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038. 欠片の光

 





 舞姫は、二大精霊に選ばれし神聖なもの。その、片鱗でありながらも膨大な力を持つ欠片は、舞姫たる資格である。


 いまだ、自分が舞姫であることに疑問を持つ友歌は、けれど数日前より心が軽くなっていることに気付いていた。




『あなたは精々舞いを一所懸命に踊ればよろしいの!』




 “一所懸命に”――。


 それは当たり前のことで、友歌が掲《かか》げるべき言葉である。胸の内に重く暗い気持ちを抱え、それに押しつぶされる前に、やるべき事は目の前にちゃんと用意されている。


 ――セイラームの言葉は、自己嫌悪に陥《おちい》っていた友歌を引きずり出した。





















 *****





















 セイラームと話した日、自室に戻ってきた友歌を見て、サーヤは安堵の笑顔を見せた。


 昨日から、どこかおかしかった友歌。欠片を探る時はなんともなかったはずなのに、自室に戻ってきてから涙を溢れさせていた。


 舞姫は、その役割の重圧にか、情緒不安定になる事があると言う。けれど、事前に知らされていても、嗚咽さえ漏らさないあの泣き方は、非常に痛々しくて見ていられなかった。


 翌日、泣きはしなかったものの沈んだ様子の友歌に、サーヤは出来る限りの気分転換を勧めた。食事も細く、いつもの半分しか胃に入れなかった友歌。


 かろうじて庭への散歩は頷いたものの、ついてこないで、と友歌は一人出て行ってしまった。心配していたサーヤだったが、帰ってきた友歌は、付き物が落ちたような顔をして晴れ晴れとしていた。


 もしものために、気付かれないようかけておいた精霊魔法は作動せずにそのまま。知っていたはずの友歌に何も言われず、サーヤは“いつもの”友歌に戻った事を知った。


 どこまでも優しくて、悪い言い方をすれば甘い精霊様は、頭を下げ――サーヤはぎょっと目を見開く。




「せせせせ精霊様っ!?」


「心配かけました。」


「そんなこと気にせずに、じゃなくて頭上げてくださいお願いですから!!」




 慌てるサーヤに思わず笑った友歌は素直にそれをやめると、背伸びをしながら部屋に入った。サーヤはほっと息を吐きつつ、いつも通りに自分のペースな友歌に微笑んだ。




「大丈夫ですか?」


「うん?

 …ああ、うん…もう大丈夫、かな。」




 視線も合わせずに言った友歌に、サーヤは笑みを深めた。他人事のように言うそれは、明らかに照れている仕草である。


 いつものテーブルに用意していた菓子を勧め、サーヤは紅茶を淹れた。




「セイラームに会ったよ。」


「…セイラーム様にですか?」




 サーヤがぴくりと反応し、ほんの少し紅茶が勢いよくカップに注がれた。慌ててポットを上げたサーヤに、友歌は頬杖をついて笑う。


 それを複雑そうに見つめながら、サーヤはポットを横に置いた。――セイラームに、サーヤはあまり良い感情を抱いていなかった。


 良く言えば子供っぽい、悪く言えば自分が全ての中心であるかのような振る舞いは、王族と言えどももう少し抑えるべきだとサーヤは思っている。


 そこまで酷いわけではないし、おそらく本人も無意識だ。城で一番多く女中を側付きにしているセイラームだが、その女中達への教育もちゃんと行き届いているのだから。




 ――立場が上の者を判断するなら、下の者をよく見ればわかるのは何処でも一緒である。セイラームが抱える女中は、完璧な振る舞いを身につけていたし、王女の世話係だと鼻にかけることもない。


 だからこそ、セイラームは“勿体ない”のである。もう少し性格を矯正すれば、王女という身分も重なり、誰もが頭を下げる者になれるというのに。


 そこは、王女付きではないが仲の良い女中頭のマリーヌの腕の見せ所だろう。背筋の伸びた後ろ姿を思い出し、サーヤは一人頷いた。




「わたくしの作った着物で舞いなさい、…だって。」


「…では、精霊様はそれで【春冬の祈願】を?」


「折角だもん、良い物着たい。」




 さらりと本音を言った友歌に、サーヤは唖然とした顔をしながらも苦笑する。それに、友歌はにっと笑った。


 王族の者が着る衣装をも手掛ける腕のセイラームなら、下手に針子を呼ぶより“良い物”なのは間違いない。




「動きやすくしてくれるって言うし…どんな風になるかな?」


「さぁ…そこはセイラーム様の感覚しだいですね。」




 機嫌良く笑う友歌に、サーヤも顔を綻ばせた。




(…友歌の沈んでいた表情を払拭したのは、セイラーム様、ですか。)




 どんな方法を使ったかは知らないが、笑顔が戻ったのはあの王女様のおかげらしい。得意そうに笑っているセイラームを脳裏に描き、サーヤは内心地団駄を踏む。


 想像だとわかっているが、誇張ももちろんしているのだろうが、それでも友歌を自分の手で笑顔にしたかったサーヤである。


 口元がひくりと動くサーヤを見つめ、友歌は紅茶を口に含んだ。――心配をかけたけど、気にしていないみたい。


 ほっとしつつも、友歌はこの場にいないレイオスの方が気がかりだった。




(…無様に泣いちゃったしなぁ。)




 昨日、目の前でいきなり涙を流した友歌に、レイオスは何も言わなかった。ただ、涙を拭うように、気にしていないと伝えるかのように頬を撫でる。


 少しして席を立ったレイオスは、明日――つまり今日の練習を休むよう友歌に言った。気を遣わせてしまった、と友歌は思っているのである。


 実際は、感情が揺れやすくなる舞姫への配慮である。無茶をさせれば欠片が変に作用してしまう可能性まであるため、どこかおかしいと思えば強制的に休みをとらされるのだ。


 そのための、六ヶ月という長い時間。その事を二大精霊が考えたのかは別にして、ゆっくりと進めても問題のないように定められているのだ。


 けれど、その事を知らない友歌は、先代の舞姫達やレティに申し訳なく、休みをとらされるほど泣いていたのかと思うと情けなかった。




『何事も一所懸命にね、友歌。』




 ――セイラームの一言で思い出した祖母の言葉さえ、友歌を責めているように感じてしまう。




(…でも、確かに、気にしててもしょうがないもんね。)




 舞姫に選ばれたのは友歌で、選んだのは間違いなく二大精霊。そこに他者は介入せず、舞姫であることを受け入れたのも友歌だ。


 自分で手を伸ばしたのだから、責任は持つべきである。――“冬月の舞姫”たる己の責任は、対《つい》である“春月の舞姫”のレティと共に、【春冬の祈願】で舞うことだ。


 精霊の名を騙《かた》る友歌が何故、舞姫に選ばれたか。疑問は残るし、聞く術がない以上答えも出ない。


 けれど確かに欠片は友歌の内にあり、それが友歌を害することはない。ただ“わかる”それにも、まるで友歌は、精霊に許されているような錯覚に陥《おちい》る。


 友歌が生きるためだと、許されているような錯覚に。




(…………、)




 考えまで染まってしまいそうだと、友歌は思う。


 精霊が傍に在るという感覚。それどころか、今は友歌の内側に、召還主が“宿している”時と同じ状況であると言っても良い環境に居る。


 ほんの少し目を閉じれば、先代の舞姫達に練習させられた時よりずっと間近に、欠片を感じることが出来た。


 温かくて、柔らかな青い光。静かなそれは、気を抜けば友歌の全身にそれを伸ばす。


 ――精霊に“愛されている”と思ってしまいそうなくらい、泣きそうなほどに幸せな光。うっすらと瞳を開けて、友歌は紅茶の入ったカップを見つめる。




 だから、この世界の人々は精霊から離れられない。召還された当初、友歌はそれに寒気が走っていたのを覚えている。


 まるで洗脳のような。行きすぎた宗教のような。――地球では、受け入れてはいけない類《たぐい》のもの。


 けれど、この世界ではそれが“普通”なのだ。少し違うが、“宿して”みてわかる。




 ――神様より、どの超越した存在より、精霊はずっとずっと身近なものだった。




(…ごめんなさい。)




 友歌はそっと謝る。異分子である自分が舞姫であることに。精霊の名を騙《かた》ることに。――それを、訂正しないことに。


 それに、欠片が温かく、良いよとでも言うように瞬くのを感じて、友歌はまた瞳に涙の膜を張った。目敏く見つけたサーヤが慌て、友歌はそのまま笑った。


 胸に蟠《わだかま》りを抱えたままでいた頃より、精霊を騙りますと認めた今の方が、友歌はすっきりとしていた。


 たとえ、欠片の反応が気のせいであっても、友歌は何度でも、言葉を濁すたびに心の中で謝罪することにした。――それが少しでも、精霊達に届くように。


 心配そうに覗き込んでくるサーヤに、友歌は満面の笑みを浮かべた。











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