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065. 目指す結果

 



 病や治療の結果というのは、ほぼ目に見えない。体に、発汗や充血といった症状が出るならともかく、病原菌及び抗体の見えない体では、本人が感じるものだけが全てだ。


 腹の奥底に違和感があっても、それを本人が気のせいだと思い込んでいたり、隠す気でいれば、まず他人が気付くことは出来ない。逆に、そんな違和感があると申告されてしまえば真偽を確かめるのにも苦労するわけで。


 ――それでも、患者の明るい表情は、確かに楽になったのだと、友歌はそう思った。





















 *****





















「ああ、精霊様…!」


「…………、大丈夫ですよ。」




 泣き出しそうな笑みで握手を求められ、友歌はそっと一つの手を握った。しわくちゃの、水分の抜けてしまった、働く者の手。


 労るようにその手を撫でて、少し思考して言葉を紡ぐ。“精霊は真実を好む”以上、余計なことはあまり言えないのだ。


 それでも、堪えきれなくなった涙が零れる人々に、友歌は、心からの笑みを浮かべる。それに、またいくつもの手が差し出され、友歌は次々に手に触れていく。


 ――そう、全てに。これが芸能人ならば、おそらくそんな手間はかけず、目に入ったものだけを適当に触れていくはずだ。


 けれど、この状況下で、そんな“選ぶ”は出来なかった。精霊に触れるということは即ち、この世界の人々にとってはとても大きな意味を持つ…触れられなかったという絶望も、気に掛けて貰えたという希望も。




「…大丈夫。」




 “何が”とは言わない。“誰が”とも言わない。


 それでも、ただそれだけを言葉に乗せる。それに、まるで神託でも受けたかのように感涙を流す人々。


 精霊様、という囁くような言葉が建物の中に溢れる。それは、ラディオール王国の城下町を出た時と、力強さも規模も違うが、よく似た光景だった。


 人の間を縫うように移動しながら、視界をフルに動かして、一人の手も漏らさないように握っていく。触れられた場所を、まるでとても大切な宝であるとでも言うように撫でる人々を見れば、やはり友歌はそれを止められなかった。




 ――結論を言えば、精霊の欠片はやはり、とてつもない力を持っていた。蒼い光を放った直後から、感染者たちの疫病の進行具合が明らかに遅れた。


 否、改善と言っても良いほどに、彼らは元気になっていたのだ。もちろん、治ったわけではなかったが、意識のある者の全身の痛みが薄らぎ、朦朧《もうろう》としていた者も、一言くらいなら話せるまでに落ち着いていた。


 けれど、やはりと言うか、意識を失ってしまった者はそのままだった。瞳や口を半開きにして、身動ぎもせず、ただ外部からの影響を甘受する。


 それに、友歌は逆に責められることを覚悟した。完全ではない力は、逆に失望を生むものだと、友歌は城でいやというほど感じていたから。


 結果は、今の友歌の状況を見れば、それが間違いであったということが知れる。皆、希望に満ちあふれているとは言えないが、それでも光が差したとばかりに喜んでいた。




「精霊様、精霊様…ああ、ありがとうございます、ああ、」


「、」




 新たな手に触れた時、友歌はぐいと強く引かれた。病人であるはずなのに、少し震える片手で。


 それに、倒れ込むのをなんとか防いだ友歌は、それが腕に子供を抱いた年配の女性だと気付いた。安らかな顔で寝息を立てる子供は、母親であろう女性の胸元の服を掴んでいる。


 親子でかかったという理由で一緒に寝かされていたのだろうか、それとも、引き離すのが憚《はばか》られたのか。もちろん、子供だけのスペースもあるのだが――もごもごと寝言を言う子供に、おそらく騎士たちと同様、友歌は何も言う気は起きなかった。




「感謝を…伝え切れません、わたくしにはこの子だけなのです。」




 ぎゅうと、まるで宝物だとでも言うように、女性は子供を強く掻き抱く。それに、苦しかったのか唸る子供だったが、またすやすやと眠り続ける。


 それを愛しそうに見つめる女性に、完全に身を預けて安心しきっている子供に、友歌はなんとも言えない想いが込み上げてくるのを感じた。胸が締め付けられる、痛みを含むくらいの幸福感。


 目の前の、幸せの最上の形。壊されることなく続くはずの、当然の営み。


 ――人が人を守り、慈しみ、愛する生活。それは、不当なもので奪われてはいけないものだ。




「…良かった。」


「精霊様…、」




 思わず零れた言葉。それは紛れもない本心で、友歌は未だ握られたままの手に、もう片方を重ねた。




「良かったです…本当に。

 どうか、このまま未来を見続けてください。」


「ああ、精霊様…!」




 ぽろぽろと涙を流し始めた女性に、友歌はそっと瞳を伏せ、通常よりもかなり低い体温を拾い続けた。――意識を無くす段階までいくと、体温がとてつもなく下がり、まるで冬眠状態のようにかなりの低温を維持するのである。


 女性の低い体温は、危険信号でもあり…猶予があるという意味でもある。友歌は、祈るように手を握り込んだ。





















 *****





















「精霊様、お疲れ様です。」


「…ん、サーヤもお疲れ様。」




 はい、と微笑んだサーヤは、少しくたびれた服をぱんと叩《はた》いた。それに習うよう友歌も裾を払えば、埃が少しだけ舞った。


 それだけ動き回ったのだと思えば、汚してしまったことは気にならない。サーヤに濡れたタオルを手渡されながら、友歌は顔を拭いた。




「それにしても、幸運でしたねぇ…。

 これほど大きな宿なら、騎士たちも全員寝泊まりできますよ。」


「うん。」




 夜も近くなってきたため、街の人々との握手の後、友歌たちは宿にやってきていた。もとは、案内をしてくれた男性が経営していた宿ということで、他の家などよりは手入れがされていた。


 街に来た時は空虚だった青年の瞳もまた涙に濡れており、一緒に居た女性にいたっては嗚咽まで漏らすほどだった。――それほど絶望の中に居たのだと心を痛めた友歌だったが、今はそれを表に出せるほど余裕が出来たのだとも解釈出来る。


 人間、あまりに衝撃的な事が起これば、心が防御のために感覚を麻痺させることがあるのだ。それならば、まだ感情を表に吐き出してくれた方が有り難い。


 青年たちには悪いが、それほどに、あの瞳は心臓に悪かった。心が死んでしまうとは、ああいうことを言うのだと思ってしまうくらいには、生気を感じない瞳だったのだ。


 そしておそらく、さらに疫病が早くに広がった地域に進めば、そんな瞳にしか出会えなくなる。心を強制的に静めてでしか、過ごしていけなくなった人々にしか…その他は全て、床に沈んだ感染者たちという現実にしか。




「…明日から、忙しくなるね。」


「疫病の最初に確認された土地までは、確実に行くべきでしょう。

 おそらく、そこから奥へは時間が足りませんが…最も危険な地域で抑える事が出来れば、感染地帯はこれ以上広がらないはずです。」




 疫病は、円を描いていくようにその手を伸ばしている。つまり、その中心地に向かい、欠片の力を解放するのだ。


 欠片は、ラディオール王国中に広がる。おそらく、城にいるレティには、友歌が力を解放出来たと感じ取れたはずだ。


 この街ではまだ効果が薄いかもしれないが、移動するたびに力を使っていけば、きっともっと良くなるはずである。憶測の域は出ないが、今まで友歌が欠片を押さえ込んでしまっていたことを考えれば、あながち間違いではないとレイオスは言った。


 ――疫病の感染が確認された地帯の…円の中心に行く頃には、もしかしたら治っている者すらいるかもしれない、と。あまり希望を持ちすぎれば、“もしも”の時に失望も大きいが、それでも、友歌たちは思わずにはいられなかった。




「…欠片も、すごい勢いだった。

 まるで、せき止められてた分を、一気に放とうとでもしてるみたい。」




 レティが力を解放するのを、友歌とサーヤは見たことがある。まるで、暖かいものがじんわりとひろがるように、レティを中心に風を感じるのだ。


 今日の友歌のように、あそこまで視認できる程ではない。――まるで友歌の、ラディオール王国の人々の願いに応えるかのように、蒼い欠片は友歌の体を壊さないギリギリの線まで力を解放したのだ。


 ――大丈夫だと。任せろとでも言っているかのような欠片の輝きは、希望を持たずにはいられないほどに強力だった。


 根拠のない、けれどこれ以上ない頼もしい味方。友歌は、そっと胸に手を当てた。




「…今日、レティと話したら、すごくびっくりされそうだね。」


「ふふ。」




 基本、慰安の邪魔をしないようレティから連絡はない。友歌が落ち着いた時に、舞いの練習をするのだ。


 ぽつりと零せば、サーヤが笑う。――清々しい笑みだ。


 旅が始まって、ここまで心明るく笑えるのは、やはり光が差し込んだからである。胸の奥に感じる蒼い光に、友歌は感謝を込めて、同じように笑みを浮かべた。


 ――明日からまた、感染地帯の中心に向かっていく。けれど、昨日までとは違い、明らかに目的は異なっているだろう。


 希望を持たせるだけではない。薬を定期的に接種させるように、欠片の力を解放し続けるのだ。




 瞳を閉じれば、欠片が淡く点滅するのがわかる。優しい光は、それが無駄ではないと言っているようだった。











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