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067. ある日の騎士たち

 



 精霊騎士の仕事は、主に王族の護衛を中心に回される。精霊魔法も使えて剣にも通じているという、使い勝手の良い存在であると同時に、臨機応変に対応出来るからだ。


 城に勤める精霊騎士は、そう多くもない。その中からさらにえり抜きの十六人が選ばれるということは、とても大きな意味を含んでいる。


 ――十四人の一騎当千の騎士と十十六の精霊騎士。今までに編成されたことのない、前代未聞の精鋭集団である。





















 *****





















「ユーク!」




 名を呼ばれ、ユークは後ろを振り返った。白い鎧が太陽の光を反射し、その存在を主張する。


 それに片手を上げて応えると、駆け寄ってきた人物――トランは、にかりと笑って立ち止まった。ガチャガチャと鎧が鳴り、トランは首をぐるりと回して息を吐き出す。




「あー、ようやく休憩だな。

 一言もしゃべっちゃならねぇとか、きついわー。」


「…一応、今も任務中だ…気を緩ますな。」




 ユークが歩き出せば、トランは慌ててついてきた。ガサガサと、森の道なき道を歩いていけば、木の葉が遮る光が鎧に模様を作る。


 無言で歩くユークに、トランはつまらなさそうな顔をすると、兜《かぶと》を取り外して脇に抱えた。深い紺色の髪をがしがしと掻き、それでも大人しくユークの後ろをつかず離れずで歩く。


 がさりと、草むらを掻き分ける音がなくなると、見えたのは小さな小川だった。




「…ほんと、なんでオレ以上に水場探すの得意なんだ。

 お前、降ろした精霊間違ってねぇか?」


「さぁな。」




 足場が砂利に変わり、ユークは自らも兜を脱いだ。同時に頭を震えば、赤い髪が風に揺れる。


 それを足下に置くと、ユークは手に持っていたいくつかの水筒の一つの蓋を開け、川の傍にしゃがみ込んだ。それを見守っていたトランも首を鳴らすと、兜を地面に置いて川に近付く。




「まあ、そのおかげでこうして水の確保は出来る…っと、冷てぇ!」


「冬月だからな。」




 水筒を洗うユークの川下に座り込み、手を突っ込んだトランは笑いながら悲鳴を上げた。それに視線も上げずに返すと、トランは軽い笑みを浮かべる。


 しばらく、川とユークがたてる水音がたてる音が響いた。急に静かになったトランを不思議に思うでもなく、ユークは水を汲み終わり、蓋をする。


 こと、と少し重くなった音をさせて、水筒が置かれた。そして再び空の水筒を手に取るユークが同じ動作を繰り返すのを眺めつつ、トランはくぁあ、と欠伸をした。




「眠れていないのか。」


「いや、そういうわけじゃないんだけどな…。

 ほら、精霊様が近くに居るとやっぱ緊張しちまう。」




 へらりと笑ったトランに、ユークは同意を込めて無言で頷く。


 ――彼らが慰安部隊に組み込まれることとなったのは、城を出発する数日前である。火の精霊騎士であるユークと、水の精霊騎士であるトランは、水の精霊騎士八名、他各二名ずついる精霊騎士に抜擢された。


 とても急な話である。不穏な空気は流れていたが、それでも騎士には関係ないとばかりに、いつも通りに騎士の仕事をしていたのだ。


 それが、上司に呼び出され、何を言われるのかと思えばこれである。はっきり言って、実感が湧かなかったのも確かなのだ。


 ユーク達は、まだ年若い。同期の中でも出世頭であることは間違いないが、さらに年季の入った騎士たちだって存在するのだ。


 そんな彼らを差し置いての、そしてまさかの精霊の護衛。夢かと思ってしまうのもおかしなことではなかった。




「ま、それを差し置いても役得だよなぁ。

 普通、こんな近くで王族と、しかもあの精霊様と接する機会なんてないぜ!」




 言葉にして興奮してきたのか、トランは川の水面を手の平で叩く。飛ぶ水しぶきに眉を寄せつつ、しゃがんだまま少し横に離れたユークは、最後の水筒の栓を閉じた。


 ――ユーク達が選ばれたのは、実力が抜きんでているからだけではない。その年の若さも、選ばれた理由であった。


 疫病を率先して調べているライアンによると、発症しやすいのは十歳以下の子供と四十歳以上の大人。そして、その中間は感染に時間がかかるそうなのだ。


 症状が出ていないだけという線も考えられるが、それでも動き回れるのには変わりない。それも考慮され、ユーク達に白羽の矢が当たったのである。


 ――そう、これは異例なのだ。第二王位継承者とはいえ、正真正銘、王家の血を引く王子と、史上初のヒトガタを持つ精霊の護衛。


 それが、ユーク達のようなこれからと言っても良い者に回ってくるなど、普通ならそんな選択はしない。

 けれどそれほど、疫病が油断ならないものだと知らしめていた。




「…十日以上も経って、まだ浮かれているのか。」


「だってよ、これが終わったらもう接点なんてないも同然だぜ?

 いくら精霊騎士っつったって、“括《くく》り”は騎士と同じなんだからな。」




 トランは、自らの鎧で覆われた肩当ての部分を叩く。そこには、ラディオール王国の騎士の証である剣が二振り、交差する形で描かれていた。


 この国では、精霊騎士は騎士の一つ上のランクに位置している。それでも、騎士という同じ肩書きを持っているのだ。


 ラディオール王国での兵士と騎士の違いは、その実力差での指名制だ。望むなら、騎士までなら実力さえあれば平民でもなれるが、精霊使いでなければならない精霊騎士は、貴族か王族しかなれない。


 つまり、騎士に抜擢された時に、精霊使いであるかどうかで振り分けられるのである。もちろん、貴族だからという贔屓も裏の事情としてあるのだが、精霊を使える時点で、単純に考えればただの騎士より強い。


 つまり、本当に使い勝手が良い騎士というだけなのである。その便利さから確かに重要度の高い任務が与えられるが、それでも扱いは“騎士”なのだ。


 疫病の真っ直中に行くとはいえ、羨ましがっていた上司の顔を思い出したトランは、へへ、と笑った。




「精霊様の歌も綺麗だしなー。

 オレらのとは違うけど、精霊独特の歌い方かな、あれ。」


「さあな。」




 ユークは立ち上がると、置いてあった兜を拾い、被って元来た道を歩き始めた。トランも慌てて立ち上がり、兜を拾い上げる。


 後ろを行きと同じようについて回りながら、トランは頭の後ろに両手を回した。




「そういや、欠片の力もすごかったよな!

 あれって今までは使えなかったんだろ、何が原因だと思う?」


「さあな。」


「…ユークったら冷たーい。

 そんなこと言ったら、妹ちゃんに泣きついちゃうぞ!」




 語尾に星がつきそうなくらいに明るく言い放ったトランの額《ひたい》に、水筒が一つ心地良い音を響かせて当たった。それを器用にキャッチしながら、両手がふさがっているトランは水筒を握った手の甲でさすった。




「ぐぐ、冗談だっつの…。

 お前ほんっとシスコン、いい加減直せそれ…。」


「うるさい…燃え尽きてみるか?」




 ぐる、と後ろを振り返ったユークの、髪と同じ赤い瞳には、それだけではない色がちろちろと動いていた。それに明後日の方向を向いたトランは、ほんの少し後ずさる。




「いや、まじすんません。

 いくら水のが属性的に有利っつっても、ほら、オレってば補助特化だから…!」


「知ってて言ってるに決まってるだろう?」


「いやいやいや…あ、ほ、ほら、皆が待ってるよユーク君!

 すぐ出発しなきゃいけないんだから、そんなことしてる暇なんてないよっ!!」




 にこにこにこにこと必死に笑うトランを暫く睨み付けていたユークだったが、大人しく前に向き直るとまた歩き出した。それに安堵の息を吐いたトランは、心なしか早歩きになったユークに駆け寄りつつ、また言葉を投げかけていく。


 ユークの方も、面倒そうにしながらもそれにいちいち答えている。静かな森の中、二人の言葉だけが響いていった。


 ――決して、疫病のことには触れようとせず、ただ、雑談だけをして…赤と紺の人影は、休憩している地に足を進めた。











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