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035. 先代の舞姫

 





 友歌は息を整える。目の前には扉がそびえ立ち、今の友歌には大きな壁にしか見えなかった。


 先代の、双子の舞姫――友歌とレティが二人から舞いを教わるための部屋は、この扉の向こう側にある。レイオスとサーヤに人物像を描かされ、友歌は妙な緊張感を帯びていた。


 それに気付き、サーヤは苦笑する。――妙な先入観を植え付けてしまったが、決して悪い方達ではない。




「大丈夫ですよ、取って食われたりなどしませんから。」


「いや、さすがにそんな想像はしてないからね。」




 そっと手をかけ、友歌は開け放つ。その先に見えたものに、友歌は幾度か瞬きをした。





















 *****





















「…ねー、レティ。」


「…はい。」


「……すごい光景だねー。」


「……はい。」




 思わず呟いた先には、確かに二人の女性が居た。どちらも見事な金髪と空色の瞳をしており、動きやすそうなドレスを来ている。


 二人とも椅子に座っているが、一人は大きなテーブルにこれてもかと菓子を乗せ次々に口に放り込み、一人は別の机に本で要塞を築いている。


 話に聞いたとおりの様子に、友歌は口元を引きつらせた。




「お待たせいたしました、お二方。」




 サーヤが扉を閉め終わり、礼をする。舞いの練習中は、“先生”達の許可を取らなければ男性は見ることが出来ないらしく、レイオスは自分の仕事に戻っていった。


 本を読んでいる女性は目線を上げ、食べ続けている女性は口の中のものを飲み込む。そして同時に立ち上がったかと思うと、一糸乱れぬ動きで礼をした。




「アリエラにございます。」


「イルエナと申します。」


「このたび、先代の舞姫として参上いたしました。」


「六月の間、どうぞよろしく。」




 にこりと笑ったアリエラと、静かに目を伏せたままのイルエナは交互に言い終えた。その様に友歌は心の中で拍手し、キラキラと瞳を輝かせた。


 友歌は、双子を間近で見るのは初めてである。見た目では全く違いが見えてこないのに、表情で“個”だとわかる二人は、友歌の好奇心を非常に刺激した。


 双子には一卵性双生児と、二卵性双生児がある。一つの卵子から二つに分かれたのが一卵性、二つの卵子からそれぞれ生まれるのが二卵性。


 一卵性は全く同じ遺伝子が分かれるために同じ性別、そして好みや性格も似ることが多い。二卵性はもとから別のものとして存在しているため、違う性別も有る得るし、好みも性格もわかれやすい。


 先代の舞姫達は、容姿こそほぼ一緒だが、好みや性格は違うようである。一卵性で、それぞれ別に趣味を見つけたようだった。


 友歌は静かに礼を返し、口を開く。




「レイオス王子の精霊、友歌と申します。

 ご教授のほど、よろしくお願い致します。」


「し、城の女中、レティです。

 どうかよろしくお願いします!」




 レティも慌てて見習い、それが終わるのを待って顔を上げれば、友歌を見つめている二対の瞳とかち合った。




「あなたが精霊様!

 もう、朝から待ちきれなかったのよっ!!」




 両手を胸の辺りで握り、甲高い声を上げるのはアリエラである。背の半ばまでの金色の髪を二つ括りにし、腰の赤い大きなリボンが印象的だった。




「精霊が精霊を宿す…興味はありますが、解明は出来そうにありませんね。

 ああ、あちらの部屋で動きやすいものにお着替えくださいまし。」




 首を傾げ、頬に手を当て呟くのはイルエナ。左右の一房ずつを三つ編みにし、冠のように後ろで留めており、同じく腰の青い大きなリボンが結んである。


 先代の舞姫達の視線に、友歌は笑いながら前に進んだ。イルエナが手で示した扉に向かい、レティと共に中に入る。


 衣装室のようで、近くには籠が置いてあった。




「…個性的か、よくわかったね。」


「き、緊張致しました…。」




 二人で顔を見合わせ、そしてぐるりと部屋を見渡した。半年という長い期間だからか、いろいろな衣装が数十着ずつほど並べてある。


 そのどれもが動きやすそうなもので、おそらく似たようなもので当日も踊るのだろう。その一着を手に取りながら、友歌は今着ているものとの違いを見比べていった。


 レティも気付いたのか、目を輝かせて色々なものを見ていく。“踊り子”よりも派手さはないが、やはりこういう衣装は今まで着たことが無かったらしい。




「精霊様、可愛いですね!」


「本番はもっとキラキラしたもの着るんだろうな…。」




 声を弾ませるレティと、今手にしている以上の布たっぷり装飾たっぷりな服を想像し、げんなりする友歌。対照的ながらも、二人はサイズが合いそうなものを探していく。


 ふと、無意識に白と青で染色されている服を選んでいる事に気付き、友歌は思わず天井を見上げた。レイオスの精霊である友歌は、確かにその色を選んだ方が良い。


 けれど、何も考えずともそれらを当たり前のように探している自分に、感化されていっている事実に気付き、衝撃を受けた。




(…やばい、もう少し気を引き締めないと。

 このままだと、ちょっと困った事になりそう…。)




 ――帰るのだから。


 友歌は、音符でも見えそうなレティの後ろ姿を見つめ、気付かれないようにため息を吐く。――診断の時、思わずサーヤとレティに抱きついてしまった。


 二大精霊のせいで、レティに早々に初対面以上の感情を抱いている事を抜きにしても、やりすぎである。少なくとも、少し前の友歌ならやらなかったであろう行動。


 自ら馴染んでいくような行動をしでかした事に唇を噛みながら、友歌は手の中の衣装を見つめた。――それを自覚するたび決意するのに、何故こうも簡単に飛び越えてしまうのか。


 軽く皺になるくらい握りしめて、肩を叩かれた衝撃で現実に戻った。




「大丈夫ですか?」


「…う、うん。

 着替えよっか、先生も待ってるし。」




 気に入ったものがあったのか、緑色の服を持って立つレティが、心配そうに友歌を見ていた。握った衣装を持ち直しつつ、友歌は笑う。


 なんてことないように扉の所に向かいつつ、友歌は伸びをした。その様子を見つめつつも、レティは素直に背中を追う。




(…胸がざわついたのですが…気のせいでしょうか?)




 内心首を傾げながらも、レティは空いている籠に衣装を置いた。選ばれたばかりの舞姫は、ほんの少しだが感情も伝わるらしい。


 それも時間がたてば収まるらしいが、レティは今の感覚が友歌と無関係だとは思えなかった。けれど、本人が否定するなら追求も出来ない。――“精霊”は、嘘を吐かないのだから。


 納得させたレティは、着ていたものを脱いでいった。ふを視線を感じ顔を上げれば、隣ですでに着替え終わった友歌は凝視している。――主に、胸のあたりを。




「…………!?」


「レティって着痩せする…?

 すごいプロポーション、胴長短足の日本人にはあり得ない。」


「み、見ないでくださいー!」




 “ニホンジン”が何かわからないが、精霊様に見られている事に羞恥を感じたレティは背を向けて急いで衣装を着ていく。


 それを見て友歌が視線を外落とし、安堵の息を吐いていた事に、レティは気付かなかった。





















 *****





















「舞を覚える前に、まず気持ちを整えてください。」




 静かに話始めたイルエナに、友歌とレティは頷いた。サーヤは入り口の近くの壁に立ち、その姿を見守る。


 座り込んだ四人は、向き合うようにして目を閉じた。




「あなた達の中には、二大精霊の欠片が入っているわ。」


「深い場所で、あなた方の邪魔にならないように静かに在るの。」


「それを探って、感じ取って。」


「選ばれてすぐの状態が、一番わかりやすいから。」




 交互に耳に入る言葉に、友歌はゆっくりと深呼吸をした。体中の全てを、心臓の辺りに持ってくるように意識する。


 短いような、長いような沈黙が過ぎ――友歌は瞼の裏に、青色が一瞬だけ動いたのを感じた。




「…精霊、」




 同時に呟かれた言葉に、友歌は目を開けた。隣を見れば、レティも同じように友歌を見ている。


 前を向けば、先代の舞姫達は満足そうに見つめ合っていた。アリエラはにっこりと笑い、イルエナは口角を上げている。




「要領は良いわ!」


「でも、もう少し。」


「ちなみに、私たちは最初から完璧だったから。」


「深く入り込んでも大丈夫。」




 後の二言は、友歌とレティに向かっての言葉のようで、視線を向けられた二人は頷いた。やはり双子の深層心理は繋がっているところもあるようで、得意げな様子に友歌は笑う。


 その日は、自分の中にある欠片を感じる事と欠片同士の繋がりを確かめる事で終わった。それの何が大事なのかは説明してもらえなかったが、それでも、“精霊がいる”という不思議な感覚を友歌は体験したのだった。











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