078. 炭坑【中】
精霊石の生成方法は、主に二つある。一つは、精霊石が周囲から微弱な精霊の力を引き寄せ、結晶化させていく方法。
精霊の力が濃い場所では、稀に何もない場所から結晶化される場合もあるが、そんな土地はエルヴァーナ大陸中探しても少ない。そのため、取り尽くさずに数十年置いておき、また採掘を再開する手段が取られている。
もう一つは、精霊使いが作っていく方法。時間のかかる精霊石とは違い、これは精霊使いの気合いと素質次第で作り放題だ。
けれどやはり、天然ものの方が力は濃縮されているし、使いやすさも半端ではない。――それだけ、作り物と自然に任せたものでは、差があった。
*****
もう少し。サーヤがそう言い、一行はほんの少しだけ足を速めた。
向かうは、精霊石の採掘されていた場所。おそらくそこに一番の手がかりがあるだろうと、真っ先に調べることになったのだ。
一歩一歩、確実に近付いていく。――異変が起こったのは、おそらくもうすぐその場所が見えてくるだろうといった時だった。
「…………っ、」
急にドクドクと心臓が早鐘を打ち始め、友歌はぎゅうと胸の辺りを握り込んだ。全身を巡る血液が、体中の温度を上げていき、友歌は呼吸を速める。
一番に気が付いたのは、傍にいたレイオスだった。尋常ではない様子に息を呑んだレイオスは、先を行くサーヤに足を止めるよう声を上げる。
「どうした、モカ?
調子が悪いのか、何かおかしな所が??」
「ち、違う…。」
なんと説明すればいいのか、友歌は息を切らしたまま、その場に座り込んだ。何の前兆もなく起こったそれは、友歌から異常に体力を奪っていく。
ここ数日、サーヤの魔法のおかげか遠ざかっていた感覚だった。意識ははっきりしているのに、体だけが言うことを聞かなくなる。
それを感じ取ったのか、サーヤが驚愕に顔を染めた。
「な、何故…っ!?」
問いに答える術を、友歌は持っていない。サーヤが、魔法が絶えないようかけ続けてくれているのは知っていた。
けれど、明らかに体から力は抜けていき、心臓の拍動が体の中で暴れるのがわかるほどに強く巡る。胸の奥の欠片が、いつもより激しく点滅しているのは感じられた。
――と、欠片が急速に力を失っていく。否、何かに自ら力を注ぎ込んでいっているようで…、
そう友歌が感じた瞬間、大きな固まりとなった力が、友歌からあふれ出た。そして、友歌たちが進もうとしていた先に飛び出していく。濃く、強く、圧縮された欠片の力…それは、洞窟内を一瞬だけ照らし、奥へと消えていった。
「――追え!」
鋭いレイオスの声に反応し、数人の精霊騎士・騎士たちが駆け出していく。強烈な光は軌跡を残していったため、見失うことはない。
そしておそらく、光の行き先は精霊石の発掘場所だ。レイオスは騎士たちを見送ることなく、友歌の傍に膝をつく。
「モカ、モカ…大丈夫か?」
「…ん。」
暗い炭坑内でもわかるくらい、友歌は青白かった。――体の異変は、収まりつつある。
心臓の鼓動も徐々にだが鎮まり、沸騰するかと思うほどに熱かった内側も冷めつつあった。欠片は、いつもよりも小さく点滅している。
ゆっくりと顔を上げた友歌は、けれど、レイオスの顔色の悪さに目を見開いた。そう、レイオスも、友歌に負けず劣らず、顔を青く染めていた。
「レ、イ?」
「…大丈夫そう、だな。」
友歌の体力は、ようやくサーヤの魔法が追いついてきたのか回復し始めている。けれど、明らかに遅いそれに、友歌はまだ立ち上がれずに居た。
友歌の見つめる先で、レイオスが弱く微笑みを浮かべる。レイオスにも何か影響があったのだと友歌が思うのに、そう時間はかからなかった。
むしろ、平常に戻りつつある友歌に対し、レイオスはさらに悪化しているようにさえ感じられた。青い顔色は戻っていないし、少しだけ息が切れているようにも思える。
――それでも友歌を心配するレイオスに、ただ友歌は絶句するしかなかった。
「レ、…っ!」
「サーヤ、先に進もう。
追わせた騎士たちが心配だ。」
そっと友歌を立ち上がらせたレイオスは、サーヤの方を向き、足を進める。言葉を紡ぎ損ねた友歌は、それでも、引かれた手を強く握り、レイオスを振り向かせた。
「――どうした、モカ?」
「え、…………。」
何もかも元通りのレイオスに、友歌は今度こそ言葉を失う。そう、さっきはあれほどに顔色が悪く、動きもぎこちなかった。だと言うのに、今はそんな瞬間があっただろうかと疑問が浮かぶほどに、いつも通りのレイオスだった。
首を傾げるレイオスは、いつもの、流れるような綺麗な動作。それでも、友歌は先程の様子が頭から離れなかった。
なのに、ここまで普段通りだと、友歌は何も言えない。本当に大丈夫なのか、先程の姿はなんだったのか…聞きたいことは山ほどある。
「…行こう、モカ。」
それなのに、手を取られて歩き出されると、友歌は何も言えなくなってしまった。――追求しては、いけない気がした。
消えかかっている光を追い、一行はまた歩き出す。友歌は、ただ足下に視線を落とし続けた。
*****
歩き出してしばらくすると、奥がうっすらと青く光っていた。火の精霊使いの魔法は、色が表す通りに赤系統…現に、一行を照らすのも、天井で灯っているのも赤い光だ。
青い光は、先程友歌から抜け出た力に他ならないだろう。友歌は、レイオスは周囲の騎士たちの表情が厳しくなるのを感じた。
サーヤは一人、友歌よりも先に行っているためわからないが、それでも空気がぴりぴりしているのはわかる。レイオスに手を繋がれたまま、友歌は唾を飲み込んだ。
進むたびに強くなる蒼い光。普段は胸の内にあったとはいえ、あんな質量と熱量のものが欠片に圧縮されていたのかと思うと、改めて二大精霊の規格外さを思い知った。
あれが“欠片”なのだ。そして、この数ヶ月、大人しく友歌に収まっていたはずの欠片が、友歌の意思に関係なく力を放出した。
それはあまりにも想定外のこと。段々と近付く青い光に、友歌は目を細め、そして曲がり角を曲がり――、
「これ、は…。」
聞こえたのは、誰の声だっただろうか。それほどに、視界を埋め尽くす蒼は荘厳な雰囲気を醸《かも》し出していた。
友歌たちは、大きく開けた場所に出ていた。どれほどの広さがあるのか、とにかく、今まで擦れ違うのも気を遣わねばならない通路を通ってきた友歌たちにとって、とても開放的に感じた。
けれど、そんなものを感じる暇もないまま、目の前の物体に捕らわれる。――幻想的な空間が、そこに在った。
「…光る、草原…。」
広がる地面は、蒼い光を帯び、その空間を染め上げていた。窓もないはずのそこは、清涼な空気さえ感じられ、友歌たちは声を失う。
思わず一歩踏み出した友歌は、その正体に息を呑んだ。
「これ…もしかして、全部、結晶…?」
地面から生えるように伸びる六角形。枝分かれしたものがあるそれは、透明度が非常に高く、その向こう側まで透けて見えた。
大体が踝《くるぶし》ほどまであるそれが、地面を埋め尽くすかのように広がる。
(…小さい、のに…なんだろう、あったかい。)
そっとしゃがみ込み、手を伸ばす。制止の声はなく、友歌はそっと、身近な所にあった結晶を手に取る。
簡単に地面から離れたそれは、手の中に収まりながらも、光を発するのを止めない。そして、友歌はその光が、とても慣れたものだと気付き、驚愕の表情を浮かべた。
「レイ、これ、欠片の力が…っ!」
振り向けば、レイオスもまた結晶を手に取り、頷く。
「…どうやら…モカの欠片の力が、結晶化、したらしい。」
どういうことだ、と。呟いたレイオスの声が、静かな広場に反響した。