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050. 舞姫の重要性

 



 ラディオール王国にとって…否、全ての君主制の国において、王の命令というのは絶対である。ただ一人の命令によって進められる政治。


 たとえば、国が傾き危機に陥った時なら、それは強い力となる。そんな時に内部分裂などを起こせば瞬く間に消えゆくのだから、その一人がしっかりしていればなんとも心強い。


 けれど、そのたった一人が道を踏み外した時――それは、脆《もろ》く錆びたものとなる。




「という訳で…しばらくの間、一緒に舞姫の練習出来ません。」




 申し訳ないと頭を下げれば、信じられないと目を見開いた三対の瞳が友歌を見つめる。果たして…今回のガウリル王の決断は、国をより強固にする鎖となるか、ただの足枷と化するのか。


 友歌には、見当がつかなかった。





















 *****





















「ど、どういうことですかっ!」




 焦ったように声を荒げたのはレティである。心なしか青ざめても見えて、友歌は苦笑を返すしかなかった。




「…私の力が、疫病を退けるのに必要なのだそうですよ。」


「そんな、自分から危険に飛び込むような真似をするだなんて…!!」




 カタカタと体が震え始めたのを見て、イルエナはそっと肩を抱く。そして、つい、と視線が友歌を射抜いた。




「わかってるの…?

 今、舞姫としてとっても大事な時期。」


「重々承知しています。」




 ――わかってはいるけど、もちろん、私も納得なんてしていない。


 そう言外に含めば、イルエナは口を一文字に結んだ。もとから、友歌に拒否権などなかったのはわかっているのである。


 黙ったイルエナを見つめ、アリエラはふうとため息を吐いた。




「…行く日は決まっているの?」


「レイが少し、やらなければいけないことがあると…。

 おそらく、数日間はまだいると思います。」


「そう…。」




 なら、間に合うかしら。


 呟いたアリエラは、イルエナにその場を任せて部屋から慌ただしく出て行った。それを見送りつつ、友歌はレティに視線を戻した。


 ――友歌を凝視したまま、泣きそうに歪んでいる天使の顔《かんばせ》。それに胸の奥が痛んだ友歌は、そっとそこに手を当てた。




「ど、どうしても行かなければならないのですか?

 たとえ精霊様に疫病が利かないのだとしても、確信があるわけじゃないのでしょう…??」


「…まあ、」




 実際は精霊などではないし、おそらく病気には普通にかかる。ただ、友歌の体は丈夫であるし、目立ったものと言えば小学生高学年時の風邪くらいしか思い浮かばない。


 確信ではないが、健康体で免疫力にも恵まれているらしい友歌は、自分はおそらく大丈夫だという予感もあった。――不安なのは、ついてくる人たちのことである。


 慰安に行くのは、友歌にサーヤ、そしてレイオスはすでに決定事項らしかった…そして、王族がいるのなら、そのための護衛もまた必要なのである。下手に病人を増やすだけだとしても、少なくするわけにはいかないのだ。


 友歌が行かなければいけない以上、その召還主であるレイオスが傍にいないというのは、精霊が体に宿るこの世界ではタブーだ。そして何より、精霊である友歌のみならず、王族までもが民のために赴《おもむ》いたということも重要なのである。




 そんなことをつらつらと考えていれば、遂にレティの涙腺が崩壊した。それにぎょっとしつつも、すぐに平常心を取り戻した友歌は手をそっと握った。


 レティもきつく握り返しながら、友歌の後ろに控えるサーヤに視線を送る。けれど、澄ました顔でただ佇む姿に、やはり涙は流れたままだ。




「ど、どうせサーヤも行っちゃうんでしょう…!

 みんなして行っちゃうんだぁ…っ!!」


「落ち着いて、」




 嗚咽を漏らし始めたレティに、イルエナは背を撫でる。だんだんと痛みが増してくる胸の奥に、友歌は堪えるように息を止めた。


 目敏く異変を感じ取ったイルエナは、厳しい目を友歌に向ける。




「痛い?」


「…………、」


「痛いでしょう…レティさんの心の“タガ”が外れている。

 欠片を通じて、感情があなたに流れていくのがわかる。


 それは、レティさんの感じている痛み…受け止めなさい。」




(レティの…。)




 友歌は涙を堪えようともしないレティをじっと見つめた。未だ友歌の手を握ったまま、まるで離さないと――行かせないとでも言うかのように、それは力を緩めない。


 ツキツキと痛む胸では、確かに欠片が淡く点滅を繰り返しているのがわかった。部屋に沈黙が降り、重い空気が流れる。




 ――バン!




 唐突にそれをぶち壊したのは、扉を勢いよく開け放ったアリエラだった。しんみりとした雰囲気が溢れ出ているのに気付き、盛大に息を吐き出す。




「悪いけど、のんびりしている暇はないわよ。

 遠距離でも練習の出来るよう――その数日で覚えて貰うことがあるわ。」


「…こんな時に舞姫のことなんて、」


「私たちの仕事は、あなた達に完璧に舞いを伝承すること。

 お偉い貴族様方の思惑なんて、これっぽっちも関係ないのよ。」




 ばっさりと言い放ったアリエラに、反論しかけたレティは押し黙った。雫はまだ頬を伝っているが、話せないほどではないらしい。


 手の平より少し大きいくらいの平たい箱を持ちながら、アリエラは再び息を吐き出した。その箱をじいと見つめ、イルエナはそっと瞬きをする。




「…“思念の腕輪”。」


「うふふ、持ってきておいて良かったわぁ。」




 厳しい顔をしていたはずのアリエラは、にっこりと笑った。けれど、それが表向きであることには誰もが気付く。


 ――冷静に言っておきながら、アリエラは、舞いを優先させなければならないことに自分自身で納得していなかった。どうせなら、みんなで賑やかに応援して、送り出したい。


 それでも、アリエラとイルエナには、やらなければならないことがあるのだ。それが、先代の舞姫としての使命で、責任である。




 アリエラが箱の上部を開けると、その中にはイルエナの言ったとおり、金と銀の腕輪が入っていた。それを取り出すと、金の腕輪をレティに、銀の腕輪を友歌に手渡す。


 友歌は銀に輝くそれをじっと見つめ、手の平でゆっくりと転がした。黒い宝石のようなものが埋められただけのそれは、金属の感触を友歌に伝える。


 そっと横を見れば、同じようにまじまじと見つめているレティに、友歌は小さく安堵の息を吐き出した。涙はすでに止まり、頬の跡も乾き始めている。


 サーヤがレティのために冷やしたタオルを準備しているのを見つめつつ、アリエラは口を開いた。




「簡単に言っちゃえば…離れていても、舞いの練習は可能なのよね。

 要は息が合って入ればいいのだから、それさえクリア出来れば問題ないの。」




 二人が動くというだけで、舞いに合わせ技はない。手を触れ合わせたりすることはあるが、“真似事”――そこにいるかのように振る舞えれば簡単だ。


 動作で腕に付けるよう指示しながら、アリエラはさらに説明を続ける。




「高名な金、炎、地の精霊使いが力を合わせて作ったものだそうよ。

 その名の通り、思ったことを伝えることが出来る腕輪…もちろん、改良の余地有りな欠陥品だけど。


 舞姫の時、貢ぎ物として贈られてきたのよねー…捨てなくてよかったわ。」




 手をくぐらせれば、冷たい感触が手首を覆う。それに少しだけ体を震わせ、友歌は腕を天に翳《かざ》した。




「そんなものなくても、慣れれば欠片を通じるだけで平気なんだけど…。

 まだまだ二人は練習中だし、離れている間に変な癖をつけられても困るから、腕輪に補助してもらいましょう。」




 ――つまり、この腕輪は、なんらかの形で互いと通信がとれるらしい。その発言に、友歌とレティは目を見開く。


 特に、友歌は内心で絶叫していた。文化の育たない、保守的な意識が根付いているはずのこの世界で、そんな近代的な物があったことに驚いているのだ。


 絶句している友歌とレティに、アリエラはふんと鼻で笑った。




「大体、舞姫に城から離れろなんて馬鹿馬鹿しい。

 舞姫が舞いを覚えることが、ラディオール王国の幸福への道よ。


 そんなことはさせない…離れたって、舞いは必ず覚えて貰うわ!」




 自信満々に言い放ったアリエラに、レティはそっと視線を床に落とす。――そう、友歌が心配なのはしょうがないけれど、だからと言って舞姫のことは蔑《ないがし》ろには出来ないのである。


 泣いても喚いても、もう結果は出てしまっている。それならば、一日でも早く舞いを完成させて、更に濃密で強い欠片の波動を届ければいいのだ。


 欠片は二大精霊の力の具現であり、一部であり、そのものである。もしそれが完成したなら、友歌たちはより短い期間で安全な場所に戻れることになる。


 ――優先事項は、より早く舞いを覚えること。




「うふふ…急いで仕上げるわよ?

 特に精霊様!あなたは私たちが近くでサポート出来ないから、完璧に覚えて貰います!」


「…練習あるのみ。」




「はい!」




 力強く頷いた友歌とレティに、サーヤは数歩離れた所からそれを見ていた。やる気になってくれるのはとてもありがたく、心強い。


 けれど――それ以上に、嫌な予感がサーヤを襲っているのも事実だった。まだ、疫病に危険性はない。


 なのに…この、死地に行かなければならないと悟ってしまったかのような、肌にまとわりつく空気が離れていかない。サーヤは四人が顔を寄せ合って話し合っているのを見つめながら、拳を握りしめるのであった。











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