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029. 朱月の顕現【上】

 





「快晴だよサーヤ!」


「二大精霊の加護がありますから、この日は絶対晴れますよ。」




 冷静にサーヤが応えるが、友歌は聞いていないとでも言うように手で太陽を遮ると空を眺めた。雲一つない、青い空。


 友歌の視線の先には満月と太陽が近い位置にあり、それがこれから起こる事象を予感させた。満面の笑みを浮かべ、友歌は肩に乗った小鳥の頭を撫でる。


 いつもより素直に感情が出ている友歌に、サーヤはセイラームの時と同じようにテーブルと茶菓子を用意していた。静かなこの場所は、レイオスが許可をしなければ入ってこれないので邪魔の心配もない。


 紅茶を淹れ、サーヤも空に視線を移した。──今日は、ラディオール中が待ちに待った【朱月の顕現】である。





















 *****





















 レイオスが友歌に式典に出る事を言っていなかったのは、ただ単純に言い忘れていただけであった。やはり、体に無理を強いた集中の仕方が悪かったのだろう。


 前日では流石に友歌を訪ねる余裕はなかったのか、サーヤが謝罪を言付かってきた。友歌も、レイオスが無茶をしていたのを聞いていたので頷くだけに終わった。


 今更一緒に見られないのはわかっていたし、おそらくどうしようもない事なのだからと、友歌は諦めたのだった。




 ただ、そこで友歌は一緒に式典に出なくていいのかという疑問も出てくる。召還者と精霊は傍にあるべきだと教えられたし、友歌もそう考えていた。


 それを言うと、サーヤは笑って首を振った。ラディオール王国においては、二大精霊を一番に重んじている。それは、史上初の“ヒトガタ”である友歌と比べてもそうらしい。


 友歌の場合は言うなら“珍しい”精霊で、二大精霊は“敬うべき”精霊。主催者のレイオスがこれ見よがしに連れ歩けば、二大精霊への侮辱と取られるかもしれない、と。




『精霊様の事は大陸中に伝わっています…今の知名度なら、二大精霊にも劣らないかと。

 もし【朱月の顕現】を祝う式典に参加すれば、良く思わない国民も少なくないでしょう。』




 告げられた言葉に、なるほどと友歌は頷いた。精霊とされる友歌が出て行けば、混乱するのは想像に難《かた》くない。大人しくしておいた方が良さそうだ。


【朱月の顕現】は、二大精霊のためのもの…二大精霊自らが舞姫を選ぶ尊い祭り。それを楽しみにしている一人としても、滅茶苦茶にしたくはなかった。




(…『来年は見られるでしょう、』…か。)




 その頃には、友歌に対する大陸のざわつきも収まっているだろう。もともと、レイオスに普通に精霊が降りていたらそこまで考える必要もないのだ。


 けれど、友歌はそれに笑って返せず曖昧に頷くだけに終わった。──その時にもう、帰っているかもしれない。


 空に浮かぶ、心なしか近付いていく太陽と月を眺め、友歌は目を細めた。




「…ああ、やはりここに。」


「!」




 ぴく、と聞き慣れない声に友歌は振り向いた。庭の入り口の所に茶髪の男性が立っており、友歌はぱちりと瞬きをした。




「ライアン、王子?」


「こんにちは、精霊殿。」




 首を傾げて笑ったその人物は、サーヤに視線を向けた。受けたサーヤはそっと礼をとり、準備したばかりの席を勧めた。


 ライアンは素直に近付き、その場に座る。いきなりの登場に、ついていけない友歌のみが呆然とその動きを目線で追う。


 気付いたライアンが、友歌に前に座るよう促《うなが》した。




「レイに聞かなかったかな…。

 僕らはいつもこの庭で見るんだよね。」


「…そ、そうですか…ご一緒しても?」


「もちろん。

 先客には敬意を払わなきゃ。」




(な、なかなかにフレンドリーな…。

 まさかこんなに気軽に話されるとは思わなかった。)




 友歌は頷き、ライアンの前の席に座った。出会ったときの唐突さとは裏腹に、友歌とライアンが顔をあわせるのは三回目である。


 友歌は若干の居心地の悪さを感じつつも、目の前の紅茶を一口含んだ。目の前の青年も、菓子を一つ口に放った。


 相変わらず眼鏡レンズのようなものを右目にあてがい、右側の一房が上部分の少しだけ三つ編みにされている。──知を好む、土の精霊を宿す王子。




「去年の式典の主催者は僕だったんだよね…。

 堅苦しいったらなかったな、あれは。」


「…そんなに忙しかったんですか?」


「うーん…どっちかと言うと、“何もしない”のが大変だったかも。

 主催者と言っても、ただ座っているだけの飾りだからなぁ…。」




 友歌は頷きつつも、思ったよりもスムーズに会話が進むことに安堵していた。いつかはまた話すだろうと思っていても、急にこういう事態になると困る。


 友歌はレイオスの兄であるライアンに、言葉遣いをいつも以上に気をつけながら話を進めた。わかったのは、見た目に反して女性に慣れている雰囲気を感じるという事。


 レイオスは、ただ“人”と話しているというような空気だった。対して、ライアンは“女性”に対する姿勢があるような気がしたのである。


 やはりそういう所は似ないのだなと思いつつも、友歌はそれに合わせるように、けれど馴れ馴れしくはならないように気を付けつつ言葉を選んでいった。




「レイはこの庭が好きでね。

 昔から隠れたり遊びに来たりしてたんだよ。」


「隠れたり?」


「これでも、ちゃんと子供時代はあったのさ。

 駆けっことか、隠れんぼとか…懐かしいな。」




 王族とは言っても、ちゃんと遊ぶ事は許されているらしい。まあ、そうでないと体力がつかないというのもあるだろう。


 友歌も地球の友達と遊んだ記憶を思い出しながら、ライアンの言葉を聞いていった。




「母上も、この場所が大好きなんだ。

 自分の庭があるのに来たがるんだよ…ねぇ、サーヤ。」


「はい、素晴らしい薔薇の庭があります。

 一時は、こちらに来る頻度の方が高かったくらいですから。」




(…………え?)




 友歌はぴたりと動きを止めた。それに気付かず、ライアンとサーヤは会話を進めていく。クリス王妃がこの庭にある花を自分の庭にも植えようとしただとか、噴水も作らせようとしたが場所的に無理で残念がっていただとか──。


 けれど、友歌の脳には入っていかなかった。




『この広場は、父が作らせたものなんだ。

 七つの精霊を集めたような場所が見たいと、母上がおっしゃったから。』




 ──レイオスは、そう言っていなかったか──?


 友歌はこくり、と唾を飲み込んだ。その様子に気付いたサーヤが心配そうに友歌を見つめるが、友歌はただ自分の持つカップから視線が動かない。


 その様子を首を傾げて見ていたライアンは、ふと視線を上げた。




「ああ…始まるよ、【朱月の顕現】が。」




 サーヤが上を向き、友歌もつられるように視線を上に上げた。まだ呆然としていたが、それでも、うっすらと赤い月に隠され、太陽の光が三日月のように消えていく様が友歌の目にしっかりと映った。





















 *****





















 それは、とても神秘的なものだった。太陽を淡い赤の月が覆い隠していき、辺りがだんだんと暗くなる。夜には遠いが、昼の明るさはすっかりなりを潜めた。


 そうして、夕暮れのようにまで光が消えていき、月が太陽に重なると──ぴたりと、そのまま止まってしまった。


 友歌は目を見開き、ふらりと立ち上がる。それを見たライアンも立ち上がり、その様を見つめた。友歌の頭からは、先程のライアンの言葉は消えていた。




(…すごい、)




 まるで今までそれが当たり前だったのだと言うように、太陽と月は離れない。そうして──赤く、朱く染まっていく月。それはまさしく、“朱月”と言うに相応しいものだった。


 満月の全てが朱くなり、すると今度は青い光が滲み出て丸い傘を作る。まるで、朱月を守るかのように、外側に円を作る蒼い光。


 その絶妙なコントラストに、友歌は目を奪われた。




「すごいだろう?」




 友歌は頷き、ただその月を見つめ続ける。地球より大きな、蒼の光に護られた紅い月──。ちり、と胸の辺りに電気が走ったが、友歌は気にも留めずに視線は上げたままだった。


 ──きっとおそらく、エルヴァーナ大陸の…否、この世界の全ての人々が見上げているだろう風景。春の精霊シュランと、冬の精霊リュートの、ほんの少しだけの邂逅。


 友歌は、何か熱いものがこみあげてくるのがわかった。それは出てくる所を探し、涙となって溢れる。サーヤがそれに気付き慌てるが、ライアンは苦笑した。




「精霊と深く関わっている者は、皆その激情を感じる。

 …やはり精霊である君には、強く作用するらしいな。」




 そう言うライアンの目も、うっすらと膜が張っている。おそらくはサーヤもだろうが、友歌は朱月から目が離せなかった。


 “精霊”だという言葉を否定する事も出来ない。ただ、溢れてくるものを流し、視線を逸らさない事のみしか友歌には許されなかった。


 ──涙が止まらない、視線も外せない…ただ、胸だけが熱い。


 声すら漏らさずただ涙を流し続ける友歌の先で、朱月から二つの光が現れた。それはただの白から段々と色が滲み──朱と蒼の光の玉となった。











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