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053. 遠距離練習

 



 数日、友歌達は馬車に揺られた。友歌達のためだけの休憩を除き、ずっと走り続ける馬車は、確かに精霊魔法を使わない場合と比べてとても早い。


 騎士達の乗る馬ももちろん、それに耐えられるよう馬車自体にも強化魔法がかけられており、友歌は精霊魔法の応用の広さに驚いた。そして、それらを行うのは騎士達であるということにも。




「騎士なのに精霊魔法が使えるの?」


「武芸にも魔法にも通じる、精霊騎士と呼ばれる階級の兵士ですから。

 騎士より上の位で、主に王族の警護を任務としています。」




 やはり、騎士よりは使い勝手が良いらしい。三十人の騎士のうち、十六人がその精霊騎士であると聞き、友歌はなるほどと頷いた。


 それ以外の騎士達もえり抜きの精鋭のようで、それは雰囲気からも見て取れる。一糸乱れぬ動きでついてくる騎士達を窓から見つめながら、友歌は物思いにふけっていた。





















 *****





















 慰安部隊の護衛対象は、たったの三人である。と言うより、騎士以外を数えると三人になる。


 友歌の舞姫としての期限を考えるとあまり悠長にできないというのもあり、最低限の人数と護衛で移動しているのだ。速やかに進み続けることが、成功の鍵を握るからである。


 けれどもちろん、護衛の順位が決められている。低いのは、精霊魔法で自ら防衛が可能であり、女中でもあるレティ。


 一番は――“精霊様”である友歌、である。王族だが第二王位継承者のレイオスは、二の次になるのだ。


 それを聞いた時、友歌は思わず顔を歪めてしまった。護る対象を順位で決めるということに不快感を覚えたのだが、護られる友歌自身が文句は言えない。


 言い方は悪いが、誰を真っ先に護り、庇うかは騎士の自由なのだ。友歌が強制することは出来ないし、いざという時には、はやりそういう決まり事がないと動きにくいのだろう。


 ――けれど、結果、何をするでも友歌の行動と安全確保が優先されてしまうこととなった。“精霊様”の肩書きも相まって、友歌は身動きの取りづらい状況に置かれていた。




「王子、精霊様、そろそろ予定の街に着きます。

 夜も近付いて参りましたので、降りる際に足下などお気を付けください。」




 外から声が響き、友歌達は顔を上げる。これは、精霊騎士とサーヤの合同魔法らしい。


 ものを安定させるのが得意な水の精霊だが、言い換えれば、安定させないのも得意なのである。要は、空気中の水分を操って“音”を識別し、それをサーヤが馬車の中で同じように響かせているのだ。


 詳しくはわからないが、精霊同士を共鳴させるとそれが可能らしい。精霊魔法の万能さに、友歌は改めて声を失ったのを覚えている。




 ――カラカラカラ…、




 馬車の車輪の音が止まる。魔法によって極限まで削られた振動も形を潜め、馬車の扉がゆっくりと開いた。




「宿はすでに手配しています。

 外出はお控え下さい。」




 騎士の静かな声に、先に降りたレイオスにエスコートされながら友歌は頷いた。――もう、この数日で聞き慣れたフレーズだ。


 城から出たと言っても、遊びに来たわけじゃない。優先すべきは疫病の流行っているところに着くことだ。


 緊迫感はないが、気が休まるでもない。友歌は小さな息を吐きつつ、目の前の宿に入っていった。





















 *****





















「――ああ、疲れた!」


「お茶を淹れますね。」




 くす、と笑ったサーヤは、備え付けの簡易ポットを手に取った。それに素直に頷いた友歌は、ベッドにごろんと横になる。


 友歌はサーヤと、レイオスは近くに別の部屋をとりそこで眠る。最初は三人それぞれに部屋が割り当てられる予定だったが、そんなお金があるならとっておけとばかりに、友歌がサーヤとの同室を強請った。


 もちろん、精霊様と女中を同じ部屋にするということに多少の抵抗はあった。だが、騎士達としても護衛に割り当てる人数に余裕が出来るため、最終的には折れてくれたのである。


 サーヤを部屋でぼんやりしている時が、友歌は一番ホッと出来る時間となっていた。




 ぐん、とベッドの上で伸びをしていると、お茶の良い匂いが部屋に漂う。茶葉などは大して荷物にならないため、城のものをサーヤが持参した。


 紅茶と並んでよく飲むその茶葉は、友歌が好む味である。起きあがった友歌に手渡したレティは、自分も近くの椅子に腰掛けた。


 暖かいそれを両手に持ちつつ、友歌はゆっくりと息を吐き出す。




「ここまではあまり問題もなく来られましたね…。

 あともう少しで、疫病の真っ直中に突っ込むことをなるでしょう。」


「…みんな、健康で帰れたら良いなぁ。」




 心から、友歌はそう望んだ。当たり前だが、誰も、好きこのんで病気になどなりたくない。


 それでも友歌やレイオスが行くのは、王からの命令であることはもちろん、――本当に、安心を与えられたらと思うからである。


 それは、ふと思っただけの、完全な後付の理由だ。ガウリル王に言われなければ、行こうとも思わなかったはずである。


 けれど…それでも、友歌の本心には違いなかった。一度だけかかった風邪をいつまでも忘れられないほどに、友歌はそれが印象に残っている。


 ――今流行ってしまっているのは、風邪とは比べものにならないほどに、痛くて、つらくて、重くて、苦しいものだ。それを、友歌とレイオスの訪問で勇気づけられるなら、それだけの価値はもちろんあるのだろう。




 けれど、騎士達は友歌達が行くから、従軍させられているのである。基本無口に仕事をこなす騎士達だが、内心では冗談じゃないと思っているに違いなかった。


 今、何日も魔法を使ってでも進んでいるのは、自ら病気にかかりにいっているからと言っても過言ではない。――それでも彼らは、友歌達が進む限り、止まるわけにはいかないのである。


 密かな自己嫌悪に陥っていると、ふわり、と左手の腕輪が熱を持った。それの意図することに気付いた友歌はびくりと肩を震わせる。




「あ、うわわっ…忘れてた!」




 慌ててカップをサーヤに預けると、友歌は瞑想の体勢に入った。――欠片に集中し、腕輪に力が集まっていくようイメージすると、同じように目を閉じているレティの姿がぼんやりと浮かんでくる。




(――レティ!)


[――うぁあ…良かったです、いつまで経ってもなんにもないから、何かあったのかと…!!]




 頭に響くように浮かぶ声は、間違いなくレティのものだ。それに苦笑を返した友歌は、小さく謝罪を口にする。




(ちょっと移動に時間がかかって…。

 ごめんね、寝るの遅くなっちゃうね。)


[なんの、お互い様ですよ!]




 すう、と目を開けると、まるでレティの中に自分がいるようにも感じられた。レティの動きが友歌にも伝わり、友歌の動きもまたレティに伝わる。


 ――それは、“思念の腕輪”に補助された欠片の本来の力でもあった。つまり、アリエラとイルエナ、双子の舞姫は、これを自在に使ってあの舞いを踊っていたのである。


 “思念の腕輪”は、対となる白と黒の腕輪の持ち主を“繋ぐ”装飾品だ。思いも、考えも、伝えたいと思えばすぐさま伝えることが出来る。


 ただ、互いに互いの声を聞く気がなければ、全く効果がないのも難点である。たとえば、相手が眠ってしまっては使えないし、集中出来なくても意味がない。


 けれど、健康体であるならば、舞姫にとってこれ以上に強力な補助もないのだ。“腕輪”という確かな存在を経由することで、欠片の力はより強く互いを結びつける。


 それを感じつつベッドから降りた友歌は、サーヤが隅に移動したのを確認し、そっと息を整えた。




(――始めるよ、レティ。)


[はい、精霊様。]




 互いに最初の構えをしたのを感じて、二人はそっと息を吐き出す。そして――くるり、と同時に動き出した。


 友歌の邪魔にならないよう端に立っているサーヤは、それをじっと見つめる。けれどはやり、どうしても記憶には残らない。


 それを残念に思いながらも、サーヤは舞いに懸命に向き合っている友歌を優しく見つめながら、集中を乱すことのないよう静かにそれを見守った。











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