通り、全く使い物にならない軍団として法王庁内では知られている。それは兵士達ほとんどが何処かの有力貴族の跡目や婿などでその命を戦に取られたくないという思惑があり、ステータスと唯の安全策のために作られた大隊だからなのである。もちろんそんなぼんぼんの集まりにわざわざ上の役人が戦の命を出す筈がなく、実践の経験など皆無なのである。
そんな未熟な軍隊が初めて命を受けたその内容は、
リビュア渓谷に降り立つ奇跡の顕現をその瞳に収めよというものだった。
当初この命が、神明のお告げがあったと法王の口から下されたときは天上天下物情騒然の大混乱だった。
その時分に法王庁に残された軍は第六大隊しかおらず、その他の大隊は全て出払っていたのだ。
各大隊を呼び戻す訳にもいかず急遽、第六大隊が勅命を受けることになったのだ。
役人の中には最後まで渋っていた者も居たのだがそれも終いには承諾することになる。
「むぅ……しかし、一体全体どういうことなのだ? 開祖様が記した黙示録にも記載されていなかったそうじゃないか、この事象は。そんな事があるとは思えないのだがなぁ」
「そうですねぇ、まあでも、そもそもぉその開祖様の黙示録って物自体僕達は見たことも触ったことも無いのですから、怪しいもんですけどね……」
「ぬ、ニコス、それ以上はあまり口を利いては異教徒と見なされるぞ。やはりお前さんは少し口の利き方を学んだ方が良いのではないか?」
「おっと、これは失礼。以後気をつけますよ。副長さん」
砂漠越えには忍耐と胆力が必要だ。
両とも備わっていなければ砂漠を越えるというのは自殺行為にも等しい。
お坊ちゃま達にはやはり厳しかったらしく既に数人の脱落者を出していた。
そんな過酷な状況で優々と談笑をしているこの二人は案外、兵なのかもしれない。
幾日も砂漠を渡り歩き、永遠とも思える時間突き進んだ。
されども終わりは見えてこない。
脱落者の数も日に日に増えていく一方だった。
脱落者が増えればその運搬にも治療にも人員を割かなければいけなくなる。
予想を超えた消耗の早さに団員は驚きを隠せなかった。
「副長!! とうとう医薬品が底をつきました。食料類も段々と減ってきておりこの儘では大隊が持ちません。今から引き返せば最寄の町には辛うじて着けるでしょうし、この砂漠は終わりが見えません。そのリビュア渓谷というのも何処にあるのか明確には分からないじゃないですか」
食料、医薬品、武具などの蔵数の管理を担う団員が軍の現状とその危機についての弁舌をしている所だった。
団員の意見は至極真っ当なものでこのまま徐に突き進むと大隊が壊滅するのは必然であり避けられない決定事項。
「むぅ、ぬぅ、ぐぅぅぅ……」
自慢の髭を撫で繰り回しながら悶える男の姿は酷く滑稽で正直近寄り難かった。
だが、悩むことも仕方が無い。
最寄の町で食料補給を行った際、砂漠越えを数多く経験している行商人に渓谷の位置を教えて貰い、大雑把で酷い出来だが砂漠の地図も書き記して貰っていたのだ。
その地図によると後もう少し行けば清流の流るる渓谷が待っているらしい。
「一人で悩んでいても無意味だな。団長に相談してみよう」
野宿のための仮住いを組み立て、集まり焚く暖の光はまるで此処が一つの村の様に錯覚させた。
そんな温かな光に包まれながら、デニスは中央に位置する大やぐらの中へと入る。
「キシリア団長」
やぐらの中はとても広くその中央には会議用の机が配置されている。さすがに椅子は用意していないが、それでも戦に不釣合いなほど十分豪華な物だった。
デニスが奥へ通る時には既に幾人かの騎士達が机を囲むように立っていた。
「む、談義中でしたか。これは失敬。出直してきます」
談義中とは言ったがその様相を見ればまるで若い者どうしで乳繰り合っているようにしか見えない。
「待て、デニス。変な勘違いをされたまま帰しては後々面倒だ。こっちへ来い。丁度お前を呼ぼうとしていたんだ」
会議用机の周りに佇んでいるのはこれで計五人。
南方にキシリア
北方にデニス
西方にニコス
東方に蔵数管理者
そして入り口を警護する憲兵一人。
議会は始まった。
「さて、奇跡を瞳に収めるための方針を、と言いたい所だがそうにもいかない。先ずは今後どうするか、だ。」
特徴的な白銀の髪を結いながら、結構重大な事をズケズケと言う。
キシリアは本来大貴族の嫁へと出される筈だったのだが本人が強く(生半可なものではない)拒んだため縁談が成立せず両親が仕方が無くこの第六大隊に入隊させたのだった。キシリア自身も武道の道を行きたいと常々思っていたらしく入隊後瞬く間に団長の座に登りつめた。大貴族の嫁に成る筈だったその容姿は醜いはずがあるわけが無く誰もが見惚れるほどの美貌がある。発展途上ながらもしなやかで豊満なその体に相成る夜空に浮かぶ銀糸の如きその白髪は誰もが望みゆる。
団長に登りつめただけあって剣術もそこそこに強い。
勝気な性格故なのか意中の人ができたことがないことに多少コンプレックスを抱いている。
部下には厳しい彼女だが密かなファンが急増していることは知る由も無い。
「食料、医薬品等の蔵数によると持って十日。ギリギリで町に着けるかという程度です」
「では、もっと節約・倹約を心がけるように伝令を出せば、多少は期間が延びるのではないですか? その延びた期間を探索にまわせばいい事ですし」
ニコスが珍しく人の物言いに噛み付いていたことに少しデニスは驚いていた。
「それは無理です。例え節約・倹約を徹底しても医薬品だけはどうにもなりません。規定量をちゃんと投与しなければ無意味ですし、このまま進軍していると更に脱落者が増えるでしょうから。それに倹約令を出せばさらに士気が下がる事が考えられます」
「そう、ですか……」
ニコスの反論に事実を突きつけられ暫くの間沈黙が続いた。
「ふむ、万事休すとはこのことか。情けない」
一度最寄の町に帰還するというのは実質的にこの任務を放棄、もしくは失敗したということになる。
なぜならば、帰還の際にも脱落者は出る。脱落者達は一朝一夕では回復することが出来ないので、少数で奇跡に挑まなければならなくなる。その先にはどんな危険があるのか分からない、だからこそ大隊を率いてやって来たのだ。つまり少数で挑むことは敗北に等しいのだ。
まさかの役人様も自然の脅威に負けて帰ってきたという言い訳は聞きたくないだろう。
「選択肢は無いようですね」
どちらにせよ危険はあるのだ。
ならば希望に賭けてみよう。
そう決意したのだった。
話し合ったあの日から丁度十日経った。
蔵数管理を担う者の言ったとおり脱落者は更に増え続け食材も医薬品も底をつきかけている。
絶体絶命。
もう逃げ場は無かった。
最後の希望に賭けた。大隊の中で一番早駆けが上手い者を、リビュア峡谷が位置する筈の場所へと駆けさせていた。これで渓谷が見つからなければ再び無能の烙印が大隊に焼き付けれられることになるだろう。
神に祈るしかなかった。
夕暮れ
闇が赤き空を侵食する光景はまさに絶景。
常闇がやってくれば月明かりに照らし出され星を見上げるだろう。
だが、星を見上げる時間にしてはまだ早い。
微かな希望に縋り付く姿は醜いだろうか。
微かな希望に縋り付く姿は滑稽だろうか。
微かな希望に縋り付く姿は不甲斐ないだろうか。
日は落ちる。
ゆっくり、ゆっくりと。次第に陽光も弱くなり薄暗くなる。
誰しもが諦めた。
もう駄目だ、と。
暗黒が空を覆い妖艶な月が顔を出す。
「おお神よ……!!」
暗闇の中に一条の光が浮かぶ。
それは温かな橙色をした炎。
次第に聞こえてくる馬の蹄の音。
そして、
「ありましたぁぁぁぁ!! 団長、キシリア団長!! ありました!! 渓谷です!! リビュアです!!」
早駆けの蹄の音と騎手である男の叫び声。
待ち望んでいた全ての団員達には至福の音色と化したことだろう。
抱き合い、嗚咽し、涙する。
夜空に汚い、それでいて熱い音が流れるだろう。
今宵、リビュア渓谷にて男達の雄叫びが響く。
やってることはあんまり大した事じゃないんだけどなと書いてて思った。
毎度の事ながら更新遅くてすいません。努力します。
さぁ次はいよいよ主人公達との邂逅です。
一体全体どうなるのやら。
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