083. 起こり
本来、友歌の性格にそうおかしな箇所は見られない。大多数の人と同じく、楽しい時には笑うし、悲しくなれば泣き、気に障れば怒る。
ただ、気性の激しさは確実に母から譲られていた。負けず嫌い、諦めが悪い――さらに、八つ当たりともとれる苛立ちがプラスされ、友歌は普段の己を追いやっている。
そう、二人の騎士が、本当なら引き留めるべきところを、何も言えなくさせてしまうくらいには、いつもと違うオーラを漂わせていた。
*****
[…どうするよ、ユーク。]
[オレに聞くな…。]
友歌の後ろを付かず離れずで歩む二人――トランとユークは、水の精霊騎士であるトランの魔法で、言葉を伝え在っていた。空気中の水分を操り、誰にも聞こえないくらいに小さな音を直接耳に振動させるものだ。
本来は風の精霊魔法の管轄で、水の精霊魔法はその補助に徹することが多いが、水単体でも似たことは出来る。友歌を下手に刺激しないように、二人は、ほとんど空気を漏らすに近い言葉を吐いた。
[にしても、炭坑ってなぁ…。
様子を見に行くにしても、今の精霊様、大丈夫か?]
[…不穏なものを感じるな。]
二人が着いてきていることに気が付いているだろうに、何も言わずに進み続ける友歌。すでに炭坑の中に入ってしまい、ただ三つ分の足音だけが響いた。
外よりも響きやすい炭鉱内で声が響かないよう、さらに注意しながら囁き合う二人は、迷わず進んでいく友歌に尋常でないものを感じながらも、止める術を二人は持たない。
蜘蛛の巣のように入り乱れた洞窟、それなのにまるで知り尽くした道のように友歌は前から目を逸らさない。きちんと望む方向に行けているのだろう、所々覚えのある道具が置かれているのを見て、記憶力に自信のあるトランは口元を引きつらせた。
(まじかよ…おいおい、どれだけ分かれ道があったと思ってんだ?)
地図もなしに、どちらに進むか迷う素振りも見せない友歌に、トラン隣を歩くユークに視線をやる。ユークは、ただ友歌の背を見つめ、黙々と足を進めていた。
――けれど、いつもの無表情とは違う戸惑いもまた感じられてて、あまり見ることのない横顔に、トランは再び口を開く。
[どうするよ、ユーク…。]
[だから、オレに聞くな。]
同じやり取りを繰り返し、二人は小さなため息を吐く。サーヤや他の騎士たちには報告したが、もうすぐ外とも連絡がつかなくなるため、引き返すのであれば今だろう。
だが――やはり、かける言葉は見つからない。
『レイ、レイ…!』
黒い精霊石がある部屋で叫ぶ声が聞こえ、真っ先に駆け寄ったのもトランとユークだった。青白い顔で横たわるレイオスに、やはり、と思うのと同時、泣きそうな顔で膝をつく精霊に目を見開いたのを覚えている。
レイオスにあの嫌われた魔法を使うことを知らされていた騎士たちは、いつかこうなるだろうとは思っていた。けれど、まさか精霊が気付いていないとは思っていなかったのだ。
全ての精霊魔法を、精霊は感知出来る。自分達が力を貸しているから当然なのだろうが、少し、宿る精霊を意識すれば、魔法を使うまでもなく感じ取れるのだ。
けれど――精霊の、友歌の表情はまるで、何が起こったのか理解していないように思われた。まるで、気付いていなかったかのように。
ヒトガタであることでの劣化か、もしくは契約での力の制限。それからの友歌は、決してレイオスの傍を離れようとはしなかった。
(…精霊が宿れないことで起こる矛盾、か。)
通常、精霊使いは、普段何気なく過ごしている時もその恩恵に肖《あやか》れる。精霊にゆかり在るものを感知出来るのもそうだし、身体能力が上がったり、それぞれの精霊の特性が伸びたり、また強くなったりするのだ。
けれど――レイオスにはそれがない。ヒトガタを持てるほどに高位の精霊を降ろせたにもかかわらず、宿すことが出来なかったため、そういったプラスは何もないのだ。
精霊は降ろせたのだから、精霊使いという名はつく。けれど、それは名ばかりで、だからこそこうして意識を失うほどになっている。
[ユーク。]
トランの声に現実に戻れば、もうすぐ精霊石の発掘上に着くところだった。蒼い光がほんのりと灯っているその場所は、精霊石の草原が広がっている。
足を踏み入れると、今日の見回りはすでに終わっていたため、友歌たち三人の姿しかなかった。すでに外との連絡は取れないが、皆が合流することはない。
それはサーヤと、そしてまだ動けていた時のレイオスの指示で、やりたいようにやらせるようにと言付かっていたからだ。また、騎士たちの場合は、自分たちが精霊の意思に背くことなど出来ないという本音も混じっている。
蒼く光る精霊石をぐるりと見回し、ほんの少し立ち止まった友歌は、また足を進める。けれど、洞窟内を歩いて来た時よりも遙かに遅い動きは、結晶を壊してしまわぬようにという気遣いから来るものだと二人は気付いた。
蒼い煙に渦を発生させながら、友歌は足下を見ながら歩く。その後ろをゆっくり着いていきながら、ユークはふとあることに気付き、先を行くトランの肩を叩いた。
[…ユーク、下。]
[…………うっわぁ。]
素直に立ち止まり、指示通り下を見たトランは、凪いだはずの煙が以上に早く動いているのを見た。ユークを振り返れば、それだとでも言うように頷かれる。
再び下を見て。その流れに視線を動かすと、いつの間にか立ち止まっていた友歌へと流れていっていることに気が付いた。――今まで、黒い精霊石のある部屋の方へと流れていたはずの煙は、今や友歌へと集っていた。
[ねえこれどういうこと?
何が起こってるの!?]
[…わからん。
だが…精霊が何かしようとしているのは、確かなようだ。]
二人に背を向け、俯いたままの友歌の表情はわからない。けれど、わざわざ前に回ってまで確かめようとは思わなかった。
煙として友歌に集まる欠片の力は、友歌に触れると消えるようにして姿を消す。まるで、力を吸収しているようだと二人は思った。
けれど、それは確かなようで――友歌がうっすらと、光を放ち始める。
[…なあ。]
[なんだ。]
[情報だと、精霊って王子がいないと力使えないんじゃなかったっけ。]
[…そのはずだったんだがな。]
契約の関係で、友歌は精霊としての力を制限されていたはずだった。欲がなかったのか、今までレイオスが精霊魔法を使おうとしていなかったため、発見が遅れたのだと皆は解釈していた。
けれど、明らかに今、友歌は一人で欠片の力を使おうとしている。見れば、友歌の足下の結晶は、他よりも体積が減っているのが目に見て取れた。
通常、精霊石の外殻となった精霊の力は、形を崩すことはない。目に見えない力を容れるものと化したため、すでにそれらとは別のものに変わってしまっているからだ。
中に内包された精霊の力を使い切ってしまえば、それはただのクリスタルとなんら変わりない。材質そのものが生成されてしまっているのだ。
[…さっすが、高位精霊様。
なんかもう、色々規格外すぎねぇ?]
トランの呟きに、ユークが反応することはない。ただ、結晶となって世に残ることすら許さないとでも言いたげな友歌の様子を見つめ続けるだけだ。
現象としてはあり得ない、段々と小さくなっていく結晶は、どんどん広さを増していく。友歌を中央に、草原が形を崩していくのがわかった。
[――離れるぞ。]
[え、なんで。]
[力を吸われたいのか。
今の精霊だと、オレたちがいることも覚えていないらしいぞ。]
すでに、友歌の足下には固い地面が見え始めていた。どれほどの欠片を元に戻すかはわからないが、力を吸収していると取れる今の光景だと、自分たちの精霊にも影響が及ぶ可能性もある。
そう判断したユークは、もう少し安全が確保出来るところまで離れる判断を下した。トランも異論はないらしく、素直に頷く。
いくら精霊が人に危害を加えないだろうとは言っても、今この状況を見てのんきにそう思っていられるほど、二人は楽観視していなかった。とくに――黒い精霊石に喧嘩を売るらしいこの状況を見ては。
「――――。」
何事かを呟いた友歌から、一際大きくなった蒼い光が立ち上る。互いにしか魔法をかけていなかったため、二人は友歌の言葉は聞き取れなかった。
今まで旅の途中で見てきたものよりは随分と小さかったが、それでも、並みの精霊ではあり得ないほどに濃厚な力。それを“欠片”とする二大精霊もそうだが、それを当たり前のように体から放出させる友歌にも、やはり化け物だという認識を深め、二人は待避を完了させる。
何をするつもりなのかと、トランとユークは部屋の入り口の近くで、それが起こるのを待った。