表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/93

081. 眠り

 



「さ、サーヤ…っ!」


「大丈夫です精霊様、大丈夫です。」




 縋り付く友歌に、サーヤは肩を抱きながら、自らにも言い聞かせるように呟く。白い部屋で、横たわったレイオスが眠っている。


 ――動いていられたのが不思議なほどの極度の疲労と、精神の異常なほどの消耗。疫病にかかっていないことだけが、友歌たちを勇気づけていた。





















 *****





















「…っ無理してたんだ、やっぱり、隠してたんだ…!」




 体調が悪いだろうことには、さすがに友歌も気付いていた。あれだけ蒼い顔をさせ、つらそうではなくてもぼんやりすることが多くなれば、おかしいとは誰でも気付く。


 ただ、言及する可能性をレイオス自身が潰して、そういう機会をくれなかったのだ。笑顔でなんでもない風に接せられると、何も言えなくなってしまう。


 たとえ言えたしても、すぐさま誤魔化され、話を逸らされてしまうだろうことは、想像に難《かた》くない。けれど、レイオスが隠したがっているのがわかったから、せめて酷くならないように傍で見ていたつもりだった。


 なのに――倒れてしまうほどだと、友歌は気付けなかった。レイオスも、友歌が無理をしていることに気付いたのを知っていた…だからそれ以上顔や態度に表さないようにしていたのだろう。


 結果、全てが遅れてしまった。疫病の元に辿り着いたことで、多少なりともうかれてしまったのも原因だろう。


 ――早く、休ませるべきだったのに。




 倒れたレイオスは、近くで欠片の精霊石を調査していた騎士たちに、街まで運んでもらった。手際良くレイオスを連れて行く騎士たちの冷静な様子に、友歌は彼らがこれをうっすらでも予想していたのだと気付く。


 否、あれだけ蒼い顔を見せるレイオスに、護衛として気付かない方がおかしいのかもしれない。何故休ませなかったのかと問えば、きっと仕事だからと言うのだろうか。




(…や、違う…かな。

 最初の頃ならともかく、ここまで過ごしてきてそれはないよね。)



 レイオス自身からの口止め。それがおそらく正解だろうと、眠るレイオスを見つめて友歌は思う。


 ――無理でもなんでも、休ませればよかったのかもしれない。誤魔化されても、逸らされても、延々口に出して言えば、もしかしたら少しは体を労ってくれたのかもしれない、と。


 それを言わなかったのは、友歌自身の逃げだった。




「…精霊様、」


「…………っ。」




 椅子に座り、ぎゅうと裾を握る友歌の傍に近寄ると、サーヤはそっとカップを差し出した。温かな湯気の立つカップには、紅茶が淹れてある。




「お飲み下さい。

 精霊様が同じく倒れられても、王子は喜びませんわ。」


「…レイが倒れても、誰も喜ばないよ。」


「…………。」


「でも、ありがとう。」




 カップを手に取り、ほんの少しだけ口に含む。思いの外、喉も渇いていたようで、それに驚きつつもカップをゆっくりと消費していった。


 街の診療所の一部屋で、沈黙が続く。




「…サーヤ。」


「なんでしょう?」











「私に隠していること、あるよね?」











 静かな声に、サーヤは目を伏せた。友歌はレイオスに視線を固定しその様子を見ていないが、口元を結び、確信していた。




「…はい。」


「言えない?」


「…………、」


「言ってよ…だいたい、気付いているから。」




 言葉が途切れ、また沈黙が落ちる。――そう、言わなかったのは、友歌の逃げなのだ。


 ただ、恐かったのだ。





















「…精霊様にかけた魔法の、せい、です。」





















 まさか、疫病を止めたいと願った自分の意思が、レイオスをぼろぼろにしていたなんて、信じたくなかったのだ。


 実際、体力を減らないようにする精霊魔法なんて、存在するはずがないのだ。魔法は万能ではなく、便利なだけのものなのだから。


 “体力の損なわずに済む魔法”だと、サーヤは言った。けれど――そんなものがあるなら、何故最初から使わなかったのだろうか。


 旅に出ると言うことは必然、普段よりもずっと、体力も精神も消耗する。騎士たちはともかく、友歌たちは長い道のりを行くことに慣れていない。


 馬車を使うとは言え、城で篭もっていることとは訳が違うのだ。




 そして、それをギリギリまで使わずにいたことも気に掛かる。あの時の友歌は魔法を解放し続けることに必死で、自分で振り返ってみても、酷い状態であったことは自覚している。


 ――タイミング良く、その魔法のことを伝えられたのだ。まるで、許可が出されたかのように。




「精霊様にかけた魔法は、一部では悪手《あくしゅ》と呼ばれ、嫌われるものです。

 もとは、自らが傷を負うたびに、合意を得た相手へとその傷を移す魔法だったのですが…。


 改良…いえ、これも改悪と判断が分かれるのですが…手が加えられ、体力や精神面への繋がりも可能にしたものです。」


「…………。」


「…今回は条件を限定させていただきました。

 体力面への影響のみ、精霊様からレイオス王子へ移動させるように…。」




 何度目かの沈黙が落ちる。友歌は、口を開こうとはしなかった。


 斜め後ろから、項垂れるているようにも思える友歌を見つめ、サーヤは見えていないのを承知で頭を下げる。




「…精霊様に提案した日、レイオス王子から指示がありました。

 詳しいことは説明せずに、精霊様へと伝えるようにと。」


「……私が拒否してたら?」


「この魔法は、移す側の完全な理解と合意があれば問題ないのです。

 たとえそうされていたとしても、おそらく…私はこっそりと、魔法をかけていたでしょう。」




 きっぱりと言われた科白。――笑い出してしまいそうだと、友歌は思った。




「私の女中なのに、レイオスの言うことの方が大事?」


「あなたの体の方が大事です。」


「…私が望んでないのに。」


「自分より、疫病を退けることに必死だった癖に、望むも何もありませんよ。

 わかっていたはずです…あなたが無事なら、この旅は成功なのです。」




「――それでも、身近な人一人犠牲にして、それじゃ意味ないよ…?」


「…………。」




 ぽつりぽつりと、互いから発せられる言葉には覇気がない。悲しげにも聞こえる友歌の言葉は淡々としていたし、逆に責めているようにも思えるサーヤの言葉には力が入っていなかった。


 ――わかっている。誰も彼もが、自分の信じる方へ進んだだけなのだ。


 友歌の場合は、疫病を退けるため、自分を後回しにしたこと。サーヤはそんな友歌の好きにさせるため、たとえ多少意思の沿わないことをしてでも、最後まで貫いて欲しかったこと。


 レイオスが、友歌のために自分を投げ出したこと――。




(…全部、私のせいじゃん。)




 疫病を退けたかった。【春冬の祈願】までに抑えておくことが出来れば、おそらく滅せられると聞いたから。


 でも、確実ではないから、少しでも可能性を上げておきたかったのだ。レティにも無理を言って、力を解放してもらいつつ、なるべく良い方向に進むよう模索した。


 そう、その結果が、今のこの状態を作り出している。青白い顔で、浅く呼吸をするレイオスが、目の前で横たわっているのだ。




「…顔色が悪くなったのを見た途端に、もとに戻ってた、のは?」


「私の魔法です。

 …血色をよく見せる程度なら、簡単に出来ますから。


 後は、レイオス王子の根性です。」




「――ふ、はは…根性って。」




 小さな笑み…けれど、決定的な、表情の崩壊だった。ほろりと、雫が頬を伝う。




「…免疫力も低下しているため…もしかすれと、疫病にかかる可能性も、あります。」




(馬鹿だ、何してるのさレイ。)




「体も精神も、限界だったようです。

 精霊魔法で補助はしているので、命に別状はありませんが…黒い精霊石に“あてられた”のも、原因の一つのようで…。」




(助かったよ、助かったけど…。

【春冬の祈願】で決まるなら、ここで無理しなくたって良かったじゃんか。)











「…いつ起きあがるかは、わかりません。

 まさか、ここまでになっているとは、私も思っていませんでした。」











(馬鹿レイ…!!)











 沈黙の支配する部屋で、ただサーヤの言葉が響いた。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ