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銀の首輪の小英雄  作者:
邂逅編
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第一章参記「竜」

 荒廃した大地に相応しくない木々が鬱葱と生い茂る深山幽谷。

 今そこに降り立つ尊大な存在があった。

 漆黒の鱗に全身を覆われている。

 節々から鋭利な棘を生やしその爪と牙からは毒々しい液体が滴り落ちている。

 豪富な宝石にも負けない輝きを持つ瞳と山をも飲み込めそうな大顎を持つその巨体は、

 時折、息苦しそうに呼吸を繰り返している。

 呼吸を繰り返す度に見え隠れする生々しい傷口のあるその背には無数の鉄塊が突き刺さっていた。



 竜



 この世で敵う者はいないとされる最上の種。

 誰もが崇め誰もが敬い誰もが慄く。

 その存在はその位置する空間に蟻の一匹も入れることを許さない。



 それがどうだろう。

 竜の目の前には風采の上がらない貧相な身体をした人間がヨロヨロと立ち尽くしている。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁぁ」



 肩で息をしている男はその姿を見せてから竜への視線を外すことはなかった。

 竜も男も相手を見続ける。

 無音。

 森林の樹木達が耳へと音を届けるのみ。

 永遠の時間にも思える。



 遂に一方が口を開いた。



『何故此処に居る?』



 音を発したのは大口を開いた竜だった。



『何故此処に居る?』



 再び疑問を呈する。



「お前が見えたから……」



 返答は単純で簡素なもの。



『此処はお前の来るところではない。眠りを妨げおって。起き掛けに見るのが美味そうな肉ならまだしも、人間の顔など見たくも無いわ』



 竜の口から発せられる音は必ずしも人間の理解できる言葉ではない。

 耳に入るとしても唯の唸り声としてしか受け取られないだろう。

 だが、男には何故かその意思が伝わっていた。

 こんな人間など今まで見たことがない。

 ましてや自分の姿を目視して逃げずには居られない筈。

 にも関わらず、この男はそんな素振りを見せる気配は無い。

 


「そんなことを言っても、お前怪我してるじゃないか」



 男の声の後に再び長い沈黙がやって来る。



 だが、またしても沈黙を破ったのは竜だった。



『グッ、グゥフフフフフフフファッハハッハハハハハハッハハハハッハァ』



 笑い声。

 これもまた常人には唯の鳴き声としか取られない。

 それでもやはり男には伝わっていた。

 男の顔にも明るい表情と笑顔があったのだから。



 恐れおののき、畏怖し、絶望する。

 竜の追憶の彼方に残る人間の思いはそんなものばかりだった筈だ。

 なのに、この男は怖がるどころか傷口の心配をしているというのだ。

 これで笑っておらずにはいられなかった。

 滑稽、変わり者。

 だが、それはそれで興味も沸いてくるというもの。



『お主、名は?』



「名前? 無いよ」



『む? どういうことだ』



「名前を知らないんだ。自分の」



 世界の最上種と会話をしているといのも凄まじいがその胆力もまた凄いことだ。

 無知は罪、とでも言おうか。



「君は?」



『私か? 私の名前か。そうだな、強いて言うならば――――』







       フェルニゲシュ







『そう。フェルニゲシュ。うん。其れが私の名前だ』



 面白がるような目つきでこちらを眺め、微笑している。

 何が可笑しいのかは男には分からない。

 分かる必要は無いのだ。



「フェルニゲシュ。良い名前なの、かな?」



 竜は微笑から苦笑へと笑いを変化させた。

 その様相はさながら困った父親のように。



『ハッハッハ。そうだなお前達人間の中ではどうなっているのか知らない、知りたくも無いが私自身はこの呼び名が一番気に入った』



「うう、御免……気に障った?」



 様子を探るその姿は、竜からすればまるで愛玩動物の仕草をみているにも等しかった。

 愛らしいとでも言えばいいのだろうか。



『気にしなくていい』



 既に竜からは覇気が消失していた。

 いつの間にか有った筈の圧迫感が解け、随分と楽だ。

 竜と男の周りにも、生けるものが姿を現し本来の森林の姿を取り戻していた。



「面白いね。外にはこんな所があったんだ」



 木々の間を縦横無尽に駆け回る小鹿の群れ。

 枝々に飛び移り器用に木の実は食む栗鼠達。

 清流の流れに逆らい力強く泳ぐ魚。

 色とりどりの花、草、葉。

 


 全てが男にとって新鮮だった。

 


『嗚呼』



 森の深奥に佇む一人の男と一頭の竜。

 不釣合いなその光景は木漏れ日に照らされどこか神秘的なものだった。





 

閲覧とお気に入り、評価して下さった方々に感謝。

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