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042. 流行る病

 




 友歌達が魔法の練習を始めてから、一月が経った。けれど、友歌に欠片の力を引き出せる兆候はない。


 周囲は既に、友歌が“精霊”であるから使えないのだという結論に到っており、友歌としては複雑な思いを抱くこととなった。魔法が使えないことを責められないのは安堵すべきことではあったが、原因がそれでないことは友歌自身がよくわかっている。




(…レティは、もう自在にこなしているのにな。)




 すでに闇が支配した外を見つめ、友歌は伸びをした。城で起きている者は、見張りと友歌しかいないだろう真夜中。


 窓際に胡座をかいていた友歌は、ゆっくりと体勢を崩す。光源は月の光のみで、友歌はぼんやりとした単色の中で物思いにふけっていた。




 一月も引きずっていることからわかるように、友歌は決して、魔法のことを納得はしていなかった。アリエラに魔法を使う訓練を止められ、レティとは別の授業に集中するようになっても、友歌は決して力を引き出す訓練を怠らなかった。


 夜、誰もが寝静まってから、友歌はずっと欠片の暖かさを感じ続ける。


 もしかしたら、部屋に魔法をかけているサーヤにはばれているのかもしれないが、今日のように夜更けまでかけるのは三日に一度と決めていた。もし知られていたとしても、苦言がないのなら続けても良いのだと友歌は解釈している。


 ――たとえ、僅かほども成果が見られなくても、友歌がそれをしなかった日は一度もない。友歌は、今日も成果が見られないのに肩を落としつつも、立ち上がりベッドへと潜り込んでいった。





















 *****





















「…疫病?」




 朝、朝食を終えた友歌のもとにレイオスが訪ねてきたのは、そう遅くならないうちだった。不安げな様子で米神を揉むレイオスは、小さくため息を吐き、頷く。




「西の方で、流行っているらしい…幸い、まだ死人は出ていないようだが。」


「…珍しいの?」


「たった一月前に【朱月の顕現《けんげん》】があったのに、そんなことがあってたまるか。」


「…………、」




 乱暴な言葉遣いになっているのは、心の底からそう思っているからなのだろう。友歌は椅子に深く座り込んでいるレイオスを心配そうに見つめた。


 ――【朱月の顕現】は、春の精霊シュランと、冬の精霊リュートの祭りである。それも、ただの祭りではない…実際にシュランとリュートが祝ってみせる、精霊の存在を実感できる祭りだ。


 そんなめでたいものが見れたのが一月前。ラディオール王国の住民にしてみれば、何故、という思いが強いのだろう。


 けれど――友歌は逆に、首を傾げた。




「…弱めてくれているのかも。」


「?」


「だって、死んだ人はいないんでしょ?

 …病気の効果を、ずっとずっと弱めてくれているのかも。」




 どんな病気か、友歌は知らない。けれど、この世界の医療事情が、地球とは比べものにならないくらいに低いことぐらいはわかっているつもりだった。


 魔法という概念があっても死人は生き返らないし、吹き飛んだ部分は完全には再生しないし、完璧に若返ることも出来ない。水の精霊による、体を構成する水分を探るという精密な診断は出来ても、自己治癒能力を最大まで高めることしかできないのは、すでに本で学んでいた。


 疫病というのは、本来、人の手に負えない代物である。それに対抗すべく、人は薬を作り出し、予防策を編み出し、それらを進化させてきた。


 エルヴァーナ大陸の技術がそこまで発達しているとは思えない。地球でだって、まだまだ治療法のない病気が山ほどあるのだ。




「…なるほど、確かに。

 そう考えてみれば、被害はまだ少ないか。」




 ぶつぶつと解決策を呟きだしたレイオスを、友歌はじっと見つめる。――信じているからこそ、それが覆ったときの失望も大きい。


 ツキリと胸が痛くなった友歌は、そっと視線を外すしかなかった。





















 *****





















(疫病…疫病か。)




 書庫に向かう廊下を歩きつつ、友歌は考え事をしていた。いつものように、数歩後ろにはサーヤが控えている。


 友歌の頭を占めているのは、今朝のレイオスの言葉であった。




(…やっぱり、そんなところでも精霊が手を出してるんだ。)




 ウイルスが体内に入り込むことによって起きる様々な反応。そんな自然現象さえ、精霊が操れる世界。


 否、それぞれ司る属性や性質は違うのだから、実質的に効果があるわけではないのだろう。けれど、湿度の高い場所や清浄な空気中ではウイルスが活性化しにくいのだから、上手く利用できれば予防にはなる。


 ――春と冬、季節を司る二大精霊の何が疫病の致死性を抑えているのかはわからないが、友歌は胸に灯る欠片に違和感を感じていた。


 疫病に、精霊が…冬の精霊リュートが反応していることだけはわかる。それは、ざわめく欠片から感じ取れた。




(…いや、でも、もしかしたらもともと死亡率の低いウイルスなのかも。)




 疫病と聞いて、治りにくく苦しいものを想像した友歌だったが、“流行っている”だけで、危険性は低いのかもしれない。不安がる心を押し止めながら、友歌は書庫の扉を潜った。


 少し埃っぽい空気を吸い込み、友歌はよしっと胸を張る。




「サーヤ、またちょっと本借りてくるから。」


「ここでお待ちしていますよ。」




 振り向けば、サーヤのにこりとした笑みが返ってきた。今日は舞姫の練習が午後からのため、午前中は書庫で調べものをすることにした友歌は、サーヤに頷き返す。


 慣れたように奥に進む友歌は、目当ての棚を探した。――舞姫の記録が置かれた棚を。




(…疫病のことは、私にはどうしようもないし。)




 現代生まれだろうが、友歌に医療の知識はない。せいぜい、手洗いうがいをすることや、発熱の際には暖かく寝る、栄養をよく摂るといった一般常識。


 誰でも行える当たり前のことしか知らない友歌にとって、出来ることと言えば舞姫として欠片の力を解放していくことである。しかも、その最たる手段である魔法が使えない友歌は、役目を全う出来ていないのだ。


 ――そう、魔法が使えれば、欠片の力が流れていく。舞姫の体という媒介《ばいかい》を通して、限りなく無害な量に抑えられた強力な“波”が伝わるはずで、それはきっと、その疫病にも効果があるはずだ。


 だからこそ友歌は、魔法が使えないことに関して調べに来たのである。すでに、精霊に関する本は粗方調べ尽くしたが、魔法を使えない召還主については書かれていなかったのだ。


 うろうろと探し回っていた友歌は、ふと、空を見つめる。




(…さっき、当たり前に手洗いうがいとか言ったけど…ここの人たち知っているんだろうか。)




 ――熱を出しても、そのまま働きに行ってしまいそうな気がする。一応、レイオスに進言することに決めた友歌は、再び本を探しに視線を戻した。


 けれど、次第に力をなくしていった瞳は、だんだん床に落ちていく。




『たった一月前に【朱月の顕現】があったのに、』




 よぎったのは、不安げな表情をしたレイオス。響いたのは、どうして、という疑問の滲んだ言葉。




(…………。)




 ――欠片の力を扱いきれていないから、疫病が出てきたのだろうか?友歌の脳に、そんな思いが浮かんできた。


 レイオスの口ぶりは、それが滅多にないことだと言外に伝えていた。精霊の加護が万全だとは友歌も思っていないが、舞姫が存在する冬月《とうげつ》にそれが流行りだしたのは何故か。




(…私が未熟だから?)




 ぎり、と友歌は唇を噛んだ。――魔法が使えないのは友歌のせいではない。


 魔法が発動する様子も見せないのは、これはもう友歌の素質以前の問題だとアリエラは言った。失敗するにしても、力が集まってくるのが感じられるはずだという。


 つまり、友歌の手の届かないところで、何かが原因で使えないということ。もちろん納得していない友歌は、何かの拍子で使えないかと日々試行錯誤している。


 けれど――もし、レティの欠片だけでなく、友歌の欠片も力を発揮出来ていたなら。もしそれで、疫病はそれと知られぬまま消えていったのだとしたら。




(…それは絶対、駄目だ。)




 ちくりと痛んだ胸の奥で、欠片が暖かく点滅する…まるで慰めるかのように。けれど、友歌の心は晴れなかった。


 友歌が欠片の魔法を使えないことは、城中の者が知っている。そして、すぐにでも疫病のことは知れ渡るだろう――果たして、それをイコールで繋げない者は何人いるのだろうか。




(…………、)




 サーヤやレイオスの視線に冷たい色が浮かんでいなかったことだけが、友歌を勇気付けていた。











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