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036. 偽りの存在

 





 赤い光はシュランの欠片。春の恵みを詰め込んだ、温かな光。


 青い光はリュートの欠片。冬の安らぎを凝縮した、柔らかな光。


 別々のものながら、繋がりがあるという二大精霊。その強大な力は、季節が巡り移ろうための、たった二つで成り立たせている繋がり。




「二大精霊の力を思い知りました…。」


「…疲れているな、大丈夫か?」




 心配そうなレイオスの表情に、友歌はひらひらと手を振った。窓の外の春月の青々とした緑は、冬月に追いやられようとしている。


 すでに夜に近付き、闇が覆い始めているその様を見つめながら、友歌はそっとため息を吐いた。




「“欠片”なのに…すごいなぁ。」




 呟かれた言葉に、眉を下げていたレイオスは笑った。





















 *****





















 先代の歌姫達に教わり、友歌が実感したのは、身の内に確かに存在する“欠片”であった。赤と青の光――二大精霊の使いとされ、その力の片鱗と呼ばれるもの。


 この欠片自身に意思があるのか、どこからか光を操っているのかは定かではないが、それでも尊いものには変わりない。


 邪魔にならないよう奥底に在るというそれは、柔らかなものだった。




『あなた方に危害は加えません、苦しいこともありません。』


『ただ認めてあげるといいわ。』


『舞姫であると誇りを持って。』


『欠片は絶対に裏切らないから。』




 けれど、瞑想する事に慣れれば慣れるほど――鮮明になればなるほど、その“欠片”がどれほど人間の身には過ぎたものかを実感しなければならなかった。




(こんなものを、知らずに過ごしていたなんて…!)




 友歌が思ってしまうのも無理はなかった。それはただ内側にあって、何をするでもなく存在して――それでも、重さと感じずにはいられない。


 レティと二人で真っ青になった二人に、先代の舞姫達は笑った。アリエラは声をあげて、イルエナは口角を上げて。




『あと数日もすれば、体に欠片が馴染んでくるわ。』


『今ほど脅威は感じなくなる…麻痺する、とも言う。』


『でも、なくなったわけじゃないからね?』


『喜怒哀楽をなくすまではしなくていい…平常は心がけて。』




 脅しのような忠告を与えられ、友歌とレティはただ首を縦に振った。それがどんなに大事か、今ならばよくわかる――爆弾を抱えてしまったような気分である。


 その次にやったのは、それぞれの欠片を感じることだった。友歌はレティの中にある春の精霊シュランの欠片を、レティは友歌の中にある冬の精霊リュートの欠片を。


 これは、自らの中に在る欠片を探る以上に大変だった。友歌とレティはどう足掻いても“個”であり、欠片の繋がりだけを感じなければいけない。


 けれど、今やれなければ二度と感じられないという。




『日にちも経ってない今が、欠片を一番感じられるのよ!』


『今日を逃したら、この先ずっと無理。』




 にっこり、じとりという対照的な、けれど“さっさとやれ”という意図だけは同じく含ませた表情に、友歌とレティは必死で探った。


 時間はかかったが無事に終わり、友歌達は解放された。座っていたはずの二人は、心身ともに疲労している。


 やはり、“欠片”を長時間感じているのはあまり良くないと言う。けれど、定期的にやっておかないと後々大変だと言うので、週に一度、それぞれ春の日と冬の日に行う事となった。


 どう“大変”なのかはわからなかったが、先代の経験は確かである。頷き、今日の練習は終了となった。




 気が抜けたように友歌は自室に戻り、茶菓子と小鳥で癒されている。様子を見に来たレイオスは、思いの外ぐったりしている友歌に驚いていた。


 眠いわけではないが、体力を根こそぎ持っていかれたような感覚に、友歌は首を回す。こきりと鳴った骨に、友歌よりもレイオスの方が痛ましそうな顔をした。




「欠片を感じるのは疲れると聞いたが…、」


「んー…大丈夫、多分慣れればそうでもないと思う。」




 確証はないが、加減がわかれば今ほど酷くはないはず。素直にそう言うが、レイオスは視線を落とした。




「何故、リュートは友歌を選んだのであろうか…。

 もしかしたら、人間が選ばれるよりも負担が掛かっているかも知れないというのに。」




 本気でそう思っているらしいレイオスに、友歌は困ったように笑うしかなかった。実際、友歌は“普通の人間”で、精霊ではない。


 それでも――友歌がそれを強く言う事は出来なくなっていた。今までのように、“無知なのは隔離された環境にいた特別な精霊だからで、肯定できないのは理由がある”と相殺してくれれば問題ない。


 けれど、そこに…そう、“精霊は嘘を吐かない”という解釈が当てはめられてしまうと、友歌の立場は一気に瓦解《がかい》し――今度は、“史上初の召還された人間”として扱われる。


 その差は、考える間でもなかった。


 友歌が人間であることは譲れない。だが、それを肯定されてしまうと、今の状況――書庫という、おそらく最大級の情報を誇る場所には行けなくなるだろう。


 朱月を見て、青い光に触れ、二大精霊の力の片鱗を感じた今、精霊である事を否定するのも、人間であると発言するのも心苦しくなっていた。それは、人間であるという主張のみではない――“恐れ多い”という感情を、友歌は抱く事となったのである。




(…前までは遠慮なかったんだけどな。)




 この世界では、“神”に等しい精霊。召還の術を、あろう事か地球に発現させ、友歌と引きずり込んだ存在。


 以前の友歌なら、精霊を気に掛ける事なく自由に振る舞っていた。異分子を許したのは精霊で、友歌は望んだわけではないのだから、と。


 けれど――“あれら”は、“対等”を求めていいものじゃないと、友歌は感じてしまったのだ。


 実際、友歌は利用してもしょうがないだろうと自分でも思っている。安全に生きるためであり、無事に帰るためであり、見知らぬ世界で生き残るための言動。




(…こういうの、二律背反って言うのかな。)




 科学文化で過ごしてきた友歌にとって、非常に生きにくい世界。精霊という立場でしか、完全な安全は保証されない――だから、否定したくない。


 精霊によって回される世界で、全ての頂点にいるのはその存在。友歌は人間であるし、精霊だと声高々に叫ぶには、畏怖を感じてまった――だから、肯定したくない。


 今までなら、それとなく使い分けていれば良かった。けれど、もう言葉を濁すしかない。


 否定もしない、肯定もしない。曖昧に笑って、決定的な発言は避けて――けれどそれでも、“精霊”である事を完全否定するには、友歌はこの世界で生きる術を知らなさすぎた。




 けれど、自分からではないが、“精霊”を騙《かた》る友歌のところに降りてきた光。友歌は、その真意がわからなかった。


 真実を好み、偽りを払い――綺麗なもののはずの精霊が、友歌を選んだ理由がわからなかった。


 この世界にとって異分子の友歌は、決して綺麗なものではないはずである。言うなら、不純なもの。生粋のものではない存在。


 嘘ではないが、真実も言っていない。己にこの“立場”が必要であると気付いてからは、思わずの一言以外はほとんど否定していない…周囲を騙しているには違いないだろう。


 それとも――やはりそれは、人間が作り出した幻想なのか。




(…あたまいたい、)




 いっそのこと、舞姫に選ばれていなければ。そうだったなら、今も難しいことは考えずに、精霊の名を借りながら言葉で否定していたに違いない。


 朱月はすごかったが、それだけの感想を持って。否定しすぎないように、肯定しすぎないように間合いを計りながら。


 それなのに――それだけの考えだったのに、今ではそれすら、痛い。“中”に在る欠片が――重い。




「…モカ、…?」




 レイオスが呟き、手を伸ばす。頬に触れたそれに、友歌は自分が涙を流している事に気が付いた。


 心底、心配しているというレイオスに、友歌は視線を落とすしかない。ゆっくりと頬を撫でる指先に、友歌は心臓が苦く痛むのを感じていた。




(…頭の中、ぐちゃぐちゃだ…。)




 異分子である自分が、欠片を受け入れる舞姫たる資格がない気がして、友歌は涙を流す。


 嘘を吐きたくないがために、言葉を濁すのがとても汚く思えて、友歌は涙を流す。


 ――今すぐ帰れたらこれ以上考えなくてすむのにと、悔しくて悲しくて、友歌は涙を流す。


 慌てているサーヤと、どうして良いかわからずにただ頬を撫で続けるレイオスに何も言えず、友歌は俯いていた。嗚咽《おえつ》を零すことが、さらにみっともなく思われそうで、ただ唇を噛む。


 のんきにピィとなく小鳥が、この時だけは憎たらしく思えた。











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