091. 帰還
「…えーと、それは…。」
友歌は困った風に首を傾げながら、目の前の騎士二人を見つめた。一人はにこにこと、一人は仏頂面で友歌の目前に立っている。
否定をしないその様に、傍に控えていたサーヤは手の平を額にあてていた。それを視界に端に収めつつ、友歌はどう返すべきか言葉を探る。
それでもよい考えは出ずに、友歌は顎に手をやった。どうするべきかと悩み続ける精霊に、だめ押しとばかりにトランはさらに笑みを深め、ずいと近付く。
「良いじゃないですか、悪い話でもないでしょ?」
「…まあ…うん。」
「だから、俺達を置いていってくれれば良いんですって。」
こともなげに言い放つトランに、友歌は口元を引きつらせた。
*****
「派遣ってことにしてくれれば良いんですよ。
疫病にかかったまま動けない人がいれば、村も町も動かない。
人手が要るんですから、難しいことじゃないでしょう?」
「…そうなるのかな。」
にこにこと笑うトランは、ぴん、と人差し指を立てて、先程と同じ事をの述べる。それに頷きつつ、友歌はトランの発想に肯定を示した。
それにトランも大げさに頷き、そのわざとらしい様子にユークは息を吐いた。背後で聞こえるそれを聞き流し、トランはさらに口を開く。
「大体、治っていないってことは、様子も見ていかなきゃでしょう。
誰かは残って、事後報告を続けなきゃなんないわけです。」
「…まあ、そうだね。」
「今までそうしてくれていた水の精霊使いさんはダウンしてるし、俺達も撤退。
無事な人を使おうにも、正確な内容を書いてくれるかはわからないし、おそらく看病や復興でそれどころじゃない。」
つらつらと、まるで原稿を読んでいるかのように流れる言葉。途切れも淀みもなく、また自信満々に放たれる言葉は、変な説得力を持っている。
けれど、確かに正論であるそれに、友歌は内心舌を巻いていた。状況が傾きつつあるのを感じ取ったのか、トランは仕上げだとばかりに真面目な顔になる。
「――ですので、心おきなく俺達を置いていってください。
全員とは言いませんので、三分の一ほど。」
重要人物、しかも王族と精霊…護衛をなくすわけにもいかないが、それでも有効な手だと思えた。半分もなくすのは流石に悪いだろうが、理由には成り得る。
そう、――疫病にかかった騎士を城に連れて行かない理由に。
トラン達が友歌の元を訪れたのは、その提案を告げるためだった。友歌たち全員が悩んでいた、感染者した騎士をどうすれば良いだろうかという懸念に対する答えの一つ。
(…考えなかったわけでもないけど…。)
地球では、外国での病気を発症したら、その病状により帰国が出来ない国がある。その飛行機なり船なりに拡がる可能性もあり、治してからの方が病人にも優しい。
国内で撲滅出来た病気を発症した場合も、それに該当することがある。けれど、そのシステムを、思考を使えば――…友歌の脳裏に、ちらりと過ぎったことでもあった。
ただ、感染の疑いのないこの疫病には、それは理由にならないのだ。感染するかもしれないから周りから止められるわけであって、怖れる原因が封じられているなら、意味はない。
例えば、ただの風邪で帰国を拒否する国はないように、いずれ治るものなら、恐がれという方が無理だ。友歌は、そこまで考えた時点で、それを理由にするのを諦めてしまった。
けれど――別の“理由”を作れるなら。
(そうだよね…人手は何処も足りてない。
報告を頼んだ人が、その内容を偽るというのは言い過ぎかもだけど…忙しいのも本当だし。)
疫病や災害が発生した場所に、人材を派遣するというのはよくある話だ。自分のことで手一杯なうちは、防げるものも、間に合うものも手が届かない。
けれど、友歌にとってはこの慰安自体をそのように考えていたし、城からつけられた騎士たちを残すという発想はなかった。そのような扱いを受けるのが初めてだったということに加え、十借りたものは十返す、むしろ利子つきでという日本人らしい考えも影響している。
勝手に騎士を、それも精鋭と呼ばれる彼らを置いていっていいのかという戸惑いや、その決断で間違っていないのかといった迷い。それらが、騎士自身を置いていくという考えを思いつく前に、思いついたとしても消してしまっていた。
対して、騎士たちはそういうことに慣れている。必要なことであればそうするべきだし、派遣や支援などもお手の物だ。
けれど、今回の任務は護衛である。国王からもそれが最重要と直々に言われてしまっているし、“もしかしたら”仲間が“最悪の扱い”を受ける“かもしれない”という憶測のためだけに、放棄することは出来ない。
もしかしたら、実験はされるかもしれないが“最悪”ではないかもしれないし、原因はなくなったのだし、それ自体が杞憂で終わるかもしれない。そんな希望も少なからずあったため、思いつつも言葉にはしなかったのだ。
「…有りと言えば、有りか。」
ただ、トランは、その希望よりも、嫌な想像の方に重きを置いた。杞憂であったなら尚良いが、“もしかしたら”最悪の方へと流れてしまうかもしれない。
他の疫病にかかった者には悪いが、それでも、仲間に何かが起きることの方が、トランは嫌だった。人材が必要だろうことは本当だし、そこに、“移動に差し支えのある者”を一人加えるだけなら。
それに、その騎士を生け贄にしてでしか治らないものでもないのだ。今以上の悪化がないなら、後は治るだけだと行っても過言ではないのだから。
ぽつりと友歌が行った言葉に、トランは満足そうに笑う。嘘ではない、全て本当のこと――それも友歌には伝わっており、同じようににこりと笑った。
「散らかすより、後片付けの方が大変だもんねー。
早いうちからやっておいた方が、安心して年越し出来るし。
ちょっと早いけど、大掃除頼んじゃって良い?」
「任せてください。
あと、精霊様のお手を煩わせるわけにもいきませんし、“お荷物”は置いていって構いませんよ。」
「ああ、じゃあそうしようかな。
これでも舞姫兼ねてるからさ、早いとこ城に戻りたいんだよね。」
「そうでしょうそうでしょう。
【春冬の祈願】は一大イベントですから。」
「民に尽くすのも上の役目だし、“一段落”するまでは奉仕活動してくれる?」
「お任せあれっ!」
芝居がかった口調で交わされる言葉。“精霊”からの“命令”。
それを、その場の全員が来ていた。立派な、国王に報告するには十分な状況が作り上げられたのである。
「あまり騎士のことわかんないし、選抜してくれると嬉しい。」
「大丈夫ですよ、皆で考えますから。」
「よろしく!」
――城は、綺麗なだけの場所ではない。一時期は、おそらくは今もだろうが、その渦中にいた友歌はそれを知っているし、貴族でもあるトラン達もそれを身に染みてわかっている。
避けられるなら、避けるべきなのだ。そして、理屈抜きに、大多数が正しいだろう道であっても、受け入れがたい時もあるのだ。
それに、正しいだろう道といっても、絶対的に必要だというわけでもない。それならば、友歌たちが選ぶものは決まっていた。
(…ここまでする必要がなかったら、それが一番なんだけどなぁ。)
綺麗ではなくても、外道ではないと思いたい。けれど、友歌は思いつく限りの悪を当てはめてみることでしか、想像することが出来ないのだ。
多少慣れてきたとは言え、平和ボケしていた頭では、後悔してしまうことを選んでしまうことも考えられる。ならば、考えつく限りのものを貼り付ける時も必要だ。
「――治る方法、見つけようね。」
一週間後、友歌たちは城に戻った。自らの護衛の騎士たち十人を、感染した者たちの援助という形で残してきた行いは、高く評価された。
そして、いつまでも眠ったままのレイオスが大慌てで運び込まれるのを尻目に、友歌の舞姫としての日々が戻ってきたのである。




