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041. 王の血族

 





「ふむ…魔法が使えない、と。」


「なんか…引き出せるような気がするのに、あと一歩で押し止められちゃう、みたいな。」




 夜、舞姫のための練習を終えた友歌は、自室で項垂れていた。それを心配そうに見つめていたレイオスは、首を傾げる。




「…何か、原因があるのだろうな。

 こちらでも調べておく。」


「ありがとうございます…。」




 サーヤの淹れた温かい紅茶を飲みつつ、友歌はレイオスと目を合わせられないでいた。――“欠片”という膨大な力を抱えていながら、情けない。


 ただの一度も魔法の成らないことに、友歌は心を沈ませていた。





















 *****





















「だが…魔法の練習はまだ初日なのだろう?

 そこまで悲観することでは…、」


「それでも、…“舞姫”が手こずるだなんて。」




 召還された精霊とは違う、二大精霊が“選んだ”宿主。他の精霊使いよりも格段に易しい条件で、しかも最強の“精霊”でありながらも、友歌は力を引き出せないでいた。


 最初は前向きだった友歌も、丸一日遣っても駄目であったとなると、流石に気まずくなる。表には出していなかったが、アリエラも難しい顔をしていた。


 既に定位置となった窓際の椅子、友歌の前に座りながら、レイオスは顎に手をかける。




「…“精霊”だから、だろうか。」




 ぽつりと呟かれた言葉は、けれど友歌の心を確実に抉《えぐ》った。――精霊じゃ、ないんだよ…。


 視線を落とし、友歌は両手で握ったカップの底を見つめた。




 制約、とも考えられる。友歌が異物であるから、魔法を使わせるわけにはいかないと。


 ――けれど、ならば何故、舞姫になど選んだのか。憶測でしかないわけだが、“欠片”の力の解放も、舞姫の仕事なのに。


 ただ、友歌が、魔法とは関係のないところで生きていたからかもしれない。生まれながらにして感じる“精霊”のない世界だったからかもしれない。


 ――けれど、それでも強大な“欠片”なら、問題ないことではないのか。




(…素質の問題と言われた方が、まだ良かったかな。)




 それならば、まだ、友歌が頑張ることで結果は変わってくれるだろう。けれど――根本的なものが要るのであれば、どうしようもない。


 視線を下げ、沈黙した友歌を見つめると、レイオスは腕を上げた。




「気に病むことはない、モカ。」


「…レイ?」




 ぽん、と頭を撫でられた友歌は、呆然とレイオスを見る。にこりと笑ったレイオスは、暗い外に視線をやった。




「舞姫の仕事は、その名の通り“舞う”ことだ。

 それが最上で、それ以外は特に必要のないもの。


 本当に要ることなら、それ自体が“仕事”になっているはずだろう?」


「…………、」




 言い放ったレイオスに、友歌は口元が引きつる。――王子がそれを言っちゃっていいのか…!?


 そんな友歌の内心などお構いなしに、レイオスは外を見つめたまま、頭を撫で続ける。




「けれど、忘れないでくれ…モカは、舞姫である以前に、オレの精霊だ。」


「…レイ。」




 つい、と戻されたレイオスの視線に、友歌は息を呑む。強い、優しい眼差し――ずっとずっと、友歌に向かい続けている蒼色。


 微笑んだレイオスは、撫でていた手の平を頬に移した。




「…あまり、舞姫であることに固執しないでくれ…。」




 労るように目尻に触れた親指に、友歌は壊れたように頷くしかなかった。ほっと息を吐いたレイオスは、素直に手を引っ込める。


 熱の残る頬に手をやる友歌に笑いかけると、レイオスは立ち上がった。




「今度、母の庭を一緒に散歩しよう…【朱月の顕現】が終わったから、しばらくは自由なんだ。」


「ちゃんとお時間はとっておきます、レイオス王子。」


「ああ、よろしく頼む。」




(…………あ、)




 静かに、それこそ空気のように佇んでいたサーヤが言葉を返すと、レイオスは満足そうに頷き、部屋を出て行った。


 友歌はそれを見送りつつも、置いていかれた言葉に目を見開く。




『母の庭を――。』




 忘れていた。そう、あの庭は、クリス王妃のものではなかったのだ。


 ライアン王子は、クリス王妃の息子である。それは、【朱月の顕現】の日にサーヤと話していた会話からわかる。


 ――それならば。それならば、レイオスは…。




「それでは、精霊様…私も自室に戻らせて頂きますね。」


「っあ、…………。」




 思わず口を開きかけた友歌に、サーヤは首を傾げた。けれど、友歌は口を噤《つぐ》み視線を落とすと、静かに首を横に振った。


 何かしら気になることがあるのだろうとサーヤは当たりをつけたが、肝心の主がなんでもないというのだから、それに従う他ない。


 顔色は悪くないし、そう重要ではないのだろう。時期がくれば話してくれると自分を納得させたサーヤは、見えていないとわかりつつもにこりと笑った。




「何かありましたら、名前をお呼びください。

 いつものように、魔法をかけておきますから…。」


「…うん、おやすみ…サーヤ。」




 指先で空《くう》に円を描いたサーヤは、友歌がベッドに座るのを見届けると、頭を下げて部屋を出て行った。同時に明かりの消えたその場所で、友歌は後ろに倒れた。――聞けるわけ、ない。


 柔らかく友歌を包み込んだ白と青のベッドは、ただ静かに友歌を睡魔に誘う。それに抗いつつも、友歌はきゅ、と唇を噛んだ。




 ラディオール王国を統べるのは、ガウリル王である。その傍にいるのはクリス王妃のみで、他に妃はいなかったはずなのだ。


 しかし、どうやらおそらく――推測するに、レイオスはクリス王妃の子供ではない。そして、クリス王妃はそんなレイオスを疎《うと》んではいないようだ。


 仲の良い“両親”と、“兄妹”。けれど、友歌の脳裏に浮かぶのはセイラームの、初対面での態度だった。




『でも、なんたって“お兄様”に気に入られたんだものね…。』




 ――もしかしたら、セイラームのあれは、もっともっと深いところに理由があったのではないか。友歌は唇を噛み、体を横向きにした。


 王妃以外の女性など、きっと王族にはよくある事件なのだろう。うっすらと覚えている、学生時代に習った社会でだって、よく出てきた話ではある。


 友歌も、“王妃”の子供ではないからと言って偏見する気持ちは全くない。それは親の問題であって、子は親を選べないのだから。




 けれど――この世界では、レイオス自身には、そうではないかもしれない。




(…頭いたいなぁ。)




 レイオスに別の母親がいる。それなら、その女性《ひと》はどこにいるのだろう。


 庭に連れられた時に見たレイオスの微笑んだ顔は、心の底から優しく、母を慕っているように思えた。――しかし、その真意はいったいどこにあるのだろうか。


 レイオス自身も、クリス王妃を認めているように思えた。食事会でも、普通の、よき家族という雰囲気で、そんな確執も見て取れなかった。


 ――もしあれが演技だと言うのなら、友歌は、もう誰も信用できない。あんな綺麗な顔で笑い合いながら、実は腹の中は真っ黒で罵詈雑言どんとこいです、なんて明かされた日には、きっと卒倒するだろう。




(…いや、でももしかしたら、もっと簡単なのかも。)




 親がいないことが、簡単なことだなんて思いたくはないけれど。友歌はそう思い、浮かぶのは歌手である母親と、サラリーマンの父親だった。


 愛されている。もし、万が一、自分が本当の子供でないと言われても、些細なことだと笑い飛ばせる。憲法にだって、“親族”の定義は記されていても、“家族”の定義は書かれていないのだ。


 ――“園田家”は、心の底から家族であると思える。


 けれど、やはり、別世界で、尚かつ“王族”である彼らに、友歌の理論など通用しないだろう。血の繋がりは絶対で、尊いもので、失われてはいけないもの。


 だからこそ、父親は確実にガウリル王だと思われるのだが――あの、誠実そうな王様が、クリス王妃以外にふざけて手を出すなどとは、友歌には考えづらかった。




(…やっぱり、深刻なことだ。)




 わかるのは、友歌が興味本位で突っ込んではいけない事だということ。レイオスがレイオスであることに変わりはないし、レイオスの精霊である友歌には召還主の出自など関係ない。


 ――何より、帰る友歌には、知る必要のないものだ。


 いつものように完結させ、友歌は目を閉じた。――何故か痛む胸の奥底では、温かな蒼い光が、いつまでも灯っていた。











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