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銀の首輪の小英雄  作者:
邂逅編
5/17

第一章肆記「御伽噺」 上

 竜と男の邂逅からある程度の年月が流れた。 



 男は時間の経過と比例するように知識を得た。



 動物のを捕まえる方法。

 魚を捕る方法。

 木の実の判別。

 食事・調理の仕方。

 衣食住に関する知識。



 その土地土地による最適な身の運び方。

 身を隠し相手に気づかれない方法。

 体術。護身術。

 体の使い方。



 全てが竜によるもの。



 口で人間は嫌いだとは言うが思いの外、人間社会に精通していた。



「フェルニゲシュ。君は何故そう天邪鬼なんだい?」



『何が言いたい』



「君は、口では人間なんぞ嫌いだ。なんて言ってるけど、それがどうしてこうまでも色々な事を知っているのか不思議に思ってね」



『そんなことか……』



 竜――フェルニゲシュは嘆息を吐き懐かしむような口調で言った。



『私はお前達の考えが及ばない程太古から存在している』



『太古には人間と竜の共存の世界もあった。そこにはある事柄一筋に恐ろしいほど熟達した者達が大勢いたのだ。木匠、工匠、棟梁にも掛け合いもした。狩人に効率的な狩猟の方法を学んだ。生肉しか食べていなかった我々に味の付いた食事を教えてもらったのも人間だ。知識人に文化というものも受け取った。竜の歴史の根幹にはいつも人間が居た。まあ難しい事を言ってもお前には分からないだろうが……』



「いや、何となくだけど分かるよ。だけどそんな事を聞いたら益々不思議に思うよ? 何で人間が嫌いなのさ?」



 疑問が疑問を呼ぶ。

 それほどまでに親しみを持っていたならば憎むべき対象にはなり得ない筈だ。

 共生をなしていたというのならば均衡もとれていたのだろう。

 なのに何故?



『ふむぅ…………本当にお前は何も知らないのだな』



 竜は首を傾げ、物思いに耽るように空を見上げる。

 その情景はまるで老いさらばえた老人が日向に出て茶を飲むようにも、

 聡明な青年が息抜きで日光浴をしている時のようにも見える。

 要するにぼーっとしていた。



『一つ、御伽噺をしようか』









             ○







 どこか遠い遠い見知らぬ国に、大層見目麗しい美しき王様とお妃様がいた。



 その二人は婚儀を行ってからまだ日も浅く、それでいて仲睦まじいとてもいい夫婦。



 珍しいことに、この二人は政略結婚などではなく恋愛の末の婚姻というその仲の良さが納得のいく関係だったそうだ。



 その国では、王とて妃の事を蔑ろにすることは出来ないよう法に定められており、妃にも王と同等の権力が与えられることになっていた。



 もちろん正式な側室として迎え入れられるには乙女であることが必須であり、婚前に手を出すなどは持っての他だ。



 王が初めて妃の身体に触れることが許されるのが、婚儀から二度上弦の月を垣間見ることができた後であり、それまでは絶対的な禁欲を押し付けられるのだ。



 王様はそんな生活にも耐え、上弦の月を見ることができ、意気揚々と妃の待つ寝室へと駆けていったそうな。



 長い夜の末、無事に初夜を明かすことが出来、安堵と幸福感に包まれる王宮。



 早朝、妃の悲鳴が宮内に響き渡る。



 王宮の皆の安堵が一瞬にして焦燥に変わる。



 何事かと自室に戻っていた王様が妃の寝室に入るとそこには、



 血塗れの寝衣を着て、頬に涙を伝わせる、窶れた顔をした、妃が佇んでいた。



 王様が事情を聞くと



「夢に化け物が出てきて、お前には子供が出来ないと囁かれた。目が覚めても夢を思い出して怖くなり、寝具から離れようとすると純白だった筈の寝間着と寝具が真紅に染まり何かの紋様が浮かんでいた」



 と。



 後に妃の親身には傷一つ無かった事が分かり、更に此の面妖な事件が表立つようになった。



 その後、数年に渡り幾度と無く二人は身体を重ね合ったが終ぞ子供ができる事は無かった。



 愛子に恵まれることがなく、隣国との戦争に王様との蜜月も少なくなる。



 自身の不甲斐なさに気を落とす御妃様。



 何とかならならないかと国中の呪い師に掛け合い、子宝に恵まれると言われる妙薬にも頼る。



 だが、やはり継子が生まれることは無くとうとう婚儀の日から十年が経とうとしていた。



 十年目の丁度その日。


 

 庭園を眺めていた妃が一人の老婆に目を留めた。



 暇を持て余していた妃は暇つぶしにとその老婆に話しかける。



 すると、老婆だったはずの其れは、醜怪な物体へと変わり果てる。



 物体は言う。



 今日の日没に皿を庭の西北に裏返して置いておく。



 その後、日の出の時その皿を取ると紅白の秀麗なバラの花が咲く。



 赤いバラの花弁をを食べれば男の子、白いバラの花弁なら女の子ができる、と。



 妃は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。



 早速、提言された事を行動に起こそうと走り去ろうとした時、再び物体は言った。



 ただし、絶対に二つとも食べてはいけない。欲に負けて食べてしまうとこの国に多大な災厄が降りかかるであろうと。



 妃は興奮のあまり、話し半ばにしか聞いていなかった。



 日没後、言われたとおりの場所へ行くとそこには裏返しに置かれておる豪奢な皿があった。



 妃はそれを見つけると益々興奮し、日が明けるのを今か今かと待っていた。



 時が満ち、陽光が暗闇の中から煌々と顔を出す。


 

 すると、妃の目の前で不可思議なことが起こった。



 光輝が豪奢な皿に反射し、皿の紋様が立体的に写る。

 


 その紋様はいつの日か見たあの紋様であり、恐怖が蘇る。



 身を震わせながらもその様子を凝視していると、閃光が彩光に変わり彩を増す。



 それはこの世のものでは無い物の様だった。



 赤、青、黄、緑、紫、白、黒。



 色光が織り成す形は薔薇の花。



 茨から花弁、雄蕊や雌蕊。


 

 その細たる形象は刺々しい薔薇が優艶に見えるほどだ。



 具現化されたそれは真紅の花弁と純白の花弁を持つ薔薇の花。



 得体の知れない物体の言っていた事は真実だった。



 輝いて見える二色の薔薇を摘み取り手に乗せる。



 真紅は引き込まれるような赤。純白は穢れを知らないような白。



 これを食せというのか。



 妃はこれほどまでに美しいものを見たことが無かった。



 諸国からの贈り物として受け賜る宝石や装飾品をも超える至高の一品。



 だが、これを食べなければ子を為すことはできない。



 意を決し、赤い薔薇を口一杯に頬張った。



 花弁を一房噛んだ時、口一杯に広がる芳醇な香り。



 花独特のあの匂い。



 それが何故だろう。



 美味しくて美味しくて仕方が無いのだ。



 また一房食む。



 更に強く香る匂いと味。



 薄い、とても薄い花びらの筈がまるで、肉厚で脂のとことんのった肉を口一杯に頬張ったかのようだった。



 噛めば噛むほど味が広がり留まる事を知らない。



 いつしか、妃は薔薇の花を食す事に夢中になっていた。



 薔薇の魅力の虜となってしまったのだ。



 食べて、食べて、食べ続け、遂には赤い薔薇が底をついた。



 空腹時に感じるあの焦燥感がやってくる。



 食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、たべたい



 薔薇の魅力に魅入られた。



 『欲に負ける』とはこのことだったのだ。



 白い薔薇を食べてしまえば子をなすことが出来なくなる。



 それだけは嫌だった。



 王様の辛い顔を見たくないのだ。



 早く子供を作って、笑顔を取り戻したかった。



 だがそれでも薔薇の魅力は引けを感じない。



 どうしても諦めきれない。



 相互の意思が(せめ)ぎ合い頭痛が走り地面に倒れ伏してしまう。



 暫くして身動きが止まりフラフラと夢遊病者のような挙動で立ち上がる。



 白い薔薇を摘み取り、そして……









 口にした。









 

更新遅れてすいません。

御伽噺は上下の予定。

閲覧とお気に入りに感謝。

ユニーク数1000突破。

今後ともよろしくお願いします。


※お気に入り登録や感想を頂けると嬉しさのあまりソーラン節を踊りだします。

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