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033. 舞姫の期間

 





 二大精霊がラディオール王国から舞姫を選ぶ儀式、【朱月の顕現《けんげん》】。二人の選ばれし舞姫は、【春冬の祈願】で願いを形にし、舞う。


 純白に黄金で太陽の描かれた、朱と黒の模様が描かれた衣は、“春月の舞姫”。漆黒に白銀で月の描かれた青と白の模様の描かれた衣は、“冬月の舞姫”。


 舞姫の役割は、舞いを捧げること。ラディオール中の想いを背負って、その思いの丈をぶつけること。




「それが半年後とか聞いてないよサーヤぁああああ!」


「我慢下さいまし、先人達が歩んできた道ですわ。」




 クッションを抱き、泣き言を言う友歌を斬り捨てながら、サーヤは輝くほどの笑みを浮かべた。ベッドに立て籠もっている友歌はひくりと喉を引きつらせる。




「精霊様の舞う姿、楽しみにしておりますね!」




 打ちひしがれる友歌であった。





















 *****





















「すまない…知らなかったんだな。」


「だって、だって半年も舞姫しなきゃいけないとか…。」




 二人のやり取りを見ていたレイオスは、いつもの場所に座りながら眉を下げた。レイオスが悪いわけではないが、裏切られた感が否めない友歌である。


 春月と冬月の狭間で選ばれる舞姫。友歌としては、その一月後くらいに【春冬の祈願】はあると思っていたのだ。


 しかし──実際は、冬月と春月の変わるとき…つまり、年越しの時に舞うのだと知り、友歌は驚愕した。確かに、本には春月と冬月の狭間で行われる一大行事だと書いてあった。


 まさか、まさに“狭間”で行われるとは。友歌は唸りながら、レイオスにお茶を用意するサーヤを睨め付けた。


 それをスルーしたサーヤは、それにしてもと口を開く。




「舞姫は、その名の通り“舞わなければ”意味がないのですよ。

 覚えるための時間も必要なのです…二大精霊に捧ぐ舞いを覚える時間が。」


「う…。」




 確かにその通りで、友歌は口を噤《つぐ》んだ。選ばれる舞姫は、必ずしも舞う事に精通している者ではない。


 もしかすると、とんでもなく長い時間を舞わされるのかもしれない──友歌は腕に力を込めた。変形したクッションを見て、サーヤは苦笑する。




「そこまで難しいものではありません。

 ただ、気の持ちようなのです…あれだけ練習したのだから、大丈夫だという自信を培《つちか》うための時間なのです。」


「…な、なるほど。」




 “自信”…六ヶ月という期間は、舞姫という重圧に耐えきれる心を持たせるため。二大精霊のための舞い──ラディオール王国の人にとっては、それほど心構えが必要な事なのだ。


 一朝一夕で覚えたとしても、舞姫は大衆の前で舞わなければいけない。自ら望んだ舞う役目であっても、直前で逃げ出す者もいそうだ。


 そして──友歌は、それをやらなければいけない。唾を呑み込み、友歌は情けない顔をした。




「…練習ですか?」


「練習です。」




 受験勉強再び。そんな言葉が巡り、友歌はクッションに顔を埋めた。


 反復練習は、自信をつけるにはもってこいだ。自分はあれだけやった、これだけやってきたという自負が、心を気丈に保たせる。


 しかし、友歌にとってそれは、時間が削られるという事。つまり、帰る術を探す時間も少なくなるのだ。


 反応のなくなった友歌を心配そうに見つめながら、レイオスはサーヤに目を向ける。




「もう一人の方はどうだ?」


「落ち着いています。

 ただ、やはり周りがとても羨ましがっており…今日にでも、部屋を移させますわ。」




 その言葉に、友歌はハッとはった。そう──舞姫は二人、選ばれた者はもう一人いるはず!


 赤い光も城に落ちていた事を思い出した友歌は、瞳をキラキラさせた。それに気付いたレイオスとサーヤは顔を見合わせ、笑う。




「お喜びくださいませ、精霊様。

 栄えあるあなた様の対《つい》、春月の舞姫はレティですわ。」


「サーヤの親友!?」




 友歌は声を荒げた。それにサーヤは胸を張り、頷いた。




「私も誇らしいです…親しい方が同時に選ばれたんですから。」


「彼女には女中の仕事を一時的に休んで貰う。

 一緒に練習する事もあるだろうが…サーヤの知り合いなら、きっと仲良くなれるだろう。」




 友歌は顔を綻ばせる。会ってみたいと思っていた彼女に、思いの外早く会えそうだったからだ。


 先程とは逆に機嫌の良くなった友歌に微笑み、レイオスはお茶を勧める。素直に従った友歌は、定位置に座りながらカップを持ち上げた。




「明日は、レティと一緒に宮廷医師の診断を受けて貰う。」


「診断…そういえば、そういうの私初めてかも。」




 友歌は呟き、地球とどう違うのかと考える。レントゲンなんてものは、まずないだろう。あるとすれば、聴診、脈、精霊による感知…最後は特に気になる、と友歌は仮説を立ててみる。


 水の精霊の特性でも使って、体の水分から異常を読み取るのだろうか?それとも、違和感のある場所がわかるのか。


 いくつか見せて貰ったサーヤの魔法を纏めながら、友歌は考える。けれど結局、明日にはわかる事だったので、早々に思考を放棄した。




「ね、舞姫って踊るだけ?

 祝詞《のりと》とかってないのかな。」


「基本、舞姫は舞うのみです。

 口上は王がなされますので、安心して集中してください。」




 ──まあ、そんな事させたら流石にあがっちゃうか。友歌は頷き、自分が舞うというものをレイオスやサーヤに聞いていった。


 友歌が舞うものは、【春冬の祈願】にのみ舞う特別なもの。一般に踊りを教えているところでも教えるのは禁じられているらしい。


 と言うのも、一番想いの届く舞いらしく、下手に踊ると精霊を刺激するらしい。最初に選ばれた舞姫が、自分達が選ばれた理由と共に教えられたと言う。


 けれど、それからは、代々舞姫がそれを教えるようになった。つまり、先代の舞姫が次の舞姫に教えていく。




 不思議な事に、舞姫達は舞いを生涯忘れる事がないらしい。けれど、民衆はそれが記憶に残らない。どんな足運びをしていたのか、どんな舞いをしていたのか。


 誰もが覚えようとする。記録に残そうとする。けれど、覚えようとしても忘れてしまい、筆記しようにも紙がぼろぼろになる。


 つまり、教える事を禁じていると言っても、実際は教えられる者がいないというのが現実らしい。舞姫も決して教える事はないので、実際は生涯覚えているかもわからない…真実は、舞姫達の中に眠る。




『あの感覚は、私達だけのものだから。』




 普通なら嫉妬を覚える言い方だが、それしか言える言葉を持たないと彼女達は言う。それしか、伝えられる言葉が見つからない、と。


 選ばれし舞姫。けれどそれは、確かなものだった。




「先代の舞姫も、すでに城に迎えている。

 明日、診断を終えればすぐにでも会うだろう。」


「先代の、かぁ…。

 どんな人たちだったの?」




 春の精霊シュランと、冬の精霊リュートに選ばれし舞姫…記録にまで残る名誉を受け取った女性達。友歌が聞くと、レイオスとサーヤは微妙そうな顔で笑った。


 妙な反応に首を傾げれば、レイオスは苦笑する。




「なんと言うか…個性的な方々、だな。」


「個性的…。」


「史上初の、双子の舞姫だよ。」




 ──ラディオール中から選ばれて、双子!友歌は驚き、危うくカップを落としそうになった。


 サーヤも、知り合いが同時に選ばれた事をとても喜んでいたくらいである。それくらい、自分、もしくは周りから選出されるのは珍しい事で。


 そんな友歌に笑いながら、レイオスとサーヤは遠い目をした。




「すごい方々だった…なんというか、台風…?」


「お迎えに上がった時も、面倒の一言で降りようとしたとか。」


「姉君の方は半年の間、美味しいものが食べられると聞きようやく頷いた。」


「妹君は好きなだけ本を読めると聞き、頷いて下さったと…。」


「…あの二人は、すごかった。」


「覚えていないのが残念ですが、とても息のあった舞いでした。」




 友歌は頷きつつも、確かに個性的な人達だと空笑いした。──まさか、舞姫を断る度胸の人がいたなんて。


 これは信仰心で舞姫を選ぶのではなさそうだ、と新しい知識を詰め込み、友歌は窓の外を見た。真っ青な空は、どこまでも続いていくようである。


 本日、枯れ月の一の水の日…冬月、突入。











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