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008. レイオスの願い

 





「…健康的な目覚めだなぁ。」




 朝日の眩しさに起きあがり、友歌はぼやいた。体内時計的に、地球で過ごしているならまだまだ寝られるはずの時間である。


 太陽の恵みを真っ先に受けてしまう部屋だが、窓の外を覗けば朝靄で神秘的。それを眺めつつ、友歌は伸びをした。




 昨日、始めてこの世界のお風呂に入らせてもらい、友歌はまた感動を覚えた。結論を言ってしまえば、一般市民には縁のない場所である。


 白い大理石で創られたそこは、広さも尋常ではなかった。ここでも精霊が便利に使われているのか熱は逃がさず、けれど煙が必要以上に篭もらない。


 正式には湯殿《ゆどの》というらしいが、友歌としてはお風呂に入る習慣は有り難かった。日本人にとって、やはり風呂は至福の一つである。──ちなみにサーヤが背中を流してくれたが、体を洗われるのだけは友歌は断固拒否していた。




 だが、それらを差し引いても、友歌は心の底から休めたのである。




(やっぱ、似た文化があると安心するなぁ…。)




 ──何より、地球を忘れなくてすむ。友歌の風呂に入る習慣は、地球からのものである。たとえこの世界にもともとあったものだとしても、友歌が習慣づけられるくらいに育ってきたのは地球であると、心から信じられるから。


 友歌はほんの少し機嫌良くなりながら、ラディオール王国の城下町を見つめていた。





















 *****





















「うん?レイが??」


「はい、後ほどいらっしゃるそうです。」




 運ばれてきた朝食を口に運びつつ、友歌は傍に控えるサーヤを見る。紅茶の入った入れ物を持ちつつ、サーヤは優雅に佇んでいた。


 相変わらずな味付けのパン(のようなもの)を飲み込み、友歌は首を傾げた。──別に、サーヤを伝言係にしなくたって良いと思う…私、王子の精霊らしいし。


 そんな友歌の心境がわかったのか、サーヤはにこりと笑った。




「普通、殿方が女性の部屋を訪れるときは、前もって知らせるのです。」


「…なるほど、わかった。」




 つまり、友歌が精霊であるということは抜きにして、王子という身分の人が礼儀をわきまえないのは問題らしい。それもそうだと友歌は思いつつ、紅茶を口に含んだ。


 納得した友歌に、サーヤは素直に感心した。人界の知識を吸収する事への戸惑いの無さと、少し情報を与えれば自分で結論を導き出すその知性に。


 実際には義務教育に高校と脳を鍛え上げてきた成果であるのだが、そんな事を知るよしもない──知る気もないサーヤ達にとっては、友歌の一挙一動や考え方が新しい発見だった。




「ご馳走様でした。」




 ──そう、この食事の挨拶も、サーヤ達にはない習慣だったらしい。その事が知れたのはレイオスとのお茶会の時だったのだが、その意図を聞いてレイオス達は感心した。


 作ってくれた料理人と、自らが生きるために糧となった食材に対する礼…今を生きることを精霊に感謝する事は多くあるエルヴァーナ大陸であったが、料理そのものを直接敬う事はなかったのである。


 “郷に入らば郷に従え”──日本のことわざであるが、友歌にその習慣を直す気はなかった。やましい事でもないし、祖母の教育に反する。


 レイオス達も咎める事はなかったし、友歌は止める事なく続けていた。




 皿を持って出て行くサーヤを眺めつつ残された紅茶をもう一口飲み、友歌は天井を見つめる。レイオスの用事は何かと思いつつ、友歌は待っていた。


 実際、男性が訪れる時に間を空けるのは女性のおめかしに対する配慮だったりするのだが、それを知らない友歌は素直に待ち続けていた。


 たとえ知っていたとしても、やることはなかったであろう。服は全てレイオスに与えられたものであるし、色もレイオスにちなんだ白と青――蒼のみである。化粧は母に習ったが道具までも同じであるかはわからないし、ポニーテールは友歌のアイデンティティであった。


 扉が叩かれるまで、友歌は椅子にすわったまま、ぼうっと天井を見ていたのだった。




「すまないな、モカ。」


「やることもないし、大丈夫ですよ。」




 数十分後、訪ねてきたレイオスに友歌は笑いかけた。それににこりと応える麗人に、机を挟んだ椅子を勧め、見慣れてきた美しい顔立ちに友歌は視線を逸らす。


 ──帰るまでにこの顔に慣れてしまったらどうしてくれる。もちろん、そんなものは友歌の都合なので、レイオスの顔を凝視しないように友歌は頑張っているのだった。




「それで、何かご用でしょうか?」


「ああ、少し聞きたい事があってな。」




 サーヤの淹れた紅茶を飲みつつ、レイオスは友歌を見た。──こういう場面では結局逸らす事など出来ないので、友歌は泣く泣くレイオスと真剣に向き合う。


 くるくる、と自身の長い白銀の髪を弄びつつ、レイオスは口を開いた。




「モカの歌を、宴で披露する気はないか?」


「…………はい?」




 友歌は目を見開き、呆けてしまった。見たことのない表情を気にしつつも、レイオスはさらに言葉を続ける。




「昨日、歌っているのを聞いて…モカ達精霊にも、歌が伝わっているのだろう?

 それを、父や臣下に聞かせてやってほしいのだ。」




(聞いてたのー!??)




 友歌は絶叫して逃げ出したい気分に駆られた。──あんな小さな音量の、音程にも気を遣っていなかった歌を聞かれていた!


 挙動不審になり始めた友歌に、レイオスはほんの少し申し訳なさそうにする。




「すまない…だが、我らにとって歌は、精霊に捧げる最大の供物なのだ。

 だから、モカが歌ってくれれば、それはとても素晴らしい交流になると思う。」


「…そ、そう……(う、歌が捧げもの…、マジですか!?)」




 ──つまりは。精霊である友歌が、今まで散々捧げられてきたであろう歌を歌えば。それは、今まで捧げてきた歌が、精霊達に届いていたのだという証拠にもなるだろう。


 それは、声の届かないだろう存在に、思いを伝えられる手段であるという事も。


 友歌は、目をきょろきょろとさせながら、必死に思考した。──本当に、歌ってしまっていいのだろうか?




 ここで歌ってしまえば、歌は確かな価値を持つことになる。けれど、友歌は精霊ではないのだ。本当に、精霊に届くものなのであろうか?


 もしここで友歌が歌い、肯定してしまえば、歌は精霊と人とを繋ぐものとして確立してしまう。そうなれば、祈る時にも歌を、行事の時にも歌を…と、どこにでも応用されるようになるだろう。


 けれど、もし万が一、そのどれもが伝わらなかったら?


 たとえば何か災害が起こったとして、偶然の一致として幸運が降ってくる事もあるだろう。けれど──この世界には本当に精霊がいる…全ての出来事は精霊に通じ、実際に精霊が奇跡を起こせてしまう。見ることは叶わなくても、存在しているのだ。


 それが、助けてくれなかったとしたら?…精霊は気まぐれで通っているらしいから、“今回はそうだったのだろう”と思ってくれたら良い。でも、もしもそれが幾度も続いたら?


 歌が繋がりだと知れれば、人間は今までよりずっと精霊を身近に感じてしまうだろう。そうなった時、下手な希望を与えた友歌は非難されはしないだろうか…?




 友歌があまりにも不安そうな顔をして考えているのを見て、レイオスにもそれが伝染した。──友歌の歌は、もしかしたら精霊にとって重要な機密なのかもしれない。


 精霊達と遊ぶように、友歌は歌っていた。旋律に合わせて、風の精霊は楽しそうに踊っていた。レイオスとしては、歌が精霊に届いている事を純粋に喜んでいたのだ──そして、それを父達にも知って貰いたいと。


 歌は、貴族の間でも重要なものとして学ばされる。王族であるレイオスも勿論例外ではない。──歌を歌った友歌を身近に感じたのは、他ならぬレイオスであったのだ。


 レイオスは己の内に溢れる言葉をなんとか形にして、友歌に訴えた。




「…モカの歌で、風の精霊が喜んでいた。

 それは、モカの歌だからかもしれない…でも、歌はラディオール王国にとっても、大切で神聖なものなんだ。

 だからどうか、歌って欲しい…モカの歌を、精霊の歌を、聞かせて欲しいんだ。」


「…………、(え、何、精霊…あの風は精霊だったの!?)」




 レイオスの言葉の後半は友歌には届いていなかった。代わりに、風の精霊があの場にいたという事実に友歌は衝撃を受ける。


 ──あの強風。あれが、風の精霊だというなら…もしかして本当に、歌は精霊に届いている…?


 一瞬きゅっと唇を結び、友歌はレイオスを見つめた。──真髄に、心から友歌の歌を望んでいる瞳。歌に誇りをもつ友歌としては、心動かされるなという方が酷であった。危険な可能性を潰した今は、特に。




「…わかりました…歌います。」


「本当か!?」




 明らかな喜色を含ませ、レイオスは満面の笑みを浮かべる。それに、友歌も微笑んだ。──今後二度と巡っては来ないであろう大舞台である、という事も友歌の背中を押した。


 アマチュアであっても、プロ意識は人一倍ある友歌。王様の前で歌うという晴れ舞台を逃すには、友歌は歌に溺れすぎていたのだった。


 ──地球に帰る前に、思い出の一つくらいは、欲しい。


 友歌は笑みを浮かべ礼を言い続けるレイオスに、心の底からの笑みを返した。けれど勿論、やるからには本気で。




 ──それが、友歌にとってマイナスになるのかプラスになるのか。それは、二大精霊にしかわからない事である。そうして、宴の日が迫っていったのだった。











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