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006. 二度目の誓い

 





 料理関連の本が用意されるのは、数日後ということだった。なんでも、友歌に見られても恥ずかしくないものを厳選致します、とのこと。


 つまり“精霊様”に半端なものは見せられない、今日中の読書は断念して下さい、と遠回しに言われたのであった。


 友歌は少し気落ちしながらも、素直に本が届くのを待つことにした。詳しくわかりやすいものであればあるほど、友歌の意見が言いやすくなるのは有り難かった。


 専門家でもない友歌には、どこまでやれるかはわからなかったが──とにかく、食べることを楽しみの一つにしてもらいたかった。





















*****





















 この世界で食文化が育たなかったのは、どうやら意識の違いのようだった。


 この世界の全ては、精霊の手によって存在しているとされている。つまり、“精霊のもの”に自らが楽しむため手を加え、本来の形を崩すことに抵抗を感じるようなのだ。


 けれど、そこに一言“精霊様”である友歌が波紋を落とせばどうなるだろう。──きっと、戸惑いを覚えながらも慣れていってくれるはず。


 食は、人を生かすものである。同時に、人の心を豊かにもする──それは、友歌の歌に対する姿勢と似ていた。だからこそ、友歌はただ食べるだけだという行為を、放ってはおけなかった。




 ──とにかく、全ては数日後。それまで友歌は、城の散策をしようとサーヤに言葉を投げかけた。そう、ただ、運動不足の解消とほんの暇つぶしであると同時に、見たこともないような城を歩いて回りたいと思っただけであった。


 なのに。




「モカ、あちらに噴水がある…見ていくか?」


「…うん。」




 友歌は、要望通りに城の庭に居た。美しい緑と、白く丸い石の敷き詰められた道、華麗に咲き誇る花…どれもに職人の手が加わり、計算されている。


 そして、ゆっくりと庭を眺める友歌の傍には──レイオスが居た。青の服をまとい優雅に歩く姿は育ちの良さを周囲に知らしめ、腰まである白銀の髪は風に揺れてはキラキラ光る。


 手入れの行き届いた庭を背景に、その麗人は確かに友歌にとって眼福である、のだが。




(王子なのにこんな長い時間…大丈夫なの…!?)




 ──少し歩いてみたい。そう言った友歌に、サーヤは頷いてくれた。けれど、条件として出されたのはレイオスと共に、という事だった。


 友歌は、レイオスの精霊としてその名を広めている。そして、召還された精霊とは召還主に“宿って”いるものなのだ。


 つまり──友歌が一人でいる、もしくは別の者と一緒にいる、というのは、あまり喜ばしくない事である。友歌は“他の”精霊とは違い、意思を伝える事ができる…拒否する事もできるからだ。それはつまり、レイオスを受け入れないと態度で示すも同然である。




 そこまで丁寧に説明された友歌は、レイオスを伴って、という提案を呑まないわけにはいかなかった。


 実際、歩きたいというのは友歌の私情なので、周りがそれを叶える必要は──地球に定められる人権としては問題だが──ないのだから、そこは友歌も頷くほかなかった。


 ただ、問題は友歌の──正直に言ってしまおう、散歩にレイオスが着いてきてくれるか、という事。そして、肝心のレイオスは簡単に頷いてしまった。




「オレも、モカに城を知って貰いたかったんだ。」




 機嫌良さそうに笑うレイオスは、すぐに友歌を連れ、お気に入りなのだという庭に出た。その行動の素早さに、友歌は自分が頼んでおきながら、王子としての職務は大丈夫かと口を開きかけた。


 けれど、実際に城の外観を眺める事が出来る──そこで水を差すのは戸惑われた。どうせ、何かあればきっと呼びに来るはずだし、庭を見るくらいなら、すぐに終わるだろう。


 そう思った友歌だったが、自分の認識が甘いことを思い知った。




(かれこれ一時間は外にいるような…。)




 つまり、レイオスはその間ずっと友歌と一緒にいた。それは流石に問題だろうと思う。思うの、だが。




(ちくしょうこの人話術上手すぎるんだー!!)




 ──正直に言ってしまうと、楽しすぎたのである。すぐ終わると思っていた庭の見学も、飽きることなく続けられている。


 場所によって変わる花。どうやら木の精霊の力を借りて春の花も冬の花も同時に咲かせているらしいのだ。色とりどり、形もそれぞれの花や草木は、友歌の視界を楽しませる。


 そして、それ以上にレイオスの話が上手だった。自然科学者かと思うくらいの知識を披露してみせては、庶民の観点もちゃんとふまえている。


 友歌は、それらを遮ってまで部屋に帰ると伝える術を、持ち得ていなかったのだった。




(これで王位の継承しないとか…いや、しないからこそ雑学的なものまで覚えられたのかな…。)




 いつか、レイオスの兄であり、次期国王というライアン=ラディオールに会ってみたいと友歌は思った。このレイオスを差し置いて、というのだから、当然レイオス以上の人材という事になるのだろう。


 噴水の近くのベンチに座りながら、友歌はレイオスを見上げた。視線に気付いたレイオスは、友歌に笑いかける。──うん、美人は何しても絵になるよね。




「この広場は、父が作らせたものなんだ。

 七つの精霊を集めたような場所が見たいと、母上がおっしゃったから。」




 中央にある噴水は、水。四方を囲むようにして立つのは火の明かり。土と木の共存した自然に、金属で出来たいくつものベンチ。


 そして、メインの春と冬の花が溢れんばかりに咲き誇り、その広場をぐるりと回っていた。




「…うん、綺麗。」


「気に入って貰えたか?」




 頷けば、レイオスは嬉しそうに笑った。──そして、ふっと真剣な表情になる。




「…一週間後の宴に、モカを招く事になった。」




 言葉に、友歌はひくりと口元を引きつらせる。…ついに、きた。


 友歌の存在は、すでにこの国で──この世界で、知らない者はいないらしい。姿を持った精霊、ラディオール王国に降り立った崇高な存在として。


 レイオスによれば、友歌が目覚めたばかりだからと期限を延ばしてもらったらしい。実際、宴の準備には膨大な時間がかかるが──レイオスが精霊を降ろすのは生まれる前から決められた王族の仕事の一つである。


 つまり、レイオスの召還祝いが、高位精霊の歓迎祝いを兼ねる。喚んだ次の日…つまり、昨日催されるはずだったが、それを無理言って伸ばして貰ったのだ。


 肝心の友歌が体調を崩しては、本末転倒だとして。


 召還の儀式の時、明らかに“世界”と拒絶反応を起こしていた友歌を見ていた周りの者達も、それに同意した。ただ──すでに、宴を開く準備は整っている。


 その整った状態を維持するのにも、莫大なお金が動いている。一週間後には必ず開くと、国王はそう言ったようだ。




(王様とか貴族とか…一般市民には全く縁のない世界だよ!)




 まだ、母なら機会はあったかもしれない。いろんな場所で、当たり前のように歌う人だから。ただ──アマチュアに近い友歌には、遠い話である。


 不安を感じ取ったのか、レイオスは友歌に目線を合わせるように膝を折った。ベンチに座ったままの友歌に、跪いた状態のレイオス。


 既視感を覚えるそれに、友歌は昨日と被るのだという事に気付いた。友歌が目を瞬かせるのを見て、レイオスはまた、優しく笑った。




「…昨日も言ったな。

 オレが傍にいる。父達も、きっとモカを傷つけない。」




 来て、くれるか?


 懇願するようなレイオスに、友歌は折れるしかなかった。──もともと、王様直々に呼ばれるなら拒否権なんてないものだけど。


 それでも、友歌が否と言えば、レイオスはきっとなんとかしてくれるのだろう。試す気なんて起きないが、レイオスの瞳がそう言っていた。




「…絶対ですよ。」




 せめて、と釘を刺すように呟く。


 そこで嬉しそうに笑うレイオスが、やはり友歌には理解不能なのであった。











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