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銀の首輪の小英雄  作者:
邂逅編
3/17

第一章弐記「咆哮」

 男が目を覚ますとそこはやはり牢獄だった。

 別に期待はしていない。

 これが常、これが日常。

 寒さに震え、苦痛に悶える。

 それが常、それが日常。



「…………」



 目を見開き無言を貫く。

 黒き瞳に映るのは黒岩の壁。



「違う」



 夜が過ぎ朝が来て目を開けばいつも思うこと。

 其れが今日は沸いてこなかった。



「違う」



 何かが違う。

 何が違う?

 一体……?



「夢を視ていない……?」



 男は夢を視ていなかった。

 気づけば此処に居て、いつもみてきたこと。直ぐ傍に片寄って共に生きてきた。

 常、日常、いつも。

 非日常は突然にやってくる。



 この日は男にとって革命の日となる。






                   










 いつまで経っても醜い偉丈夫はやって来なかった。



 常は、日が昇りきった時に決まってやって来る。

 だが今日は日が昇り、傾き始めても未だに来ない。



 やはり何かが違う。 



 凍える身体を無理矢理動かし、檻の出入り口へと近づく。

 施錠されている筈の扉へと手をかけた。

 そっと極小さな力で扉を押すと、きぃという音を立ててゆっくりと扉が開く。

 一歩、二歩と歩みを進め牢の外へと踏み出した。



「……嗚呼ぁ」



 男の頬に涙が伝う。

 必死に留めようと上を向いたがそれでもまだ溢れてくる。

 思えば、男は此処に居てあんな仕打ちを受け続け、一度も逃げ出そうなどとは考えたことはなかった。

 凍え死にそうになっても、苦痛に呻きながらも、一度も逃げ出そうとは思わなかった。



「外……」



 三歩、四歩、五歩、六歩、と順々に足を動かす。

 土を踏み締め腰に力を入れる。

 地面は抉れ足の裏に泥が付着する。

 黒岩の地面に比べ温かいその土塊からは芳醇な香りが漂う。



 目の前にあるのは光が漏れるこの牢獄の出入り口。

 いつも此処から偉丈夫はやって来る。

 この先には未だ見ぬ世界が存在しているのか。

 


 男は扉に手をかけ勢い良く押し開けた。



 煌々と差す日射が何かの鉱石らしき物に乱反射し辺りにまたたくその様は、まるで光が蒼空から降下し煌びやかに揺れ動いているかのようだった。黄と碧に包まれた空間は慣れない瞳に痛みを与えるほどに美しい。

 


 目が慣れてくると次第に、凝然としているこの場所がどんな所なのかが見えてきた。

 足をつけている此の場所はさながら処刑台であり、男はその上に佇立する囚人に見える。

 処刑台の周りには段々になっている観客席のようなものが敷き詰められていた。

 観客席からは囚人を見下ろす形になるのだろう。

 だがこの場所において全てに共通する事柄が在った。

 全てが既に風化していたのだ。

 赤茶けた処刑台の扉、緑黄の蔦の這う壁、罅裂し原型を留めていない観客席。

 全てに於いて時が過ぎ去っていた。



「これが外?」



 男の顔には驚愕と落胆の色が見て取れた。

 


「そんな筈は……!」



 夢を見てきた。

 外は、夢のように壮大で優雅で儚く永遠で豪奢である筈だ。

 今一度あの夢のような光景を目にすることはできないのか?

 これが全てなのか?

 これが世界なのか?



 男は嘆き悲しんだ。

 嗚咽は響き反響する。

 反響した自分の泣き声と共に何かが微かに聞こえてくる。



「…………咆哮?」



 苦しんでいるような、怒り狂っているような、絶望しているような

 そんな感じの鳴き声。

 其れは徐々に大きくはっきりとしたものに変化していく。

 地響きと地鳴りが同時に耳に入るようになると身体は勝手に動き出していた。



「行かなきゃ」



 男は走る。懸命に走る。運動などとは無縁だった身体で。激痛に耐えながらも走る。

 風化した観客席を駆け上り蔦の這う壁をよじ登る。

 その先には荒涼とした砂地が辺り一面に広がっていた。

 まだ諦めない。

 首をあらん限りに振り回し視界の先に何かが無いのかと捜し求める。

 その間にも咆哮は大きくそして強くなっていく。



「……あれは」



 目を凝らし一点を見つめ続けると辛うじて視認できるほどの大きさで羽ばたく『何か』が見えた。

 その何かは一目見てあるものだと確信する。

 降り立った場所へと再び走り出す。

 痛みなどは感じない。

 心にあるのは好奇心と同居する高揚感だけだった。




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