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079. 炭坑【下】

 



 精霊石の基本の色は、全部で六つ。五行の赤、青、黄、緑、茶…そして、なんの力も持たなくなった、色を持たないただ透明のもの。


 その六つが、精霊石として最低限使用できる。空になった透明のものは、ほぼ精霊への祈りのために使われる祭具へと加工される。


 また、例外もある。七つ目の色――それは、精霊石としてではなく、何にも使うことの出来ない色。





















 *****





















「レイオス王子!」




 沈黙に支配されていた友歌たちを遮ったのは、先に追わせた数人の騎士たちだった。奥の方から駆けて来た彼らは、なるべく結晶を踏まないように器用にこちらに向かってくる。


 レイオスは友歌を立ち上がらせ、騎士たちが駆けてくる方向を見た。今まで見えなかったことから考えて、どうやらこの空間にはまだ先があるらしい。


 足下を気にしているため、多少いつもより遅れながらも、彼らは綺麗に並び、敬礼をした。




「ご苦労だった。」


「いえ、結局はあまり意味もなく終わってしまいましたから…。」




 ――欠片が解き放った力。思わず追わせてしまったレイオスだったが、確かに、“こう”なってはどうしようもない。


 おそらく、残らず結晶化してしまったのだろう。否、自ら結晶化したと言った方が正しいのだろうか…少なくとも、友歌はそう感じていた。


 光の輝きも小さく、全体的にも質量が減った欠片。けれど、決して弱くはない。


 胸の辺りをぎゅうと握りしめ、友歌は手の中の欠片を見つめた。




「それで、レイオス王子…その、奥にまだ小部屋がありました。

 おそらく、掘ろうと思って出来たものではないと思うのですが…、」




 言葉を濁す騎士に、レイオスは眉を寄せる。友歌も、いつもと違う騎士たちの様子に首を傾げた。


 何か気になることがあるのか、騎士たちは顔を見合わせ、どう伝えるべきか迷っている。友歌たちと共に来た騎士たちも、仲間の煮え切らない様子に疑問をがあるようだ。


 レイオスはふっと息を吐き出すと、友歌の手を引いて歩き出す。




「見に行った方が早そうだ。」


「…はっ、我々もそう思います。」




 言葉で説明するのを諦めたのか、騎士たちは横にはけた。その横を通り、レイオスは縫うように歩く。


 友歌も一応気を付けるが、レイオスのように華麗にとはいかず、時々躓《つまず》くようにレイオスの手に縋《すが》る。それを考慮してか、レイオスもさらにゆっくりと歩き、友歌にも少し余裕ができた。




(…うわぁ、)




 進めば進むほど、まるで別世界に入り込んだようだった。


 蒼い光が、まるで波打つように輝き続け、世界が神秘的な色で染め上げられる光景。この世界がすでに別世界だとわかっていても、それでもそう思うことはやめられなかった。


 結晶の間を歩くことでわかったことだが、地面にはドライアイスのような煙が流れている。それは結晶から発生しているようで、それからも欠片の力が感じられた。


 足下から目を話さない友歌に、レイオスは小さく笑う。




「…濃すぎる力を収納しきれずに、精霊石から漏れだしているんだ。

 これだけの結晶を作り出しておきながら…末恐ろしいな。」




 呟かれた言葉に、友歌は思わず手の中の結晶を見つめた。けれど、煙は出てはおらず、それどころか輝きまでくすんでいる。


 その変化にまずいことをしたかと体を震わせた友歌だったが、結晶から流れ出す力が自らの内側に溜まっていっているような気がして、思わずくすんだ色をまじまじと見つめた。――そう、まるで、結晶から力を取り戻しているかのように、欠片の方へと力が流れている。


 実際、その通りなのかもしれなかった。だんだん力を失い始めている結晶は、すでに透明に近いほど色を失っていた。


 そして、考え事をしていた友歌は、自分が進む先に結晶があることに気付かない。迷わず降ろされた足の裏に結晶が当たり――パァン、と光を放出させた。




「っ!??」




 思わずレイオスの腕に抱きついた友歌は、足下の砕けた結晶に踏みつけてしまったのだと理解した。結晶の反射とは別で顔を青くさせた友歌に、レイオスは抱き込まれた腕とは別の手で頭を撫でつけた。





「大丈夫だ、精霊石はもともと形のない力。

 いわば、これは入れ物なんだ…外界に触れている部分だけ固まった、な。


 強化の魔法をかければ別だろうが…この大きさなら、握っただけでも簡単に壊れる。」




 言葉に、友歌は力を感じられなくなった欠片に目をやる。試しにほんの少し力を込めれば、小さなものだが確かに、罅《ひび》が入った。


 驚いた様子の友歌に笑いかけ、レイオスはまた足を進める。




「だが、不用意に破壊することは割けたほうが良さそうだ。

 …欠片が何を思ったか知れないが、おそらく、目的があって結晶を作り出したのだろうから。」




 奥に見えた穴は、確かに人が通れるようにと掘られたものではなさそうだった。けれど、足下の煙はそこをめがけて流れている。


 目を細めたレイオスに、友歌は握った手の平から冷えた体温を感じていた。足下に煙の渦を作り出しながら、友歌は、道中の言いようのない不快感が消え去っているのに気付く。


 代わりに、満ちているのは蒼い欠片のあたたかな気配。これだけの欠片の力が溢れていればそうなるのだろうが、ただ多く感じられるようになったからというわけでもなさそうだった。


 ――跡形もなく消え去っているのである。あれだけ奥に進みたくなかったはずが、今は本当の草原のように足を進められた。


 心地よささえ感じる光の中、友歌たちは暗い入り口の傍で止まる。結晶がまばらになり、歩きやすくなった足下では、光る煙が流れ込んでいた。




「…ユーク。」


「はっ。」




 名前を呼ぶと、赤い髪の精霊騎士が前に進み、手の平を上に向けるように伸ばす。瞬間、燃えさかる炎が現れ、ユークはそれを中に放った。


 炎は一度消えると、まるで爆発でもしたかのように分離し、空中にいくつもの火の玉が浮かぶ。それはさらに分離し、無数の炎が暗い部屋を照らし出した。


 ――見えた光景は、確かに、言葉では説明しにくいものだった。





















「――なるほど、これが疫病の原因か。」





















 火の精霊魔法に照らされた先。――真っ黒な、人より一回りも二回りも大きな結晶があった。


 誰が見ても、禍々しいと感じるだろう闇を中で蠢《うごめ》かせ、結晶は友歌たちを迎える。流れ込んだ煙は、その結晶を取り巻くように集まり、そして結晶化していた。


 通常なら、もっと時間をかけて形作られていくべき結晶。その生成されるあまりのスピードに、友歌たちと一緒に初めてみた者たちは目を見開いた。


 その間にも、蒼い結晶は、黒い結晶を包み込んでいくかのように下から作られていく。おそらく、包み込もうとしているのだろう欠片の結晶は、友歌にしてみればもどかしく、精霊に詳しい者たちには驚異的なスピードで、結晶化を続けていた。




「れ、レイ…これ、何?」


「…おそらく、長い間放っておかれた精霊石だろう。

 空間がさらに奥にあったため、見つからなかったんだ。


 生成され続けた精霊石は育つ場所を失い、積み重なり巨大化…というような所か。」


「これも!?

 で、も…なんかすごく、邪悪な感じなんですけど…っ!」


「大きな精霊石は、それほど内包出来る力も桁違いなんだ。

 許容を超えると溢れた力は煙となり、また外側の結晶を生成する…それを繰り返す。


 …おそらく、その時に不純物でも混じったのだろうな。」




 この入り口から先に、精霊魔法はかけられていない。つまりはごく最近まで、この空間は閉じられた場所だったというわけだ。


 それだけならまだ良いのだろうが、近くにも大きな精霊石の発掘現場があり、人も多く出入りしていた。街の人々の邪念や不の感情を吸い取り、精霊石に溜まっていった――そんなところだろう。




「結晶は、そういったものを通しやすい。

 天然の精霊石が貴重なのは、発掘の難しさより、その扱いづらさからだ。


 …ここまで禍々しいのは、おそらくそう見られないだろう。」




 普通なら、そうならないように山一つ一つに探査がされ、予防の意味も込めて精霊石の発掘をする。摂りながら、黒い精霊石とならないよう管理も行うのだ。


 けれど、ここは運悪く、大きな採掘場の傍の空間に作られてしまった。長い間見つけられることなく、精霊の力と人々の感情を吸い上げてきた結晶は、人にとって良くない形で外と繋がった。


 精霊石は、取り尽くされてしまったのではない。落盤か事故か、なんらかの力で壁が崩れ、二つの部屋が一つとなり――小さな拳ほどの精霊石は、この大きな結晶に煙として吸われてしまったのだ。


 その結果、おそらく精霊石が留めていたであろうこの負の結晶から力が流れ出し、




「…疫病という形に変わって、ラディオール王国に滲み出た…。」




 友歌の言葉に、レイオスはふっと、息を吐き出した。




「しばらく、様子見だな…。

 モカの欠片が抑えてくれているし、その力も圧倒的だが…流石に放ってはおけない。」




 異論を唱える者はいなかった。











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