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070. 選択の方向

 



 疫病の潜伏期間は、詳しくはわかっていない。だいたい数日くらいというのが有力で、その感染経路も不明のまま。


 発病する時期もわからない。保菌しているだけで発症しない者はいるのか、それすらもわからない。


 水の精霊使いの診察は、異常があるかどうかを診るものだ。潜伏されたままだと、異常とはみなされないのである。


 ――見過ごしてきたそれが、ついに牙を剥いた。





















 *****





















「…精霊魔法は、効かなかったのでしょうか。」




 宿で待機するよう言われた友歌たちは、居間の椅子に座ってレイオスを待つ。騎士の様子を見に行くというレイオスは、着いて行きたそうだった友歌を強制的に家に押し込んだ。


 もちろん、すでにそれが意味を為していないのは明らかである。ずっと一緒に旅を続けてきた上、家の中とは言っても立派な感染地帯に居るのだから。


 それでも――感染が疑われた騎士自身が、友歌に会うのを拒絶していると言うのだ。たとえ無駄なことでも、近付けさせるにはいかない、と…その周りの騎士までもが全員、同意したと言うのだから、友歌にはどうしようもない。


 大人しくサーヤの淹れたお茶を飲みつつ、友歌はちらりと横を伺った。斜め前に座るサーヤは、沈んだ面持ちで呟く。




「…まあ、無駄ではなかったと思うけどね。

 でも、サーヤも言ってたでしょ、“絶対じゃない”って。」


「……はい、その通りです…。」




 サーヤも思わず言ってしまっただけなのだろう、さらに項垂れつつもはっきりと肯定する。――旅が始まった直後から、すでに水の精霊魔法により周囲の空気の浄化はされ続けてきたのだ。


 精霊騎士八名にサーヤという、主に回復を仕事とする水の精霊使いがここまで一堂に会するのは、本来ならありえないこと。それほどに疫病は油断がならず、気休めとは言え、そのための対策を怠った覚えもないのだ。


 もし、本当に、まったく精霊魔法が効いていなかったのなら。感染地帯に踏み込んで、すでに一週間以上は経過しており、つまり、ほとんど生身の状態で突っ切ってきたと言うのならば。


 ――友歌たちもは紛れもなく、保菌者であると言えるのだ。




(…まあ、わかってたけどね。)




 発病はせず、菌だけを体に抱える。現代の地球でもよくある話で、十年以上も発病せずにいるものまであると言う。


 疫病の詳しい原因がわかっておらず、かつ適切な対処も治療法も見つかっていない。感染経路はなんなのか、そしてそれを防ぐ術も手にはない。


 ――この疫病が、そういう潜伏期間を持たないものだと、どうして言えるだろう。この、科学の発達していない世界で、どうやってそれを調べろと言うのだろう。




(…全く無事で帰れるってことはなかったかー。)




 どこもかしこも危ないと、そう言ったのは友歌自身だ。それはわかっていたし、旅に出る時も全く考えてなかったわけではない。


 それでも、希望を持っていなかったわけではないのだ。もしかしたら、水の精霊魔法が上手く作用して全員が無事に城に戻れるかもしれないと、思わなかったはずがない。


 サーヤもきっと、そうなのだろう。精霊魔法を使っての空気の浄化が絶対ではないことは、水の精霊を宿すサーヤ自身がよく知っているはずなのだから。




「…本当にかかってしまったのでしょうか。」


「…………。」


「……いえ、忘れてください。」




(…疫病に感染ってことは、護衛対象を危険に晒すってことだもんね。

 最悪、置いていくのもあり得るのかな…。)




 護衛出来ないなら、旅に連れて行くのは危険かもしれない。友歌としては、なんの“危険”から守るつもりでいるのかという問いがずっと胸のうちにあるのだが、少なくとも騎士たちはそう真面目に思っているのだ。


 けれど、体の節々が痛くなると言うのだから、もしそれで無理に動こうとすれば、体を壊してしまうこともあり得る。本当に感染しているのだとしたら、おそらくここに留まって貰い、城に戻る時に回収という形になるだろう。


 ――そして、それを切っ掛けに他の誰かが発病するという連鎖も考えられる。




「…大丈夫だよ。」


「精霊様、」


「一緒に旅に出た時点で、一蓮托生ってね。」




 実際は、考えても答えなど出るはずがない。全て憶測の域を出ないし、感染地帯に居る時点で何が起きても受け入れるしかないのだ。


 ならば、その中で足掻き続けるしかない。それには、やはり考えることが大事になってくるわけで。


 際限ない無限ループに、友歌は深く椅子にもたれかかった。




(…まあ、見捨てるのはレイの性格からしてあり得ないよね。

 問題は、城に連れ帰って平気かなってとこか。)




 感染源を持ってきたとされる。疫病に対する対策や治療法などの実験台にされる。


 挙げていけばキリがなく、しかも全て悪い方向に進む。かろうじて良いものと言えば、心優しい精霊様の対応として褒められるなど…しかし、それは友歌的に却下なので、やはり悪いイメージばかりが膨らんでいく。




 ――ガチャ、




「!」




 沈黙を破ったのは、レイオスが開けた扉の音だった。サーヤも思考に落ちていたのか、珍しく驚いた表情でそれを迎える。


 二人して急に振り向いたのにびくっと肩を震わせたレイオスは、そっと扉を閉めて中に入った。




「な、なんだ?」


「…いえ、ちょっとびっくりしただけです。」




 サーヤが冷静に返し、友歌がそれに首を縦に振って肯定する。それに戸惑いつつも頷いたレイオスは、空いている椅子に座った。


 それと入れ違いにサーヤが立ち上がり、魔法で温度を保っていたポットを手に取り、レイオスの分を注ぐ。二人の、すでに中身のなくなったカップにも同じように満たしてしまえば、もとの静寂が戻った。


 少しだけ、沈黙が続き――レイオスが口を開く。




「…感染は、間違いではなかった。

 水の精霊騎士が、確認した…。」




 言葉に、友歌はただ頷き、サーヤはそっと視線を外した。レイオスは喉を潤すようにカップの中を一気に飲み干し、一息吐く。




「…彼は置いていく。」




 それに、また友歌は頷き、サーヤも今度はしっかりと首を縦に振って見せた。反論のない様子に、レイオスは肩すかしを食らったような、気の抜けた表情をして目を瞬かせる。




「……何か、言われるかと思った。

 とくに、モカは怒るかと…。」


「なんですかそれ。

 …まあ、私もいろいろと考えて居るんですよ。」




 確かに、思慮深いとまではいかないかもしれないが、大事な所は間違えないつもりでいる。




「それに…レイは、自分がかかったとしてもそう言うだろうから。」




 それは、確信にも似た言葉。たとえ、自分がこの旅に必要だとわかっていても、それを選択してしまうのがレイオスだと、友歌はそう思っている。


 この旅の要は、友歌とレイオスだ。どちらかが欠けても不完全だが、逆にどちらかが続けられるならそうした方が良い。


 ――レイオスなら、そういう選択をする。




「…いや、まあ…そうするだろうが、」


「うん。

 それに、城に戻るときには連れて行くでしょ?」


「…確かに連れて帰る気でもいるが、もしかしたら危険なことになるかも…。」




 煮え切らない言葉は、友歌が想像した通りのことをレイオスも考えたのだと暗に知らせた。それを肯定しつつ、友歌はカップに口をつける。


 サーヤの、慣れた味が舌に伝わった。




「…私も一通り考えたよ?

 でね、思ったんだけど。」


「…なんだ。」




 にこりと、わざとらしく友歌は笑う。




「なんてことはないよね…治っちゃえば問題ない。」




 発病した騎士を動かすことが出来なくなるのも、連れて帰ることに不安が残るのも、全て疫病がそのままであるからだ。




「疫病は、欠片の解放で抑えられているんだよね?

 少なくとも、悪化はしなくなった。」


「…………。」


「このままいけば、もしかしたら…治る人が出てくるかもしれない。」




 希望的観測である。これも、先程の思考と同じく推測の域を出ないし、確信もない――けれど、











「欠片の力…精霊を、私は信じられる。」











 他の誰が言っても、頷けはしないけれど。欠片を身に宿す友歌自身は、それを胸を張って言える。


 それに沈黙していたレイオスだったが、そっと息を吐いて椅子にもたれかかった。




「…オレも、同じ意見だ。」




 友歌は笑みを零す。




(…治してみせてよ、リュート…私の体力なんか、瞳なんか、いくらでも使っていいから。

 綺麗ごとの世界が、醜さもひっくるめたこの世界が、そこに住む生き物が…あんなに輝いて見えるくらいに大好きなら。


 ――こんなに崇められているんなら、苦しめてないで、さっさと治してみせなさいよ。)




 言葉に返る反応はない。けれど、欠片は何かを伝えるように点滅する。


 ――治さないといけない。もしかしたら、友歌が舞姫に選ばれていなければ、そもそも存在したかわからない疫病。


 それは、友歌自身の行動で修正すべきだ。修正出来そうなのだから、逆に試さないでどうする。




(ねえ、欠片…そうでしょ?)




 温かな蒼い欠片が、また、そっと点滅した。











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