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088. 出会いの村

 



 帰路につく。言葉にすればただ数行にも満たないそれが、これほどに難しいとは友歌は思っていなかった。


 ただ、今まで通ってきた道を辿り、戻るすがら顔を見せていくだけだと思っていたのだ。けれど実際は、疫病の震源地へと向かう時よりも熱烈な歓迎を受けていた。


 ――より時間がかかることも考慮にいれつつ、友歌たちは城へと足を進めていく。





















 *****





















「…なんていうか、すごい…。」


「治っている方はまだいないはずですのに…行きと全然違いますね。」




 馬車に揺られつつ、友歌はくん、と伸びをした。大人しく座っているサーヤも、多少だるそうに首を回し、二人とも疲れが残っているようである。


 レイオスが後方の馬車に乗っているため、少し広く、そして寂しく感じる馬車の中で、友歌たちはただただ雑談を繰り返した。と言っても、そのほとんどが疫病やラディオール王国のことで、花を咲かすことはないが、それでも途切れずに会話は続いた。


 ――そう、もう“雑談”が出来る程には、二人は精神的に余裕が出来ていた。数日前の重苦しい空気は何処にもなく、明るい話題とはいかないが、関係のないことを話せるくらいには普段の調子を取り戻している。


 時たま落ちる沈黙は、静かな、小さな重みを伴うが、それでも、城を出発した時から考えれば、いつもの二人だと言っていい。一人が欠けた馬車で、友歌たちはぽつりぽつりと会話を続けた。




「…おそらく、空気が違うことに気付いたのでしょうね。

 彼らは、ずっと疫病の真っ直中に居たわけですから。」


「そっか…。」




 鉱山の町を出て二週間、熱烈な歓迎のおかげで多少遅くはなっているものの、行きよりは早いペースで城に戻れそうである。途中、疫病にかかった騎士も拾い、久々に全員が揃った。


 疫病にかかった騎士は、やはり鍛え方が良かったのか、聴覚を失ったところで症状の悪化は止まっていた。残るは触覚と視覚だが、それらさえあれば意思の疎通は出来る。


 けれど、初期症状である関節などの体の痛みはあるため、馬での移動は無理であるとの判断が下った。もちろん、それが可能だと思っていたわけでもないので、新たに購入した小さな馬車に乗ってもらうことになった。


 レイオスを乗せる馬車を買うときにその話も出たが、まだ乗る者もいないので、まずは見送り、移動を優先したらしい。今の馬車の数は三台だが、やはりその分、維持出来るトップスピードは遅くなっている。


 友歌たちを先頭に、レイオスの乗る馬車を挟み、最後に騎士の乗る馬車の並びで、一行は町へ村へと移動していく。――行きより、断然に気配も人も、明るくなった場所を、脳に刻みつけながら。




「…サーヤぁ。」


「はい?」


「…城戻るまでに…治ってる人、出るかなぁ。」




 それでも、一番の望みはそれだった。どれだけ明るくなっても、今以上に疫病に怯えなくて良いと言っても、誰も彼もがそれを願っているのだ。


 最終段階までいってしまって、夫や妻が倒れた者が居るだろう。子供がそうなっているかもしれないし、もしかしたら、子供一人を残して親二人共が眠り続けているかもしれない。


 子供やお年寄りがかかりやすいと言ったって、それは一般論なのだから、家族で一人残された者だっているだろう。その者たちにとっては、やはり、起きてくれることの方が重要だ。


 もし親しい人が難を逃れているなら、もちろん今の状態は最善に近い。そういう人たちは心に余裕が出来るから、疫病にかかった者たちを積極的に看病してくれている。


 鉱山の街から遠ざかっていけば行くほど、それが顕著になってきていた。同時に、やはり疫病は完治しなければ、本当の意味で終わりではないのだと気付く切っ掛けにもなった。




「…どうでしょうね。

 それは、様子を見なければなりません。」


「……この時期じゃ、冬眠って言っても良いよね…。

 眠り続けたままで大丈夫なの、これ?」


「…体力などは落ちているでしょうが…多少は問題ありませんよ。

 それに、最近は二大精霊の力も満ちてきていますので、守ってくれるでしょう。」




 冬に眠りにつく熊などは、秋のうちに沢山食べておく。睡眠は、確かにエネルギーの消耗は少ないが、全くないわけではないからだ。


 疫病の流行り始めた月日を考えれば、一月以上昏睡状態にある人だっている。普通に考えて、体への影響が懸念される。


 けれど、サーヤによれば、要らぬ心配ではあるらしい。特に、友歌が欠片の力を解放出来るようになってから、ラディオール王国には二大精霊の加護が充満しているという。


 また、【朱月の顕現】から【春冬の祈願】までは特に、二大精霊の力が溢れる。その二つが繋がった一つの行事ということでもあるし、一年の始まりを完璧な状態で迎える準備でもあるからだ。


 他の精霊を信仰する国でもそうだが、年の初めに“波”の山を持ってきて、春月から冬月にかけて、谷…つまり、力を消費し、また蓄えていく。そういうサイクルが出来ているらしい。


 要は、今は“溜め”の時期であり、それに伴い、加護の力も半端なく高められているため、疫病で苦しむ人々をフォローしてくれるだろうと言うのだ。


 それならば安心だと、友歌は胸をなで下ろした。




「…あ、」


「?」




 ふと、サーヤは声を漏らした。何事だろうと友歌が首を傾げると、サーヤはにこりと笑った。




「次の村が見えてきたようですよ。」


「――――!」




 その言葉を聞いて、友歌も口元を緩めた。――馬車が三台、進みは遅いと言っても、それぞれの集落を様子見で留まっているだけなので、行きよりは断然早い。


 そしてもうすぐ、感染者に始めて遭遇した場所へ、友歌たちは着こうとしていた。





















 *****





















「ようこそ、精霊様…!」




 馬車を降りた途端、人々の歓迎に合い、友歌はそっと笑みを浮かべた。疫病が広まってまだ浅いからか、起きている人々も多い。


 それでも、最初に来た時より少し人数は減っている。そのことを気付きつつも、友歌は表に出さないよう、表情と言葉を選ぶ。




「お久しぶりです、精霊様!」


「ああ、よう戻ってきてくださった。」


「ついこの間から、なんだか空気が変わった気がするんです。」


「精霊様、ゆっくり休んでいってください。」




 口々に声をかけてくる村人たちの声に頷きながら、友歌は、遠目に見覚えのある人影を見つけた。その人物も気付いたのか、そっと人混みを掻き分け、友歌に近付いてくる。


 茶色に刈られた髪は、会った時とあまり伸びてはいないようだった。




「こんにちは、ケインさん。」


「、…お久しぶりです。」




 言葉に詰まっているのか、一つ呼吸を置いて、ケインは口を開く。出歩いている様子から、あの後も疫病にはかからなかったようだ。


 母親が真っ先に感染したと言うのに、免疫力がすごいのだなと友歌は思う。同時に、子を思う母の思いが疫病をはね除けたのだろうかと、医学的に根拠のない想像も頭を過《よ》ぎった。


 ――そして、思うと同時に、どうしても顔を見たくなってしまう。




「…あの、ケインさん…。」




 そっと、伺うようにケインを見れば、少し沈黙した後、頷いた。どうやら、何を言いたかったのか、気付いてくれたらしかった。


 周りの村人も、察してくれたのかそっと離れて見守る体勢に入る。それに頭を下げつつ、友歌は歩き始めたケインに続いた。


 サーヤを振り向けば、行ってらっしゃいとでも言うように笑みを返され、友歌は気兼ねなくケインの背を追う。咎められなかったので、どうやら自由にしていいらしい。


 案内されたのは、ケインが住む――友歌たちの泊めて貰った家だった。一月ほどぶりだが、見覚えのある外装に、懐かしさもまたほんの少し蘇る。


 中に入れば、また、配置の換わらない家具に出迎えられ、友歌は少し息を吐き出した。居間を通り、ちょっとした廊下を抜け、いくつかある扉のうちの一つをケインは開け放った。


 ――そこに横たわる女性の姿に、友歌はそっと、そして、寂しそうに笑いかける。




「…お久しぶりです、クロナさん。」




 眠り続ける、ケインの母の姿がそこにあった。近寄り、友歌はその枕元の椅子に、そっと腰掛けた。


 ケインが看病に使っているのか、手の届く範囲には、水差しやコップも置いてある。そっと伺うクロナの顔色は、悪くないにしても、やはり青白い。




「場所を、移されたのですね。」


「…精霊様方から、疫病がもう広がらないという連絡が来ましたので。

 家で看病出来るようにと、数人の感染者と共に移動してくれたのです。」




(…やっぱり、感染はしちゃったか。)




 ――それでも、と友歌は思う。今以上の以外はない上に、慣れた家で、普通の病気と同じように接せられる。


 そして彼女は、クロナは、願い通り、ケインを病気から守ったのだ。健康に、今度は子が母を看病している。


 隔離されることなく、家で、愛するわが子に看てもらえる。それは、とても嬉しいことだと、友歌は思うのだ。




(――良かったです、クロナさん。)




 眠り続ける人を目の前にして言うことではないかもしれないが、それでも、友歌はそう思った。クロナはどこか微笑んでいるようにすら見え、友歌は、返すように笑みを浮かべたのだった。











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