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048. 舞うための

 



 ゆっくりと腰を落とし、トンッと跳ね上がる。足首で衝撃を吸収し、クルリと回りながら、友歌はタイミングを見計らった。


 視界に黄緑色がよぎった瞬間、止まろうとして…――ドン!と体を襲った衝撃に思わず倒れ込んでしまう。




「こら精霊様!

 見てからじゃ遅いのよ!!」


「す、すみません…。」




 すかさず飛んできたアリエラの声に、友歌は腰をさすりながら起きあがった。そして、すぐ傍に座り込むレティに視線をやり、申し訳なさそうに体を縮める。




「レティ、ごめんなさい…大丈夫?」


「平気です、ぶつかってこけるくらい女中の時にも!」




 胸を張るレティに口元を引きつかせ、友歌はそっと息を吐いた。





















 *****





















「…最初に比べたら随分マシにはなったけれど…。」




 唸るアリエラに、友歌とレティは空笑いを返すしかない。――舞姫の練習は、一番の醍醐味と言っても良い、息の合わせ方を集中的に行うこととなった。


 かれこれ一月はそれをし続けているはずなのだが、どうにも一歩爪が甘い。熱心にやっているし、筋も悪くはないのだが、かならずどこかで失敗をしていた。


 単純にどちらかのタイミングが合わないだけだったり、初歩的なミスから動揺してしまい繋げられないなど理由はいろいろあるが、二人はすっかり気落ちしていまっていた。




「…なんで間違っちゃうかな。」


「…どちらかが完璧でも、もう片方がミスしちゃいますし…。」




 ――“春冬の舞姫”は、その名の通り“春月の舞姫”と“冬月の舞姫”が二人で舞うものである。なんと言っても、二人の息の合い方が何より重要になってくるのだ。


 それが簡単にこなせるようにならないと、舞いとしては未完成となってしまう。だからこそ、この練習が何より時間を取るのだが…。


 二人は、一月が経った今でも、ノーミスでの全通しが出来ないでいた。




「ん~…同調率が低いのかしら。」




 呟かれた言葉に、友歌とレティは項垂れる。同調率とは言葉通りに、欠片との繋がり具合のことだ。


 これが深ければ深いほど欠片の力が強く感じられ、強力な波動を使うことが出来る。ただし、舞姫の体のみならず周囲への影響も桁外れなため、あまりに強い同調も危険は伴う。


 逆に、浅ければ浅いほど微力なものとなる。普段のこれはリラックスした状態とも言えるため、この切り替えが上手くいかなければ同じように体調を崩す。


 舞いを踊る時は、これを高めに持っていかなければ上手くは踊れないのだ。欠片同士は繋がり、共鳴しあっている――これを感じ続けなければ、舞姫の高度な舞いは踊れないと言っても過言ではない。


 ――そう、【春冬の祈願】の舞いは、特別なものなのだから。




「難しい…難しいよ舞姫、侮《あなど》ってた!」


「今更ながらにプレッシャーです…。」




 がくりと力無く床に沈んでしまった友歌とレティに、双子の舞姫は顔を見合わせた。その顔には、しょうがない、というような色も浮かんでいて。




「…まあ、私達が規格外なのかもしれないけれど…。」


「もう少し、欠片を意識しながら動いて欲しい。」




 ――アリエラ、イルエナにとって、互いを意識することになんの苦労も感じなかった。もともと一つであったものが別れて生まれてきた二人にとって、半身と共にあることは呼吸と等しいもの。


 歴代の舞姫の中で、最も高いシンクロ率を誇る双子達でもある。そんな二人から見れば、友歌達は遊んでいるようにしか感じられないのかもしれなかった。


 けれど、歴史を見れば、友歌達よりもっと時間のかかった舞姫だって存在するのである。焦る必要はないのだろうが、先代が彼女達ということで妙な圧迫感を感じているのも事実あった。


 “春冬の舞姫”にとって、いかに相手を感じて舞えるかが鍵となる。歴代一番の同調率を持つ双子に次代…怠けられるはずがなかった。




「ま、今日はこれくらいにしておきましょう。

 でも、欠片を感じる練習は暇な時にでもしておいてね。」




 アリエラの言葉に友歌とレティは頷き、ヨロヨロと立ち上がった。それは、息を合わせるための練習初日から言われ続けていることである。


 もちろん毎日欠かしたことはないし、互いの欠片を感じることもしている。それでも――舞いが、難しい。


 もとの服に着替えるため個室に引っ込んだ二人は、互いに反省と謙遜《けんそん》をしながら、もう何十回目かの決意を固めた。




(次こそ、通しをノーミスでこなす!)




 基本的に、負けず嫌いの二人である。一月も経って通しを成功させたことがないというのは、許せないものがあった。


 口を一文字に結び頷き合った二人。対して、友歌とレティと見送った双子はそっとため息を吐いていた。




「…精霊様って、一つに集中すると他が出来なくなるのね…。

 注意した瞬間は直るのに、しばらくするとまた戻ってしまうし。」




 もちろん完全に戻ってしまうのではなく、少しは向上している。けれど、それ以上に一つに一直線過ぎるのだ。


 呟いたアリエラに頷くと、イルエナもそっと口を開く。




「…レティさんは、器用にこなしてみせるけど…予定外のことがあると、戸惑ってしまう。

 臨機応変にやれないと、舞いはこなせない…。」




 友歌とは違い、もともと精霊を宿すレティは欠片を感じ取ることが容易だった。けれど、その安定さが逆に予想外のことに弱い。


 二人は沈黙し、また息を吐き出した。




「見事に逆タイプよね…良いペアなんでしょうけど。

 上手に生かしてあげたいわぁ。」


「…根気とやる気…。」




 ここでも、決意が固められていた。





















 *****





















「それは大変でしたね…お疲れ様でした。」




 コト、とカップを置いたサーヤは、にこりと笑みを浮かべた。嫌味のないそれに唇を尖らせつつも、友歌は湯気を立てる紅茶に手を伸ばす。




「他人事だと思って…。」


「舞姫に選ばれたのは、精霊様ですから。」




 次々と置かれていく菓子を物色しつつ、友歌はカップのじんわりとした暖かさを手に平で受け取る。しばらく熱を奪った後ゆっくりと口に含み、友歌はほっと息を吐いた。




「タイミングがね、難しくって…。

 サーヤとレティなら、幼馴染みで息合いそうだよね。」


「どうでしょう…私、そういうのは苦手なので。」




 そっと手で口元隠し、恥ずかしそうにサーヤは笑った。それにきょとんとしたのは友歌で、まさかの返答に目を瞬かせる。




「…苦手?」


「はい。

 ダンスも、歌も、花も…およそ貴族の娘が習わされるものが、上手く出来なくて。」




 ――友歌にとって、サーヤはなんでも出来るスーパーウーマンである。周囲の信頼も厚く、友歌やレイオスの世話もしつつ、自分のこともほとんどこなしてしまう。


 女中の仕事が決して楽でないのはわかっているし、精霊の世話係として沢山の仕事を請け負っているのも知っていた。精霊である友歌が嘗《な》められないよう、普通の女中の数倍も働いているのも。


 その様を思い出しつつ、友歌は意外なことを知った、と驚きまくりだった。それを感じつつも、サーヤは笑う。




「ずっと、女中になることしか考えていなくて…。

 貴族としての振るまいは、息苦しくて苦手なんですよ。」




 小さい頃はお転婆で皆を困らせてました。


 その言葉を聞いて、友歌は木に登る空色の髪の少女を思い浮かべる。――なるほど、だから私に付き合っていられるのか。


 友歌は、今までのサーヤの行動を振り返ってみる。友歌の奇っ怪な行動にも冷静に対処し、我が儘を聞いてくれたり、よい“姉”のようなサーヤ。


 そしてそれは、お嬢様として教育されてきた者には理解しがたいことだろう。貴族と言えば、ドロドロの腹の探り合いの中、いかに自分を綺麗に優雅に美しく魅せることに尽力するものだから。


 ――自ら外で走り回るような子だったなら、友歌の行動への耐性も頷けた。




 ――コンコン、




 友歌がサーヤの新たな一面に出会っていると、扉がノックされる。サーヤが近くにいる今魔法はかけられていないため、音は部屋に響いた。


 二人して首を傾げると、サーヤは扉に向かい、素早くそれを開けると外に出て行く。それを見つめ、手持ち沙汰に菓子を頬張っていると、サーヤが慌ただしげに戻ってきた。




「サーヤ、どうしたの?」


「すみません、レイオス王子から緊急の呼び出しのようです。

 すぐに格好を整えますので、紅茶等下げさせていただきます。」




(…レイからの?)




 友歌は気付かれない程度に顔を曇らせた。――この一月、友歌は練習にかこつけてレイオスを避けていた。レイオスもやることがあると言って部屋に寄ることが少なくなったため、ここ数週間は片手で数えられるほどしか会っていない。


 急かされて立ち上がりながらも、友歌は口をゆるく結び、唾を呑み込んだ。











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