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061. 精霊の在り方

 



 友歌たちは、村人に平伏されながら馬車に乗り込んだ。中には涙まで流している人までおり、かなり気を引かれながら、扉が閉まるまでそれを見続ける。


 ギィ、と動き始めた馬車に、窓に映る景色は流れ始めた。村人たちが見えなくなっても、友歌は外を見続け――クロナの居る離れの民家を見る。


 一人ではもう起きあがるのもつらいだろうクロナは、窓際に居た。それを一瞬だけ視認した友歌は、唇を一文字に結び、瞳に強い意志を宿しながら、そっと視線を膝の上の拳に移したのだった。





















 *****





















「…久しぶりだな。」


「?」




 村を出発してしばらく、友歌の正面に座るレイオスがぽつりと呟いた。それに首を傾げながら友歌が見ると、レイオスは小さく笑う。




「モカの歌。

 …最近、歌えてなかったろう。」




 やはり気付いていたらしく、友歌は頷いた。移動ばかりのここ数日、まともに歌えた日などなかったのである。


 喉を衰えさせないための練習すら満足に出来ず、先程歌い終わった時など、違和感を感じたくらいだった。ここ十数年、縁のなかったそれに、友歌が打ちひしがれたのは言うまでもない。


 けれど、やはり時間は取りにくい。朝は声が満足に出ないし、無理をすれば一日伸びの悪い音になってしまう。夜は言うまでもなく睡眠の時間なわけで、歌うなどもっての外である。


 とすれば、昼食の時の少しだけしか空いていないのだ。もちろん、食べ終えてしばらく経てば出発するため、その時間さえも友歌にすれば微々たるものである。


 しょうがないこととは言え、以前の喉を取り戻すだけでも時間がかかりそうだと、友歌は肩を落としたのだった。




「…まあ、思い通りとはいかなかったですけど。

 でも、久しぶりに…楽しくはありました。」




 疫病の発症者出たばかりだというのに、そう言うのは不謹慎かもしれない。けれど、友歌はそう思ってしまった。


 ――喉を極限まで開き、腹の奥底から息を吐き出す。頭の上から声が通り、自分を中心に音が、波紋が広がっていく。


 あの感覚は、友歌に開放感と充足感を与えてくれる。母譲りの声は、伸びやかに、高らかに、歌い上げられるだけのものをもっているのを知っているからこそ、それもまた誇らしくてたまらないのだ。


 だが、声は生来のものであっても、確かな音程とリズム感は友歌の努力。そして、その恵まれた喉と努力が重なって溢れる音は、友歌自身を幸福にする。




 惜しくは、歌った場所が風呂場であるということだった。日本の造りと似たそこは、言うまでもなく音がこもり、音がぶつかり合い、壁と共鳴し、水に吸い込まれていく。


 歌い始めた瞬間に思い切り眉を歪めてしまった友歌だったが、歌い始めた手前、それを止めるのは矜持《きょうじ》が許さなかった。しかも、くり抜かれた窓から音は確実に漏れていることだろう。


 一緒に入っていたサーヤは、貴族令嬢という立場柄、音楽にも通じている。友歌ほど精通しているわけではないにしろ、音がぶつかっているのには気付いた。


 ――けれど、それでも、友歌の歌には力があった。もちろん、実質的な意味ではなく、心に作用するものとして。


 歌うには小さな風呂場という場所で、思い切り大声で歌ったことを謝り倒した友歌だったが、サーヤはにこにこと満足げに笑っただけであった。それに怒ってはいないと判断し、ほっとした友歌だったが、大変なのは外に出てからだった。




「…まさか、土下座で出迎えられるなんて思わなかった。」




 湯冷めしないよう、サーヤの精霊魔法で火照る体を保ってもらった友歌。同じく自身にもかけたサーヤと民家を出れば、村人総出で平伏されていた。


 ――そう、ほんの少し忘れていたが、この世界では歌は貢ぎ物なのである。舞いと並んで、自らの体で貢《みつ》ぐというその二つは、手頃で、なおかつ最大の供物として広まっているのだ。


 それが、精霊様から発せられた…それはつまり、歌がそれと認められていたと言っても過言ではないわけで、しかも、友歌は今“冬月の舞姫”なのである。


 昔ほど精霊が人と関わらなくなり、希薄となり始めた関係の中、その二つを見事に体現した…つまり、その二つを認めた“精霊様”。疫病の魔の手が迫ってきたその村で、その存在は縋り付く希望となったのである。


 友歌の、そして城の者たちの思惑は、見事に的中した。おそらく、友歌たちが出発した後、村では祈りの舞いと歌が事あるごとに行われるだろう…それが本当に届くかどうかは別にして、心の支えとなることは明白だった。




「騎士たちも目の色が変わっていたな。

 …城を出た時より、少し気が抜けていた。」


「…それは良いこと?」


「……あまり歓迎はしたくないが…緊張ばかりしても精神を磨り減らすだけだ。

 まあ、今くらいはいいだろう。」




 疫病のもとに自ら飛び込んでいっていると言うのに、騎士たちの取り乱す姿は見られなかった。それはただ、真面目に仕事をこなしているともとれるが、無理をしていると言い換えることも出来る。


 外にそれを吐き出すことが出来なければ、ため込んでいくしかないのだ。上手く消化することが可能ならば問題はないが、移動ばかりで娯楽もなく、しかも。ラディオール王国の王子と、最重要と言っても良い二人の護衛対象が居る中で、それは無理な相談だろう。


 それならば、少しだけ力を抜いてもらった方が良いに決まっている。心と体は繋がっており、心が消耗していれば身体にも影響を与えるのだから。


 レイオスは、歌が聞こえた直後の騎士たちを思い出し、苦笑を浮かべた。そして、ふと考えが湧き出る。




「…モカ、これから昼食時に歌ってみるか?」


「……え、良いの!?」




 一瞬呆けた友歌だったが、その言葉が脳裏に染みると同時に思わず反射で答えてしまった。それに目を丸くしたレイオスだったが、ふわりと笑う。




「モカの歌は、皆に勇気を与える…今回で、それがよくわかった。

 モカ自身も歌いたがっているし、活用しない手はないだろう。」


「…っ歌う!歌わせて!!」




 目をキラキラとさせた友歌に、レイオスはさらに笑みを深めた。それを横目で見つつ、サーヤは少しだけ脱力していた。


 ――慰安に出る少し前から、友歌とレイオスがぎくしゃくしていたのに気付いていたのだ。けれど、当人達の問題であり、しかも主に使える立場であるサーヤに首を突っ込む権限はない。


 気になりつつも見守っていたのだが、ここで何が原因なのか、以前の二人に戻ったように感じられた。それはとても喜ばしいことで、けれどこの先どうなるのかとハラハラしていたサーヤは、一気に心のしこりが解けたのだった。


 息を吐き出したサーヤに気付き、友歌はどうかしたのかと首を傾げたが、まさか本当のことを言うわけにもいかない。一瞬だけ思案したサーヤは、いつもの笑顔を浮かべた。




「風呂場での歌が、とても印象に残っていまして…。

 今のこの状況にとても合っていましたので。」


「…うん、そういうのを選んで歌ったから。」




 友歌が歌ったのは、こちらに来てからよく歌う小学生の時にやった劇のものだ。――そう、この挿入歌は、境遇がよく似た歌だった。


 少年と少女がサーカス劇団と共に旅に出てしばらく、一行は小さな村に着いた。そこも例外ではなく、貧困と病が人々を苦しめて、皆細々と暮らしていた。


 それでも、労働の報酬に、寝床と少しの食料を分けてもらえた。一日働いた見返りとしては少ないものだったが、それでも自分達の生活も危ぶまれる中での恵み。


 サーカス団と少年達は、感謝を伝えるために踊り、歌い、魅せて、目的地へと旅立っていく。…まさに、今の友歌たちに近い劇。


 もちろんそのため歌なのだから、合っているのは当然である。――そう、感謝を伝えるにはもってこいの歌。


 無意識に選んだそれだったが、友歌は頬を緩ませる。勇気を貰えたのは、村人や騎士たちだけではなかった。




(…私にも、出来ることがある。)




 肩書きだけの力じゃなくて、友歌自身の持つ力。歌うことで、人々が希望を持てる。


 もちろん、肩書きがそれを後押ししているのはわかっていた。そして、与えられる勇気や希望すら、虚像に向けられるものだとも。


 ――それでも、それすら、今のこのラディオール王国には必要なのだ。このままでは、舞姫達の出番を待つことなく、崩壊してしまうかもしれない。


 友歌はきゅ、と唇を結ぶと、窓の外の流れる景色を見た。青々とした木々を突っ切る馬車は、止まることなく動き続ける。


 言葉にしない嘘をまた重ねることを祖母に謝りながら、友歌はほんの少しだけ、決意を固めたのだった。











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