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032. 再び

 





 友歌は、真っ白い空間の中で目を覚ました。見えたのは、鉄色の鎖──忘れかけていた、けれど見覚えのあるそれに、友歌は背筋がひやりと冷える。


 倒れていた友歌はそっと体を起こし、ぐるりと周りを見渡した。いつだったか、そう、召還された時に一度だけ来たことのある場所である。


 何もない場所のはずなのに、しっかりと足場があるのは相変わらずだった。ぺた、と支えるために伸ばした腕が固い地面に触れるのを感じ、友歌はそっと空を見上げる。


 ──夢の中では、相変わらず鎖が丸く友歌を制限していた。





















 *****





















「…別に、来たくもなかったんだけどな。」




 ぼやいて、友歌は立ち上がった。足場がちゃんと機能しているのに安堵して、友歌はもう一度辺りを見渡した。


 鎖は変わらず、一定の距離で丸を描いている。出られる隙間などなく、友歌はため息を吐いた。正体のわからない鎖…痛みを伴ったそれを、友歌は鮮明に覚えていた。


 右手で拳を作り、ゆっくりと開いた友歌は、じっと目の前の鎖を睨め付ける。




「…夢の分際で、私を縛ろうとは良い度胸。」




 あえて強めの言葉を吐き、息を止める。友歌はすたすたと鎖に近付き──手を突き出した。




「…………!」




 右手が鎖を握った瞬間、友歌は止めていた息を吐き出す。──痛くない。あの時に感じた痛みは、何も感じられなかった。


 左手でもそっと握ってみたが、やはり反応はない。ただ、力強く張られた鎖は、微塵も動かす事が出来なかった。


 ぎゅっと口を一文字に結び、友歌は手に力を込める。




「…動かないなぁ。」




 友歌は握っていた両手を離すと、もと居た中央に戻り座り込んだ。無駄なことは、しても意味がない。無機物相手に生身でどうこうできるなど、友歌には無理だ。


 夢の中で“無理”があるのかと問われれば何も言えないが、実際に無理であったのだから、無理なのだ。友歌は納得させ、ふうと息を吐き出す。


 夢の中で眠れば起きられると言うが、はたして。友歌は首を傾げ──ふと、音が耳に入ってきた。




 それは前も聞いた、軽やかなメロディ。友歌はじっと耳を澄ませてみたが、音の発する方向すら聞こえなかった。ただ、全体から聞こえてくる。


 以前よりははっきり聞こえるようになったそれに、友歌は不可解な現象に荒《すさ》んだ心が穏やかになるのを感じた。目を閉じ、それに聞き入る。


 飛び、跳ねる音はいくつも重なり、不思議な調を奏でていた。




(…そういえば私、舞姫に選ばれたんだっけ。)




 冷静になった頭は、起きている時の出来事を思い出す。再びの夢の中で気を取られていたが、考えてみればとんでもない事に片足を突っ込んでしまったかもしれない。


 友歌は口元を引きつらせたが、もう過ぎてしまったことだ。けれど、幻想的な朱月と蒼光《あおびかり》…それに流されてしまった感も否めない友歌でる。


 それでも確信が持てるのは──あの光は、友歌に害を与えないということ。


 理由を聞かれても、答える事が出来ない。ただわかる。だからこそ友歌は受け入れたのだが、それはつまり、ラディオール王国でも屈指の行事に中心人物として参加しなければならないわけで。


 直接的な害はなくとも、友歌にとっては死活問題であった。また一歩、地球への帰還から遠ざかってしまう。




(…でも、舞ってしまえば終わりだよね。)




 舞姫は、【春冬の祈願】のための役割。それを過ぎれば問題はなく、つまりは解放されるという事。


 自分で受け入れてしまったのだから、それは全うしなければならないが、言い換えればそれさえ終われば問題はない。その間に帰る方法を探し、帰ればいい。


 友歌の名はさらに売れてしまうが、友歌自身が招いた結果だ。それも許容しなければならない。


 ため息を吐き、友歌はぱたりと後ろに倒れ込んだ。見えなくてもちゃんと機能している床は、問題なく友歌を支える。


 鎖越しの真っ白い空間を見つめ、友歌は目を閉じた。心地の良い音楽は未だ鳴り響き、まるで子守歌のように友歌を包む。


 眠気に誘われた友歌は、抗うこともなく闇に沈み込んだ。友歌の髪を、風が撫でていく。その後──白い空間が一瞬だけ蒼く光ったのを、友歌が知ることはなかった。





















 *****





















「…再び既視感を覚えるなぁ。」




 瞳を開け、見えた天幕に友歌は再び呟く。あの時も、夢から覚めた後はこの淡い水色を目にしていた。


 友歌は起きあがり、白と青で統一されたシーツを上から退ける。外はすっかり暗くなり、あの後すっかり眠っていたらしい事にため息を吐いた。召還されたばかりの頃も、眠っているばかりだったのを思い出したのである。


 友歌はベッドから降りようとして──目を見開いた。思わず肩を揺らしてしまい、息を詰める。




(レイ…っ!?)




 窓際にあったはずの椅子に座り、友歌の寝ていたベッドに上半身を預けているレイオスが居た。腕を枕にして、呼吸も深く眠っている。


 初めて見るレイオスの寝顔に、友歌は顔に血が集まるのを感じた。──美人は、眠っていてもさらに綺麗だ。


 羨ましく感じながらも、友歌はそっと手を伸ばす。普段は笑みを浮かべる事の多いレイオスだが、眠っていると、その美貌のせいか冷たい印象を受ける。


 ──そういえば怒ったところも見たことがないな。そんな事を考えつつ、恐る恐るその前髪に触れた。王子であるレイオスがこんなに無防備にしている事への驚きと、ほんの少しの出来心。


 よく自身で弄んでいる髪は、さらりと友歌の指先から零れる。




(…あれかな、これは世の女性達に嫉妬しろという神様の…いや、精霊様の思し召し?)




 そんな思し召しがあってたまるかと自分でも思いつつ、友歌はさらに指で髪を撫でる。地球ほど髪への対策は出来ていないこの世界だが──魔法があるおかげで、ある程度は艶も保てる。


 しかし、それを抜きにしても美しいレイオスの髪に、女として悔しく感じない友歌でもなかった。王族の三人兄妹を思い出しつつ、そのどれもが地球でもお目にかかれない麗人達である事に愕然とした。


 王族の血筋はみなそうなのかと項垂れながらも、友歌は前髪から長い一房に腕を伸ばした。ほとんどは背に流れてしまっているが、ベッドに垂れているそれを少し持ち上げみると──やはり、するすると音もなく落ちていった。


 これでは、結ぶのも大変そうだ。ライアンの三つ編みを思い出して、友歌はじっと手の中の白銀を見つめる。──ゴムで止めれば、なんとかいけるかな。


 不穏な事を考えつつ、友歌は楽しくなってきた事に気付いた。それでなくても、もうお目にかかれないであろうレイオスの寝顔…気分良くなるなという方が酷であった。




 ──けれど、これ以上は危ない。友歌は弄っていた指先を退け、レイオスを起こしにかかった。


 サーヤによれば、男性が女性の部屋に入るのは許可があってからでないと駄目らしい。もちろん、レイオスは意識を失った友歌を心配しての行為だし、友歌はレイオスの精霊というかなり特殊な立場だ。


 けれど、全く影響がないわけでもないだろう。出て行ってもらうのであれば、早ければ早いほど良い。


 友歌はもっともらしい言葉を並べ、レイオスの肩を揺らす。けれど、レイオスは眉を歪めただけで目を覚まさなかった。




(…おい、王子がそんなんで良いの…?)




 王族とは、命を狙われるものだと友歌は思っている。物語に出てくる者も、実際にいた王達もそうだったはずだ。


 振動を与えられても飛び起きないレイオスを心配しながら、友歌はさらに肩を揺らす。ぴくりと指先が動いたのに気付き、友歌は口を開いた。




「レイ、レイ?

 起きてよ、私もう大丈夫…、」


「…うるせぇ…。」


「…………え?」




 聞こえた言葉に、友歌は固まった。そろ、と指先を退け、身動《みじろ》いだレイオスから距離をとる。




(…い、今のは…レイの声?)




 耳に残る音は、確かにレイオスのものだ。ゆっくりと目を開け、視線が絡まったレイオスにびくりと震え、友歌は引きつる口元に無理矢理笑みを浮かべた。




「──モカ!」




 飛び起き──抱きついてきたレイオスに、友歌は息を詰める。




「ああ、良かった…良かったモカ…っ!!」


「…う、うん、おはようレイ…。」




 力を強めるレイオスに驚きつつも、なんとかその背を叩く。先程のぞんざいな言葉は、きっと寝ぼけていたのだろう。


 初めて聞いた粗野な言葉…案外、子供時代はやんちゃだったのかもしれない。考えを巡らせながら、友歌は大人しく抱き締められていた。


 いきなり気を失ったのは覚えており、心配させてしまったのは友歌に非がある。ただ…意識を他に持っていかなければ耐えられないが。


 友歌は早鐘を打つ心臓を必死に抑えつけながら、部屋にかけていた魔法で起きたことに気付いたサーヤが湯を持ってくるまでの間、その状態でいたのであった。











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