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063. 精霊の役割

 



 一人一人に声をかける。反応が返ってくる者がいれば、瞳を半開きにしたまま生気のない顔をした者もいた。


 ただただ黙々と、友歌は声を掛け続けていく。肩を叩き、目を見つめて、話せなくても何かサインがないか、見逃さないよう五感を研ぎ澄ませて。


 ――暗い、何もかも諦めてしまったかのような瞳。友歌は拳を握りしめつつ、ただただ人の障害を縫って歩いた。





















 *****





















「…………、」




 仕分けられていく街の人々を見つめながら、友歌はそっと息を吐き出した。広いとは言っても、人で埋め尽くされた建物の中…それでも城を回っていた時より、ひどく体力を消耗していた。


 もちろん、旅の疲れもあるだろう…けれどそれ以上に、精神的なものが原因なのは疑いようもない。――泣きわめいてしまえば、この胸グチャグチャは軽くなるのだろうか?


 見渡せば、広間に無造作に埋め尽くされた人々は綺麗に並べられていた。長椅子には意識のある者が、床には…既に意識を手放してしまった、最終段階までいってしまった者が。


 圧倒的に、場所が足りていない。そのため、床には近くの無人の民家などから拝借してきた布を敷き、一時的なスペースとして使うこととなった。


 ――呻き声すらまばらな、静寂と言ってもいい空間…それはおそらく、怪我の痛みに叫び、血で壁や床を濡らすものよりは恵まれているのだろう。…そう思わなければ、友歌は今にでも目を逸らしてしまいそうだった。


 眠るだけなのだと。痛みはあるが、ほどなく意識だけが深く沈められる疫病…死ぬわけではないのだからと、そう思わなければ…。




「――精霊様。」


「、っ…………。」




 現実に戻され、びく、と友歌は肩を揺らした。横を見れば、サーヤがにこりと笑い、白い清潔そうな布を友歌に手渡す。


 優しいいつも通りの笑み…けれど、それが無理に作られているものだとは気付いた。――街の人と人との間を縫って動く僅かな時間、安心させるための笑顔から苦しそうな表情になるところを、友歌は見てしまったのだ。


 その笑顔は、とても痛々しいもの。手の中にある布を見つめ、友歌は力を込めた。




「休憩なさってください。

 …もうそろそろ、散った騎士たちも戻ってくるはずです。」


「でも、」


「お願いします。」




 “お願い”。


 聞いて、友歌はそっと口を閉じる。サーヤはただ、強い瞳でもう一度「お願いします、」と言葉を発した。


 ――邪魔なわけではない。今この状況で、人の手などいくらあっても困らないのだから。


 それでも、サーヤは懇願すら含ませてそう言った。その理由は、友歌自身が痛すぎるほどにわかっている。




「…うん。」




 精霊は、この世界において最後の砦。ここで友歌がさらに取り乱せば、それはどんな連鎖を引き起こすか…想像に難くない。


 素直に頷くと、サーヤは一人用の椅子を引きずる。それに腰掛けると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら六名の騎士たちが建物に入ってきた。


 音を聞きつけたのか、レイオスも奥の扉から現れ、騎士たちに歩み寄った。途中、椅子に座っている友歌を見つけると、ほんの少しだけ安堵を滲ませる。


 ――そんなすぐに、感染なんてしないよ。友歌はそんなことを思いながら、数の足りていない、敬礼をする騎士とレイオスを見つめた。




「ご報告します。

 街を巡回、捜査するとともに民家の中を回ったところ、数十名の感染者が残されていました。


 三組をその回収に当たらせると共に、こちらに向かわせています。」




 事後承諾で申し訳ありません、と頭を下げる騎士。それに手を振ったレイオスは、気にするなと言葉を発した。




「一々オレの判断を待っていたら全てが遅くなる。

 責任がとれる範囲の行動なら、いくらでもやれ。」


「はっ。」




 ぴし、と再び敬礼をした騎士は、与えられていた感染者の人数報告を述べていく。それに頷くレイオスをしばらく見つめていた友歌は、再び横たえられた街の人々に目をやった。


 ――初期の感染症状は、動くと体の節々に痛みが走るらしい。とくに関節の部分が酷く、じんわりとした痛みが続く。


 次に、感覚がなくなっていくという。味覚から始まり、嗅覚、聴覚、触覚、視覚…そしてそれは機能を失い、働かなくなっていくのだ。


 最後に、意識が消え去る。ただ五感が失われ、動けないだけではという推測も飛び交ったが、それは何人もの水の精霊使い…精霊医師が否定した。


 本当に、意識自体をなくしてしまうのだ。ぼんやりと世界を見つめながらも、それは何も写していない。


 何をしても、何を与えても、治すどころか進行を遅らせることも出来ないという。――だいたいは、五日ほどで最終段階までいく。




「…何も出来ないですね。」




 ぽつりと、サーヤが呟いた。反論のしようもなく…むしろ肯定ばかりで、友歌は手の中の布を握りしめる。


 すでにしわくちゃになってしまったそれを、サーヤはそっとつまみ上げた。




「…水の精霊使いと言っても、治療出来ないなら意味がないです。」


「……でも、サーヤはこの中の空気を清浄に保ってくれてる。」




 手の平で、布を優しく広げていくサーヤに、友歌は言葉を返す。それは、実感できることだった。


 この建物は、疫病を発症した者を次々にその腹に収めていってる。どこよりも濃厚に感染の可能性があるはずが、感じるのは清涼な風であった。


 素直にそう言えば、サーヤはほんのり口元に笑みを浮かべる。




「…ここは、精霊を奉る場所ですから。

 精霊魔法は効きやすいくらいで…この広さであっても、実はいつもより楽なんです。」


「……そうなの?」




 ぽつりと呟いた友歌に、サーヤは頷き、少しましになった布を再び友歌に握らせた。それを見つめ、友歌はそっと天井を見上げる。


 ――天に腕を伸ばす、女人の像。金の精霊使いの彫ったという、おそらくは精霊の力も宿っているであろうそれ。




(…まだ、精霊は…見捨ててないのかな。)




 昔と比べると、希薄になってきたという精霊との関係。誰にでも見えていた、精霊と思わしき光の玉が世から消え、それが見られるのは召還や【朱月の顕現】といった、祭りの中でもさらに稀少な、特別なもの時だけ。


 それでも。…それでもまだ、精霊は、人から離れきっていないというのか。


 ならば、と友歌はそっと、自らの胸に手を当てた。感じられるのは、蒼い光の点滅と暖かさ――けれど、いつもと違いがあるようには感じられない。




(…そう、だよね。)




 精霊魔法の使えない友歌に、その恩恵は関係ないだろう。それでも、もしかしたらという希望も一瞬、友歌の中に芽生えたのだ。


 それも、次の瞬間には打ち砕かれてしまったけれど。意識してゆっくり瞬きをしながら、友歌はそっと息を吐き出した。


 その一部始終を見ていたサーヤは、とん、と地面に膝をついた。自分が見下げる形になった青い瞳に、友歌は目を見開く。


 サーヤは布の握られた友歌の手を握ると、そっと微笑んだ。




「無理は駄目ですよ、精霊様。」


「…サーヤ、」


「…人は役割を持つと、強くなるのだと伯母が言っていました。

 私の役割は、精霊様が無茶をしないよう、無理をしないように見ていることです。


 精霊様にもその言葉が当て嵌まるのかわかりませんが…あるとしたら、それは待つことだと、私は思っているのですよ。」


「…………。」


「ラディオールに降りてくださった精霊様。

 …役割は、ふさわしい役割が落ちてくるのを待つことです。」




 ――あなたにしか、やれないことが絶対にある。


 言い切ったサーヤは、少し照れくさそうに手を離した。それを見ながら、友歌はそっと苦笑を乗せた。




(もし私が本当の、唯一人型をとれる精霊なら…それもあるかもしれない。

 ヒトガタの精霊にしか出来ない、そんな役割が与えられていたのかもしれない。


 けれど私はただの人間で、ただの偶然で喚ばれた地球産の異物で。




 ああ、でも…今まで考えたことなどなかったけど、なんで――レイの声が私に届いたんだろう?)




 ぼんやり考えていると、離された手が再び熱に抱え込まれた。見ると、レイオスがその手を握っている。


 思わずぎょっとした友歌は、体を強ばらせた――何時の間に!けれど、そんな挙動不審な友歌を気にもせず、レイオスはそっと笑い、サーヤに目をやる。




「ならば、オレの役割はモカを傍で支えることだろうか?」


「…聞いていらしたのですか?」




 小さく笑ったサーヤは、さあ、と首を傾げた。けれど、完璧な返答を求めたわけではなかったのか、レイオスは友歌を見つめる。


 ――蒼い瞳。いつだって優しく友歌を捉えるその色は、この状況であっても、それを失わない。




「……そうだったら、嬉しいな。」




 呟かれた、いつもより少しだけ口調の砕けた言葉。けれど何より、友歌の胸を熱くさせた。


 そう、いつだって。いつだってレイオスは、友歌を無条件に受け入れてしまうのだ。


 精霊として友歌を見るでもなく、力を求めるでもなく。ただ、自分が友歌に与えていくばかりで、見返りを望む素振りも、何もしない友歌を責めもせず。


 もしかしたら、友歌のせいで疫病が止められないのかもしれないのに。そんな噂が城で囁かれるようになっても、変わらないレイオスの態度。


 ――ただ、友歌が居るだけで満足してしまう。それは、ヒトガタの精霊としての威光を欲しているのでも、利用していでもなく、ただ純粋に。




(…せめて、)




 友歌は、少し体温の低いレイオスの手を握り替えした。子供体温である友歌は、誰と触れても自分の方が暖かい。


 それでも、レイオスの手は安心出来る“温かさ”があった。




(…せめて…疫病の感染地帯を、進行を、これ以上拡げない術があるなら…。)




 治すだなんて、そんな欲張りは言わない。それが一番望ましいけど、今はこれ以上感染者を出さないこと。


 ぬるいレイオスの手を握りしめながら、友歌は唇を噛んだ。――たとえ嘘でも、偽物でも…どれだけ、罰当たりでも。





















(私は…レイの精霊なのに…!!!!)





















 瞬間、


 友歌の胸の辺りから、蒼い光が広がった。











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