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003. 精霊の理

 





 あの後、なんとか友歌は“オレの精霊”呼びを直してもらうことに成功した。もっとも、何故か“モカ”という愛称になってしまったが。


 けれど、この先延々と“オレの以下略”を呼ばれ続けるよりは友歌の許容範囲であった。




 呼び付けたサーヤが新しく淹れ直してくれた紅茶を口に含みつつ、友歌は向かいに座るレイオスをそれとなく見る。呼び方が決まると、その延長線でお茶会が開かれたのだ。


 ──ちなみに、全く手の付けられていない紅茶と菓子を見て、サーヤはほんの少し悲しそうな顔をし──それに友歌は少し居心地の悪い思いをした。


 得体の知れない場所で、しかも見ず知らずの人が用意したものを警戒するのは、平和な日本でも当たり前の行為ではある。


 けれど、レイオスと接し友歌は、ほんの少しだけ心に余裕が出来た。その表情を見て、サーヤが心から友歌をもてなし、心地の良い空間を過ごして貰おうとしていた事に気付けたのだ。


 だからこそ、今は何も気にすることなく紅茶を飲み焼き菓子を口に放る。控えるサーヤが嬉しそうに頬を緩め紅茶を注ぐ姿に、友歌も少しだけ笑みを浮かべた。




「我が国ラディオールは、今は父が治めている。

 次の王は、オレの兄…ライアン=ラディオールだ。」




 ぽつりぽつりと、レイオスは身の上を語っていく。聞いてはいないのだが、勝手に話してくれるのであれば会話を選別する必要もないし、詳しく知りたいときは質問すればいい。


 友歌はこれ幸いとばかりに、レイオスの話に聞き入った。




「二歳上の兄上は頭が良く切れ、政治手腕に優れている。

 だからだと思うが…兄上が降ろしたのは父と同じ、土の精霊だった。」




 ──友歌が本の前半部分から得た情報によれば、精霊には大きく…本当に大きく分けると、五つあるらしい。


 一つは、木の精霊。草木などの扱いに優れ、万物の成長を見守っている。


 一つは、火の精霊。火炎などの扱いに優れ、精神や心に強く作用する。


 一つは、土の精霊。土地などの扱いに優れ、知識や探求心などを好む。


 一つは、金の精霊。金属などの扱いに優れ、ものの耐久や強度、頑丈さなどと密接な関係にある。


 一つは、水の精霊。水氷などの扱いに優れ、治癒やものの安定を得意としている。




 友歌の脳裏に浮かんだのは、五行と呼ばれる中国発祥の考え方であった。説明の後半はわからないが、前半は明らかに──木に火、土と金、そして水──いわゆる、陰陽道などを題材にした話に出てくる五つの要素である。


 詳しいことはわからないが精霊同士にも得手不得手があるらしく、どうやらそれも同じのようであった。




 本によれば──これは絵に描くとわかりやすいらしいのだが、一筆で星を描き、その周りを円で囲む。上の星と円の接点を土、時計回りに火、木、水、金…その関係図が、五行をわかりやすく表している。


 ちなみに、円は左回りに読み。土は金を生み、金は水に成り、水は木を育て、木は火を発し、火は土に還る──終わりのない円は永遠を意味し、五行での自然界の在り方を示す。


 たいして星は、平たく言えば相性の事らしい。


 例として土から左下に向かっていくと、土は水を留《とど》め、水は火を弱め、火は金を溶かし、金は木を阻《はば》み、木は土を制する。互いに作用し合いながら、星《すべて》を形成していく。


 ──相生《そうしょう》、相剋《そうこく》という言葉をうっすらと覚えていた友歌は、その二つにこの言葉を当てはめた。この世界では正式な名はないらしいが、それが精霊の力の作用の優劣のようだ。




 けれど、何にでも“例外”はあるようで。


 この五つのどれにも属さず、けれど全ての力の源を担っていると言われているのが、二大精霊――春の精霊シュランと冬の精霊リュート。


 この世界では、最も暑い月──地球で言う夏は春に含まれ、草が枯れていく月──地球で言う秋は、冬に含まれているようだ。ちなみに、春の季節の事を春月《しゅんげつ》、冬の季節の事を冬月《とうげつ》と言うらしい。


 日にちのサイクル──つまり一週間の定義は五行の五つと、二大精霊に敬意を払い春の日と冬の日を加えた七日。一年は三十日×十二月、春月と冬月はそれぞれ六つに分かれている──地球と大して変わらない事に、友歌は少し感動を覚えた。




「オレは王座に興味がないし、やっていけるとも思えない。

 どうせなら、いろんな国を巡って旅をした方が楽しいだろう?」


「…まあ、向かない事をするよりは…良いんじゃないですか。」




 急に話を振られた友歌は、当たり障りのない返事をする。けれど、レイオスは気にした風もなく笑った。


 パッと見て──話していても、だが──ここまで純真な人間は、友歌の周りには居なかったタイプである。むしろ、日本中を探してもそうはいないのではないだろうか。


これでよく、国のトップという欲望渦巻く場所で生きてこられたと友歌は思った。




(…や、違うか。

 こんな率直だから、“王子”としてやってけてるのかも。)




 友歌の想像では、王位争いはドロドロの真っ黒で、昼ドラも逃げ出すというイメージが強い。歴史の本を読んでも、親類縁者──親兄弟をも蹴り落とし成り上がってきた王の存在がいくつもある。


 ここまで王位に感心がないレイオスだからこそ、周りは大人しい。もしかしたらただ仲の良い兄弟という可能性もあるが、ライアンという人物を知らない友歌は、ひとまずレイオスの純粋さが功を奏していると考える事にした。




「そうだ、オレもひとつ聞きたい。」


「…なんでしょう。(“も”って、私何も聞いてないんだけど…うん、まあいいや。)」




 素直に頷けば、レイオスは少し真剣な顔になった。友歌はつられ、背筋を正す。




「モカはなんの精霊なんだ?

 オレの体には契約の証に、独特の模様が出るはず…なのに、見当たらないんだ。判別が出来ない。」


「っだ、だから私は人間だと、何度も…!」




 思わず友歌は声を荒げた。それは、友歌が主張し続けている事である。“オレの精霊”呼びをやめてもらった時も言ったし、このお茶会の合間にも挟んでいる。


 けれど、伝わっていない様子のレイオスに、友歌は唇を引き結んだ。レイオスはその様子を見て──口の中で「やっぱりか、」と呟く。気付いたのは、友歌の後ろに控えるサーヤだけだった。




「…オレの召還で、モカが現れた。

 契約も確実に成功した…それはオレも感じられるし、王宮専属の精霊医師も認めている。

 ……それでも、人間だと?」


「人間です!」




 噛みつくように友歌は主張し、拗ねたように床を見つめる。それをしばし見つめ、レイオスは頷いた。




「やはり、モカは特別な精霊なんだな…人に見える精霊なんて、この世界に人間が生まれて初めての事だしな。

 証拠がこんなに揃っているのに、否定し続けるのは肯定してはならない事の裏返し。

 人界について無知と言っても良いほど知らないのは、他の精霊と交流をもっていなかったか、知る必要がなかったからか…。」


「ちっがーう!!!!」




 今度こそ友歌は叫んだが、レイオスはひらひらと手を振り、気にするなと笑う。オレ達はわかっているから、とそう続く言葉に友歌は倒れそうになった。




(話が通じないのがこれほどの苦痛だったなんて…!)




 友歌は普通の人間である。契約が何故成功してしまったのはわからないが──友歌は、召還された事を認めている。


 つまりは、契約とは召還されたものを繋ぎ止める術である、と友歌は考えていた。それなら、辻褄が合う。それが精霊にしか効かないと思い込んでいるのは、きっと精霊以外を召還したのが初めてだったからだ。


 友歌はそう主張しようとしたが、一足先にレイオスが立ち上がった。




「今日は部屋に戻る…もう遅い、モカも疲れただろ?

 この部屋は自由に使って良い。」


「え、」


「良い夢を、モカ。」


「お、おやすみなさい…?」




 思わず返事をした友歌は、サーヤを引き連れ出て行ったレイオスを見送ってしまった。そして数秒後、発言の機会を失ってしまった事に気付く。


 項垂れた友歌は、深く椅子に座り込んだ。




「…まだ夕方じゃないか。」




 ──友歌は、地球に帰る事を諦めていない。喚ぶ術があるなら、還す術があったって不思議じゃない。ないならば、作れば良い…たとえ、時間がかかっても。


 友歌は、諦めていない。自らが歌手になる夢を──…。




「…………くそぅ。」




 友歌は立ち上がり、見事なベッドに身を沈めた。少しでも早くあの部屋に帰る事を決意し、同時に不貞寝を決め込み目を閉じる。


 ──友歌の世界は、地球であった。一時的であろうとはいえ、別世界で過ごすということに不安はある。けれど、人間の精神は意外に図太く生理現象に抗う術もまた、持たない。


 あっという間に眠りに引き込まれた友歌は、その日、久々に祖母の夢を見るのであった。











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