第一章終記「報告……そして――――」
一章が終了いたします。
放置している複線(?)はまあ、後々拾うとして、投げ槍感がいなめないですがこんな感じで続きます。
「なんだってんだよ畜生……」
放浪者は愚痴を吐く。
愚痴と言っていいのかは分からないが、苦言が漏れたのは確かである。
通り過ぎていった異様な一団に対しての、だ。
放浪者はある人物に会いに来ていた。
その人物を見かけたのだ、あの一団の中に。
其の人物が、他の騎士達と同様に虚ろな目をしていたのを見て、心苦しくなった。
前に見たあの人はもっと希望を宿した瞳をしていた。
力強く煌く目をしていた。
後ろに引き連れている竜の存在も気になるが、兎に角何があったのか一刻も早く、直接本人から聞き出したかった。
だが、放浪者の願いも空しく、中央広場の更に奥。
本当に関係者しか立ち入ることの出来ない、法王庁の本部へと消えていった。
大きな荷物を連れて。
「さて、新任議決など以外にこの場所で議会を開いたのは初めてだよ。ま、そんな訳で我々を納得させる様な、詳しい話を聞きたいね」
キシリアが目の前にしているのは、実質この国の支配者である枢機卿。
見掛け、口調と共に仰々しくないうら若きこの男は外見に反して齢六十を超える妙齢だ。
本来は正装での出席が義務付けられている筈だが、此度は軽い格好での御出席である。
尋問が行われようとしているのこの場所は、誰しもが一度は目にしたことがあるであろう大審問場。
大審問場では聖職者の選任や国務長官の引継ぎ儀式、枢機卿の選任と不信任の決議などが総じて行われる。
議会が開かれる時には国内全土から権威を持った貴族や聖職者達が挙って参加(強制的に)するので、かなりの広さを要するのだが、この大審問場は螺旋を描く塔のように高く、円に沿って座席が並べ立てられ大人数を優に収容することが可能だろう。
中央にはポツンと一つの椅子が置かれている。
それは、常時ならば次期枢機卿や聖職者が座する物。
だが、今は常時ではない。
大審問場が使用されているということは、国内全土から貴族や聖職者達が収集され此の場にいるということ。
何百という威厳ある眼差しにキシリアは卒倒しそうだった。
自分のには縁の無い場所だと思っていた。
だが、現実には今、此の場所に座している。
「わ、我々第六大隊は法王陛下の勅命を受け、首都ラパスを出立し南方に足を進めました。皆様方も御存知の様に陛下はリビュア渓谷にて奇跡の顕現を瞳に収めよとの命をお出でになりましたので南方するのは当然のことでございます」
キシリアの口調はゆっくりしていたが、何処か急いでいる風に感じられる。
「南方するにあたって、ルドン、ベルモ、アンダルスタ、ギエンダルンで大隊の食料や医療品の確保と休養をとりました。リビュア渓谷には砂漠を越えていかなければいけないので、事前の準備には余念を欠かさないよう努力してきました」
「……監査兵を呼べ」
枢機卿が呼出したのは第六大隊に砂漠越え直前まで付いてきていた私兵の事だ。
何分、戦の経験もない隊に何もしないでおくのは些か心配だったのだろう。
リビュア渓谷までの道のりに同行する筈だったのだが、砂漠越え直前の町で腹痛に苦しめられ同行を断念したというなんとも情けない実情があった。
「今し方言った事に偽りは無いな?」
監査兵を宛がったのは予定外の行動を起こさないようにする為の抑止力。
の筈だったのだが、先刻通り、腹痛でその役目を全うできなかったという尻目があるのだろう。
枢機卿の横に立った男から発せられた声は小さく聞き取り辛い。
「は、はい。確かに第六大隊はルドン、ベルモ、アンダルスタ、ギエンダルンで休息と補給を行いました。何の間違いも御座いません。ですがその、砂漠越えの後に関しては存じ上げて御座いません」
「ふむ、貴公が同行の途中に急激な腹痛に見舞われ監視の続行が不可能だったということは聞いている。砂漠越えまでの道のりに関してのみ君の報告を採用させてもらうよ」
情け無用と言わんばかりに監査兵の傷口に止めを刺したようだ。
虫の息になった彼はすごすごと審問場を後にした。
「ここからが重要だ。砂漠越え後貴公達に何があったのか。事細かに知りたい。特に『あの』荷物は何なのだね?」
あの、とは言わずもがな、巨大な荷物のこと。
「…………ギエンダルン出立の後、補給物資が底をつきかけました。砂漠越えの最中でしたので帰還が可能な最低限の物資は残しておかなければいけなかったのです。帰還するかリビュア渓谷まで突き進むかのどちらか一択。我々は最後の賭けを致しました。隊内で一番早駆けが上手い者を使い朝の内に出立させ、夜までにリビュア渓谷を見つけ戻ることが出来たならこのまま突き進む、もし戻ってこれなかったら帰還を待ち諦めてギエンダルンに退去するという賭けです。」
――――どうなったのだね?
何処からか、疑問が呈された。キシリアの話にのめり込んだ一貴族の誰かだろう。
もしかしたら第六大隊の退役者かもしれない。
夢見る御仁には冒険譚はまさに嗜好の富む話だろうから。
「賭けは見事に成功しました」
疑問に答えるように、キシリアは巧みに応えた。
威圧にも慣れてきたのだろう。
「諦めようと、皆で項垂れていた時でありました。暗闇の中から馬の駆ける音と共に一条の光が我々の目の前に現れたのです。それは、早駆けを頼んだ騎士の松明の火で御座いました。そして我々は歓喜し翌朝、意気揚々とリビュア渓谷へ向いました」
「リビュア渓谷は未だ嘗て人が踏み入れたことの無い場所でしたから、人の手が加えられておらず、自生している木々や大地を轟々と流れる巨大な河川、雄大な景色が我々を出迎えてくれました」
「凄く綺麗で凄く壮大で心が洗われるようでした」
「入り口で立ち往生する訳にもいきませんので、兵士達を待機組と探索組に二分化しリビュア渓谷の探索を開始致しました。ですが、最初に立ちはだかったのは足の踏み場も無い森林です。二分化したとは言っても我々は大隊ですから相応の数がありましたので森を突き抜けるには無理がありました。人が辛うじて通ることの出来る獣道でしたので本当に無理をすれば進むことは出来たのですが、その分効率が悪くなるだろうと危惧しましたので最終的には流れる河川を横切るという行為を実行致しました」
「その、時にですね……あの、」
突然しどろもどろになるキシリア。
自分の失態は誰でも知られたくは無いものだ。
ましてや、自分の口からなど以ての外。
「注意を怠った自分が河川を横切る途中に足を滑らしてしまい、その……暫くの間、意識が無かったのです。覚醒した時には大分川下の方に流されていたらしく、目の前には褐色の肌をした男がいました。」
「褐色肌の男とは、先ほど牢獄へ収容したあの男のことかね?」
声を発したのはまたしても枢機卿ではない。
枢機卿に対面する位置に座している一人の男が、キシリアをまるで射殺そうとしているかのように鋭い眼差しを向けている。
身に纏っているのは貴族の証である真紅の外套。
外套の真紅に呼応する蒼き輝きを持つ頭髪は随分と後退していた。
「その、通り、です。お父様……あ、いえ、アディンセル様」
アディンセル。
クロニウス国内では名を知らぬ者はいない。
国家の立役者である大貴族の内の一貴族。
貴族の中の貴族である。
キシリアの家名でもある。
「奴を収容する際に負傷者が何名か出た。あんな野蛮な男に何かされなかったのかねキシリア?」
父であるヴァンガードとの仲は最悪である。
キシリアは幾つもの婚約話を蹴ってきたのだから、面目を潰された父が怒らない筈も無く、大変険悪な状況にある。
今言った言葉も表向きにはさも心配しているかのように聞こえるが、皮肉っているだけ。
自分の事をラストネームで呼ばせている事からも分かるとおり、救いようが無いほどに仲が悪いのだ。
「自分は彼に救われたのです。野蛮という部分も否定はできませんが、意識の無い自分を介抱してくれていたようです」
「話を戻しますが、介抱され意識を取り戻した自分は、突然聞こえてきた怒声に驚きその方角へと駆けました。すると、仲間が、仲間達がおぞましい怪物と剣を交えていたのです。」
「怪物とはあの大荷物のことだね」
枢機卿に問われ返答する。
「はい」
「あれは見るからに伝承や御伽噺で語られた『竜』そのものだ。あれは本当に竜なのか?」
「はい」
「根拠は?」
「我々はあの竜が火を吐き仲間を焼き尽くす光景を目の当たりにしました」
問いに対して答えるその声は震えている。
「人語を理解していました」
「そして、伝承にあるように仲間達を襲っていたのです」
「では、聞くが君達第六大隊は戦の経験も無い、ハッキリ言って烏合の衆となんら変わりない。それが、どうして、竜を仕留めることが出来たというのだね?」
枢機卿の疑問は尤もな疑点である。
幾ら訓練をしているからと言っても実践の経験が無いのであれば使い物にはならない。
「あれは、唐突に起こった出来事です。自分も気が動転していてあまり鮮明には覚えてはいないのです」
「それでもかまわないのであれば……」
「問題ない」
「では……我々第六大隊に所属しているニコス=レイディが颯爽と現れ竜に一撃を入れたのです」
――――ほぉ
という感嘆が周囲から漏れる。
「たった一撃であの巨体が倒れる筈も無いだろう? その後はどうなったのだ?」
雰囲気をぶち壊し、容赦無い疑問をまたしてもぶつける枢機卿。
少しだけ、鼻息が荒くなっていると感じているのは対面しているキシリアだけだろうか?
「枢機卿は竜の御伽噺や伝承を一度は耳にしたことがおありでしょう。御伽噺では、勇敢な騎士が竜を倒します。そしてそのお話には大抵、伝承から伝わる竜の弱点が存在していてその弱点を見事について終焉を迎える」
「その時の彼は、さながら伝説の英雄ような佇まいでした」
「偶然か(・・・)必然か(・・・)は分かりません。ですが竜の弱点である鱗の無い部分を突くことが出来たのです」
「竜を仕留めたということか……」
「はい。ですが、厳密に言えば竜は死んではいません(・・・・)」
キシリアが今のいままで、報告してきたことは事実であり、真実ではない。
竜が火を吐いたことも。
人語を理解した(・・・・)ことも。
仲間を襲ったことも。
全て事実
だが、真実ではないのだ。
「どういうことだ?」
「死んではいません。が、生きているとも言えないの状態なのです」
「目を覚ますことが無いのです。何をしても」
「竜の存在自体が法王様が仰られたように奇跡なのかもしれません。ですが今の状態も奇跡に近い」
真実を隠すことは彼に(・・)対する贖い。
拒絶を示し大切な存在を失わせてしまったことに対する贖罪。
「何をされても起きることが無い(・・)のですから――――」
これはある方法をみつけるまでの時間稼ぎ。
「軍事、外交、等に最大限に利用してみてはというのが我々からの提案です」
「幸い、竜の回復力は凄まじいものです。ある程度傷つけることも可能です」
多少意固地になってでも男を庇い、姑息な手段を用いてでも竜を生かさなければならない理由。
それは――――
竜を目覚めさせる(・・・・・・)方法を見出し、男に贖う為の時間稼ぎ。
贖いの旅、償いの戦いが始まる。
旅っていうか戦争っていうか……
こんなの一回やってみたかったんだ……
今後に乞うご期待!!
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