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007. 力の片鱗

 





 きゅ、とお腹の辺りを縛り付けられる感触に、友歌はほんの少し息を詰めた。申し訳ありません、とサーヤが謝罪するが、その瞳は友歌を見ていない。


 ため息を吐きたい気分に襲われながら、友歌は跪いているサーヤに視線を向けた。




「サーヤ…まだ?」


「お待ち下さい、腕と脚の採寸がまだです。」




 即座に帰ってきた言葉に、友歌は大人しくその体勢を維持する事に専念する。


 ──友歌は与えられた部屋で、宴のドレスのためにサイズを測っていた。そんなにすぐ出来るものなのかと疑問に思ったが、どうやらレイオスの持っていたドレスの裾直しをするだけらしい。


 どうやったら女性用のドレスを持つ事になるのかと友歌は問いたくなったが、まあ王子だしいろいろあるのだろう、と思考を早々に放り投げた。


 ──友歌が思っていたより寸法の時間が長く掛かり、疲れてきたのもある。




「こんなに色々測らなくても…。」


「駄目です、きちんとしたものを着て頂かなければ。」




 かくりと友歌は首を落とし、それにまた動かないで下さい、とサーヤの容赦ない言葉が返る。そうしたやり取りの後、友歌が解放されたのは三十分後の事だった。


 楽しみにしていて下さい、そう言うとサーヤは部屋を出て行った。友歌はふらふらになりながら、椅子に深くもたれかかる。


 空に昼間の明るさはすでになく、茜が広がっていた。それを眺めつつ、友歌はくるくると結ばれた髪を弄る。




(そういえば、こっちのお風呂ってどんなだろう…。)




 昨日はそのまま寝てしまった。朝はサーヤが湯を用意し体は拭いたし、サーヤの精霊魔法で髪も清潔に保って貰った。


 サーヤはどうやら、水の精霊を宿しているようである。まあ、王族に仕えるメイドなんて貴族の女性の作法見習いだろうから、サーヤもどこかの令嬢である可能性はある。


 今度他の魔法も見せて欲しいと思いつつ、友歌はそっと立ち上がった。向かうのは、大きなベランダだった。そっと窓をくぐり──見えた景色に、友歌は目を瞬かせた。




「…おおー…、」




 そこには、ラディオール王国の城下町が広がっていた。やはり、城のお膝元は栄えるのだろう…山が見えるほどに自然が残っているのに、広々とした町並みが友歌の視界を埋め尽くした。


 現代の地球とは全く違う、どちらかと言えば江戸ですと言われて納得できそうな家が多い。山の端を削られて造られているらしいラディオール城はとても高く、山の向こう側でさえ見渡せそうなほどだった。


 茜の光が、景色を彩っていく──。




「すごい…、」




 広いベランダの手摺りまで近付き、ぎりぎりまで端に寄る。友歌は、胸がドキドキと高鳴るのがわかった。──こんな景色、地球じゃ見られないよ…!


 興奮のあまり叫びだしてしまいそうな唇を強く結び、友歌はにやける顔を必死で抑える。




(ああ…歌いたい!!)




 思えば、昨日も一昨日も歌えていない。喉も筋肉である…使わなければ衰えてしまう。素人がカラオケに行って喉が痛むのも、プロがコンサートで何曲歌ったって平気なのも、全部喉が歌い慣れているかどうかの違いなのだ。


 きょろきょろと簡単に周りを見渡し、友歌は小さく息を吸う。──ほんのちょっと、だけ。


 瞳を閉じた友歌は、本当に小さく、唇を開く。





















 *****





















 ふと、レイオスは顔を上げた。日課である、友歌を案内した庭を歩いていたのだ。──この庭は、王族の関係者しか入ることの出来ない、特別な場所だった。


 何故、友歌をここに案内する気になったのかはレイオスにもわからない。けれど後悔はしていないし、逆に知って貰えたという充足感さえレイオスは感じていた。


 その場所は──友歌は気付かなかったが、友歌に与えられた部屋の近くにあった。




「…旋律…、」




 見上げ、少し視線を巡らせる。すると、ベランダの手摺りに身を寄せる友歌を見つけた。レイオスは目を見開き、呆然とそれを見つめる。


 ──黒い、友歌の髪。何故か彼女は、高く結い上げる事しか受け入れなかったらしい…サーヤが、長いからもっと別の髪型もあるのに、とぼやいていた。


 それが、友歌の衣装と共に風に揺られている。否、その風はとても不規則で──木の属性である風の精霊が居るのだとわかった。


 友歌の囁き奏でる声に合わせて、精霊が踊っている──…。




「舞う風に 問うてみようか


 何故世界は 巡るのだろうと


 空は続いて 海は拡がる


 その意味を 問うてみようか


 果てなき世界に 意味はあるかと


 旅する風に 問うてみようか


 太古の歴史を 人は綴った


 その理由《わけ》を風に 問うてみようか




 起きなさい 起きなさい


 風は今 吾《われ》の手の内


 起きなさい 起きなさい


 風は今 吾の背を押す


 問いは未だ 胸に燻る


 それはいつかの 調べが応える──…」




 ひゅうっと、風が友歌を包んだ。そう、まるで、友歌の声に反応したかのように。くるくると布が舞い上がり、友歌が髪を抑えた。


 こくり、とレイオスの喉が鳴る。




(…精霊が、モカに…、)




 言葉は続かなかった。ただ、風と戯れる友歌を、レイオスは下からじっと見つめる。


 ──エルヴァーナ大陸にも、歌はある。ただ、それは精霊に捧げる供物としての意味が大きい。精霊に祈りを捧げ、自然に敬意を表し、自らが自然の一部であることを示す。


 声は、人間の中で唯一思うとおりに鳴らす事の出来る音である。他はと言えば、手拍子くらいのもの…そんな中で、声を歌とする歴史は、古くから伝えられてきた。


 けれど──ここまで自在に、奏でる事が出来るとは。




 実際は、友歌の歌唱力は長い年月をかけたレッスンのお陰である。母が歌手である友歌は、歌に興味を持つのも早かった。


 幼稚園で園児がお遊戯として歌う頃には、友歌は母から本格的な指導を受けていたのだ。


 エルヴァーナ大陸にも、歌を専門とする人はいる。けれど、人間の構造について詳しく解明されていないこの世界では、効率的な教育というものにも限度がある。


 しかも、正確な調律の出来る機械があるわけでもなければ、オペラや童謡、三拍子や四拍子などと言ったレパートリーに富むわけでも、知識があるわけでもない。


 エルヴァーナは歌の歴史は長いが、捧げるためのものという固定概念が強い──食文化同様、それを発展させるという意識がなかったのである。




 レイオスは、未だ耳に響く不思議な旋律の余韻に浸りつつ、ただ呆然と友歌を見ていたのだった。





















 *****





















「ちょ、風強すぎ…!」




 歌い終わった友歌を待っていたのは、熱烈な強風だった。歌っている最中も友歌を包んでいたが、口を閉じてからはさらに友歌にまとわりつく。


 流石に参ったのか、友歌は風に揺られつつ部屋に戻っていく。なんとか駆け込み窓を閉じれば、風が数度ガラスを叩いたが、少しすれば過ぎていった。


 友歌はずるずると座り込みつつ、安堵の息を吐いた。




(山からの風かな…きつかったぁ。)




 少し乱れた髪を手で梳きつつ、友歌は立ち上がった。外を見れば、濃紺が広がり始めていた。


 それを見ていた友歌は、口元がだんだん上がっていく。──久々に、小さい声ながらも歌えた友歌は、先程と同じように胸を高鳴らせていた。




「懐かしいな…。」




 友歌が歌ったのは、小学校の時に歌ったものである。文化祭のような催し会が毎年行われ、友歌の学年は先生の書いた物語をもとにした、壮大な演劇だった。


 劇を行う者、歌を歌う者を分け、一人の旅人のお話を追っていく。友歌は勿論、歌う方に入れて貰った。




(旅立ちの時のだっけ…これ。

 劇中、いくつも歌が出てきたんだよねー…楽しかったなぁ。)




 友歌は歌手が歌う普通のものも好きだったが、劇などで出てくる語り口調のものも好んでいた。──というより、歌というジャンルそのものが好きなため、歌であろうが語りであろうが、友歌は好んで聴いていた。


 当然、音楽教師が全面協力し作詞作曲したこの歌も、その後に続くものもよく歌っている。話に沿うよう作られた歌達は、その全てが繋がった物語である。




 友歌は歌の一つ一つの旋律を思い出しつつ、サーヤが夕食を運んで来るまで自分の世界に浸っていたのだった。











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