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039. 舞姫と魔法

 





「昨日はお騒がせしました!」




 練習部屋に入ってくるなり頭を下げた友歌に、アリエラにイルエナ、レティは顔を見合わせた。呆然としていたレティはハッと戻ってくると、友歌に駆け寄る。




「だ、大丈夫ですか?

 今日も体調が悪ければ休んでいただいても…、」


「もう平気だよ。」




 ぽん、と手でお腹を叩き、友歌は片目を瞑《つむ》った。それに安堵の息を吐くと、レティは友歌を奥へ誘う。


 今回は、サーヤはレイオスと共にやることがあるらしく側にいない。後ろが少し寒く感じ、友歌は思わず苦笑しつつ素直に中に入った。


 それを見ていたアリエラとイルエナは、それぞれ満面の笑み、口角を上げた笑みを見せ、腕を組んだ。





















 *****





















「顔色も悪くないわね…本当に一日で持ち直してくるとは。」




 友歌の頬を両手でがしりと掴み、アリエラはずいっと顔を近付けた。後ろに退こうにも動けない状況に冷や汗を垂らしつつも、友歌は大人しく力を抜く。


 満足そうに頷かれ頬を解放されると、友歌は手でさすった。未だに掴まれている感覚があり、労るように手の平で撫でる。




「えと、もう大丈夫ですので…。」


「…よほど貴女の根性が据わっているのか、周りが上手く力を抜いたのか。」




 ぽつりと呟いたイルエナの言葉に、友歌は曖昧に笑った。――根性は据わっているつもりだったけど、今回は完全にセイラームのお陰。




『あなた、わたくしの作った“和服”で舞いなさい!!』




 思い出し、友歌は笑った。上から目線なのに、瞳はキラキラと輝き口元は隠しきれない笑みが浮かぶ。


 本当に、服が大好きなのだ。自分の好きな事をするためなら王女としての責任すら放り出してしまうほど、そして周りにそれを認めさせてしまえる実力もちゃんと持って。


 ――きっとあれも、“プロ”としての一つの形。


 それならば、友歌も見習うべきだ。がむしゃらに、ひたすらに…けれど今は、歌ではなく舞いの時間。




「よろしくお願いします、先生。」




 返事は笑みで返された。




「さて…とりあえずは、語らいましょうか。」


「…………?」




 初日と同じように向かい合って座り、口を開いたアリエラはそう言った。わからないのはその内容で、友歌としてはまた欠片を探るか、もう舞いに入るのかと思っていたのである。


 疑問を感じ取ったのか、アリエラはにこりと笑った。




「欠片を一度でも感じられれば、もうコツは忘れないわ。」


「今日は、歌姫について。」




(…なるほど、自転車みたいなもんか。)




 確かに、感じようと思えば欠片の暖かさはすぐに広がる。胸の奥深くで、けれどずっと近くにあるのを感じるのだ。


 胸に手を当て、友歌は頷いた。その様子を満足そうに見つめ、アリエラは目を閉じる。




「まあ、舞姫についてなんて言っても、難しいことじゃないわ。」


「役割、欠片、【春冬の祈願】での動き…そんなところ。」


「歴代の舞姫から舞姫へ伝わる言葉。」


「あなた方も、思ったこと、感じたことを付け加えて伝えていって。」




 友歌とレティが頷いたのを見て、イルエナも目を伏せた。




「舞姫の役割は、もちろん精霊に舞いを捧げること。」


「けれど、別の意味も含まれている…と、言われている。」




 静かに話始めた双子に、友歌とレティも真剣に耳を傾ける。




「まずは、欠片の力の放出。」


「大地に、空に、花に草に…舞いという形にすることで力を行き渡らせる。」




 する、とアリエラとイルエナの腕が動く。アリエラの右腕とイルエナの左腕がそれぞれ互いの指先を捕まえ、握られた。


 それを見つめ、友歌は妙な圧迫感を感じる事に気付く。レティも同様のようで、戸惑ったように目を瞬かせていた。




「わかる?」


「これが、舞姫に残る力の残骸。」


「ざんがい…、」




 思わず呟いた友歌は、その手を見つめる。今まで何も感じられなかったのに、二人が手を合わせると、まるで待っていたとでも言うように空気が変わった。




「あと数年は消えないわ。」


「でも、どんどんそれも薄くなっていく。」


「二人揃ってでしか、強い効果は発揮しなくなるの。」


「…それでも、精霊魔法が使える。」




 イルエナの言葉に、レティが目を見開いた。




「精霊が宿っていないのに…!?」


「…それが欠片。

 二大精霊の力の片鱗、…舞姫への有限の贈り物。」




 ただ静かに話すイルエナに、レティは言葉が継げないようだった。友歌はじっと、イルエナの空色の瞳を見つめる。


 ――精霊魔法。貴族や王族にしか許されないはずのもの。友歌はそっと口を開いた。




「私にも…使えるって事ですか?」


「そりゃ、“宿って”いるもの…今は一人でも大丈夫よ。

 と言うか、二大精霊の“欠片”なわけだし、下手な精霊使いよりイケるわ。」




 アリエラが笑いながら、空いている手をひらひらと動かした。


 レティは今、二重に“宿して”いるため、少し複雑そうにそれを見つめている。やはり、もともと宿す精霊に愛着は持っているようだ…欠片の方が強力だと言われて、わかってはいるが微妙な気持ちらしい。


 友歌は視線を動かし、アリエラとイルエナの繋がれた手を見た。――またとない、機会である。


 貴族でも王族でもない友歌は、おそらく、もう精霊を宿すことはない。友歌自身、それは望まない。


 もちろん、帰るために邪魔になるからだ。けれど、興味がないと言えば嘘になるし、帰る前に自分で使ってみたいと思うのも本当である。




 けれど――友歌の脳裏にはレイオスが居た。もし、召還されたのが友歌でなければ、レイオスは今頃使えていたはずなのだ。


 レイオスは精霊魔法が使えない。レイオスは、友歌に魔法を使いたいと要請したことは一度もなかった。


 もちろん、友歌は人間なのだから、望まれても応えられない。


 しかし、もしかしたら、紋様に宿る精霊から力を引き出すこの世界の人々にとって、ヒトガタの友歌は、魔法を“引き出す”対象として見ないだけなのかもしれない。


 友歌にとっては、有り難いこと。けれど、レイオスはどうなのだろうか。




(…王子、なのに。)




 精霊魔法の使えない王子。それは、友歌が召還されたから。


 今や、エルヴァーナで一番有名で羨まれる王子。それは、友歌が召還されたから。


 魔法が使えないのは友歌のせいで、名が知れ渡ったのは友歌のおかげ。――ならば、




「言っておくけれど。」


「、…………。」




 思考に沈みかけた友歌を、アリエラが引き戻した。真剣な目で友歌を見つめるアリエラは、口元を上げて笑う。


 それは、イルエナに似た笑い方。けれど…皮肉を込めたような、不完全だと感じてしまう笑みだった。




「覚えてもらわないと困るわ。

 …あなた達は今、剣を持たされた子供なんだから。」




 必ず使い方を覚えろと言うアリエラ。宝の持ち腐れだからではなく、困るから覚えてほしい…そう言っているのだ。


 イルエナも同意見のようで、こくりと頷く。けれどこちらは、珍しく表情を崩し、目元を柔らかく細めていた。




「大丈夫…十年もしない内に、全部消えてなくなる。」




 そっと双子の手が離れた途端、空気がすっと元に戻る。いつものように、冬月の初めの、ほんのり乾燥し始めた空気に。


 レティはほうと息を吐いていたが、友歌はただ手が握られていた場所を見つめた。




「難しくなんてないわ、あなた達には二大精霊が宿っているのだから。」


「それでも、使いすぎは注意して。

 …人間の器に、二大精霊は負担が大きいから。」




 イルエナの言葉と同時に、双子の視線が一瞬、友歌を捉えた気がした。けれど、友歌は気付かないフリをするしかない。


 ――友歌は人間である。当然、友歌の身にも、きっと欠片は重い。




「ま、気楽にいきましょう!」


「大きな魔法は、使わないように。」




 素直に頷いた友歌とレティに、アリエラは満足そうに笑い、イルエナは口角を上げた。


 友歌はそっと左隣に座るレティを見やる。何やら決心しているようで、力強い目で双子を見つめていた。


 視線を外すと、友歌は両手の平をじっと見て、そっと握る。


 ――魔法が使えないのは友歌のせいで、名が知れ渡ったのは友歌のおかげ。――ならば、




 友歌が帰った後、それはどうなるのだろうか。




 また新たな精霊を喚べるのか、もうずっとそのままなのか。


 ぎゅっと強く目を瞑り、薄く開けば、チカチカする視界で拳が揺れる。――考えるのが、酷く怖かった。











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