034. 対として
クセのあるふんわりとした黄緑色の髪に、深緑の瞳。恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、時折目が合うとへにゃりと微笑み、次いでハッとなったように顔をキリリとさせる。
それを繰り返す緑の女性を見つめ、友歌はにっこりと笑った。緩む頬を隠そうともせずに後ろを振り向き、サーヤに最上級の笑みを浮かべる。
「サーヤ、お持ち帰りってアリ?」
「無し、です。」
きっぱりと言い切ったサーヤに唇を尖らせながらも、友歌は目の前の女性に目を向ける。落ち着かないその様子は年上ながらも小動物のようで、友歌は笑った。
*****
“春冬の舞姫”の健康診断は、いわば二大精霊のためのものだ。舞姫に選ばれた者には、ほんの欠片だが、精霊の力が宿る。
けれど、やはり世界に一つだけの存在の“欠片”は、やはり途方もない力らしい。
もちろん、舞姫自身に害はない。あるとすれば、その“欠片”が傍にあることで起こる、周りへの影響が心配なのだ。
ある時に幼い少女が選ばれたが、ホームシックで泣き出してしまい、周囲の草木が著《いちじる》しい成長をした。
また、既婚者の女性が選ばれた時には、子供を心配する心を察したのか動物たちが城に部屋に押しかけた。
ある意味精霊を宿した状態に近く、けれど縛る紋様もない状態では、舞姫の心が重要なものとなってくると言う。そのために、まずは現在の精神状況を調べ、定期的に検診を受ける必要があるらしい。
過度なストレスは、舞姫だけでなく周りも多大な迷惑がかかるという事だ。舞姫の診察のための待合室に座り、サーヤの説明に頷きつつも、友歌はほんの少し首を傾げた。
「それって、舞姫である間は精霊魔法が使えるってこと?」
「一応は…けれど、大変な集中が必要なようです。
紋様が、召還主と精霊との“繋がり”ですので…。」
(…水路を持たない湖を抱えたようなもんか。)
流れる道がなければ、きちんとした活用が出来ない。そして、友歌が感情を爆発させると雨が降り、それが湖を溢れさせ、結果周りに影響を与えてしまう。
頷きつつも、“精霊が精霊を宿す”型破りをしでかした自分はどう認識されるだろうか、と友歌は唸った。“ヒトガタ”であるからそれもあるだろう、と思ってくれたならそれで良い。
けれど――“レイオスを見限った”と思われるのは、それは、まずい。
己の手に負えなくなってきている精霊という呼び名が、友歌は歯がゆかった。便利には違いないが、噂が一人歩きしてしまう。
対処法を考えていると、友歌の裾を誰かが引っ張った。
「精霊様、お茶はいかがですか?」
「…レティ、」
ほわ、と微笑むのはサーヤの親友、そして今回の“春月の舞姫”…レティだった。どうやら、用意されていたのをわざわざ持ってきてくれたらしく、そっとカップを差し出す。
それを受け取りつつも、友歌は目の前に立っているレティを見つめた。嬉しそうに笑う対《つい》に、胸が温かくなるのを感じた友歌は、その気持ちを素直に顔に表したままお礼を言う。
とたんに真っ赤になったレティに、サーヤは脇を小突いた。
「舞姫様、それは私の仕事ですわ?」
「も、もうやだサーヤ…私も女中だよ!」
「いいえー、半年が過ぎるまでは、大事な大事な“春月の舞姫”です!」
からかうようなサーヤの口調に、レティは眉を下げて不満を唱える。――本当に仲が良いんだ。
疑っていたわけではないが、目の当たりにすると、二人の様子はとても心を許しあっているように見えた。広く浅く多く、けれど特定の友達…いわゆる親友というものが居なかった友歌は、その様子をじいっと見つめる。
そしてカップを置き、立ち上がると――その二人の間にダイブした。
「え!?」
「精霊様、危ないです…っ!」
「二人ばっか仲良しでずるいなぁ、仲間に入れてっ!!」
この世界の標準より背丈の低い友歌は、簡単に抱き留められた。その様子を見ていた、友歌の召還主として同行していたレイオスは口元を隠して笑う。
それを横目に見つつも、友歌はぎゅうと抱きついた。百面相をしているレティと、しょうがないですねとでも言いたげな表情を浮かべるサーヤは、大人しくされるがままだった。
「レティさん、どうぞお入り下さい。」
扉が開き、おそらく看護師のような仕事を担っている女性が声を発した。友歌の手が緩んだ隙に、レティは離れて一礼し、扉の奥に消えていった。
友歌はつまらなそうな表情を浮かべながらも椅子に座り、置いてある果物のようなものを口に放った。レイオスはそんな友歌を見つめ、微笑んだ。
「レティが気になるか?」
その言葉に友歌は動きを止め、視線だけをレイオスに合わせた。まるで、何もかもわかっていると言うような表情に、友歌は口の中のものを飲み込む。
しばらく沈黙が続いたが、友歌はとん、と胸の辺りを叩いた。
「…リュートの…私に宿る冬の精霊のせい?」
頷くレイオスに、友歌は気が抜けたように椅子にもたれた。サーヤはくすりと笑い、レティの消えていった扉を見つめる。
「…そっかぁ…精霊の感情にも、舞姫は引きずられるんだね。」
呟く友歌に、二人はただ沈黙した。
天井を見つめる友歌の胸は、温かく拍動し、同時に違和感を発している。我慢できないほどではないし、簡単に無視できるもの。
けれどそれは――二大精霊を宿す事で起きる、心の同調。片割れに対する、強制的に感じさせられるものだった。
「舞姫は、周囲にはわからないもので繋がっていると言う。
朱月のように、個でありながらも重なる絆が、舞姫同士を繋ぐという。」
「二大精霊は、他の精霊には見られない特別な縁で結ばれていると聞きますから…。」
大人しく聞き入れながらも、友歌は違和感を感じ続けている。何かが足りないような、欠けているような…それはおそらく、レティも感じているもの。
レティを視界に入れた時から、友歌の胸は満ち足りたような幸福感に包まれていた。欲しかったCDをやっと手に入れて、ずっとリピートで聞いているような気持ち。
――これを舞姫の絆と呼ぶなら、精霊にもやはり、交わす言葉はあるのだろうか。
「数日もすれば、舞姫の体に欠片が馴染んで、収まる。」
「…なら、不便はないかなぁ。
会ったばっかなのに、なんかもう友達みたいな気になっちゃう…。」
「あら、違うのですか?」
あっさりとしたサーヤに、友歌は瞬いた。にこりと笑い、サーヤは扉を指さす。
「レティは、とっくにそのようでしたが。」
「さ、サーヤ…。」
そこには、スカートの部分をぎゅうと握り、顔を真っ赤にさせたレティが居た。目を見開いた友歌は立ち上がる。
「え、えと、あの…嫌とかそういうのと違くて、」
「精霊様っ!」
思わず姿勢を正してしまった友歌は、近付いてくるレティを見つめる。レティはそろりと視線を合わせ、息を吸い込み。
「ま、舞姫じゃなくなってもお話して下さい!」
思わず飛びついてしまった友歌は、呆れるサーヤと微笑ましそうなレイオスに、自分は悪くないレティが誘惑するからと言葉を並べていたが、その手はしっかりとレティと繋がっていた。
*****
「ふむ…人間と変わらない体をしてますねぇ。」
「…はい、まあ。」
思い切って人間だと言おうか迷う友歌だったが、この場では自粛した方が良いだろうと判断を下した。精霊という地位を活用している今、頭から否定するのは得策ではない。
ライアン王子のようなレンズだけの眼鏡を掛けた女性の医師は、にこりと笑った。
「精霊である貴女にも、冬の精霊リュートは反発する事はないでしょう。」
「…ただの舞姫のように過ごしてかまわない、と?」
「言い切る事は出来ませんが、それは今までの舞姫様方と同じですよ。」
安全だという判子を押され、友歌はほうと息を吐いた。害がないと確信にも似た判断を下し、最終的に許容したのは友歌だが、やはり生活に支障が出るのは頂けない。
体に当てていた手を退けた医師は、カルテのようなものに書き込んでいく。――どうやら、対象に触れることで異常がわかるらしい。
「毎月、一の水の日に診察があります。
これから半年、よろしくお願いしますね。」
「はい…ありがとうございました。」
一礼し、友歌は診察室から出た。待っていてくれたらしい三人は、すでにお茶などは片付けている。
レティを視界に入れた瞬間、長年会ってなかった親友と再会したような気分になり、友歌は顔を緩めながらも複雑な心境だった。自分で例えておいてなんだが、居もしなかった親友に再会。
レティも同じように考えているのか――こちらの場合、“精霊様”に対してそう思うことに抵抗があるのか――視線を微妙に逸らすが、やはり口元は笑んでいる。
早く落ち着かないかと思いつつも、決して嫌なものではない事に、友歌は駆け寄る足を速めたのだった。