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066. 母の味

 



 “大丈夫”…それがどれほど不確かなものか、友歌はよく知っていた。世の中で絶対なのは、そうそうあるものではなく、全てが確立で決まっているのだと。


 何が大丈夫なのかと、その言葉を聞く度に首を傾げたくなる時期もあった。そう言う根拠はあるのかと、喧嘩腰になることも。




『大丈夫よ…すぐ治るから。

 そうしたら、沢山お話しましょうね。』




 ――そう言った祖母は、次の日に亡くなった。“大丈夫”と言ったのに、と…そう涙を流し、祖母の体に縋り付いた友歌は、それがどんなに信用ならなくて気休めで終わることの多いものかを、幼いながらに感じ取った。


 それでも友歌は、決してその言葉が嫌いなわけではない。言われすぎると、今でもくだらない反発心は沸き起こってくるが…それでも、心が温かくなるくらいには、その言葉は好きだった。





















 *****





















「で…これで完成かな。」




 大きめの鍋を前に、友歌はそっと顎を拭った。周囲で見ていた女性達は、興味津々でその中を覗く。


 その勢いに圧されながら、各自で作ってくれるよう言えば、女性達は各々の場所に戻っていった。それを見ていたサーヤは、後ろから同じようにその鍋を覗き込む。




「流石精霊様…まさか、浸透させるなんて思いませんでした。」


「お昼にはここ出発でしょ?


 別に、柔らかければ食べられると思うんだけど…これなら、お野菜も切り刻んでくれるかなって。」




 鍋で煮詰めていたのは、地球日本産のお粥《かゆ》である。例の如く、栄養のありそうな野菜は切り刻まれ、ふわふわの卵の輝くそれは、おそらく受け入れ難いもの。


 野菜を細切れの要領で切ってしまっているので、おそらく普通に出されればエルヴァーナ大陸の人々は眉を寄せるだろう。けれど、まだ疫病にかかっていない数名の女性は、文句も言わずに料理に取りかかった。


 慣れない手で――これは刻む事への戸惑いと言うより、したことのない包丁使いに四苦八苦しているといったところか――細切れにしていく様は、おそらくエルヴァーナ中を探しても見つからないだろう。友歌はそれを見ながら、うんうんと頷いていた。




 ――病人食としてお粥を作ろうと思ったのは、クロナの一件からだった。折角、少々固いとは言っても、米代わりものもまで見つかったのだ、それを利用しない友歌ではなかった。


 一応、エルヴァーナ大陸でも病人食と呼ばれるものはあるのだ。サツマイモのようなものを蒸《ふ》かして、花の蜜から作った甘い汁に煮詰める、喉越しも悪くないもの。


 けれどそれは、いわば“病気に負けないよう頑張れ”という願掛けのようなものだとサーヤは言った。精霊への捧げ物として、甘味だけは発達したエルヴァーナ大陸…けれどやはり、貴重とは言わないまでも、平民たちには手の出しにくいものらしい。


 それはそうだろう、元は精霊への捧げ物なのだから、そう頻繁に食卓に出ては有り難みも薄れる。と言うか、精霊に傾倒している人々が、そう簡単に出すわけがないのだ。


 つまりは、精霊の加護にあやかり、早く治りますようにという意味でそれを出すらしい。病人食とは言え、もちろんお八つのようなものだから、栄養が考えられているわけもなく、ただ手に入りやすいサツマイモもどきを蜜で味付けしたというお手軽なものだ。


 ――確かに、病気の時の特別な料理や、治った時のご褒美は精神的にとても良い。頑張ろうと思えるし、前向きな気持ちにもなるだろう。


 けれど、だからと言ってお八つが病人食ですというのは、それは違うと友歌は思った。そのサツマイモもどきは置いておいて、別にあってもいいではないかと、そう友歌は感じたのだ。




「というわけで、日本文化を取り入れることとなりました。」


「…何を自己完結されているのかわかりませんが、持って行っていいのですね?」




 急に語り出した友歌に、にほん?と首を傾げたサーヤだったが、すでにスルースキルが身に付いたのか鍋を持ち上げる。それに少しの寂しさを覚えながらも、頷いた友歌は女性達の指導をするため歩き出した。


 確かに聞かれても答えられないのだが、ここまで綺麗にあしらわれるとは思っていなかった友歌である。もちろん、それは友歌を信頼しているゆえの行動であることはわかっているのだが、嬉しく思うと同時に、最初の頃の食い付いてくる様が懐かしい友歌だった。




「もう少し煮詰めていい気がしますよ。

 もとが固いので、思いっきり茹でてしまってください。」


「は、はい!」




 女性たちの横から口を出しつつ、友歌は別世界でお粥が作られているという光景に、思わず笑ってしまう。――友歌にとって、お粥は母の味なのである。


 鍋の後に、残り汁を使って作るものとはまた違う、体にきつくないよう考えて作られるもの。病気になってしまった人のことを思って、早く治るようにと願いの込められた病人食なのだ。


 まあ、友歌の家は母があまり返ってこなかったので、母というより父・兄の味だが、それでも気分的にはそう名付けたい。性別的な意味ではなく、そこに含まれる感情は、母が子をくるむような、そんな暖かさがあるはずなのだから。




 そして何より、栄養をとってもらわなければ困るのである。免疫を高める上で、それは必要なこと。


 それならば、お粥に柔らかな野菜を投入すれば良いのだ。そしてそれを、友歌という精霊を広めたとなれば、刻んだものでも受け入れてくれるはず。


 日本文化を取り入れると言っても、もとある文化を壊す気はない。城にしても、調理法や作り方を多少教えただけで、その後は料理人に任せているのだ。


 そのせいか、同じ作り方を教えたはずなのに、地球産の料理とは違ったものが出来上がってきているが、それに友歌は口を出さなかった。少々手の加えられているが、エルヴァーナ大陸独特の料理だと友歌は胸を張って言える。


 けれど、このお粥だけは、確実にどうしても広めたかった。大きく切ったものだけなど、病人には食べにくくて仕方ないだろう…けれど、このならそれはまずないだろうから。


 精霊様の考えた料理なのだから、精霊様の言ったことなのだから、精霊様が――…。栄養のありそうなものを、好きに選んで食べやすく切ってくださいとでも広めれば、その家独特の、母の味の完成だ。




(…ああ忘れてた、あと治ってちょうだいねという気持ちも。)




 やはり、最後はそれだろう。友歌は口元を緩めながら、女性達の横から料理の様を見続けた。





















 *****





















 建物を見上げながら、友歌は目を細めた。欠片が解放されてから、空気が清浄に感じられる街は、昨日と同じくとても綺麗に感じられた。


 あれだけ強く放った欠片は、一時的なものではなく、きちんと街を清めたらしい。やはり、水滴が波紋を作るように、その中心が一番強く作用したということだろう。


 ――街や村ごとに、疫病にかかった人が多いところで力を解放すれば、同じ効果も得られる。放っておけばまた病人の咳などから蔓延するだろうが、そうなる前にまた欠片を解放していけばいい…場所はずれるが、効果はあるはずである。


 人が多く居て、多く感染者は居る所は活性化した病原菌が居るのだから、それを消すことが出来れば、感染地の拡大は抑えられる。そして、おそらく一番濃厚になっているだろう最初の感染地で力を解放出来れば。




「モカ、準備は良いだろうか?」


「あ、うん。」




 馬車の用意は出来たらしい。それに返事をすると、レイオスは騎士たちの方へ歩いていった。


 それを少しだけ見送って、友歌は建物に視線を戻し、上の方を見上げる。――丁度、女人の像に太陽が被り、眩しいくらいの陽《ひ》の輝きと、ほんのりと蒼く光る像がよくわかった。




「…頑張るよ。

 きっと、大丈夫。」




 自分に言い聞かせるように呟き、友歌は踵《きびす》を返す。ふわりと、まるで遊ぶように風が友歌の髪を撫でた。


 積もり月、三の火…地球の感覚で言うなら、九月十五日。城を出発して、十一日が経った――。











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