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037. 愛のセイラーム

 





 セイラームは廊下を歩いていた。誰もがセイラームに礼をとり、静かに通り過ぎるのを待ち――また、噂話に戻っていく。


 それにため息を吐きながら、セイラームは足を進める。これはもう、どうしようもない現象である…特別な行事があるなら。


 わかりつつも、セイラームにとっては喜ばしくないことであった。皆が仕事の合間に呟くため煩くなるし、何より効率も悪い。


 ――城では、“春冬の舞姫”の話で持ちきりである。





















 *****





















 セイラームにとって、舞姫は憧れではあるが羨望を抱くほどではなかった。選ばれるときには選ばれるだろうし、縁がないなら選ばれないもの。


 年頃の娘なら誰もが夢見るのだろうが、セイラームにはすでに“王女”という役割があった。それは舞姫と同じく、年頃の娘から憧れを抱かせる立場。


 舞姫は確かに魅力的ではあるが、すでに“そういうもの”が手に入っているとわかっているセイラームにとっては、“選ばれればラッキー”くらいの意識しかないのであった。


 ――けれど、こう噂の対象にされてはその気分すら萎《しぼ》んでいくと、セイラームは思う。




(まったく、休憩時間におやりなさい…!)




 将来、セイラームの役割は他国に嫁ぎ、国同士の繋がりを強めることだ。そのための教育は、物心つく前から学んでいる。


 そんなセイラームにとって、この光景は払拭すべき怠慢であった。――それがたとえ、“精霊”のことであっても。




「あ、セイラーム様!」


「…なんですの?」




 廊下の向こう側から歩いてきた女中が、セイラームに寄ってきた。その様に首を傾げつつ、セイラームは立ち止まる。


 腕に本をいくつか抱えた女中は、慣れた仕草で礼をとった。




「すみません、ライアン様を見かけませんでしたでしょうか?」


「…お兄様なら、お父様の部屋にいるようですわ。」




 セイラームの情報網は、城一である。と言っても、単にセイラーム付きの女中が多く、図らずとも蜘蛛の糸のように集まってくるだけなのだが。


 噂話に良い考えを持たないセイラームだが、それは仕事を疎《おろそ》かにしているからなので、決して嫌いなわけではない。


 “捜し回るより姫様に聞け”は、城の者なら誰でも知っていることであった。




「ありがとうございます!

 そうです、精霊様が庭に出られたようですよ。」


「…わかりましたわ。」




 では、と礼をとって擦れ違った女中は、あっという間に見えなくなる。――そして、情報を貰ったならその分を返す、というのもいつの間にか出来ていた“報酬”であった。


 体《てい》の良い情報源として扱われている感があるが、損はしていないので放置しているセイラームである。


 セイラームはその背を見送り、また歩き出した。そして、本来曲がるはすだった角で足を止める。


 一瞬の戸惑いの後、セイラームは真っ直ぐ進んでいった。





















 *****





















 セイラームにとって、レイオスは兄であり、また他人であった。ライアンよりも遠く、また関わりも少なかった兄。


 嫌いなわけではないが、どこか一線を引いてでしかお互いを認識出来なかった。レイオスの方も、好んでセイラームには話しかけようとしない。


 必要なら関わって、そうでなければ出来る限り避け合う、そんな対象であった。ライアンは、そんな二人の緩和剤だと言ってもいい。


 ――そして、そんな“緩和剤”も、最近はもう一人、増えた。




「…随分と覇気のない顔、してますのね。」


「…………セイラーム姫。」




 レイオスの母の庭、その場所に人影が座って空を見ている。白と青の衣装…友歌だった。


 サーヤがいないことに首を傾げつつも、セイラームは近付いていく。弛緩したままベンチに座り込む友歌は、調子が悪いようだった。




「まあ、とりあえずは。

 …舞姫の選出、おめでとうございます。」




 完璧な仕草で、セイラームはお辞儀をした。視線を上げれば、きょとんとした友歌が見ていたが、にこりと笑う。


 ――貼り付けたような笑み。けれど瞳は本当に嬉しそうで、セイラームは緩みそうになる口元を気力で引き締めながら、つんっと顔を背けた。


 セイラームは、友歌にあまり良い対応をしたことがない。どちらかと言えば、眉を寄せられてしまうような言動しかしていないだろう。


 だというのに、友歌は懲《こ》りもせず根気よく話した。目はしっかりとセイラームを捉え、敬語は使うが対等に接する。


 仲良くなろうとは思わないが、たまになら話して良いと思える人物だった。




「…ありがとう、セイラーム姫。」




 固い笑みだったが、セイラームにはどうでも良かった。目はちゃんと喜んでくれているし、その表情は似つかわしくないが疲れているのだろう。


 そう結論付け、セイラームは隣に座った。――拒絶も肯定もしない友歌は、ただ黙ってそれを見る。




「もう一人は女中と聞きましたわ。

 どちらも城に居た分、早く行動に移せましたわね。」




 詳しくは知らないが、早めにやっておかなければいけない練習があるらしい。――おそらく、そのせいでこんなに疲弊しているのだ。


 友歌は薄く笑うだけだったが、変化は見当たらない。どうやら舞姫同士の確執はないようで、セイラームは視線を目の前の噴水に向けた。


 どちらも何も言わず、ただ目の前の水の流れを見つめる。居心地は悪くないが、良いとも言えなかった。




 ピピピ…、




 ふと、小鳥の鳴き声が響く。セイラームが顔を上げると、灰色の小鳥が低空飛行をしていた。


 ぎょっと目を見開いたが、小鳥はそんなセイラームを気にも留めず――友歌の肩に止まる。友歌はその様子をじっと見て、指先で頭をぐりぐりと撫でた。


 小鳥が気持ちよさそうに目を細めるのを見て、セイラームは固まる。あまりに人に慣れた姿は、警戒心の強い野鳥ではあり得なかった。




「…飼っていますの?」


「一応ね。」




 放し飼いだけど、と友歌は呟く。指先に場所を変えた小鳥は、首を出したり引っ込めたりしていた。




「名前はなんです?

 飼い主なら、あるのでしょう。」


「…あー、」




 目線を上にあげ、友歌は唸る。それに嫌な予感がしながらも、セイラームは恐る恐る口を開いた。




「…まさか、考えていない…とか。」


「いや、あるにはあるんだけどなぁ。」




 ね、と小鳥に同意を求める友歌は、やはり疲れているのだろうか。友歌の世話係を思い浮かべ、休息を多く取らせるよう言いつけようとセイラームは決心した。


 ひとまず小鳥のことは置いておいて、セイラームは戯《たわむ》れる友歌を見つめた。ただ、小鳥の鳴き声が響く。




「…セイラーム姫はさぁ、」


「はい!?」




 急に話しかけられ、無心の世界から帰ってきたセイラームの声は裏返った。それにくすりと笑いながら、友歌は指先を振る。


 慌てた小鳥は飛び上がり、肩に止まると、抗議するように鳴いた。




「私のこと、どう思う?」


「…どう、ですか。」




 ――真っ先に思い浮かべるのは、“レイオス王子の精霊”。けれど、おそらくそんな一般論を述べろと言われているのではないのだろう。


 セイラームは首を傾げ、友歌を上から下まで眺めた。




「…変わっていますわよね。」


「か、変わってる?」




 流石に予想不可能だったのか、今度は友歌の声が裏返った。けれど、セイラームは己の結論に満足げに頷く。――そう、一言で言うならそれしかない。




「その存在も変わっていますわよね、なんですヒトガタの精霊って。

 普通に降りてくればよろしいのにわざわざ形なんて持ってきてしまって…。

 いえ、不可抗力なのだと言う可能性もありますが…、まず人界で過ごすには不便すぎますわよ、目立ちますし何より珍しすぎますわ。」


「…いや、まあ、そうだね。」


「あとはその人格でしょうか、わたくしの周りには居なかったタイプですわね。

 人の関係を保とうとしたり、何を考えているのかわかりませんが料理を改良したり。

 美味しい食は助かっているのは事実ですが、食べたかったのかもしれませんが、他にやりたいことありませんの?」


「えっと…とりあえず美味しいもの食べたかった、し。」


「それとなんです、文化でしたか…まあとりあえず、と、り、あ、え、ず、服のことにしましょう。

 教えてくださるのはとても嬉しいですが、もうちょっとどうにかなりませんこと?

 憶測ばかりですぐには形にならないし布も必要になりますの、特にあのように重ねるものは。


 けれど、確かにあのフォルムは素晴らしい…裾の長さといい一枚から着れるものになる工夫といい、職人の業《わざ》ですわ。」


「…うん、そうだね。」


「帯はかたいもので、あと薄いものは浴衣と言いましたか。

 時に応じて着分けるだけではなく名称も変わるなんて、まあなんと素晴らしいこと。

 男性も似たものを着るとか…わたくし達はまったく形も違いますから、なんでしたか、ペアルック?是非にしてみたいものですわ!」




 段々と熱の入ってきたセイラームは恍惚とした吐息を漏らした。衣装の事となると、周りが見えなくなるセイラームである。


 その様子を多少引き気味に見ながらも、友歌は微笑んでいた。それは、先程までの力の入ったものではなく、自然と零れたものだった。




「…ああ、そうですわ!」


「?」


「あなた、わたくしの作った“着物”で舞いなさい!!」


「…え、ええ!?」




 唐突な提案に友歌は息を詰め、セイラームは立ち上がった。




「わたくしの腕で仕上がった精霊の衣装…ああ、なんて素晴らしい。」


「…………、」


「もちろん踊りやすいように形は変えますわよ、踊りは主役、服は脇役!

 心得ておりますとも…っ!!」




 裁縫については素晴らしい腕をもつセイラーム。けれど、舞姫の衣装を作ったことはないのであった。




「なんという夢のコラボ…!

 精霊界と人界が、混じり合って一つの作品となるのです!!」


「…ひとつ、の?」


「あら拒否はいただきませんわあなたは精々舞いを一所懸命に踊ればよろしいの!」


「一所懸命、に…。」




 呟く友歌の様子には気付かず、セイラームは天を見つめた。その瞳は言うならば恋する乙女、誰にも邪魔できる雰囲気ではなかった。


 馬に蹴られてなんとやら、と友歌は脳裏に浮かんだ言葉を必死で取り消す。光景はまさにそれなのに、内容が合わない。


 その姿を見上げつつ、友歌は微笑んだ。




「…うん、作って、私の着物。」


「渾身の力を込めますわ…!

 ああ、疼きますわ楽しみですわ心躍りますわー!!」




 ついには叫びだしてしまったセイラームに、友歌は今度こそ声を上げて笑う。


 二人と一羽しかいない庭には、ただ笑い声と興奮した叫びが響く。時折のんきに鳴く小鳥だけが、その様子を首を傾げて見ていた。











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