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【監禁】7日後に死ぬヤンデレと僕。~死に戻りで死亡エンドを絶対回避してやる~  作者: 緋村 獏


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外の世界


 山道を下りていた。


 空が白んでいく。夜から朝へ。冷たい風が頬を撫でて、葉擦れの音と二人分の足音だけが森に響いていた。何年ぶりだろう、葵がこの時間の空を見るのは。


 葵が僕の手を握っている。爪が食い込むくらい強く。もう片方の手で、腰に挟んだ拳銃を時々確かめている。


「痛いよ、葵ちゃん」


「……ごめん」


 力は緩めなかった。僕も離さなかった。


 山道が舗装路に変わった頃、東の空が橙色に染まり始めた。葵が立ち止まって、空を見上げた。


「……朝焼け、久しぶり」


「うん」


「地下にいたとき——夜の街には何回か出たけど、朝の景色は怖くて見られなかった。明るくなる前に戻らなきゃいけなかったから」


 ずっと夜だけ生きていた子。今、初めて二人で朝を迎えている。


 集落を抜けて、町に出た。バス停を見つけて、時刻表を確認した。次のバスまで三十分。ベンチに座って待った。葵が肩にもたれてきた。


 追手の黒い車が通り過ぎた。停まった。


 走った。路地裏に逃げ込んだ。手を引いて、振り返らずに。葵がついてきた。半歩後ろ。怖くても、知らない場所でも、立ち止まらずに走っていた。


 空は青かった。追手は後ろにいる。隣に葵がいる。




---




 ——夜の街のネオンが、雨に濡れた路面に滲んでいた。


 繁華街。人が多い。色が多い。音が多い。赤、青、黄色のサイン看板が点滅して、客引きの声と笑い声と、どこかの店から漏れる音楽が混ざり合っている。湿った空気に、揚げ物の匂いと香水の匂いと、煙草の匂い。


 葵が僕の腕に抱きついていた。


「奏多くん、人多いね」


「うん」


「でも——平気」


 平気だと言いながら、抱きつく腕の力は強い。混雑した歩道を二人で歩く。葵は背が低いから、人の流れの中で見失わないように、僕の腕にしがみついている。


 あれから、どれくらい経っただろう。


 あの山を下りてから、何度か町を変えた。バスと電車を乗り継いで、人が多い場所に出て、また移動して。記録のファイルはまだ持っている。一度だけ、思い切って警察署に入ったことがあった。受付の人は親切だった。話を聞いてくれた。「上の人に確認しますね」と席を立った。


 戻ってこなかった。


 代わりに、別の人が来た。スーツを着た男だった。穏やかな声で「詳しく話を聞かせてください、別室で」と言った。


 葵が僕の袖を強く引いた。「逃げて」と耳打ちした。


 逃げた。あれ以来、警察は信用していない。


 あの組織の手は、僕たちが思っていたよりずっと長かった。


 今は別の方法を考えている。新聞記者か、フリーのジャーナリストか。誰が安全で、誰がそうじゃないか。葵が外で集めてきた情報と僕の知識を合わせて、一つずつ当たっている。


 でも今夜は——少しだけ、休みたかった。


「奏多くん、あれ何のお店?」


 葵が指さした先に、ピンクのネオンが光っていた。


「……葵ちゃんが行く店じゃない」


「えー、なんで」


「いいから次行こう」


 葵が小さく笑った。


 最近、葵がよく笑うようになった。あの地下の頃の、不器用な笑い方じゃない。普通の女の子の笑い方。出会った頃と同じ人間とは思えないくらい、表情が柔らかくなっていた。


 逆に僕は、笑うのが少し下手になった気がする。常に周りを警戒している。さっきから何度も後ろを確認している。葵がそれを見て、僕の手を握り直した。


「奏多くん、休もう?」


「うん」


「あそこ、入ろう」


 葵が指さしたのは、小さな喫茶店だった。古めかしい木の扉。窓越しに、暖色の照明とテーブルが見える。客は数人。落ち着いた雰囲気。


 扉を開けると、コーヒーの匂いがした。窓際の席に座った。葵が外を見ている。ネオンと人の流れ。


「綺麗だね」


「うん」


「奏多くんと一緒に見るからかな」


 窓ガラスに映った葵の顔が、こっちを見て笑っていた。窓の外のネオンが、葵の頬に色を落としている。赤、青、また赤。


「……葵ちゃん」


「うん?」


「最近、距離近くない?」


「近い方がいいんでしょ?」


「誰がそんなこと言った」


「奏多くん」


 言ってない。


 葵が悪戯っぽく笑った。テーブルの下で、足が僕の足に触れていた。わざとだ。逃げると、追ってきた。


 メニューを見るふりをして、視線を逃した。葵がメニューを覗き込んできた。肩が触れた。髪が腕に当たった。シャンプーの匂いがした。地下にいた頃と違う匂い。普通の市販品。普通の女の子の匂い。


「ホットコーヒー二つ」


 ウェイターに頼んだ。葵が「えー、わたし違うの飲みたかった」と小声で言った。


「じゃあ自分で頼んでよ」


「奏多くんが頼むのがいいの」


 理屈になっていない。でも葵の中ではそれが正しいらしかった。


 コーヒーが来た。葵が一口飲んで、苦そうに眉をしかめた。


「ふふ。葵ちゃん、ココアにすればよかったね」


「……砂糖入れる」


 砂糖を二つ入れた。三つ目に手を伸ばしかけて、僕に見られて止めた。




 窓の外を見た。ネオン。雨に濡れた路面。人。どこかで誰かが笑っている。誰かがタクシーを止めている。普通の夜の風景。


 あの地下から出て、こうやって普通の街にいる。普通のカフェで、普通にコーヒーを飲んでいる。葵の足が僕の足に触れていて、葵が悪戯っぽく笑っている。


 全部、夢みたいだった。


 でも追手は後ろにいる。記録はまだ届けられていない。安全な場所には辿り着いていない。これは束の間の休みで、本当の終わりじゃない。


 葵が僕の手にそっと自分の手を重ねた。指を絡めてきた。コーヒーカップの脇で、テーブルの上で、誰にも見えない位置で。


「……奏多くん」


「うん」


「逃げてばっかりだけど——わたし、今、すごく幸せだよ」


 窓の外のネオンが、葵の目に映って揺れていた。


 僕も、たぶん、同じだった。

【読者の皆様へのお願い】


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。これにて1部完となります。好評であれば続きを書いていきたいと思ってます。


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