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080. 黒の精霊石

 



 白と黒は、この世界ではあり得ない色。ごく稀に、二大精霊の色として扱われることもあるが、それは火の精霊の赤と朱、水の精霊の青と蒼が紛らわしく感じた者が加えたのだという。


 白と黒は不可侵のもの、何にも混ざらず、また混じることを許さない。けれどやはり、全体のイメージとして、白は光、聖なるもの…黒は、闇や悪の象徴であったりもするのだ。


 ――人の感情を吸って染まったという黒い精霊石に、友歌は欲の際限のなさを改めて実感した。





















 *****





















 黒い精霊石は、過去にも何度か発掘されてきたらしい。禍々《まがまが》しい闇を揺らめかせる結晶は、一部では高額で取引されることもあるのだという。


 ただ、通常の精霊石としては全く使えないという欠点もある。透明の結晶に閉じこめられた精霊の力は、あっという間に侵食されてしまうのだという。


 精霊の力には、色がある。そして、色彩の中では黒が一番強烈なのは言うまでもなく、おそらくそれも影響しているのだと友歌は思った。




(…生きてるみたい。)




 座り込んだまま、友歌はゆっくりと蒼に覆われていく精霊石を見つめる。透明のクリスタルの中、どういう原理なのかはわからないが、炎のように揺らめく黒。


 蒼と黒の神秘的なコントラストは、けれど、サーヤや精霊騎士曰く、戦争中だと言う。黒い精霊石を、欠片が封じ込めている最中だと言うのだ。


 大きな精霊石ほど内包される力は多く、内側から圧力をかけて、足下から這い上がってくる欠片の結晶を退けようとしているらしい。


 けれど、濃度では欠片が圧倒的で、欠片はそれを生かしてねっとりと包むように抑えている。黒い精霊石は勢いと力強さで、欠片の結晶は数と質に物を言わせて、互いにぶつかり合っているのだという。


 欠片が着実に黒い結晶石を覆っている所を見ると、どうやら上手くいっているらしい。パキパキと音を立てながら、足下を流れる煙を吸い上げる蒼い結晶を見つめ、友歌はじっと動かない。




「モカ、」


「…レイ…街の人たち、どう?」




 足音と共に、レイオスが精霊石の発掘現場から歩いてきた。体育座りで見上げる友歌に笑いかけ、レイオスは隣に座り込む。




「まだ反応はないそうだ。

 まあ、疫病の源はこれで間違いないだろうから…なんらかの動きは見られるだろう。」




 一瞬滞った煙は、またすぐに黒い精霊石の方に流れ出した。それを手の平で掬《すく》う仕草を繰り返し、レイオスも二つの結晶を見つめる。


 ――黒い精霊石は、すでに邪悪の固まりであるらしい。高値で取引をされていると言っても、それは害のないよう加工されたもの限定であるし、そのままの状態で持っていれば、まず、持ち主は体調不良で倒れ、最悪死に至るというのだ。


 そう、精霊石とは名ばかりで、ただ体に悪いものをため込むだけの入れ物。初期のうちなら、純粋な精霊石に戻せるらしいが、時間をかけて浸透した結晶は、すでに外殻まで黒に染まってしまうらしい。


 ここまでの大きさになれば、ただの細菌を害あるものに変え、繁殖させてもおかしくないだろう。それほどに、“元”であっても、精霊の世界への影響は計り知れないのだ。




「…ねえ、レイ。」


「なんだ?」


「……こんなものを作っちゃうなんて、人の感情って…そんなに悪いものなのかな。」




 炭坑に出入りする人々の、負の感情を糧にして、闇を育てたという目の前の巨大な精霊石。見るだけでわかる…これに収められている黒は、とてつもなく暗くて、深い。


 揺らめく黒は、闇に身を落とした人にはたまらなく甘美なものに感じられるだろう。友歌も、魅せられないと言ったら嘘になる…観賞用として採掘されるのも、わからないでもなかった。


 けれど、恐怖の方が先に来る。取り返しがつかないとわかるほどに、その黒は友歌の感情を静かに揺さぶってくる。


 そんな友歌の様子を隣から見つめていたレイオスは、そっと立ち上がった。思わず精霊石から視線を外した友歌に、レイオスは微笑み、精霊石の採掘場へと戻っていく。


 しばらくすると、一つだけ蒼い精霊石を持ち、再び姿を現した。




「…普通の精霊石とは違うし…成功するかは、わからないが。」




 膝をついたレイオスは、煙の流れる地面にそれを置いた。何をするつもりなのだろうと首を傾げる友歌に、レイオスは懐から小さな瓶を取り出す。


 コルクを外したレイオスは、半分ほどまで水のようなものが入った瓶を、友歌の目の前で揺らした。




「ただの解毒薬だ。

 まあ、万能とは言えないが…熱が出たくらいならすぐに治る効力はある。」


「…薬。」


「そう、人の体には良い影響しかもたらさない薬…けれど、」




 ゆっくりと瓶を傾けていくレイオス。必然、中身も重力に従い、瓶が少し横を向いたくらいで入り口へと向かう。


 そうして一滴、瓶の口から滑り落ち、置かれた精霊石へと垂らされた。




 ――ぽと、




 音と共に、蒼い精霊石は一瞬にして、黒い結晶へと色を変える。友歌は目を見開き、まるでマジックのようなそれに目を瞬かせた。


 けれど、変化は一瞬で、すぐに内側から蒼が黒を追いやっていく。じわじわと黒を追いつめていった蒼は、もとの精霊石へと戻ると、また蒼い煙を発し始めた。


 何事もなかったかのように鎮座する精霊石を持ち上げ、友歌はレイオスへと目をやった。レイオスも、驚いたように目を瞬かせる。




「すごいな…、流石は二大精霊の欠片。

 あっという間に元に戻ってしまった。」


「……どういうこと?」


「…つまり、人の感情だけが直接の原因ってわけじゃない。

 まあ、大半はそれが関係しているだろうけど。」




 瓶を懐に戻したレイオスは、腰を下ろし、大きな結晶を見上げた。欠片の精霊石を手に持ったまま、友歌も視線を上げる。


 先程より、ほんの少し蒼の増えた二つの色。黒は未だ抗うように揺らめき続け、蒼は容赦なく足下から埋めていく。




「…精霊よりも清浄なものなんて、存在しないんだ。

 つまり、精霊にとって、全てが穢《けが》れた要素を持っていると言っても過言じゃない。」




 あんまりな言い方に、友歌は言葉を失った。それに気付いていないのか、そういうフリをしているのか、レイオスは結晶から目線を外さない。




「さっきの瓶と薬は、城一番の精霊使いたちが作ってくれたものだ。

 瓶は持ち手の“気”を使って、中身の威力を増すことが出来るという。


 つまり、意思を込めることでより強力になる仕組みなわけだが…。」


「…………、」


「解毒の作用を強めた、精霊の力で作られた薬。

 それであっても、精霊の純粋な力にとっては、不純物なんだ。」




 ぽつりと呟かれた言葉は、どこか寂しさも含まれていた。“不純物”…ふと、友歌はあることに気付く。




(精霊は、綺麗なものが好き。美しいものが好き。甘いものが好き。真実が好き。)




 ――けれどそれは、それ以外の全てを受け入れないことと同義ではないのか、と。




「精霊石の発掘場では、もちろん精霊の力が辺りを浄化している。

 けれど、先程のように、それが間に合わないほど急に触れられたりすると、こうなる。


 たとえば、動物の血液や植物の綿胞子。」


「…でも、触れても大丈夫だよ?」


「人が触ったくらいで、精霊石は変わらない…長い年月をかけて、侵食されていくんだ。

 段々くすんだ色を帯び始め、ある日、一気に黒へと堕ちる。」


「…さっき、いきなり黒くなったのは??」


「精霊の力で仕上げられた薬だ…影響も桁が違う。

 ちなみに、普通の精霊石と、同じような液体を使った実験では、急な変化に耐えきれずに壊れたそうだ。」




 手の握る精霊石を見せ、反論する友歌だったが、次々と論破されていく。けれど、友歌は、悔しさどころか、安堵さえ覚えていた。


 ――人の感情だけが、これを作り出したのではない。閉鎖的な空間での空気の滞り、魔法のかけられていない壁からの物質…そこに圧倒的な時間での熟成が加わった結果。


 明らかにホッとした様子の友歌に、レイオスは小さく笑みを浮かべる。





















 それは、ひどく弱々しい笑みだった。





















 とん、とレイオスは友歌の肩に額を置く。びくりと体を震わせた友歌は、そんなレイオスに表情を固まらせた。


 思わず口を開きかける友歌だが、無言で波打つ銀の髪を見つめた後、そっと力を抜いた。腕を捻るようにして頭を撫で――ふと、違和感に気付く。




「…レイ?」




 いつもの蒼と白の甲冑を脱ぎ捨て、炭坑用に薄めの服を着たレイオス。もちろん、その背は鎧になど守られているはずはない。


 その背中が、あまり動いていないのだ。まるで、肺が収縮出来ていないかのように…、






「――レイ!」






 思わず肩を揺すると、ずるり、とレイオスの体が地に落ちる。仰向けに横たえさせた友歌は、目を閉じ浅い呼吸を繰り返すレイオスに血の気が引いた。


 思わず握った手の平は、いつもよりずっとずっと冷たかった――。











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