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071. 選んだ道

 



 蒼い光は、毎日のように輝いた。多い時には二度解放することもあるほどで、友歌の体力は日に日にその回復量を減らしていく。


 それでも――友歌も欠片も構うことなく、力を解放していった。その成果か、疫病は感染範囲を拡げることなく留まり、新たな感染者も以前より確実に減り、そして改善の兆しが見られる者も出てきたのである。


 白の月、一の金…十月一日。旅立ってから二十七日――友歌は、明らかに体調を崩し始めていた。





















 *****





















 真っ青な空の下、友歌たちは昼の休憩をとっていた。友歌の顔色は悪く、暇があれば寝ている状態である。


 サーヤはそんな友歌を心配そうに見守りながらも、甲斐甲斐しく世話をするしかなかった。実は、水の精霊魔法は体を癒したり色んな部分を保つことは出来るが、それ以上のことは出来ないのである。


 つまり、地球の医療と同じく、傷ついた部分を治すことも、健康を保つための薬を用意することも可能だが、患者の体力や意思がなければ効果はないというわけだ。


 もちろん、実質的な疲労ならば、体内の水を使って補強することも可能である。けれど、友歌の場合、たとえ魔法をかけたとしても、すぐに力を解放してしまうため意味がない。


 しかも、回復される端から減らされては、友歌の身が持たないのだ。そのため、今この場で出来ることと言えば、友歌を必要以上に刺激しないことと、出来る限り休んでもらうだけなのである。




「…精霊様、何かお飲み物はいかがですか?」


「…………、」




 芝生に横になったまま、ゆる、小さくと首を横に振った友歌は、深く感覚の広い呼吸を続けていた。それを見つめるサーヤは、それ以上は何も言わずに、空気のように横に在った。


 外で休むようにと、指示したのはレイオスである。天気の良い日なら、その方が気分も明るくなるからと。


 けれど、すでに精神療法では意味がないくらいに、友歌の体力は削られていくばかりだった。けれど――周囲の心配を知っていても、友歌は加減をするつもりはない。


 閉じていた瞳を開けると、青い空と眩しいほどの太陽が友歌を見下ろしていた。反射的に再び瞼を閉じてしまった友歌だったが、ほんの少しだけ、睫毛の隙間から外を眺める。




(…まだ、治った人…いないんだもんなぁ。)




 ――改善はされている、と。騎士の報告によると、友歌が欠片を解放し始めてから、悪化の一途を辿った者はいないらしい。


 少し具合が悪くなったとしても、すぐに体調が一定に戻る。体の節々はまだ痛むらしいが、以前に比べれば断然マシのようだ。


 最終段階にまで疫病の進行が進んだ者も、少しだけ反応を返す者が出始めたらしい。意識を取り戻すには到っていないが、“生きている”のだと実感するには十分なくらいである。


 そう――生きているのだ。死んでしまったかのように眠り続けてしまっている人も、必死に生きようとしているのだ。


 その思いが強ければ強いほど、きっと欠片も作用しやすくなるだろう。このままいけば、友歌の思惑通り、治ってくる者も出てくるはずなのである。


 まだ、時間が要る。それなのに――、




(…もう白の月って…。

【春冬の祈願】の準備も考えたら、もうそんなに残ってない。)




 例年通りなら、すでに雪で覆われたラディオール王国が見られる月のはずだが、降る兆しすらない空は憎たらしいほどの青。けれど、実感が湧かなかろうがなんだろうが、すでに期限は決められているのである。


 おそらく、あと一月と少し。それが、友歌たちが疫病に割ける時間である。


 帰るだけなら、おそらくそう時間をかけずに城に戻れる。問題なのは、行き…つまり今なのだ。


 疫病の感染地帯に入り、欠片を解放し始めてから、一つ一つの村や街に留まる時間が長くなった。その一つ一つの場所で欠片を解放していくからであり、そしてそれは同時に、最初に疫病に感染した場所に着くことが遅くなることを示している。


 実際は、あと少しでそこには辿り着けるらしい。けれど、そこで使う時間は、おそらくこれまでと比べものにならないのだ。




(…サーヤの言葉を信じるなら、城まで戻るには二週間強が要る。

 無き月…十二月には戻らないといけないだろうし、やっぱり一ヶ月くらいか。)




 ――果たして、その期間で本当に疫病を一掃出来るのか。病のことに詳しくない友歌であったが、多少…否、かなり無茶があるのはわかる。


 まだ予防策や対策のあるものならばともかく、一から作り出さねばならぬ状況なのだ。しかも、その全ては友歌にかかっていると言っても過言ではなく――その友歌は、欠片の力に当てられて体力もどん底である。


 けれど、ここでくじけたら元も子もないのはわかっていた。眠っても疲れは取れた気がしないし、おそらく顔色も相当悪いだろうことは友歌も承知である。


 ――やれることは、やらなければならない。まして、他に代わりがいるはずもない、“精霊”の“舞姫”なのだ。




「…サーヤ、」


「っはい!」




 呟かれた自身の名に反応したサーヤは、けれど、最小限の声で反応する。素早く友歌の顔の近くにずれ、水の精霊魔法を使って友歌の声を聞き取りやすくした。




「やっぱ、お水…ちょうだい。」


「お待ち下さい、すぐに。」




 離れている間、友歌に害がないよう素早く魔法を紡いだサーヤは、立ち上がって馬車の方に駆けていった。もちろん、そう離れていないのだが、友歌はそうしても余りある価値がるため、用心に越したことはないとサーヤは気を張る。


 いつもより厳重にかけられたらしい魔法を肌で感じつつ、友歌はそっと息を吐き出した。――容赦ない欠片は、友歌の意思を汲み取ったから。


 それを後悔はしないし、きっと手加減をして力を解放したなら、おそらくそれも叶えてくれるのだろう。けれど…何度も言うように、それでは意味がないのだ。




(欠片…もう少し。

 もう少しだけ、無茶をさせて。)




 ――それが最善だと信じて、友歌は欠片に祈る。欠片はいつものように、肯定の点滅を繰り返すだけだった。





















 *****





















 しばらくしてサーヤが戻ると、ゆっくりと友歌を起き上がらせる。背中に手を添えたままコップを差し出され、友歌は両手で受け取った。


 少しぬるめの水は、友歌の体調を考えてだろう。冷たすぎる水は体を冷やすし、熱すぎるものも体を驚かせる。


 サーヤの気遣いに感謝しつつ、友歌はコップの水を少しずつ飲み下していく。その間、微動だにしないサーヤを不思議に思った友歌は、そっと伺い見た。


 ――地面を見つめ、深く考え込んでいる様子のサーヤ。友歌は、じっとその横顔を見つめた。




(…サーヤも…顔色悪い、な。)




 おそらくは、疲れのせいではない。友歌が心配すぎて、精神的に消耗してきているのだろう。


 自信持っては言えないが、夜も眠れてあまり眠れていないに違いない。それすら、水の精霊使いであるサーヤは自分の体を誤魔化して過ごしているのだ。


 顔色なんて、頬の血色が良ければまず見られない。体内を少し弄れば、体温や貧血くらいなら変えられるのを、友歌は知っていた。


 近くにある顔をまじまじと見つめながら思考していると、さすがに気付いたのか、サーヤが友歌に視線をやる。至近距離で見つめ合うことになった二人は、ただじっと互いの瞳を覗き込む。


 ――ふ、と。息を吐き出したのは、サーヤだった。




「…魔法が、あります。」


「…………?」


「体力を、損なわずにすむ精霊魔法を…実は、私、持っているのです。」


「…………、…………!?」




 意味を理解出来なかった友歌は首を傾げ…思わず言葉を失った。それはつまり、




「…今より確実に、欠片を解放出来るってこと…!?」




 今までよりずっと強く発せられた言葉に、サーヤはそっと笑った。――しょうがない、と…少し諦観の入った笑みだったが、友歌はそれを撤回する気はない。


 サーヤもその気で、その言葉を発したのだろうから。




「…約束を、してくださいませ。」


「…………?」


「日に二度以上は、使わないで頂きたい。

 私がやめてほしいと言えば、私が許可を出すまで、欠片は解放しないでください。


 これは、体を騙すものです…わからないだけで確実に、あなたと、私の体力は削られていくのです。」




 “精霊様”ではなく、“あなた”。そして、“私”も。


 本当は乗り気ではないのだろう…おそらく、使いたくもないに違いない。それでも――サーヤは心を決めていた。


 しょうがないことなのだ、と。




「わかった…約束する。

 だからお願い…あと少しで、きっと変わるの。」




 友歌の言葉に、諦めの混じった色で、サーヤは笑みを浮かべた。











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