第一章壱記「監獄の男」
男が目を覚ますとそこは牢獄だった。
酷寒の牢内では吐息が白く幻想的に立ち込める。
目が覚めたばかりでは体が凍えているようで思うように動かすことができない。
少しの間、目を見開き微動だにしなかった。
「またこの夢か……」
口を開いての第一声が其れである。
その響きにはどこか物憂げな雰囲気が感じられる。
「……寒い」
男は何も着ていない。衣服の類を何一つ身に付けていない。
全裸。
その肉体は痩せ細り、今にでも折れそうなほどに脆い。
「もう何度目だろう……」
物憂げな表情は幾分か晴れ、顔に表情が戻ってきていた。だが、それでも、まだ
無表情。
「ぐ、うぅ、あぅ」
呻きながらも懸命に体を起こす。
節々が鳴り、痛々しい。
「はぁ」
ため息とも、吐息ともとれる曖昧な息が発せられる。
男には記憶が無い。
何故こんな所に居るのか。
自分は一体何者なのか。
何時から此処にいる?
何時まで此処にいる?
いつも目を覚ますと真っ先に考えること。
もう何度繰り返しただろう。
黒岩に覆われて出来ている牢獄の壁をボーっと見つめていた。
「来たか」
おもむろに首を檻の外へと向ける。
牢獄の奥底から靴音が段々と近づいてきた。
近づくにつれ、靴音にも重みが増し腹に響くような大きさである。
男の牢の目の前に歩み寄るのは、常人の倍はあろう体躯と背を持つ偉丈夫。
「ぐぅふふふふふふふ、まだごのじがんがぎたど」
舌が足りていないのか、おつむが足りていないのか、涎を垂らしながらニタニタと笑うその姿は酷く醜い。
偉丈夫の体は燃え盛るような赤い色。赤に相対するように蒼き剣を身に纏っていた。
「ぎょうは、どぐべづなえやにいぐど」
無理やりに立たされ、何も身に付けていない細い体を軽々と持ち上げられる。
軽く抵抗は見せたものの、肩にがっしりと締め付けられると逃げることは出来なかった。
「んはぁーーはぁはぁああ。ふん、ふんふー」
何かの歌なのか、醜い濁声が牢内に響き渡る。
牢獄の中にはいくつもの区切られた檻が点在しているが人は居ない。
この広い獄内での唯一の囚人が今、拷問室へと運ばれていく。
「あらよっど」
無作為に放り投げられ硬い地面に頭を打つ。
頭部に激痛が走り声が自然と漏れる。
視界が安定しておらず世界が歪んで見える。
元に戻ったときには既に拷問具に組み込まれていた。
「ほうれ、ぎょうは万力だどぅ」
周りを見れば、背の尖った木馬や真鍮で出来ているらしい雄牛、様々な種類の鞭、フォークが幾重にも重なって出来たような形をしている鋏、外見が少女を模した鉄製の棺など用途も分からない物ばかりだった。
気づけば頭部を鋼鉄の輪に挟まれ固定されている。
キリキリと左右で音が鳴るとともに頭の締め付けが強くなっていく。
輪の内側には丸い突起があり、それが頭部に食い込む。
締め付けが強くなり、次第に我慢ができないほどの痛みが脳を襲う。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
抵抗は出来ない。
痛みでそれどころではない。
頭が割れる。
割れる、割れないの境目で上手く強弱をつけながら長時間に渡り拷問は続けられた。
寒さなどはもう感じない。意識も途切れ途切れに痛みが波のように襲い来る。
「おお? もうくたばっだのが? むぅ……ぎょうはこれでやめにずるか」
体が揺れ、浮遊感が全身に伝わる。
不意に落下し手足に鈍痛が響く。
どうやら元の牢獄に戻されたらしく安堵がの情が湧き上がる。
安心と疲労が相成って睡魔が襲ってきたようだ。
抗うことはしなかった。
途絶えた意識の中、
黒岩の地面に木霊する、
竜の咆哮。
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