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046. 後継者

 



 エルヴァーナ大陸において、舞いとは精霊に献上するためのものである。こと、ラディオール王国から選出される舞姫の舞いには特別な力が宿る。


 それは、欠片の力。二大精霊の加護を祝う舞姫にだけ許されたもの。




「…どうしよう心臓が痛い!」


「き、緊張してはなりませんわ精霊様、れれれ冷静に…!!」


「落ち着いてください精霊様…レティ、噛みまくっていますが。」




 汗をだらだらと垂らす友歌に、目に見えるほど震えているレティ。部外者の自分が、と萎縮《いしゅく》していたサーヤが突っ込んでしまうほど、二人の動揺は振り切れていた。


 けれど、そんなサーヤの言葉も効果はないようで、ただただ床を見つめていた友歌は、くわっと目を見開く。




「だって、これを私たちが踊るんだよ!?」


「う~…。」




 難しい顔をしたまま唸るレティは両手で顔を隠してしまい、サーヤは大きなため息を吐いたのだった。





















 *****





















 まずはお手本を見せましょう。


 そう言い双子の舞姫は、衣装を変えるため奥の部屋に消えていった。その間、妙に気分を高ぶらせてしまった友歌とレティに、サーヤはこほんと咳をする。




「そんなにガチガチでは、見ることによって得られるものも逃がしてしまいますよ?」




 あくまで冷静なサーヤに、二人は項垂れる。けれど――どうして、緊張せずにいられるだろうか。




「…ねえ、レティ…私ね、すっごく嫌な想像しちゃってるんだけど…。」


「…奇遇で御座いますね、私もなのです。」


「……舞姫の舞いは、舞姫の記憶にしか残らないんだよね?」


「……はい。」


「………覚えられなかった場合、どうすれば良いと思う?」


「………どうしましょう。」




 最初はわくわくしていた二人だったが、時間が経つに連れ、だんだんと現実味を帯びてきたそれに気付いたのである。特別に選ばれた舞姫の舞いを、自分達が継ぐのだ、と。


 ――舞姫の舞いは、何故か、皆の記憶には残らない。記録にも、残すことはできないのだ。


 何か、精霊の力が働いているのだろうというのがこの世界の見解で、唯一それを知るのは、歴代の舞姫達だけなのである。けれどもし、それが覚えられなかった場合のことが、二人の頭をよぎっていた。




 友歌は、舞いがどんなものか見たことはない。けれど、見たことがないからこその恐怖というものもあるのである。


 記憶に残らないとは言え、その実感があるかどうかで決まるものもあるのだ。人間には想像力というものがあり、朧気ながらも覚えているなら、心構えも出来るというものである。


 レティは、城下町の育ちということもあって何度も【春冬の祈願】で舞いを見ている。そして、見ているからこその恐怖もまた、存在する。


 覚えていないながらも、見た時の感動は消えずに積み重なっていくのだ。それを自分が踊るというプレッシャー、そして引き継いでいかなければならないという責任の重みもまた、降りかかってくる。




 顔を青く赤くさせながら順調に精神を磨り減らしていっているらしい二人に再度息を吐き出したサーヤは、ぽんぽん、と軽く肩を叩く。




「自信を持ってください。

 貴女たちは、欠片が選んだ舞姫なのです…そんなこと、あるわけないでしょう。」




 胸を張って言うサーヤに、友歌はをそろりと瞳を彷徨わせ、レティはそっと視線を外した。その言葉に、素直に頷けないのである。


 ぐじぐじと、暗い空気を引きずる二人に、流石にサーヤも笑顔が引きつった。――子供か貴女達は!




 ガチャ、




「そんなに緊張しないで大丈夫よ~?」




 聞こえていたのか、ほがらかに笑いながら衣装室から出てきたのはアリエラである。次いで、イルエナが扉を閉めて一歩進んだ。


 振り向いた三人は、その衣装に思わず口を閉じる。




 アリエラの服は、漆黒を基調としたもの。膝上までのそれは、右下の裾の部分に大きな銀色の満月が描かれていた。


 白と青で、どう編んでいるのか器用に波模様を描いている布が、両腕と両足に巻き付いている。活発そうなその表情とその衣装は、逆にとても合っていて、妖しい雰囲気を醸《かも》し出していた。


 イルエナの服は、純白を基調としたもの。膝下まで覆うそれは、アリエラのものとは違い。左下の裾の所に大きな黄金の太陽があった。


 黒と赤を、今度はジグザグの模様を描く布が、同じように両腕を両足に巻き付いている。静かに目を伏せるその様は、儚くも佇む、輝く一輪の花を思わせた。


 ――“冬月の舞姫”であるアリエラと、“春月の舞姫”のイルエナ。確かにその二人は、それぞれの欠片に選ばれた舞姫だった。




「…きれい…。」




 呟いた言葉は、誰のものだったのか。にこりと笑ったアリエラに、珍しくふわりと笑んだイルエナは、とても美しかった。




「…“冬”で、本当に間違いなかったんですね、先生。」


「あらら、失礼しちゃうわ…。」


「“春”の衣装、とってもお似合いですっ!」


「…久々に、こんなに明るいもの着ました…。」




 頬に手を当てるアリエラと、布を手の平に広げるイルエナ。それぞれの先代たちを見ながら、友歌とレティは息を吸い込んだ。




「ご指導お願いします!」




 きょとんとした双子の舞姫は、それぞれに笑みを浮かべた。





















 *****





















 さら、と風が吹く。否、室内なのだから、実際にはそう感じただけなのだろう。


 流れるような動作――水を表現するように、止まることなく、滑らかに。それは、四肢に巻き付いた布が一度として止まらないことからも見て取れた。


 けれど、緩急をつけることは忘れない…手首を返す、一瞬だけ腰を落とす、膝を曲げる。柔らかな笑みが浮かんだ二人は、いっそ楽しさに満ちていた。




(…すごい、)




 友歌は目が離せない。精霊に捧げる舞い…確かにそれに値するものだと思えたのだ。


 二人で別々の動きをしたかと思えば、指先だけ触れ合って対象の動きをしたり、一人が止まって一人が舞いを続け、そして交代する。


 黒と白が、青と赤が混じり、解け合い、一つの空間を作り出す――。




(ぁ、…………。)




 流れたのは、涙だった。慌てて隣を見れば、レティも同じようにそれを零している。


 胸がほんのりと温かい。欠片が、二人の舞いに反応しているのだ。


 食い入るように舞いを見つめるレティに、友歌もそっと視線を戻す。――友歌が余所見をしたことなど気付いていないかないかのように、双子の舞姫は、ただお互いだけを見て舞っていた。


 欠片が、歓喜の声を上げている――…。




 終わりは、二人が祈るような仕草をして終わった。ストンと、何かが落ちてきたかのような感覚に、友歌は呆然と胸に手を当てる。


 荒い息づかいが響き、止まっていた空間がそっと動き出した。




「っあー、疲れたわ!」


「…呼吸がつらい…。」




 ハッとなったサーヤは、準備していたタオルを二人に渡しに行く。それを見送りつつも、友歌とレティは放心状態だった。


 ――舞姫の舞いは、舞姫しか覚えることが出来ない。それの答えが出たような気がして、二人は動けなかった。


 “落ちてきたもの”は、納得という感情でもって、舞姫たちの中に確かに伝わったのである。それを感じ取って、双子はタオルを受け取りながらも笑みを浮かべた。




「ふふ、大丈夫だったでしょ?」


「これを、舞いという“形”にしろと、…そういうことですか?」


「あったりー!」




 にまにまと意地の悪い顔をするアリエラに、友歌はひくりと口元を引きつらせた。レティもまた、胸の前で手を組み、再び襲い来るプレッシャーに耐えている。




「…え、え?

 今のでわかったのですか!?」




 “部外者”であるサーヤのもっともな疑問に、4人は沈黙と――双子の二人はやや笑みでもって返した。それもそうだろう…アリエラと友歌の会話から推測するなら、これでもう舞いは覚えたろうと、そう言ったも同然に感じられたのだ。




「舞姫の舞いは、特殊ですから。」




 息を整えたらしいイルエナの言葉に、サーヤも口を閉じることしかできない。もうすでに、今見た舞いを忘れつつあるサーヤにとって、その言葉は核心を突きすぎていた。


 ぱさ、とタオルをサーヤに戻したアリエラは伸びをすると、衣装室の方に足を進める。イルエナも、後に続いた。




「着替えてくるわね。

 今日はもうこれで終わりよ!」


「…明日から、本格的に練習を始めるから…。

 舞姫の最大の難題は、対《つい》と息を合わせること。」




 イルエナの言葉に顔を見合わせた友歌とレティは、力無い笑みを浮かべる。――果たして、今の舞いを再現出来るのだろうか?


 困惑したままのサーヤを置き去りに、二人はそっとため息を吐いたのだった。











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