085. 待ちぼうけ
サーヤにとって、レイオスは敬愛すべき主人であり、弟のような存在でもある。幼いころより傍に居たからか、今でもサーヤはレイオスに姉のような感情を浮かべてしまう。
だからか、友歌のためにレイオスから提案を受けた時も、しょうがない、とその言葉を聞いてしまった。そのことに後悔はなく、むしろ率先して行った自覚もある。
けれど――まさか、それに便乗するように、友歌までもが突っ走るとは、サーヤは思っていなかったのである。
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「き、騎士様がた…っ!」
「大丈夫です、勝手に診ましたが異常はないようですから。」
レイオスが不在の中、騎士たちと共に今後の予定などを話し合っていた矢先の友歌の暴走。その知らせを聞いた時には、すでに友歌たちは炭坑の中に入ってしまっていた。
地図も持たずに、とは思っても、そこはついている騎士たちが印でもなんでもつけているだろう。そして、そう奥まで入り込んでいない時の情報によると、どんな方法を使ったのか、黒い精霊石への道を一つも間違わずに進んで行っているらしい。
それなら、と見守る体勢に変えたサーヤ達に、待っていたのは友歌が倒れたという報告だった。レイオスに引き続き、それ以上の要《かなめ》と言っても良い友歌が倒れた――サーヤが取り乱すのも無理はなかった。
護衛の騎士たちによって外に連れ出された友歌は、レイオス程ではないにしても、顔色は悪く、呼吸も浅い。問いつめる時間も惜しく、即座に診療所に運び、レイオスの隣の部屋に横たえる。
何故、ここまで無茶をしたがるのか。慣れてきたこととはいえ、突発的な友歌の行動にサーヤは頭を抱えた。
「…寿命が縮まりそうです…。」
「全くですね。」
診療所の待合室で項垂れるサーヤに、友歌についていった一人、トランが頷く。太陽の傾いてきた中で、いつ炭坑に入れるようにと動きやすい服を着ているサーヤは、いつもの淑女《しゅくじょ》ぶりはどこへやらだ。
男性が居ようが知ったことかとでも言うように突っ伏すサーヤに、トラン気にせず背伸びをした。気持ちもわからないでもなく、むしろ今日、引きずり回された方であるトランは、それに付き合ってきただろうサーヤとレイオスに敬意を持たずにいられなかった。
これまで関わってきた女性たちとは違う、どこか思考回路の違う友歌。それは精霊だからなのか、どうしてそこまで無茶が出来るのかと首を傾げてしまう。
「…ああでも、疲労で良かった…本当に良かった。
うう、命がいくつあっても足りません…。」
「――すみません、炭坑に行く前に止められれば良かったのですが…。」
「いえ、それは良いです…多分、私でも無理でしょうから。」
鬼気迫る様子であったことは、トランとユークはもちろん、擦れ違ったという騎士たちに聞いているため、それは仕方のないことだと諦めたサーヤ。
もとから、レイオスが抜けた場合には、地位的に友歌がトップになるのだ。ただ、指示や指揮には慣れた騎士の方が良いだろうということで、実質的な権限は持っていないに等しかったが、それでもピラミッドでは友歌が上なのだ。
その下につくことになるサーヤや騎士に、引き留めるといったことが出来たとは思えなかった。
また、組織に所属していることから、サーヤや騎士たちは上に従うことに慣れているといったことも関係してくる。もちろん、意見を出すべきどころは言わなければならないが、この場合、サーヤたちの一般的な物差しで測るべきかという問題が出てくる。
友歌は“精霊”だ。それは、人間で推し量ることの出来ない物事が見えている可能性もあるということなのだ。
そして、その結果――黒い精霊石は、欠片の蒼い結晶に完全に覆われた。完璧に、隙間もなく、蒼の結晶に閉じこめられたのだ。
精霊石に詳しい騎士の話によれば、もう中にある闇に脅威はないとのことだった。外殻の脆《もろ》い精霊石だが、どうやら覆った結晶は、とても堅く連なっているという。
友歌の願いのおかげか、欠片が意図的にそう外殻を生成したのか…とにかく、これから何百年何千年とかけて黒い精霊石は浄化されていく。今現在も、本当に微量ずつ、勢いが殺されてきているらしい。
(…喜ぶべきなのでしょうけど…。
なんと言うか、立て続けに倒れられると、さすがに…。)
“怒った”。騎士たちの意見からするに、おそらくその言葉が妥当なのだろうとサーヤは思う。
何に対してかはわからないが、それでも、何かに――ここ最近で起こった何か、もしくは伝えられた何かに“怒った”。
おそらくそれは、黒い精霊石や、レイオスに関すること。けれど、それ以上にサーヤは、友歌が、精霊が負の感情を顕《あら》わにし、そして行動したことが驚きで仕方なかった。
(…レイオス王子の影響でしょうか。)
契約を交わされた時点で、精霊はこの世に留まることになる。それは友歌も例外ではなく、紋様は見られないが、それでも“繋がっている”感覚はあるのだとレイオスは言った。
思えば、友歌は、最初からどこか人間味があった。それは、ヒトガタを持つが故なのか、契約のせいなのかはわからなかったが、やはり何処か“人”に似たものがあったのだ。
けれど――まさか、感情にまかせて行動をするといった、本当に人間のような面を見せられたことが不思議だった。
驚いたところを見たこともあった。笑ったところも、悲しんだところも、傍にいたサーヤはそれらをずっと見てきた。
そして――どこか、一線を引かれていたことも知っていた。だからこそ、今回のような姿を見せたことに驚いたのだ。
「…まあ、お二人が倒れられた以上、少し待つのがベストでしょう。
どちらにせよ、三の金の日に出発する予定でしたし…。
あまり急いても、さらに体調を崩してしまうだけかと。」
「…そう、ですね。
了解いたしました、皆様に休んでくださるよう言ってもらえますか?
心配だった黒い精霊石も、精霊様が片付けてくださいましたし…。」
「はっ。」
び、と敬礼したトランは、そのまま外に出て行った。入り口の所で待っていたユークの肩を叩き、歩いていった二人を見送って、トランはふうと息を吐き出した。
――そう、何はともあれ、終わったのだ。友歌が何故今になって行動を起こしたのかも、サーヤには知る術はないし、全て過ぎてしまったことなのだ。
ならば、それに感謝するだけ。二大精霊を信じないわけではないが、もしかしたら、それだけでは疫病は退けられなかったかもしれないのだから。
「…でも、倒れられてしまうのは困るんですよー…。」
レティと話せた友歌が眠ってしまった今、城と連絡を取る手段は鳥便のみとなってしまった。しかも、レティとは旅に出てから毎夜話していたのだ。
今日、急にそれが途切れてしまっては、何か起こったのだと騒ぎ立てるのは必至だ。そしてサーヤは、そうなるだろうレティの性格を熟知している。
再び頭を抱えながら、サーヤは深く深く、ため息を吐いた。すでに鳥便は飛ばした後だが、それでも時間がかかる。
出来ることなら、今日中に友歌の目が覚めて欲しいところだが、いつ目覚めてくれるかはわからないという。無理に起こせないこともないが、今の眠りは、レイオスと同じ体力を回復させるために必要不可欠なものと言ってもいいのだ。
それを無理に絶って、今後何か影響がないとも限らない。黒い精霊石についてはもう問題ないが、また新たに考えなければならないことが増え、サーヤはまた項垂れることとなった。




