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002. 蒼の王子

 





 世界は二つの季節から成り立ち、全てのものが精霊によって巡っている。姿を見せない精霊は、常に我らを近き遠き場所から見守り、正し、導いている。


 我らの住むエルヴァーナ大陸も、その例外に漏れない。




 生命、恵みの春…暖かなこの季節は、大精霊シュランの司りしもの。全てのものが芽吹き、咲き誇る季節である。


 死滅、安らぎの冬…涼やかなこの季節は、大精霊リュートの司りしもの。全てのものが力を抜き、休息する季節である。




 エルヴァーナ大陸では、二十歳になると精霊を降ろす儀式が王家や貴族によって行われている。


 降ろされる精霊はその者の魂の器、心の質によって違うため、その者の本質を知る意味でも重要な儀式である。


 精霊が応えるのは、自らが認めた者にのみである。譲渡は出来ないし、降ろす者が精霊を選ぶことも不可。――ただ、応えてくれた精霊を受け入れ契約する事のみが、二大精霊により儀式を望む者に赦されているのだ。




(著・賢者アモネル【エルヴァーナの歴史-精霊と歩む軌跡-】より参照、抜粋。)





















 *****





















 友歌は、バタンと分厚い本を閉じた。その顔には、だらだらと冷や汗を流している。深い深呼吸をして、その本の表紙をじっと見つめた。




 倒れた友歌は、すぐに目を覚ました。混乱した頭がショートを起こしただけだったので、意識が戻るのは早かったようだ。


 自分のせいかと真っ青になっていたサーヤには、調子が悪いのだと言えば納得された。そして友歌が落ち着いた絶妙なタイミングで、廊下に置いていたのだろうワゴンからその本を取り出したのだ。


「これが私たちに伝わる精霊との歴史に御座います、」とそう言い残しサーヤは出て行った。




 窓に近い場所にあるテーブルに素早く用意された紅茶や菓子には手を付けず、その近くの椅子に座って本を開けば、見慣れた文字が目に入る。論文のようだった。


 ──そう、ただ表紙の【エルヴァーナの歴史-精霊と歩む軌跡-】という不可解な題名を除けば。


 嫌な予感がしながらも――むしろ、友歌は嫌な予感しか感じられなかったが──読み進める。そして、友歌は初めて数ページの所で、すでに内容を理解する気にならなくなった。




(そんなわけないじゃん…!)




 初めのところに書かれていたのは、世界の話。二大精霊が司りし二つの季節と自然、摂理。そこに絡まる生と死の糸。精霊と人との関係。


 そして──精霊を喚び出すという、召還の儀式。友歌は、きゅっと唇を噛んだ。




(趣味の悪い悪戯…?

 でも…こんな年期の入ったような本まで偽造して、たかが私を騙すためだけに??)




 じわりと涙が浮かぶ。


 ──ほんのりと、わかっているのだ。ここは、友歌の世界では…地球では、ない。何故わかるかと言われても困る。ただ、わかるのだ。


 まるで、その“精霊”とやらが、本能に教えてくれているように。




(違う…違う、“喚ばれて”なんてない。

 これは悪戯で、私が焦っているのを見て笑っているんだ…!)




 思い出す。引っ越しの疲れで眠ったら、雷が落ちたみたいな衝撃が体中を巡っていろんな苦痛が体を襲った。


 ──そうか、あれが召還された者の味わう痛みか。…否、私は断じて喚ばれたのではない!




(…多分、そう、これはドッキリ。

 きっと、引っ越した私が思い出に残るよう、家族か友達、もしくは両方が企んだんだ!)




 思い出す。青い目の人…痛みから私を解放した人。


 ──そうか、あれが契約か。…否、私は人間…契約なんて出来るはずもない!




 ふわりと、風が部屋に入り込む。その涼しさに、友歌は一粒、涙をこぼした。──どんなに否定しても、心の奥では肯定してしまっているのがわかる。


 これは、召還された反動なのだろうか。…ほら、もう喚ばれた事を信じてしまっているのだ。


 ──この世界は、場所は、友歌が夢を叶えたい所ではない。


 友歌は、膝の上に置いた本をただじっと見つめる。…帰れる、だろうか。あの場所に、夢に向かう第一歩を踏み出そうとしていた、あの部屋に。




 コンコン、




 ノックされる音に、弾かれるように友歌は頭を上げた。拍子に、また一粒涙が零れる。


 扉を開けて入ってきたのは――銀色の髪の人。




(…………あ、)




 見えたのは、青い目の青年だった。


 友歌が感じた印象は、“騎士”である。見たことなどもちろんないが、友歌はそれ以外に思いつかなかった。


 青と白を基調とした格好は、この部屋と見事に合って──…、




『──このたびはレイオス王子の召還に応じて下さりました事、心より──』




 ふと、友歌の脳裏にサーヤの言葉がよぎった。


 ──本によれば、召還を行うのは王家と貴族。そして、友歌を喚んだのは、その“レイオス王子”とやららしい。また、この部屋は青と白で飾られており、それは扉の所に立っている麗人も同じ。


 そこまで考え、友歌は目を見開いた。涙など、とうに引っ込んでいる。


 友歌の格好も青と白である。そして、友歌はレイオス王子の精霊、という立場にあり…少し思考すれば、簡単にその発想に辿り着いた。




「…レイオス、王子?」




 呟けば、銀髪の青年はほっとしたように笑った。


 そっと扉を閉めると、青年は──レイオスは、友歌の方まで足を進める。それなりに広い部屋だというのに、レイオスはあっという間に友歌との距離を詰めてしまった。


 呆然と見上げる友歌の前まで来ると、レイオスは驚かせないようにかそっと手を上げた。固まっているしかない友歌の頬に手を当てると、涙の跡を指でそっとなぞる。




「…恋しいのか。」




 問われた言葉に、友歌は収まったはずの涙が滲むのを感じた。──こいしい?当たり前でしょう。


 本には、精霊が選ぶのだと書いてあった。けれど、友歌にそんな覚えは微塵もない。召還が行われる世界など知らなかったし、知る必要もなかったし、何より友歌の毎日は充実していた。…している、はずだった。


 今頃は良いバイト先でも見つけて、菓子折や引っ越しそばでも買って、マンションの住人たちに挨拶していたに違いない。


 科白はおなじみの「401号室に越してきた園田です!」から始めて、世間話でも混ぜ話し込むのもいいかもしれない。




 ──ゆめは、ゆめのままおわってしまったけど。




 はらはらと落ち始めた涙に、友歌はどうする事もできなかった。頬に当たる手の温度に、安心してしまったのもある。


 心は、この手が自分をこの世界に喚んだのだと叫んでいるけれど──体が、自分を痛みから掬い上げたその手を覚えていた。


 例えその痛みまでこの手が引き起こしたものだとわかっていても、あの恐怖から逃れることが出来たのはこの人物の、レイオスのおかげなのである。もしあのまま放って置かれていたとしたら…今考えても、背筋が凍る。




 俯いた友歌に、レイオスはきゅっと眉を寄せた。少し視線を巡らせ、レイオスは静かに跪いた。自分より低くなった“王子”という身分のその人に、友歌は目を見開く。


 レイオスはほんの少し苦笑すると、流れるような動作で本の上にあった友歌の右手を握った。




「…オレが護ろう、精霊よ。

 今のオレはお前の望む存在ではないかもしれないし、お前を護るには力不足かもしれない。


 だが、お前を喚んだのはオレだ…オレは、オレの信条に従って、お前を護る。」




 すっと目を閉じたレイオスは、友歌の右手の甲を額に当てる。友歌は、真っ赤になっていた。




(…え、え?

 何、プロポーズ紛いのこと言われた私…!?)




 幸運としては、焦っているその姿をレイオスに見られなかった事だろうか。素で言っているらしい相手に、何故照れているのかと問われれば羞恥で埋まれる自信がある。


 それにしても──初対面だというのに大胆にも異性に触れる事が出来るのは、この世界ならではなのだろうか。


 友歌は挙動不審になりながらも、握られた手に小さく力を込めた。




「…お、願い…します、レイオス王子。」




 ──頼れるのは、レイオスだけなのだ。友歌は違う世界に飛び込む怖さを、母から教えられてきた。


 芸能界は、怖いところ。成功すればなんでも出来るし──失敗すれば、二度と世間に出たくないと思う場所。そんな世界を生きてきた母は、自身の後を追おうとしている娘に心構えを叩き込んだ。


 そんな友歌だから自分自身、柔だとは思っていない。抵抗する、もしくは耐えきれる度胸はついているつもりである。けれど──今いるのは、正真正銘“別世界”なのだ。


 庇護されないまでも、誰かの手を借りなければ文字通り生きていけない場所。




 しっかりと手に力を入れ直した友歌は、見上げてきた青い──蒼い瞳を見つめ返す。ほんのりとした笑みに変わったレイオスに、友歌も小さく笑った。


 レイオスは、友歌の右手を両手でそっと包み込む。






「レイと呼んでくれ…オレの精霊よ。」






 ──とりあえず、レイオスにもその呼び方を変えて貰おうと決心する友歌だった。











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