今度は一年間。
ハピエンになるまで諦めないヒロインです。
「アルベルティーナ、どうか謝らせてほしい。私が愚かだった。君を批判した全ての言葉を、ここに撤回する。あんな卑俗な女に惑わされ、君の名誉を傷つけたこと、心から申し訳なく思う……!」
王城の中、王族の私的空間にあたる奥の宮の庭園にて。
この国の第一王子が、侯爵令嬢に頭を下げていた。
そして、それを「ふぅん」とだけ言って、座ったまま見下ろす令嬢こそ、国内最大の領地を持つ侯爵家の一の姫、アルベルティーナである。
もちろんこの光景は、この二者と、関係者である双方の両親、そして付き従う侍女や侍従以外、誰も見ていない。
王権を神から与えられた、神の末裔であるところの王族。
この国では、それは誰もが知る事実である。
王権神授説などといった安っぽい政治概念ではなく、ただの建国の事実かつ史実。
神裔の王族が、人間に過ぎない臣下に頭を下げる。
そんなのは当然、異常事態なのである。気安く部外者に見せるわけもない。
ましてや、侯爵令嬢がすぐに「頭を上げてくださいませ」とも言わず、黙って、立ち上がりもせず、第一王子の後頭部を見下ろし続けている。
それについて、国王も、王妃も、侯爵も、侯爵夫人も、何も言わない。それもまた異常事態である。
――だが、しかし。
そんな異常が許されるだけの理由を作ったのは、ここ最近の第一王子の言動である。
端的に言えば、婚約者絡みで、王を怒らせた。
では、何故そんな事になったのか。
事の始まりは一年前。
『十年前に滅びた元隣国の、最後の王のご落胤』が、この国の田舎で見つかった。
そこから政治的に色々あって、由緒ある伯爵家の養女になった。
言ってしまえば亡国の王女であり、見つけてしまった以上、市井に置いておくわけにはいかなかった。
当然、物心つく前からの十年間もの庶民生活で、彼女の仕草はすっかり平民のそれになっていた。
養子縁組先として伯爵家が選ばれたのは「年頃の近い娘がいたほうが手本にしやすかろう」との理由であった。
が、逆に言えば、同じ年頃の娘がいるのに追加で養女を迎えるのは不自然でしかない。
そこで名目上、教会にも許可を取り、亡国の王女は『聖女の素質を見出された』ということになった。
聖女として、ゆくゆくは貴族と面会もするため、淑女教育も兼ねて高位貴族の養女に迎えたのだと発表された。
そして、時間は少し経ち。
伯爵家と言えば仮にも高位貴族、教育の質は高いはず。
さらには本人の血筋も良いのだから、一年も教育を受けたならば、そろそろ淑女教育も基本くらいは済んだものと考えられていた。
年齢的にも第一王子やその婚約者とそう変わらないため、社交に出しても良かろうと、王宮が主催する春の始まりの夜会に呼び出した。
――結果から言えば、淑女どころか、最低限の礼儀もなってない、とんだ山猿だった。
興味のあるものを見かけたら、ドレスの裾を翻して小走りにうろつく。
食べ物のテーブルを見つけたら、自分で皿に盛り付けて勝手に食べ始めてしまう。
おしゃべりに夢中になると、口元を隠す扇の位置がお留守になってしまう。
極めつけは、コロコロと変わる表情。
どれをとっても、淑女としては三歳児以下である。
貴族的には、屋敷の外に出していい存在ではない。
伯爵とて教育の進捗は把握していたが、さすがに王家直々の招待は断りきれなかった。苦渋の決断で、山猿にドレスを着せて呼び出しに応じた形となったのだ。
かと言って断るなら理由を正直に明かさねばならず。
一年経っても遅々として教育が進んでいない不手際を晒すのは、派閥の弱点にもなってしまう。
だが、聖女があまりに山猿すぎて、逆に「あんなのを押し付けられて可哀想に……」と敵対派閥からも同情される結果となった。
しかし、である。
淑女教育が進むにつれて笑顔すら見せなくなった婚約者にたいそうご不満でいらした第一王子には、そんな山猿がそれはそれは新鮮に映った。映ってしまった。
あとはもう、それこそ市井で売られる薄紙小説の展開のごとし。
聖女がこなした淑女教育の進捗とは、一年かけて、コルセットを締めることに文句を言わなくなったことと、カトラリーをようやく正しく使えるようになったこと程度。
未だにクチャクチャと音を立てて咀嚼し、ずずーっと勢いよくお茶を啜り、会話の順番を守らず話したいように話す山猿は、どんな令嬢であれ、なんなら王妃であれ、とてもお茶会に呼べたものではなかった。
当然、彼女の元には誰からの招待状も届かない。彼女が引き取られた伯爵家の、本来のご令嬢には何通も届くのに、である。
その事態を知った第一王子が「身分をかさに着た高慢ちきな女どもが、心美しき聖女を仲間はずれにして虐めている」だの、なんだのと言ってしまった。
さらには聖女との結婚を夢見た挙句、アルベルティーナとの婚約破棄を目指して、王子お墨付きの悪評を流しまくった。
曰く「あんな性根の醜い女、とうてい未来の王妃に相応しくない」。
また曰く「つんけんとして正論を言い立てるばかりが王子妃の役目と心得ている、人の心が無い女」。
またまた曰く「醜い嫉妬を隠しもせず目下の者を堂々といびるとは、侯爵家の淑女教育とやらも底が知れたものだ」。
それって侯爵家どころか、王子妃教育や王妃殿下まで批判してますけど大丈夫? と思われるようなことを散々に放言した挙句、それがやがて領土拡大遠征から戻った王の耳に入り。
「どのツラさげて俺の女を批判しとんじゃワレェ!」
婚約者である侯爵令嬢より先に、血の気の多い王がブチギレた。
戦争による国土拡大路線真っ最中で、自ら前線指揮官を務める現役バリバリの軍人王に殴られた第一王子は、壁まで吹っ飛んでグチャッと鳴った。
しかしほどなく復帰して立ち上がる。
この国の王族は神の末裔だというのは、こういう時にただの事実として示されるのである。
そうして、まず実母である王妃にめちゃくちゃ土下座させられたあと。
その他の言動についても報告を受けていた王から、婚約者とその家族に謝罪するためのお茶会を開け、と厳命が下ったのである。
なにしろ王家と侯爵家の婚姻は、伯爵家の養女ごときの存在で揺らいで良いようなものではないのである。
あくまで婚約の続行を前提として、王家が侯爵家に詫びを入れるためのお茶会が、こうして用意される運びとなった。
***
そうして開かれた、王家の中庭を使ったお茶会で。
侯爵令嬢アルベルティーナが席に着くなり、第一王子が開口一番、誠心誠意の詫びを口にしたのが今、という場面で。
恋に狂った馬鹿者から散々になじられたアルベルティーナは、両家の親に『第一王子に一つだけ条件を出して、それが叶うなら、この件を手打ちにする』と事前に伝えてあった。
その内容を、にこやかに突きつける。
「殿下の謝罪は確かに承りました。しかし、謝られたくらいで許せるものでは到底ないこと、ご自覚いただいておりますわよね」
「う、うむ」
「わたくし、殿下のお言葉で、大変に傷つきましたのよ」
「本当に、申し訳なく思っている……」
「結構」
パチン、と音を立てて扇を閉じる。
この国の淑女語で『今すぐその臭い口を閉じろ』の意である。
「一度口から出た言葉は、『撤回する』と言われたとて、言わなかったことにはなりません。撤回というのはあくまで政治的な問題だけですわ。その言葉で傷ついた過去の事実が消えるわけではないことは、ご存知でいらっしゃいますか?」
「無論、承知している」
「でしたら、わたくしから条件を出しますわ。これを叶えてくだされば、今回の件は全て、無かったことになる……というものですの」
「どんな条件だ!? 私にできることなら、最善を尽くして叶えよう……!」
安請け合いする王子。
自分の軽率な口が今回の謝罪を招いたのに、まだ学習が足りないようである。
それを眺める王と王妃がそれぞれ頭を抱えたが、アルベルティーナにとっては都合がいい。
「簡単なことですの。言ったしまった事実を無くせばよいのですわ。具体的に言えば……そうですわね、今度は一年でいいかしら。聖女が市井から見出される前まで、時間を戻してくださいませ」
「……へ?」
「あぁ、ついでに、彼女が政治的に利用されることもないよう、さっさとどこかの教会にでも預けてくださいませね。どうせ本当の聖女ではないのですから、そこから貴族に担がれることもないでしょう」
発言の意図が掴めず、おろおろする王子。畳み掛けるアルベルティーナ。
「時間を戻して、殿下が同じ失敗さえしなければ、確実に過去の発言が消えますもの。それならわたくしが傷ついた事実も無くなりますわ。……本気で謝罪すると仰るなら、当然そのくらい、できますわよね?」
「えっ、その、過去を改竄せよと?」
「できますわよね? 殿下は神の末裔でいらっしゃるでしょう? それなら時間を戻すくらいわけないのでは?」
「それは、まぁ、できるが」
「ですわよね。わたくし、殿下にできることしかお願いしておりませんわ。ですから『私にできることなら最善を尽くして叶えよう』と仰ったこと、その言葉に責任を持ってくださいませ?」
「……………………わかった」
全身の骨が砕けようが、槍で腹を貫かれようが、自分の時間だけを戻して、怪我を治す。
そういうことが可能であるからこその親征であったり、過剰に警備の者を立たせずに行うお茶会であったりする。
するのだが、それはあくまで『自分の時間をちょっとだけ戻す』から、たびたび使えるのであって。
アルベルティーナが要求するのは『この国全体の時間を一年戻せ』ということだ。
その負担は、神裔と言えど、全身の穴という穴から血を噴き出すほどの負荷がかかるに違いない。
しかも、自分だけ記憶を保持して、同じ過ちを繰り返さないように過去を改竄せよと言う。
それは血に継ぐ神の力の限界に挑戦せよと、あるいは力を使い切ってしまうかもしれないが、それでも詫びる気持ちが本物ならば、やってみせろと。
笑顔でそう要求する女と、彼は婚約を継続しなければならない。この婚約の破棄など、両家の誰も、考えていないのだから。
第一王子は、忘れていたのだ。
こんな肝の据わった女でなければ、人の身で神の末裔の血族に嫁ぎ、次代の王を宿す覚悟など持てるわけもないのだと。
いと貴き神の血を引く王家が、人間の女ごときを娶ってやる、のではなく。
王家とはむしろ、人間の女の腹を借りねば、地上に在って神の血を繋ぐことすら出来ない立場なのだと。
だから父王は、あんなにも妻を大切にしているのだと――たとえ息子でも、妻を悪く言われたらボロ雑巾にするほどに。
そんな当たり前のことすら忘れていた我が身の愚かさを、今から、血反吐にまみれて清算せねばならないのだ。
アルベルティーナが扇を開き、上がった口角を隠す。
冴え冴えとした青色の目は、己の婚約者の覚悟を見届ける。
「さぁ殿下。今度こそ上手くいくことを、お祈りしておりますわ?」
Q.前回はどんなんやったん?
A.夜会の招待状送る前に戻したけどダメだった
Q.前回の王子はどの穴から出血したの
A.戻した時間短いから、鼻と口程度
Q.国内全て1年戻せって厳しくない?
A.世界を10年戻して隣国を救って原因を断てって言わないだけ優しいよ
お金を奪ったら、そのお金を返すことが償い。
物を壊したら、せめて同じ物を買って賠償。
なら誇りを毀損した場合、時間を戻して『失われる前に戻す』以外、何も償いにはなり得ない。




