062. 現状の理解
昼食休憩が終わり、言うならばお八つ時だろうか。友歌たちは、広めの街にたどり着いていた。
レイオスにエスコートされ馬車から降りた友歌は、その光景にほんの少し眉を寄せる。続けて降りたサーヤも、痛々しい表情になった。
友歌の手を取りながら振り返ったレイオスは、街をじっと見つめながら口を開く。
「…市場の開かれる、活気の良い街だったはずなんだ。」
過去形となってしまったその街には、生気を失った人が数人いるだけで、異様な街並みが広がっていた。
*****
「…ようこそ、いらっしゃいました。」
ジャリ、と土を踏む音が聞こえると、くたびれた格好をした青年が頭を下げていた。その後ろには、少し幼い感じの女性もおり、同じように頭を下げている。
レイオスが顔を上げさせると、どちらも疲れたような雰囲気を纏《まと》い、友歌たちを見つめた。それを静かに見ていたレイオスは、街を見回して瞳を閉じる。
「…此処が疫病を発症したのは…?」
「十日ほど前になりますか。
それからはもう、一日に何人もの人が倒れていきました。」
重々しくならないようにか、笑みを浮かべる青年だったが、後ろの女性は視線を落としたまま。それに気付いた青年が頭を撫でると、きゅう、と服の裾を握る。
――十日。それだけで、こんなにも街が死ぬものなのか。
友歌は実感したそれに、違う、と唇を噛んだ。…疫病が広まるのが早すぎて、そして対応するのが遅すぎたのである。
これがもし地球なら、すぐに救援物資や医療チームが送られたに違いない。けれど、情報の発達していない、対策や医療方法も遅れるこの世界では、何もかもが遅すぎるのだ。
疫病にかかる人がいるなら、それを看病する人が必要になる。街の半分がかかったら、もう半分が街を支えなければならない…必然、こんなにも閑散とした街になってしまったのだ。
「…物資は、届いているか?」
「それはもちろん、はい…城から送られてきます。」
物資はある。人が看病だけ専念し、自分がかからないよう意識することだけで凌《しの》げるよう、それらは、疫病が流行り始めた時から送っているからだ。
――それでも、人は治らない。かかってしまえば、死んだように眠るしかないのである。
そして、動けるということは、この二人やちらほら見える人影は発症していない。けれど、この空気を見るに、それは時間の問題に思えた。
“病は気から”…友歌の知るそれは、患者を元気づける言葉のはずである。きちんと寝て、食べて、そうして病気と闘うという。
けれどこの街にとって、否、疫病の流行っている場所にとっては死の宣告にも思えた。死の匂いとでも言うのだろうか…死人は出ていないはずなのに、それが感じられるのである。
地球で生きてきた友歌でさえそうなのだから、レイオスやサーヤにはどれほど濃厚なものなのだろうか。
「…荷物を降ろそう。
すぐ、病人のいるところへ。」
言葉に、友歌とサーヤは頷いた。それを見て、レイオスはそっと視線を逸らす。
『……もう、どこもかしこも危ないよ。』
友歌がぽつりと言った言葉が、浮かんだ。――そう、もう、安全な場所などないのだ。
城下町さえ、いつ疫病の発症者が出るかわからない。そして、今レイオス達が居る街は、すでに疫病にかかった者が十日も住まうところ。
つまりはそれほど、疫病も色濃く存在していることだろう。――否、それどころか、いつ発症してもおかしくはない。
護衛として国王がつけた精鋭の騎士三十人をぐるりと見渡し、レイオスが固い表情をしたまま口を開く。
「…この街の疫病にかかった者と、そうでない者の正確な人数を。
水の精霊騎士を必ず加え、六人で行動しろ。」
「はっ!」
慰安一行の水の精霊使いは、サーヤも含めて九人いる。通常なら治療要員として十人に一人いるかの割合なのだから、それほど国王も心を砕いてくれていることが伺えた。
――それでも、気休めだ。
「一時間後にここに集合する。」
「護衛をゼロにするわけにはいきません。
一組だけ残させてください。」
「…一組だけだ。」
騎士たちの代表なのか、一人が前に進み進言した。普通ならば、許可があるまで話してはならないものなのだが、おそらくそうしないとすぐに解散させられると思ったのだろう。
事実レイオスも少し肩眉を上げたが、沈黙の後に頷いた。それを聞くと騎士たちは頷き、視線だけで五組に分かれ、四組が散らばっていった。
それを見届け、レイオスは男性に向き合おう。青年たちはじっとその様を見つめ、レイオスをただ見つめ返した。
「…近くまででいい。
案内を頼めるか?」
「……もちろんです。」
踵《きびす》を返す一瞬、友歌と視線が絡んだ。けれど、今まで出会った人々と違い、その瞳には何も映ってはいなかった。
それが憔悴《しょうすい》の酷さを物語っているようで、友歌はギリと拳を強く握りしめた。
*****
連れていかれたのは、とても大きな建物だった。街の中央にあったそれは、全体的にも美しい装飾のされた手入れの行き届いたもの。
上を見上げれば、人型の像が屋根に建っていた。少し後ずさって見ると、女性をモチーフにし、流れる布や上に伸びる腕の躍動感までもが丁寧に彫られた、明らかに特別だと感じられる像。
静かな街で、そこだけが温かな空気を纏っていた。その異様な光景に沈黙していれば、青年が同じように上を見上げる。
「…金の精霊使いに依頼し、彫って貰ったものだそうです。
この建物は、精霊への祈りのために使われるのですよ。」
「…異世界版の教会か。」
「?」
「いえ、なんでもないです。」
ぽつりと呟いた言葉に、聞こえていたのか青年は疑問を飛ばす。それに首を振り、友歌はもう一度その像を見上げた。
――精霊を奉《まつ》る場所。そういえば、地球でも教会や寺、神社など、昔は避難所のように使われていたという。
神や仏に縋《すが》るために、飢饉や災害、そして今のような流行病の時、人々がやってくるのだ。ほんの少しの可能性に、…折れそうな心を保つために、祈り、願い、請うのである。
それなりの広さももちろんあるから、収容するにも最適なのだろう。友歌は、青年が導くままに大きな扉を潜った。
――目に入ったのは、長椅子だけではなく、床にも溢れる人々の寝転がる姿。
「…これは…。」
先に入ったレイオスの絶句する声が届く。けれど友歌には、想定の範囲内でもあった。
伊達に、スプラッタもののお茶の間垂れ流しの世界で生きてきていない。流行病を扱ったものや災害をテーマにしたもの…情報だけは事欠かない世界で、そんな映画やドラマ、ニュースや特集は山ほど見てきた。
最初の、まるで廃村のような光景には驚いたが、一度それらと似た映像が脳の引き出しから出てくれば、在る程度は覚悟も決まる。
――それでも。
「…………っ、」
それでもやはり、それは“情報”なだけで、“実感”ではないのだ。一気に顔色の悪くなった友歌は、無意識のうちにレイオスの服を握り込む。
それに気付き、レイオスはそっと肩を抱き寄せた。けれど、素直に身を任せながらも、視線は決して外れない。
これが、疫病の感染の範囲内となってしまった、村や街の現状なのである。…この光景が、この先ずっと続いていくのだ。
「…休む場所が足りていないようだな。」
「人のいなくなった家から、ベッドやソファを持ってくることも考えました。
けれど、実行に移してからすぐ、どんどん倒れていきまして…。」
青年の力無い声が、建物に響く。ところどころ身動ぐ人影は、発症して間もない人だろうか。
その合間を縫うように、布で口元を隠した女性たちが歩いていた。入ってきたレイオスたちに気付いていないのか、知りながらも気力がないのか、ある者は器を、ある者は布きれを持って歩き回る。
その様を見ながら、レイオスはさらに重くなった唇を開く。
「…これでは、最終段階までいった者とも区別がつかんな。
……まずは、十分に休める場所を作るか、運ぶことからか。」
最終段階。――意識を無くし、いわば昏睡状態の陥った者のことだ。
ここまでくると、何をしても反応がなくなる。その者と、少しでも自我が保てている者を分けるのだ。
まだ意識があるなら食事がいるだろうし、意識がなくても、体を拭くなり清潔に保たねば害虫も増え、害獣も忍び寄るだろう。それを防がねば、この疫病以外の病も流行りかねない。
「…ひとまず、この建物の中の正確な人数を。」
レイオスの言葉に、六人の騎士は無言で一歩踏み出した。