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040. 忌むべきは

 





 精霊魔法とは、紋様に宿る精霊から力を引き出すもの。額、鎖骨の真ん中、鳩尾、両肩、両手の甲の七つの箇所は、生命力がもっとも集まる場所だとも言われている。


 舞姫の場合は、それがない。ただ、内にある欠片から直に使うのだ。


 言うなれば、炎の中になんの準備もなく手を突っ込むようなもの。目印がない以上、感覚で引き出せなくてはならないのだ。


 ――けれど、やらなければならない。舞姫にとって、その感覚を掴むことは、自らの安全性を高める意味も含んでいるからである。




「じゃ、今日はマンツーマンでいきましょうか。」




 にこりと笑ったアリエラに、友歌とレティは頷いた。





















 *****





















「で、ペアは…私と精霊様、イルエナとレティちゃんよ。」


「…え、」


「…えーと、」




 レティが戸惑った声を上げる。友歌も、どう言うべきかと言葉を探した。


 この数日、暖色系の服に赤いリボンを好んで身に纏っているアリエラと、寒色系の服に青いリボンをよく身に纏っているイルエナ。


 それから推測すれば、アリエラがもと“春月の舞姫”で、イルエナが“冬月の舞姫”だと思われる。けれど、“マンツーマン”と言うならば、普通は同じ舞姫同士で。


 もしや、とレティと友歌が思い当たった瞬間、アリエラとイルエナは同時に頷いた。




「私、アリエラが前“冬月の舞姫”で、」


「…私、イルエナは前“春月の舞姫”でした。」




「ごめんなさい。」




 異口同音に謝った二人に、アリエラはケラケラと笑い、イルエナはため息を吐いた。




「ま、この格好と性格じゃあしょうがないと思うけどね!」


「色が好きなのは変えられないし、と言いますか春が明るくて冬が暗いって当てにはならないでしょう。」


「…誰もあんたが根暗だなんて言ってないわよ。」


「…私がいつ私自身を根暗だと言いましたか、姉さん。」


「……あれ、性格のことではなく?」


「……全体的なイメージを言ったつもりでしたが。」




 いやーんごめん、と手を合わせて謝るアリエラに、イルエナは再び、今度は特大なため息を吐いた。見慣れてきたテンポの良い会話に、レティと友歌は顔を見合わせる。


 ――やっぱり、反対の方が似合いそうなのに。けれど、そう言えば、友歌の前にはアリエラが、レティの前にはイルエナがいつも座っていた気がする。


 同じことを思っているとわかりつつも、言葉に出すのは憚《はばか》られた。レティ自身“春”が似合うとは思っていないし、友歌も青と白を着ているが“冬”と言われてもしっくりこない。


 けれど、自分達以上に目の前の先代達の方が、合わない気がした。




 赤を好むアリエラは、よく笑うしよく話す。イメージとしては、やはり“春”の方が合う気がした。


 青を好むイルエナは、静かな口調で冷静である。こちらも、やはり“冬”の方が頷けるのだ。


 ぽんぽんと軽口を言い合っている双子を見つめ、二人は考える。――欠片が、自分達の予想と違う人物を選んだのは、もっと、何か別の原因があるのかもしれない。




「と、とにかく、今から別々で練習だから!」


「…レティさん、こちらへ。」


「あっ、はい!」




 どうやら、打ち負かされたのはアリエラのようだった。演技であろうが、よろめいたアリエラは会話を切り上げる。


 それを冷めた目で見ていたイルエナは、レティを呼んで衣装室とは反対方向にある部屋に入っていった。




「あっちにも同じ大きさの部屋があるのよ。」




 それを見送った友歌は、目の前で腕を組むアリエラに頭を下げる。




「よろしくお願いします、先生。」


「…よろしくお願いされたわっ!」




 にこりと笑うアリエラは、楽しそうに目を細めた。




「ま、そんなこと言っても私がやることなんてないんだけどね~。」


「…ないんですか?」


「だって、感覚なんて人ぞれぞれよ?

 私の場合はググッて感じだったけど、イルエナはフウゥッて感じらしいし。」




(…いや、本当にわかりません先生…!)




 擬音語ではなく言葉でお願いします。思いつつも、偉大な先輩であり先生であるアリエラに言えるわけもなく、口元を引きつらせるだけで終わった。


 それを目敏く見つけたアリエラは、面白くなさそうに口を尖らせる。




「もう、我が儘ね。」


(そういう問題じゃありません!!)




 すとんと座り、友歌にも座るよう言ったアリエラは、小さく伸びをした。それを視界に入れつつ、友歌も座り込む。


 胡座《あぐら》をかいた状態は、どうやらお腹に力が入り、なおかつ楽だからだそうだ。王族の人だったら拒否しそうだと思いつつも、友歌はゆっくりと息を吐き、目を閉じる。




「最初はいつも通りに欠片を探って。」




 素直に心の奥深くに潜り込むようにしていけば、また瞼の裏で青がちらついた。――力強い、触れるだけで弾け飛ばされそうな密度、何もしなくても伝わってくる暖かさに、友歌はそっと感じ入る。


 これを使って、友歌は――舞姫は、精霊魔法を使わなければいけないのだ。


 自《おの》ずと体に力が入り、気付いたアリエラはぽん、と友歌の頭に手を置く。




「自然体でね、自然体。」


「…………はい。」


「そしたら、その状態で手の平に…そうね、炎を思い浮かべて。

 “欠片”なら、それだけで十分魔法になるから。」




 頷き、友歌はもう一度息を整え、また探りに入った。





















 *****





















「…大丈夫?」


「…………はい。」




 ぐったりとし始めた友歌に、アリエラは首を傾げる。




「なんでかしら…魔法が起きる前兆すらわからないなんて。」




 この練習を始めてから、すでに数十分が経っていた。アリエラ曰く、こんなに時間がかかるはずがないと言う。


 “欠片”は、言うなれば生身の状態。紋様に宿る精霊よりも、力は引き出せるはずなのだ。


 けれど――友歌の内にある欠片は、動きを見せようとはしない。やり方が失敗していたとしても、二大精霊の欠片ほどだったら、空気が熱せられたり、何かしらの反応があるはずだと言う。


 友歌はため息を吐いた。それを見たアリエラは天井を見上げ、うん、と頷いた。




「休憩しましょ、詰め込んでもしょうがないわ。」


「…すみません。」


「やっだ謝らないで!

 ま、精霊だから何か反発してるのかしら?」




(や、人間だからそれはない!

 …ない、けど…異分子だからかなぁ。)




 そうだったら。――それが理由だったら、友歌にはどうしようもない。


 とりあえずは一息、と同じ体勢ばかりで固まり気味だった足を体育座りに直す。背筋を伸ばせば、背中を中心に骨が鳴った。




「ふふ、派手に鳴るわね。」


「体中ぽきぽきです…。」




 首を回せば、同じように骨が鳴る。




「…先生は、舞姫はどうでしたか?」


「ん、私??」




 ふと、友歌は聞いてみたくなった。


 ――舞姫。二大精霊の、加護の体現。


 先代の双子は、どう感じていたのだろうか。友歌の唐突な疑問に、アリエナはただ首を傾げ、窓の外を見つめた。




「…そうね、大変だった。

 村中みんな総出でさぁ、祝ってくれたね。」


「村中…すごいですね。」




 友歌にとっては、ただ純粋な言葉だった。けれど――アリエラはうっすらと、口角を上げるだけの、あの不完全だと感じた笑みを浮かべる。




「ね。

 …“災いの双子”だなんて呼んでたくせに。」


「、え…。」




 絶句する友歌に、アリエラはへにゃりと笑った。ツインテールの髪が、それに合わせて揺れる。




「精霊様は、知らないかなぁ…。

 双子ってね、不吉の象徴なんだって。」




 友歌の脳裏には、昔の日本が浮かんでいた。白子《しらこ》…アルビノの子供や、双子などを忌み嫌っていた日本。


 ――この世界ではまだ、生きた文化だった。




「イルエナはさ、ああ見えて感情の起伏が激しいのよね。

 焼却炉、知ってる?

 見た目は静かなのに、お腹の中は真っ赤でどろどろなの。」


「…………、」


「抑えるのは私の役目…こう見えて、私の方が冷静なのよー?」




 くすくすと笑うアリエラは、いっそ不気味なほどに穏やかだった。




「十《とお》を過ぎた辺りから、マシになってきたけれど。

 ほら、この容姿でしょ?」


「…はい、アリエナさん達はお綺麗です。」


「うふふ、美貌は最強の消耗品だもの!」




 おどけたように言うアリエラには、なんの感情も感じられない。どうやらもう、アリエラにとっては過去として消化されているようだ。


 ――それでもきっと、傷跡は残っている。




「…人は独りで生まれるのが当たり前。

 だって、みんな独りで生まれてくるでしょう?

 二人なのは、精霊が怒って分けてしまったから…何か、怒らせるようなことを、しでかしたから。」




(違う。

 それはただの自然の現象で、まぐれで、偶然で、そんな大それた意味なんて…っ!)




 言ってしまいたい。けれど、ぽつりぽつりと零れる言葉は、今更応えなんて求めていなかった。


 ――そう、今更なのだ。だって、…だって。




「…舞姫に選ばれて、変わりましたか。」


「ふふ、…そうねぇ。

 『このために分かれて生まれてきたのか!』…だって、現金よねぇ。」




 このひとの、このひと達の中では、もう完結したことなのだ。解決、してしまったのだ。


 友歌は唇を噛み締めた。――今それを伝えても、この人は救われてくれるのだろうか?


 今まで散々苦しめられてきた原因が、『偶然です、』なんて…納得してくれるだろうか?


 “精霊様”である友歌の言葉なら、とりあえずは頷いてくれるだろう。けれど――それはただ、友歌の知識をひけらかしただけにすぎないだろうか。




「…………。」


「今はもう、気にしてないわよ?

 こんなに美人で、舞姫にまで選ばれて…今じゃもう、お釣りがきちゃうくらいだわ。」




 言うなら、レイオスにだ。きっとまだまだ、双子や三つ子、もっとたくさんの“分かれて生まれた”人たちは居る。


 友歌の知識は、常識は、ひけらかすものではない。けれど――今の、この状況は、改善しても良い、否、するべき箇所である。


 ――レイオスに頼り切りなことは自覚しているが、友歌の足場はレイオス無しでは成り立たない。自分だけでは何も出来ないことに拳を握りながらも、友歌はアリエラから目を離さなかった。




「…やだ、暗い話になっちゃったかしら?」


「……いいえ、大丈夫です。

 …ありがとうございました。」


「お礼言われるようなこと、言ったかしら~。」




 にこりと笑うアリエラに、友歌も小さく笑い返す。“精霊様”に、責めるようなことを何も言わない彼女達が、とても気丈で、美しく見えた。




「…舞姫、頑張ります。」


「応援するわよ、精霊様っ!」




 欠片が、ほんのりと熱を持つ。まるで喜ぶようなそれに、友歌の笑みは柔らかく変化した。


 ――いまだ欠片に想われているらしい彼女達が、何よりも輝いていて、友歌はほんのりと目を細めたのだった。











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